Quantcast
Channel: ふぶきの部屋
Viewing all articles
Browse latest Browse all 5842

韓国史劇風小説「天皇の母」187(時限爆弾のフィクション2)

$
0
0

クロダヨシキ・サヤコ夫妻の結婚を祝う茶会が開かれたのは

11月も下旬になってからの事だった。

公式行事などが開かれる大広間に、皇太子夫妻以下

ずらりと皇族や旧皇族、政府関係者が居並ぶ中、天皇と皇后に続いて

クロダ夫妻が入ってくる。

ヨシキはその張りつめたような雰囲気と一斉にこちらを見る視線に

ただただ心臓がドキドキし、いてもたってもいられなかった。

自分達が部屋に入ると(正確には天皇と皇后が)

全員が頭を下げる。

ヨシキとサヤコも視線を伏せるようにして広間に入ったのだが、

ふと視線がぶつかりあった。

それは皇太子夫妻だった。

全員が頭を垂れる中、皇太子夫妻だけは真一文字にこちらをみつめていたのだった。

それが「普通の事」のようににこにこ笑って見下げるような皇太子と

「格下に下げる頭はない」とばかりにツンとしているマサコを見た時

ヨシキの胸には大きな不安がよぎった。

(この二人は両陛下でさえ怖いと思わないのだな)

恐れを知らない者ほど怖いものはないとヨシキは思う。

なぜなら己のやっている事の重大さに気づかないからだ。

目の前の事で精一杯、自分の立場を守る事で精一杯の皇太子夫妻は

ヨシキからみれば故意に頭を下げなかったというより、「礼」そのものを

意識しなくなったがゆえの自然な振る舞いに見えた。

どんな英雄も格が上がりすぎると己が見えなくなる。自分の行為が

相手にどのように見られているかとか、相手はどう感じるかなどとは考えられないのだ。

側近は全てイエスマンばかり。

様々な国の独裁者はそうやって裸の王様になり、やがて滅びて行く。

(でも、この二人は滅びないだろう)とヨシキは直感した。

少なくとも自分達が生きている間はこうやって誰よりも上から見続けるに

違いない。

皇太子の冷たい笑顔。これでも妻の兄、自分の義兄なのだ。

ヨシキは知っていた。

小さい頃、皇室番組で仲良く遊んでいた3人兄弟を。

幼いヒロノミヤは下の二人よりも歳が離れていたから、構うというよりは

脇から見つめているといった風。

でもそんな兄を妹はとても慕っていて、いつも眩しそうに見上げていた。

そんな兄と妹が今は互いに視線を合わせようとせず、素知らぬふりをしている。

兄と弟、兄と妹。

本当に血のつながり程やっかいなものはない。

素知らぬふりをしていても、サヤコの心は波立っていただろう。

兄にもう一度こちらを見て欲しいと。

だが、ねじれた糸は決してほどけず、力を入れて引っ張れば切れてしまう。

痛々しくも平静を装う妻を心底愛しいと思った。

ちらっとアキシノノミヤを見ると、宮もキコも静かに笑顔をたたえて

サヤコを見つめている。

その、どこかほっとしたような、けれど寂しいような表情を見て胸をつかれる。

自分はアキシノノミヤにとって大事な大事な妹を託されたのだ。

茶会の間、終始和やかに会話が続いているように見えたが

実際に皇太子夫妻はほとんど誰とも会話をする事無く、二人で固まっていた。

みな、何となく皇太子を避け、マサコを避け、けれどそれに気づいているのか

いないのか、皇太子は全く動じる様子もなく妻に話しかけている。

気を利かせた皇后が必死に皇太子とマサコに話しかけ、表面上は

誰かと会話をしているように見えた。

「新婚生活はいかがですか?」

「新しい生活はいかが?もう慣れた?」

「独身の時とは違うでしょう?」

「お仕事からのお帰りは何時頃なの?宮様をお待たせするの?」

「何かと大変でしょう。これから」

等々、話題は尽きない。

ひっきりなし誰かかれかに同じような質問をされ、そして同じように答える自分がいる。

「ええ。やっと落ち着きました」

「ええ、私は平気ですがサヤコが大変だと思います」

「ええ、確かに違いますね。家に帰ると母ではなくもっと若い妻がいる」

「公務員ですから基本的に9時ー5時です。なるべく早く帰るようにしています」

「そうですね。しかし私達は大丈夫です。ご心配頂きありがとうございます」

コミュニケーションというよりはカンバセーション。

上流の会話というのに「本音」ない。

決まった質問に決まった答えがあるだけだ。

ようやく皇太子が近くにやってきた。

「先日は失礼したね」

「内親王様のお具合はいかがでしょうか」

「うんまあね。マサコがつききりで看病をしていたから。アイコはよく熱を出す子で」

「そうですか」

「子供が出来ると二人きりの時には考えられない生活が待っているんだよ」

「はい」

「でもまあ、そんなに悪いものではないね。結婚生活は」

「はい」

皇太子が一方的にまくしたてている。ヨシキは何と答えたらいいのかわからず

ただただ「はい」だの「そうですね」だのと適当に答えるしかなかった。

「弟の学友なんだってね」

いきなり何の話だろう。

そんな事、1年前から言っている事なのに。

「昔の東宮御所に来た事ある?」

「はい、アキシノノミヤ殿下のお誕生日に伺った事が」

「そう。建物があの頃と変わっているからね。会った事あったかい?」

「いえ・・・」

「そうだよね」

皇太子は一人でその答えに満足したのか、あっさりと人の波に入って行く。

ヨシキはめまいがした。

「どう・・なさったの?」

サヤコが心配そうに聞いた。

「慣れない席でお疲れでしょう?お話になりたくない時は無理しないで」

「いや。そういう事じゃないんだけど」

「でも少し汗が」

サヤコはハンケチでそっとヨシキの額を拭いた。

「あら、見せつけるわね」

そう言ったのはマサコだった。わりと大声だったので、一瞬みんながこちらを見る。

「いえ・・妃殿下」

サヤコは珍しくどぎまぎして、答えに窮した。ヨシキもまたとっさに言葉が出ない。

「新婚ですものね」

助けてくれたのはキコだった。

「早くも夫唱婦随ですね。素敵」

キコはにっこり笑ってヨシキ達の袖を引っ張った。

「宮様にご挨拶を」

ごく自然にキコは二人を引き離し、アキシノノミヤの元に連れていってくれた。

「大丈夫か」

宮は笑ってグラスをカチンとヨシキのグラスにあてた。

「あらためておめでとう」

「ありがとうございます」

「多分、今が一番幸せだろうなあ」

「宮様もそうだったんですか?」

「いや、僕は今も昔も一番幸せだよ」

宮は茶目っ気たっぷりに言った。

「ただ、妹はおっとりしているから世間の時間に乗れないのじゃ

ないかと心配で。君にも迷惑をかけているんじゃないか」

「そんな事ありません。そうだ、サヤコの手料理はおいしいですよ」

「作るのに何時間かかった?」

「・・・・・・2時間・・・くらい」

二人は大爆笑した。

妻たちは「失礼よねーー」と少し睨んだ。

秋の終わりに春がやってきたかのような温かな雰囲気がそこら中に広がり

人々が三々五々集まって来る。

ひとしきり、夫婦談義などして盛会のうちに茶会は終わったのだが・・・・

終了時、皇太子妃が消えている事は誰もが気づいていた。

ヨシキは時々宮が見せる憂欝そうな表情を見逃さなかった。

本来ならもう少し気楽な立場でいられる筈なのに、瞳に憂いが。

同い年なのに髪は真っ白で、目元には深い皺が刻まれている。

皇族でいるというのは本当に大変なのだ。

(あなたを兄と呼ぶには恐れ多すぎる。けれど僕は心の中で

この方を尊敬をこめて兄と呼ぼう。血のつながりはないけど

縁あって義理の兄弟になったのだ。きっとお守りしよう。

サヤコと二人で)

ヨシキは強く心に誓った。

 


Viewing all articles
Browse latest Browse all 5842

Trending Articles