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韓国史劇風小説「天皇の母」182(華燭のフィクション 1 )

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結婚の儀の二日前。

ノリノミヤは宮中三殿に参拝した。

正確には「賢所皇霊殿神殿に謁するの儀」という。

濃色の長袴に濃色の単、小袖は表濃色、裏紅。

長袴は精好の織、単は幸菱の文様で固地綾。

五衣は、表が萌黄色で松立涌文の固地綾に萌黄の匂いの平絹を

落としたもの。

打衣は、表が濃色無文で裏は同様の平絹。

表着は表が紅色人小菱文に白窠に八葉菊の上文を配した二倍織物で

裏は黄色の平絹。

唐衣は、表が紫亀甲文に白の雲鶴の丸を上文とした二倍織物で裏は紫の

小菱文の固地綾。

未婚を示す濃色の袴でしずしずと賢所に歩んでくる妹を見た時

アキシノノミヤは思わず涙がこぼれそうになって、ぐっとこらえた。

この衣を着たのは即位の大礼の時以来。

あの頃、妹はまだ20歳の若さだった・・・・そして自分は自分の事で精一杯だったのだ。

時から取り残されるようにして、気が付けばノリノミヤは30を超えていた。

いつも静かに父や母に寄り添っている、そんな娘だった。

その妹が。

今日は歴代の内親王の中でも一、二を争う品の高さで歩んでいるのである。

眼がしらを抑えた宮の手にそっとキコの手が触れた。

妻もまた涙ぐんでいた。

現在の皇室典範では内親王は結婚したら臣籍降嫁しなくてはならない。

35年も「内親王」として生きてきた彼女が結婚と同時に皇族でなくなる。

全く違う環境に赴こうとしている妹は雄々しさすら感じた。

この日、賢所の前で見守ったのはアキシノノミヤ夫妻、ミカサノミヤ夫妻

そしてタカマドノミヤ妃のみだった。

皇太子夫妻はもとより欠席だった。

どうやらマサコはこの手の行事には出るつもりはないらしい。

エガシラ家の葬儀には早々に夫と娘を伴って駆けつけたマサコであったが

随分と冷たい態度だった。

マサコにとって今、一番重要な事はアイコの幼稚園の面接だったらしい。

 

午後からはローブ・デコルテに着替え、正殿にて天皇と皇后に別れの挨拶を

する「朝見の儀」が行われた。

静まり返る正殿。前に並んでいる天皇と皇后。

そしてコツコツと小さな靴音を響かせながら、ノリノミヤがまず天皇の前に進み出る。

「今日までの長い間、深いご慈愛の中で御育て頂きました事を

こころよりありがたく存じます。

ここに謹みて御礼申し上げます」

目を細めた天皇は

「この度の結婚は、まことに喜ばしく、心からお祝します。

内親王としてその務めを立派に果たし

また、家族を支えてきた事を、深く感謝しています。

結婚の上は、これまでの生活の中で培ってきたものをさらに育み

二人で力を合わせて楽しい家庭を築き、

社会人としての務めを果たしていくよう願っています。

二人の幸せを祈ります」

結婚の儀に天皇と皇后は参列しない。これが本当に別れだった。

ノリノミヤは粛々と頭を垂れ、姿勢を正すと、またコツコツと靴音を響かせ

皇后の前に進みいでた。

「今日までの長い間、深いご慈愛の中で御育て頂きました事を

こころよりありがたく存じます。

ここに謹みて御礼申し上げます」

口上は同じだったが、目があえばお互いの気持ちはわかる。

「この度はおめでとう。これまで内親王として

また、家族の一員として、本当によく尽くしてくれました」

かつての日。貝殻を耳にあてて二人で波の音を聞いた日があった。

果樹園でみかんの収穫に笑った事もあった。

本当に辛い時も「ドンマーイン」と笑って励ましてくれた娘。

「どうか新しい生活においても、生活を大切にしつつ

社会のよき一員となっていかれますように。お二人の健康と

幾久しい幸せを祈ります」

嬉しい事なのに、なぜか心がざわめきたつ・・・・

 

しかし、ノリノミヤはそんな母のざわめきなど目に入らず

またも粛々と頭を垂れ、そして凛とした背中を向けて退出して行った。

 

その日の夜はノリノミヤ主催で夕食会が開かれた。

内親王主催はこれが最初で最後だろう。

嫁いでいけばかたや皇族、かたや一般人。

身分の壁にあたる。

誰も言葉には出さないけれど、これが内親王としての

晴れの夕食会なのだ。

しかし、ここには皇太子夫妻の姿はなかった。

「アイコが風邪気味なので」というのが欠席の理由だった。

内輪の夕食会とはいっても、そこは皇室である。

普段着で行くというわけにはいかず、皇后はじめ、キコも

宮も着物だった。

供されたのは大膳が腕によりをかけた料理で、うす味であったが

華やかな彩を添えている。

皇太子夫妻が出席しない事に誰も何も言わなかった。

最近、少し批判的になった妹に対する嫌がらせなのか、「適応障害」に

苦しむ妻を庇っての事なのか、それはわからない。

ただ、祝う気がない事だけは確かだった。

 

ともあれ、こういう場に出てくると必ず色々やらかしてしまう

皇太子夫妻がいないので、穏やかで和やかな夕食会になった。

天皇は一抹の寂しさを隠すように、殊更に明るく

「これからは母がしてきたように、黒田君に、そして黒田君に連なる人々に

使えるんだよ。男は何と言っても仕事が大事だ。夫の仕事を支えるのは

妻の役割だよ」と説教のように言った後、少し笑って

「一旦嫁したからには実家の敷居をまたぐものではないとはいうけどね。

いつでも帰っておいで。身分は代わっても、ここはあなたの家だからね」

と言った。

皇后はただ黙って娘を抱きしめた。

何も言わなくてもいい。そこには「大丈夫よ」という励ましの気持ちがあったから。

「おもうさま、おたあさま、私、必ず幸せになります」

少し湿っぽい空気の中、

「あーあ、クロちゃんが気の毒だなあ。こんなじゃじゃ馬を妻にして」

とアキシノノミヤが大声で言ったので、みんな大笑いした。

「じゃじゃ馬じゃなくてよ。私、しとやかな妻になるもの」

「朝ご飯が出来たと言われて気が付けば夕方だったりしてね」

「まあっ。お兄様っ」

笑い声は深夜まで続いて行った。

 


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