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韓国史劇風小説「天皇の母」210(鬱陶しいフィクション)

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また電話のベルがなった。

この所毎日だ。

盛夏の夜は寝苦しい。冷房が嫌いだから窓を開ける。

空気がほんの少し抜けて、生暖かい風が流れる。

網戸があるから虫は入ってこない。

風鈴の小さな音が響く。

「誰も私の事なんか考えてくれないんです。お父様もお母様も。

夫なんていてもいなくても同じなんです。

世の中に私程不幸な女はいないんじゃないかと思います」

また始まった・・・・毎日好き勝手に寝て起きて食べているくせに

どうして「不幸」を言い立てるんだろう。

世の中の「うつ」患者の悩みはほとんど「貧困」だ。

その貧困からもっとも遠い立場にいるのに、自分は「うつ」だと

言い募って仕方ない。

団扇で仰いでも汗がじっとりと来る。

なんて夏だろう。

「そもそも私、結婚したくてしたんじゃないんです。私の意志を

誰も尊重してくれないんです。私だってこんな状態になるとわかって

いたら結婚なんかしなかった」

ああ・・・このセリフ、もう何年聞き続けているだろう。

夫が気の毒になる。

「でも7月は随分とお元気でいたでしょう」

話題をふってみる。

「確か月の始めにはモーツァルトを聞かれましたよね。あれはいいでしょう?

やっぱりモーツァルトは治療にいいですよ。

それから学習院のOB演奏会にも行かれましたね。あの時は妹君も

いらして久しぶりに楽しくおしゃべりをされたのでは?

代々木のポニー公園はいかがでしたか?

内親王殿下もさぞお喜びになったでしょう」

「その後がいけなかったんですっ!」

突如、大きな声が受話器に響いて思わず離す。

「私がこんなに一生懸命になる事って今までありましたっけ?

なかったでしょう?私にとって今年の夏は特別なんです。

ええ。そう。特別だから私だって頑張って少しはお返ししなくちゃと

思ったのに。どうしてそれがわかって貰えないんでしょうか」

・・・・相手にも都合があるという事をまるっきり理解しない。

そこにあるのはひたすら自分の感情だけだ。

「今まで一度だって舅や姑と一緒に過ごしたいなんて思ったことは

ありません。その私がですよ。一緒に過ごしましょうって言って

あげたんです。この私が。

なのに断るなんて・・・・・お父様に叱られてしまうわ」

「大丈夫。お父様も妃殿下の努力を認めて下さいますよ」

「いつもそうやっておだてて・・・」

甘えた声がする。少し機嫌が直ったんだろうか。

「過ぎた事は忘れましょう。それよりも人形劇は?楽しかったですか?」

この母親は時々ひどく子供のようになる。

子供向けミュージカルなど面白いのだろうか?

そういえば、まだ夏休み前の事。

3回も東宮御所で「子供会」をしたらしい。

屋台を読んだり、打ち上げ花火をしたり、それはもう子供会

というより大人のバカンスである。

おまけに今は那須にいるんじゃなかったっけ?

7月丸々お遊びに使って、さらに那須に静養だ。

これで「私程不幸な人間はいない」というのだから呆れる。

こちらはお盆休みも返上、今、この時間だって明日の仕事が

あるというのに。

「人形劇はまあ楽しかったかも。でもあの子は全然楽しんだとは

言えません。面白いのか面白くないのかさっぱり。

ただただおとなしくさせているのが精一杯で」

「それでいいのです。とにかく刺激を与える事が大事ですから」

「そう思ってこっちに来てからも馬に乗ったり、テディベア美術館に

行ったりそりゃあもう大変なんです。

こんなに努力しているのに、彼ったらさっさと自分だけ東京に

戻ったんですよ」

そりゃあ、仕事があるから。

夫が仕事で帰京しても自分は戻らず、娘と一緒に毎日レストランで

豪華な食事をしているっていうのに、一体これは誰に対する文句なのか。

「私、別に馬に乗りたいわけじゃないんです。どうぶつ王国だって

行き飽きましたわ。でも、あの子は同じ所じゃないとダメで。

まあ私もその方が安心するけど。それにしたって私、いつまでこんな

生活をしたらいいのかしら。

全く自由がない。まるでかごに入れられた鳥みたい。

いつも侍従や女官に囲まれて、好きに行動出来ないんです。

私が何かしたいと言えば、みんな渋い顔ばかりして。人権蹂躙。

なのに回りの人達は少しも同情してくれない。本当になんでこんな

星の下に生まれたのか。自分で自分が可哀想で可哀想で」

ついにしくしく泣きだした。

「大丈夫ですか。お薬はちゃんと飲んでいますか?」

「ええ・・でも私は病気じゃありません。回りが変わってくれたら

私も変わる事が出来るんです。それが出来ないから困っているんです」

暑い・・・なんて蒸し暑いんだろう。

受話器を持ったまま窓をしめてエアコンをかける。

冷たい風が心地いい。でもそれもあとわずか。

やっぱり切るはめになるんだろうな。

自分が変わらない限り人は変わらないという定義をいつまでも

覚えようとしない。

ああ、なんて所に手を突っ込んでしまったんだろう。

脛に疵持つ身でなければ絶対に関わらないだろうに。

しかし、今、自分にも家族がいる。そっち優先だ。

こうやって一分いくら、1時間いくらと考えながら受話器を持っていればいい。

「今は楽しい事だけ考えましょう。もうすぐ籠の鳥じゃなくなるでしょう?

オランダへ行くじゃありませんか」

「別にオランダに行きたいわけじゃないんです。

本当はフランスとかスイスとかイギリスへ行きたいんです。

だってオランダなんてよく知らないんですもの。

でも、結局、許してもらえたのがオランダなわけで。

私も妥協するしかありませんでした。一応、お城に泊まれるんだし

外国だし。行きたい国も自分で決められないなんてありますか?

そんな人います?

それもスキーが出来る季節ならともかく、真夏ですよ。

ヨーロッパの夏はそんなに暑くはないけど、あまり面白いともいえないし」

「国内にいるよりましでしょう?もうすぐあちらの妃殿下のご出産も

ありますしね」

と言ってしまってから「はっ」とする。これは禁句だった。

「人生でこんなにいやがらせを受けた事はありません。

私の目の前で子供を産むなんて。

信じられない。これで本当に男の子だったら私達はどうするの?

追い出されてしまうの?それを考えると怖くて怖くて」

ついに号泣・・・・・ああ・・・

「睡眠薬をお飲みください。妃殿下。そんなに泣いてはいけません。

あちらにどっちが生まれようと皇太子妃はあなたです。

という事は皇后もあなたです」

「お父様が何とかしてくれるって言うんですけど・・・・」

ひとしきり泣いてから、やっと声が落ち着いてきた。

時計を見る。ええ?もう夜中の3時。

もうすぐ夜が明ける。

「とにかく今はオランダの事だけ考えましょう。ね?私も一緒に

行くんですから。そうでないと飛行機の搭乗許可は出せませんよ」

「やだあ、先生。意地悪な事いって」

笑い声が聞こえた。よかった。やっと機嫌が・・・・

「さあ、もう眠る時間です。お互いに少し休みましょう」

「私は大丈夫なんですけど・・・・・」

「しかし、私も朝から仕事があるので」

「そうっか。わかりました。また電話していい?」

「ええ。いつでも」

やっと・・・・やっと受話器を置いた。利き腕が震えている。

腱鞘炎か筋肉痛になる。しばらくこの震えは止まるまい。

やっとベッドに横になる。

すると、ごそごそ隣で動き出す。

「あなた。もう朝よ」

「いや・・30分だけでいいから寝せてくれ」

オーノは悲鳴のように言ってからもう意識を失っていた。

 

 

 

 

 


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