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韓国史劇風小説「天皇の母」158(迷走のフィクション)

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「じゃあ、行ってくるわ」

レイコは子供を連れてタクシーに乗り込んだ。

「ああ。どれくらいいるの?」夫の声は冷静そのものだ。

「すぐに帰って来るわよ。。

「「好きなだけいていいよ」

妻が子供を連れて軽井沢の別荘へ行くというのに、夫は嫌だともいいとも言わない。

受け入れざるを得ない事だからだ。

男として夫として妻が実家ばかり大事にすれば少しは嫌味の一つでも言いそうな

感じだが、そういう事はない。

姑も同じだ。ただ

「レイコさんはご実家との結びつきが強くていらっしゃってよろしいわねえ」と言われたくらい。

「私達は準皇族の立場なので」とレイコは答える。すると姑は

「そうね」と言った。無表情だった。

妻が準皇族なら夫とその親だって十分その資格はあると思うが、夫も姑も

殊更に「皇太子妃の関係者」とは言わない。むしろ、どんな時でも「無関係」を

貫いているようだ。

だから今回の軽井沢も送ってくれるわけでもなく、大きな荷物を持って新幹線に

乗り込まねばならないのだ。

なんせこちらは1歳にもならない息子連れ。

着替えにオムツに・・・どんだけ大変な旅行か、何もかもやって貰っている

マサコにはわかるまい。

それを考えるとレイコは心の底から姉が憎らしくなった。

おまけにセツコまでが軽井沢に単身で来ているという。

セツコは子供がいない。

結局、一番大変なのは自分ではないか。

レイコは人には「準皇族です」と言いながら、実は庶民的な暮らしをしている自分を呪った。

抱っこ帯の子供はぐずぐずと動いてうるさいし、何とか寝かせようとするけど興奮している

みたいだ。これは今日も寝ないな・・・そう思っただけでうんざりする。

そんな時に母に呼び出されるとは。

「一体、みんな私をなんだと思っているのよ」

レイコは独り言でつぶやく。

皇室に嫁いだのに8年も子供に恵まれずやっと生まれたのは女の子だったマサコ。

結婚はしたけど滅多に両親に顔を見せるでもないし、おまけに子供がいないセツコ。

レイコは自分が一番まともだと思った。

なんせイケダ家の跡取りを産んでやったのだから。

 

長野は寒かった。当たり前だ。まだ2月なのだから。

ブランド品のコートを着て子連れのレイコは多少目立ったかもしれない。

でもそんな事はどうでもよかった。今はこの寒さから逃れたい。

駅を出ると、すぐにワゴン車が走って来てドアが開いた。

マサコ差し回しの東宮職の車である。

「どうぞ」促されるままにレイコは子供と一緒に乗り込んだ。

荷物は全部あちらが運んでくれる。なんと楽な事か。

レイコは重い荷物から解放されて気が緩んだのか眠くなって来た。

車窓に広がる景色は冬枯れで、何の色も持っていない。

透き通るような空気だけは車の中にいてもわかる。

まるで別世界。東京の雑然としてこもった空気とは違う。

現実を忘れるにはもっとも適した場所だ。

 

暖房の効いた車の中で眠っていると、車は音もなく別荘に着き、ドアが開けられた。

「お子様をお預かりしましょう」

女官が手を差し出す。

「そう?お願いするわ」

レイコは抱っこ帯をほどいて息子を女官に預けた。小さな子供は急に温かい胸から

引き離されたので驚いて目を開け、それから大泣きを始める。

ああ・・・また始まった。この子は一旦泣き出すと止まらないのだ。

うんざりする。子供の声が届かない場所へ行ってしまいたい。

少し育児ノイローゼ気味のレイコはため息をついた。

「大丈夫ですわ。アイコ様もいらっしゃるし。看護師もいますから」

優しい女官はそう言って子供を抱っこしたまま屋敷に入って行った。

レイコはほっとして自分も屋敷に入る。

 

「レイちゃん」

玄関に出て来たのはセツコだった。

「いらっしゃい。まあ、大きくなったわね」

セツコは女官に連れて行かれる息子に一瞥をくれたが抱こうとはしなかった。

「重いでしょ。ご苦労様」

「全く。子供を育てるって大変よ」

レイコは偉そうに言うと、靴を脱ぎリビングに入る。

「何だかやつれたわね。子育てしているとそうなるわけ?」

「当たり前でしょ。私はせっちゃんみたいに楽じゃないから」

「あら、何で私が楽なのよ」

「楽じゃない。外国暮らしの専業主婦で姑からいびられもしないし」

「何よ。会う早々」

セツコはぶんむくれて、差し出されたお茶を乱暴に飲み始めた。

食事も掃除も全部東宮職の人がやってくれているらしい。

という事はホテルにいるのと同じか・・・・とレイコは思わず笑った。

「お母さまは」

「今、接客中なの。お姉さまも一緒よ」

接客中?皇太子妃とその母が一緒で。だとしたら相手は東宮職とか

宮内庁とか。

「お姉さま、離婚したいって言ってるの。私もだけど」

「簡単に離婚だなんて言わないでよ」

「簡単じゃないわよ。あなたは幸せだからわからないだけよ。でも

息が詰まりそうな結婚生活を送るよりは、一人で職場に戻ってやり直した方が」

「お姉さまもせっちゃんも離婚したら職場に戻れるとか思ってるの?」

「何よ。応援してくれないの」

「現実を言ってるだけです」

セツコは黙った。

じっと見ると随分痩せたように思う。双子だからセツコが考えている事は何となくわかる。

結婚前の事がまだ響いているのだろう。

子供部屋から叫び声が聞こえて来たので、レイコは思わず立ち上がった。

部屋から出て来たのはアイコだった。

飛び出してきて髪を振り乱し、いきなり床にごろんと寝転んで叫び始める。

レイコもセツコも驚きのあまり絶句する。

応接間から母達も飛び出してきた。

「何があったの」

「あ・・アイコ様が」

女官が慌ててアイコを抱き上げようとする。しかし、アイコは足をばたばたさせ

身をよじって両手を振り回す。2歳児のそれは結構強くて、女官は頬をぶたれ

髪の毛を引っ張られた。

「アイコ様、お静まりを」女官達が取り囲む。

その様子を、黒い背広姿の客人たち、そしてマサコも見ていた。

「早くどこかへやって」

マサコが叫んだ。アイコは母の声にも反応せず、パニックを起こすばかり。

それでも何とか女官が抱きかかえて連れて行く。

「ちょっとあの子、うちの子に何かしないでしょうね」

レイコは心配になって、女官の後を追いかけた。

子供部屋は一つだったが、息子はベビーベッドの中で遊んでいる。

ほっとした。

一方のアイコは、お菓子を持たされて夢中になって食べている。

「アイコ様は慣れない環境が苦手なのです」

女官が首をふる。むずかる子供にすぐにお菓子を与えるのは教育上よくない。

だけど、それ以外の手がないのだろう。

レイコは息子の無事を見届けるとリビングに戻る。

客人たちは玄関先にいた。どうやら帰るみたいだ。

「今後の事はこちらでもよく相談してみます。妃殿下はごゆっくりと静養を」

客人はそう言って帰って行った。

「何がごゆっくりよ。妃殿下がこうなったのはあんたたちのせいじゃないの」

玄関がしまると母は捨て台詞をはいた。

「あら、レイコも来てたの」

マサコは初めてレイコに気づいたようだった。母も同じで

「あら、気づかなかったわ。いつ来たの?子供は?」

「お客と話してたみたいだから。せっかく来たのに失礼じゃない」

レイコは少しむくれた。

「お母様、ピザを頼んで。それからワインもあけましょう」

唐突にマサコはいい、リビングに入ると床に座り込んだ。

「ここに敷物しいて、ワイン飲みながらおしゃべりするの」

みなは驚いたが、誰も反発しなかった。今、マサコを怒らせたら怖いという事が

感覚としてわかっていたからだ。

「こんな辺鄙な別荘にピザを運んでくれるのかしら。ちょっと待ってて」

母は言われるがままに部屋を出、女官達によって絨毯の上に敷物が敷かれ

グラスが並べられた。

別荘のワイン蔵には相当な数の高級ワインが取り揃えられている。

それらがどうやって集められたかは謎なのだが。

30分後にピザが届くと、女官達があっけにとられる中、宴会が始まった。

マサコもレイコもセツコもだらんとした姿勢で座り、子供はユミコに任せきり。

久しぶりのピザにマサコは相当嬉しかったのか、よく食べた。

「ああ、懐かしい。やっぱりピザはいいわ。こういう普通の生活がしたいだけなのよ。

なのに東宮御所は何かといえば「大膳がありますから」といって外食も宅配も

させてくれないし、栄養がありますからといってうす味ばかり。牢獄のような所。

あそこを思い出すだけでぞっとするわ」

「大膳にピザを作らせたらいいじゃないの。本格的な食材を使えばこんな宅配より

おいしい筈よ」

レイコはもぐもぐと食べながら言った。

「だめよ。大膳のつくるピザなんて小さくて薄いもの。それに毎日は作ってくれない。

カロリーがどうだとか塩分が・・・とかうるさいの。あげくに予算があるから

それを超せないとかなんとか。本当につまらないわ」

「だけど、皇太子妃として大事にされてるじゃないの。皇太子は妃殿下に首ったけ。

未だに口をひらけば「マサコ」だもの。羨ましいわ」

「あんな気持ち悪い男がいいなら譲ってあげるわよ。人前では多少かっこつけて

いるかもしれないけど、東宮御所じゃまるで子供なんだから。おまけに優柔不断で」

「そもそもなんでこんな所に来たの?離婚したいの?」

ぼそっとセツコが尋ねた。

「皇族の静養は御用邸なんでしょう?こんな所に来ていいの?

皇太子殿下の許可は受けたの?両陛下はどう思われているの」

セツコの質問は至極真っ当だった。マサコはイラついて思わずグラスを投げつけた。

カシャーンと音がしてグラスは壁にあたった。

レイコもセツコも驚いて思わず立ち上がる。

「何事ですか」

女官達が駆け込んでくる。そこには壁にあたって砕けたグラス。ワインの飲み残し

がへばりついた壁・・・・

「片づけてよ。見苦しいわ」

「はい」

女官達は文句も言わずに片付け始めた。

「突然何よ。いくら皇太子妃でもあんまりだわ。私達、怪我したかもしれないのよ」

セツコは目を吊り上げて大声をだした。

「だって、セツコがしつこく質問するから。勝手に上り込んで偉そうに質問するから」

その言葉にセツコは完全に怒り始める。

「勝手にって・・・ひどい。お父様が日本へ行けって言うから来て上げたんじゃない」

「誰も頼んでないわよ」

「私だってこんな所、来たくなかったわよ。だけどお姉さまの精神状態がひどいって

いうから。何が起こったかこっちは全然知らされてないのよ。質問するのは当然

じゃない」

セツコもまたますます声を張り上げる。

「私は今、自分の事で精一杯なの。お姉さまに構ってる余裕なんかないんだから」

「自己責任」

レイコが流行りのセリフを言う。

「お姉さまもせっちゃんも好きで結婚したんでしょ?誰も無理強いなんてしてません。

散々皇太子殿下に言い寄られて、得意になって自慢してたのはどこの誰?

お父様がいいとか悪いとかいう前に結婚を決めたのは誰よ?結婚前に浮気が

発覚したからって」

「浮気じゃないわ。二股よ。私は二股をかけられてたの。ああ、あの時、結婚をやめて

たら今頃は大学に戻って博士号でもとっていたのに」

「私だって自慢した覚えはないわ。マスコミが取り上げるようになって断れなかった

だけよ。それにあの時は「全力でマサコさんをお守りしますって言ったから」

酔ったマサコは突然大声で泣き出した。それをみたセツコも泣き出す。

リビングは女二人の号泣でうるさいくらいになった。

「一体、どうしたの。子供達がいるのに」

ユミコが慌てて部屋から出てきて唇に指をあてた。

 

「子供なんてどうだっていいわ。そもそも私が皇室を出られないのはアイコの

せいじゃない。あの子を産んじゃったから。あの子が男の子だったらよかったのよ。

ねえ、男の子の筈だったんでしょう?何で女なの?お父様はちっとも喜んで

いなかった。でもお父様がアイコを天皇にするって。天皇の母になる事こそが

私の目指すべき頂点なんだって。なのに。自閉症だなんて。これって

何の罰ゲーム?」

「まあちゃん、落ち着きなさいよ。その事はもういいから。アイちゃんは可愛く

育ってるじゃない」

「可愛くなんかないわ。私を見ようともしない。返事もしない。気に入らない事が

あるとすぐに癇癪を起こす。それでもね・・・母親だから、あの子が少しでも

気分がいいように育ててやってるのに。あのナルは。私を守るって言ったくせに

守るどころか、さっさとカミングアウトして療育しろとかいうの。東宮大夫は

アキシノノミヤに第三子をって言ったわ。要するに私なんかいらないの。

何でって世継ぎを産んでないから。私なんかいらないの。いらないのよ」

わあわあ泣き叫ぶマサコに妹達は絶句してしまった。

「あの子を専門家につけるっていうのよ。専門家に。そしたらますます私は

いらない存在になるわ。どうするの。どうしたらいいの」

「お姉さま、可哀想」

セツコは今度はしくしく泣き始める。

「お母様、お姉さまはどうかしてしまったんだわ。精神科に見て貰うべきじゃ

ないかしら」

レイコだけが酔いに負けず冷静だった。

「精神科医に見せるなんて外聞が悪いわ。それにまあちゃんは精神病じゃない。

悪いのは皇太子殿下よ。妻がこんなに追い詰められているっていうのに

のんきにしてて」

「5月にね、ヨーロッパに行くのよ。私にとっては何年ぶりの海外だと思う?

独身時代は休みのたびに旅行してたのに。やっとよ。アイコが生まれた時

以来なのよ。それなのに宮内庁のヤツ、なんて言ったと思う?

『体調不良で休んでいらっしゃるんですから今回は療養に専念して

ヨーロッパは皇太子殿下おひとりで』っていうのよ。だから大丈夫だって言ってるのに

『それなら国内の公務から始めて、問題なければ検討を』って。ひどいわ。

まるで籠の鳥よ。私は永遠に東宮御所の中に閉じ込められるかもしれない。

だから出てやったのよ」

「離婚されるわよ」

「別にいいわよ」

「そのお金、誰が出すの」

またも冷静にレイコが言った。

「何を夢みたいな事を言ってるの。お姉さまと同年代の人は子育てが大変で

海外どころじゃないっていうのに。うちだってそうよ。夫は海外出張があるから

いくらでもいけるけど、妻の私は・・・子連れの大移動は大変なんだもの」

「私は皇太子妃よ。あんたとは立場が違う」

「離婚したら皇太子妃じゃなくなるんだけど」

「ダイアナのように慰謝料を沢山貰うわ」

「アイコ様はどうするの」

「毎月、養育費を貰うわよ。あの子は天皇の孫なの。あの子は手放せないわ」

「じゃあ、せいぜい頑張って下さい。お姉さまが無事に離婚できたら

せっちゃんだって離婚出来るわよ。でもその代わり、オワダ家にとってとんでも

ない不名誉な事態になるけどそれでいいの?」

「・・・・・」

マサコはうつろな目をしばたたかせて黙り込んだ。

「旦那が弁護士だから言うわけじゃないけど、普通の人だって離婚するのは

並大抵の事じゃないわ。ものすごくドロドロしたものが出てくる。マスコミは騒ぐし

大きく取り上げるでしょう。そしてどっちが悪いとかいいとか毎日報道するわ。

そしたら私もせっちゃんもお父様もお母様も、毎日のように記者に追いかけ

回されて、ああだのこうだのって一挙手一投足を見張られる、追及される。

いいの?私は嫌だわ。夫の地位も名誉も消えるかもしれないもの。そんなの嫌。

大体、私はお姉さまに皇太子妃になって欲しいなんて頼んだわけじゃないわ。

それでもお姉さまは結婚して富と名誉を得たんでしょう?

東京のど真ん中の緑一杯の敷地の中、ばかでかい宮殿に住んで、使用人は60人。

家事も育児もする必要がないのに、何でそんな不満ばかりいうのよ。

夫が頼りないくらい何なの?我慢しなさいよ。外食出来ないくらい何なの?」

「何よ。私の苦労も知らないで。毎日、監視されてるみたいに人に取り囲まれて

面倒で意味のない儀式だのしきたりだのを強制されてるこっちの気持ちがわかる?

しかもせっかく産んだ子が世継ぎじゃないからって・・・・外国旅行ぐらい

毎月させろ!ナルは言ったじゃないの!皇室外交させるって!なのに結婚してから

行けた国は片方の手でもあまるわ。おまけに今回も留守番。約束が違う。

約束が違う。違う違う違う!!」

マサコは興奮して叫び、そのせいで過呼吸を起こしたのか、へたへたと床の上に

倒れこんでしまった。

「ちょっと!まあちゃん。誰か、お医者様を」

女官が飛んでくる。軽井沢の閑静な別荘がいきなり大騒ぎになってしまった。

この日、夜中まで叫び声が聞こえたという。

 

 

 

 


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