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韓国史劇風小説「天皇の母」212(ウインナ・ワルツのフィクション)

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「準備は大丈夫かしら」

出発の朝、心配そうな母の顔を見てマコは気持ちを奮い立たせた。

もうすぐ自分達に弟か妹が生まれる。

母の体は大変な時期にさしかかっている。こんな時に「一人旅」それも

外国への旅が不安だなどと口に出せるはずがない。

本当は行きたくなかった。

母を置いては。

でも「私が入院するのはあなたが帰って来てからだから大丈夫。

お勉強していらっしゃい」と母が言うので。

オーストリアの家に2週間のホームステイ。

初めて「皇族」ではない自分を体験する事になるのだ。

「自分の事は自分でおやりなさい。回りに上から目線で話してはいけません。

常に日本人として礼儀正しく・・・・・」

ずっと言われ続けて来た事をもう一度反芻する。

「まあ、マコなら大丈夫だろう」

父は笑っている。そういえば7月に一緒に伊勢に行き、式年遷宮の準備を

お手伝いしたっけ。楽しかったなあ。

「そうはいってもね」

母はどうにも心配性のよう。それもそのはず。

この所、女性週刊誌による「生まれるのは男子」説やら

「マサコさまがお可哀想」節がひどくて、さすがの両親もぐったりしているのだ。

覚悟をしてきた事とはいえ・・・・

「お姉さま、行ってらっしゃい。でも早く帰って来てね」

カコが泣きそうな顔をしている。心細いのだろう。

母は公務と自分の体の事で精一杯。それでもお弁当を作ってくれたり

宿題を見てくれたり、色々気を遣ってくれる大事な存在。

しかし、本音を言えば学校でひそひそ言われる「陰口」の方が辛い。

しかも広めているのは・・・・あのタカマドノミヤ家の女王だというのだから。

自分もまた面と向かってではないけど、空気として

「マサコさまがお可哀想だってお母様がおっしゃってたわ」という回りの声は聞こえる。

大人の事はよくわからないけど、子供が生まれるっていい事なんじゃないの?

男系男子しか継承できない「天皇」の位は男女不平等だっていうけど

本当にそうなの?

様々な鬱屈した気分がやってくる。

でも、とにかく今は。

「では、行ってまいります」

マコはウイーンの空へと旅立った。

 

ここ一ヶ月程、マサコは躁状態になったかのようだった。

毎日のようにアイコを連れて深夜にホテルのレストランへ行く。

那須の御用邸に宿泊した時は、近くにきた母や妹たちと

昼間から高級リゾート倶楽部のプールで子供達を泳がせ、自分達は

おいしい料理に舌鼓を打った。

誰も反対しないし、誰も口を挟まない。

きっとオランダ行きの準備が大変なのだ。

自分では荷物一つ詰めないマサコは、ただただその場の楽しさを満喫していた。

アイコは食べ物さえ与えておけばとりあえずおとなしいし、母や妹たちとは

話があって何時間しゃべっていても飽きない。

オランダではオワダ一家が集ってお城でパーティを開く予定である。

こんな自分だからこそ、オランダの城を貸切る事が出来る。

「お父様の力がわかった?」とユミコは自慢げに言ったが、本当にお父様さまさまだ。

世間では「批判」の声もあるようだ。

だがそれがどうした?私は海外に行かないと死んでしまうのだ。

日本なんて堅苦しくて言葉が通じなくて大嫌い。私の能力は海外でこそ生かされる。

その万能感こそが病気である事をマサコは全く気付いていなかった。

「もうすぐオランダで・・・何を食べてどこに遊びに行こうか」

と毎日、そればかり考えているマサコだった。

 

ウイーンで出迎えてくれた夫妻は母の古い友人だった。

そう。母はその昔、オーストリアに住んでいたのだ。ドイツ語が流ちょうなのはその為。

世間ではよく、伯母さまの事を「帰国子女」だというけど、本当は母の方がそうなんじゃ?

思っても口に出せない一言だ。

「ようこそ、プリンセス・マコ。どうぞ2週間の間、楽しんで下さいね」

夫人は金髪に大きな灰色の目をした優しそうな人。

ドイツ語はあまりわからないけど「グーテンモルゲン」「グーテンターク」「ダンケシェーン」

くらいはわかる。

それにしてもウイーンとはなんと古い街並みをしているのだろうか。

かつてハプスブルク家の栄光を象徴した街。

そして沢山の音楽家を輩出した街。

どの建物も100年以上経っていて、石作りのそれは便利さよりも「歴史」を大事に

しているようだ。

ウイーンには余計な音楽がない。音は自分の心の中で奏でればいい。

何と自由である事か。

数々の芸術が、日本では「道楽」とみなされる事が多いけれど、、ここでは立派な

地位を持っているのだ。

「まあ、プリンセスはなんてお行儀のよい人でしょう」

夫人は毎朝、自分にそう言った。

「さすがプリンセスね。でも好き嫌いを言っていいのですよ。ここでは自由」

でもマコは一日のほとんどを見学と語学の勉強にあてた。

ときおり、夫人が連れて行ってくれるカフェで食べたザッハ・トルテ。

ちょっと固いかな・・・それに甘い。でもウインナ・コーヒーはおいしい。

カフェの天井の高さと調度品の豪華さ、通りを見れば馬車を操る御者がいる。

一体、ここは何時代なんだろうと思ってしまう。

でもマコはそんなウイーンが大好きになった。

「今日はテレビの取材が入るのよ。シェーンブルン宮殿へ行きましょう」

第一次世界大戦の敗北と皇帝の死により、ハプスブルク家は600年の歴史に

幕を閉じた。王宮はホーフブルク宮だったが、多くの時間を過ごしたのは

シェーンブルン宮殿と言われる。

恐ろしく豪華な宮殿の中は、ハプスブルク家の栄光が詰まっていた。

「でも、ほら、あの一角には有名なミュージシャンが住んでいるのよ」と言われて

マコはびっくりしてしまった。

ミュージカル「エリザベート」の作者が住んでいるという。

宮殿が現役のアパルトマンになっているとは。

「そうやって建物が劣化しないようにしているの」

時代の流れをほんの少しだけ理解できる。

「ハプスブルク家も男系で皇室でした。でもマリア・テレジアの時代に

後継ぎがいなくてどうしようもなくて、ロートリンゲン家からフランツ・シュテファンを

迎えて結婚します。

フランツ・シュテファンは結婚と引き換えに自分の国を失うのです。

彼は名目上フランツ一世として帝位につき、マリア・テレジアはその后という

立場ではありましたが、政治のほとんどは彼女がとりました。

一般的にハプスブルク家といいますけど、この時から正式な名前は

「ハプスブルク・ロートリンゲン」といいます。

フランツ・ヨーゼフ一世の正式名は

フランツ・ヨーゼフ・カール・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン。

つまりマリア・テレジアの時代で男系は途絶えてしまったのね。

そういう意味では日本は素晴らしいわ。皇族や王族の価値は何といっても

その「青い血」ですけど、日本の天皇家は一本の線で繋がっているんですものね。

言っては悪いけど、ハプスブルク家もロートリンゲンがくっついたせいで

ちょっと神聖さが失われたと言われているわ」

マコはあらためて歴代の皇帝の肖像画を見てみた。

最後のカール一世は庶民になったのだった。

「マリー・アントワネットはマリア・テレジアの娘ですけど、あなたくらいの時に

たった一人でオーストリアからフランスへ嫁いだの。

言葉もよくわからない国へ王太子妃として嫁ぐっていうのは相当なストレスよね。

彼女が浪費して国家の財政を傾けた事は悪い事だけど、10代ならしょうがない

かもしれないと少し同情するわね。彼女は子供を持ってからはいいお母さんになったのよ」

 15歳くらいで他国へ輿入れ。

当時は珍しくない事だったかもしれないけど、やっぱり不安だったのでは。

でも一人の王族の行動が革命を引き起こしたり、国の運命を左右したり・・・・

「エリザベートの息子、ルドルフ皇太子は自殺してしまってね。

フランツ・ヨーゼフ一世には男子が一人しかいなかったし、ルドルフ皇太子には

娘しかいなくて。仕方なく、甥のフランツ・フェルディナンド公を皇太子にしたの。

でも、彼は貴賤結婚・・・つまり家柄のよくない女性と結婚した為に、その子供達には

皇位継承権がなくて、妃のゾフィも皇太子妃と認めてもらえなくて。

フランツ・フェルディナンド公はそれを払しょくする為にサラエボに行った・・・でも

二人とも暗殺されてしまったわ。

一人の結婚が戦争を引き起こしたの。

今時、血筋がどうの、家柄がどうの・・・・とバカみたいなこだわるだというでしょう。

もう皇室はないし、最後の「王子」オットー・ハプスブルクさんはDJとしての人生を生き

亡くなったわ。

もうこの国はには王族や皇族を尊ぶ人はいないと思うでしょう?

それがそうでもないのよ。

ヨーロッパの社交界は広くてね。たとえ一般的にタイトルをつけていなくても

「青い血」を持つ人達の集まりはあるのです。

みな、誇りを持っているわ。問題は「名」ではなく「血」です」

マコにはちょっと難しいなと思った。でもその後に夫人が

「あなたは世界一古い家柄の天皇家のプリンセス。それを常に誇りに思って下さい。

私の大事な友人であったプリンセス・キコがプリンス・アキシノと結婚したのは

これはもう神が定めた運命だと思うの。私達も嬉しい」

 と言った時には身が引き締まった。

「お国へ帰ればプリンセスとして大切なお役目があるでしょう。

でもここではどうぞ、一人の女の子として過ごしてね」

マスコミが多数取材する中で、マコは自然な笑顔を作ろうと努力した。

どんな時でもオールウェイズスマイル。

母の言葉がウイーンの空に響き渡った。

 

 

 


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