「ご入園おめでとうございます」
キコは小さなアイコにそう言った。
マコもカコも深くお辞儀をした。
制服を着たままのアイコは無表情で体をくねらせるとすぐにマサコの陰に隠れる。
「皇族なんてつまらないわ。学習院じゃないといけないなんて」
マサコは取り繕うようにそういうと、さっさとアイコの手を離した。
「一緒に遊びましょう」
カコが声をかけると、アイコは嬉しそうににっこり笑い、後をついていき、
女官がその後を追いかける。
「あら、カコちゃんのいう事なら聞くのね。アイコ付きの女官になってほしいわ」
キコが答えに窮すると
マサコははははと笑い出した。
「冗談よ。それよりねえ、これみて頂戴」
マサコは女官に銘じて、いくつもの袋をテーブルに乗せると
ばさっと中身を出した。
そこにはねずみの耳の形のカチューシャやマグカップ、
SサイズやMサイズのカラフルなパーカー、バスタオルが何枚も
さらにバッグや財布などがこれでもかという程に広がった。
どれもこれも、キャラクターグッズであったが、キコにはあまり
よくわからない。
「これは・・・」
「ランドのお土産よ」
ランドの土産・・・つまり、先日、マサコ達が豪遊したあの・・・・
「これを全部買われたのですか?」
思わずキコは言ってしまい、はっと口をつぐむ。
「そりゃあそうよ。まさか盗んできたとは思わないでしょう。
アイコがマコちゃんとカコちゃんの為に選んだのよ。貰って頂戴」
「まあ」
キコは答えに窮し、でも思い切って言うしかなかった。
「ありがとうございます。でもこんなには頂けません。どれか一つで」」
「何を言うの?全部私達が買ってきたのよ。あなた達の為に。
私、ランドは10年以上ぶりだけど、結構楽しかったわ。シーは初めてだったの。
あなた、行った事ある?」
「いいえ。私も宮様もございません」
「そうでしょうね。私はアメリカで本場のランドへ行ったのよ。スケールが
違うわよ。本当はアイコにも本物を見せたかったけど、しょうがないから
日本で我慢したの。
グッズも昔に比べたら種類も増えたし、可愛いし。思わず一杯
買ったの。子供達も喜ぶでしょう」
といい、女官に子供達を呼ばせた。
マコとカコの間に挟まれて歩いてきたアイコはさながら「妹」のようだった。
一瞬にして、カコの目が輝いたが、母の目を見て、はっと下を向く。
マコはテーブルの上に広げられたものの可愛らしさに思わず
顔をほころばせる。
「これ、二人におみやげよ。全部上げるわ」
「え?」
マコ達は顔を見合わせる。
キコはためらいがちに
「トシノミヤ様があなた達の為に選んでくださったそうよ。でもこんなに
沢山いただくわけにはいかないわね。どれか一つになさい」
マコとカコは素直に「はい」といい、それからマサコ達に向かって
「ありがとうございます」と頭を下げた。
マサコはふふんと鼻を鳴らし
「私がいいと言っているんだから全部貰って」
と言い募る。
「あなた達、ランドに行った事ある?」
「いえ、ありません」とカコが言った。
「だったらちょうどいいじゃない。このバスタオルは普通のより大きいのよ。
それにこのパーカーの柄がいいじゃない?あなた達、アリエルは好きでしょ?
そう思って買ってきたの。アイコはもう十分持っているから」
そこまで言われたら断れない。
キコは「では頂きます。本当にありがとうございます」といい、
侍女にグッズの山を片付けさせると、子供達を部屋にやり、お茶を出した。
「私達にまでお気遣い頂いてありがとうございます」
「いいのよ。昔は月1で行ってたものだけど。ランドは年パス買わないと」
「トシノミヤ様の幼稚園生活はいかがですか?」
話題を変えようと紀子は話を振った。
入園式以来、マサコは保護者会にも顔を出しているが
もっぱら送り迎えは皇太子がしているという話だ。
おまけにアイコは5月になってからというもの、幼稚園を休んでばかりいる。
今日の訪問も、病み上がりで行った遠足の帰りなのである。
ゴールデンウイークも飛び石部分を全部休み、やれ微熱だ下痢だと
次々理由をつけては休んでいる。
しかし、今日のアイコは元気そうだった。
幼稚園の話題をふられると、途端にマサコは不機嫌になった。
「学習院幼稚園ってちょっとおかしいんじゃないの?」
「え?」
「まだ4歳の子供に箸を使えとか、送り迎えは母親がやれとか。
スプーンだって箸だっていいじゃない?何か問題ある?
箸が使えるからなんだっていうの?
送り迎えだってやれる人がやればいいじゃない?
それを殊更に母親に拘るなんて男尊女卑だわ」
「そうですか。妃殿下はお加減がお悪いのですから、女官に
お任せになれば・・・・」
「私もそう思ってるけど、信用できないのよ。あの幼稚園」
「は?」
「絶対、裏で私達の悪口を言ってそうじゃない?根性が悪いっていうか。
母親達もよ。今日の遠足だって私達を無視して敷物を敷き始めて
うちは女官がいるからと黙って立っていたら雨が降り出してね。
しかも女官が来ないのよ。私、びしょぬれになるかと思ったわ。
そもそも何でお弁当を外で食べないといけないのかしら。
ママ同士で、あのおかずこのおかずって・・・バカみたい」
マサコはマシンガンのようにしゃべり続ける。
キコは先ほどからずっと背筋をぴんと張って座っていたのだが、
妊娠しているせいなのか、背中が痛くなっていた。でもそれを
顔に出すわけにはいかず、じっと耐えている。
「遠足は子供達の楽しみですし。でも雨が降ったのは残念でしたね。
トシノミヤ様はお風邪を召しませんように」
などと話している所に、マコが部屋から出てきた。
「お母さま、アイコちゃん、お咳が出るんだけど」
最初に立ち上がったのはキコだった。促されてマサコも立ち上がった。
子供部屋ではカコの手作りおもちゃで遊んでいるアイコは
げほげほと咳をしている。顔も多少赤い。
「お熱かしら?」
キコが額に手をあてると、結構熱かった。
「まあ、すぐにお医者様に見せた方がよろしいのでは?」
「え?そうなの?いやだ・・・」
マサコはアイコを抱き上げる。結構体が熱かった。
「また休み・・・ああ。少し楽させてくれたっていいのに」
「車を玄関に。それから毛布を出してちょうだい」
キコはてきぱきと侍女に命じ、待機していた東宮家の車が
車寄せに到着するまでにはすっかりアイコは毛布に包まれ
マサコに抱かれていた。
「子供はよく熱を出すものです。お大事になさいませ」
見送ったキコはほおっとため息をついた。
「妃殿下。トシノミヤ様のお風邪が移ったらどうなさるんですか?」
侍女長が少し厳しい顔で言った。
「大丈夫。妊婦は免疫力高いから。でも少し疲れたわ。横になっていいかしら」
「もちろんでございます」
侍女長に付き添われてキコは宮邸の中に戻った。
「お母さま。これ、全部頂いていいの?」
沢山のおもちゃを目にして喜んでいたのはカコだった。
気持ちはわかるが・・・と、キコはあえて厳しい顔をする。
「いいえ。これはお返しするのよ。宮家がこんなに沢山おもちゃを持っては
いけないわ。どれか一つ頂いて、あとはお返ししましょう」
「どうして?アイコちゃんが買ってくれたんでしょう?」
「カコちゃん、私達がこんなキャラクターがついた服を着て外に出たら
どうなると思う?」
マコが優しく言い含めるように言った。
「メーカーの宣伝になるような事はしちゃいけないのよ」
「そんな事言ったって、どれも可愛いし。私だってランドに行きたい。
なんでアイコちゃんは行けたの?」
「アイコちゃんは皇太子殿下のお子だから」
「・・・・私だって行きたいもの」
「大きくなったら一緒に行きましょうよ」
マコがなだめるが、カコはぷいっと横を向く。
「今、行きたいもの」
「無理を言ってはダメよ。お母さまの御具合が悪くなるでしょ」
マコの声も段々高くなる。
「いいもん。どうせいつも連れて行ってもらえないもの。
「カコちゃん。私達皇族の仕事は遊びではないのよ。それに私達が
動くと多くの人が足止めされたり迷惑することもあるから。警備の人達も
いつも以上に気を遣うし。私的な事でそんな風にはね」
「じゃあ、なんでアイコちゃんはいいの?」
カコは叫ぶように言った。
「アイコちゃんだって皇族じゃない。だけどあちらはお父様とお母さまと
3人で一緒に行ったわ。いつもそうよ。お母さまたちは私やお姉さまに
我慢ばかりさせるけど、不公平よ」
「いつ我慢ばかりさせましたか?」
キコは声をあらげた。
「させたわよ。私のスケートはお金がかかるし、大会に出るのは最後にしましょうって
おっしゃったけど、アイコちゃんはスケート場を貸し切っているのよ。
私の方がスケートが好きなのに」
いつの間にかカコの瞳からぽろぽろ涙が出てくる。いつもは
こんなにぐずったりしないのに。
「立場が違うと言ったでしょう?何度言われたらわかるの?」
「知らないもん」
カコは目を大きく見開いて、そして
「大人なんて汚い。大嫌いよ」
わあっとカコは廊下を走って行った。
呆然とするキコ。そしてマコ。
キコは少し貧血気味になってへたへたと座り込み、
慌てて侍女とマコに支えられた。
「一体、カコちゃんに何があったの」
キコはただただそれだけ言い、不覚にも涙が出てしまった。
「大人が汚いって・・・なぜ?ねえ、マコ、何か知らない?」
マコは視線をそらし・・・「なんでもないわよ。カコが悪いの」と言った。
「何か知っているなら教えて頂戴。どうしたの?」
それでもマコは黙っている。
こういう所は自分に似ていると思いつつもキコは問い詰めた。
「言いなさい。マコ」
仕方なく、マコは話始めた。
「男と女の話よ。どうして赤ちゃんが出来るかって」
「え?何?それ?学校で習ったの?ああ・・習うわね。そうよね」
「お母さまのご懐妊が・・・その・・・」
マコは渋った。こんな事を言ったら母がどれだけ傷つくかと思うと言えない。
「私が何?どうしたの?大事な事でしょう?」
「・・・わざとじゃないかって。つまりその」
マコは顔を真っ赤にした。それでキコも何をいわんとしているかわかった。
「お母さま。カコちゃんを叱らないで。カコちゃん達はまだ子供なの。
興味本位であれこれ言う人がいるの」
「あなたも言われているの?」
マコは視線をそらした。キコは絶望的な気持ちになった。
「なんてこと」
「妃殿下・・・妃殿下」
倒れそうなキコをささえ、侍女長はすぐにベッドの用意をさせた。
「妃殿下、お部屋でお休みくださいまし。あとは私が全部引き受けますから」
「でもカコが・・」
「妃殿下。今はご自分のお体を第一にお考え下さい。お若い頃とは違うのです」
そういわれてキコは仕方なく侍女長の言葉に従った。
「皇后陛下から賜ったトマトジュースをお持ちしましょう。心をゆるりと
お持ちください」
「お母さま・・・・」
いつもは元気で明るい母が真っ青な顔をして寝室に入った様子を見て
マコは罪悪感に背中が凍りそうだった。
(アキシノノミヤ家ってそうまでして天皇になりたいんだって)
(エッチしたの?いやーーいやらしい)
(アイコちゃんでいいのにね)
直接にはぶつけられないけど、陰でこんな風に言われている事は
マコは知っていた。
そうでなくても週刊誌の報道は常軌を逸脱している。
そんな雑誌の表紙をみない中学生などいるものか。
そして、そんな言葉はカコにも。
なんだって東宮家は、あんなこれみよがしにお土産を持ってきたんだろう。
自慢・・・だったのかな。おばさま達ってそういう人なのかしら?
理想で生きようとする宮家と現実として矛盾を抱える東宮家。
もうすぐ15歳のマコと12歳のカコには理解できない事ばかりだったのだ。
そしてただ・・ひっそりと傷つくしかなかった。