あのねーー雅子妃が白を好むのは、多分顔が明るくなってくすみがとれるからじゃないかしら?
色黒で肌がきれいじゃないという自覚はあるみたいで、あるじきからずーーっと白が多い。
50を3年超えても髪型は長髪のハーフアップ。気持ちがバブリーで平野ノラといい会話が出来るんじゃないかしらと思いまして。
ネットの批判は耳に届いているのか、陛下に似合わないジャケットを着せたり、肩パットやめたり。あとは小皿帽子ですわ。
英国ドラマを見ていると、小さな帽子はもっと深く被るもので前に出すものではありません。花を飾る時もどっちかっていうと両脇。室内で被るものですわね。いわゆるカジュアルというか。
少し宝塚歌劇をご覧あそばせ、皇后陛下。かつら一つとっても自然につける方法はあるし、帽子や服装も参考になると思いますわ。
実は、最近、元華族のおぼっちゃまが結婚相談所を開設し・・・という脚本を書きましたら、「あなたは戦前の日本をいい国だと思っているのか」と学校の先生に言われ、ショックを受けました。
「その時代に生きている人ならそう思う筈」と答えたのですが、60を超えた方がそんな風に思っている事自体が、(わかっちゃいるけど)ぞっとしちゃって。
主人公のおぼっちゃまは戦前は軍人で、国の為に戦っていたのですが、戦争に負けて華族制度も消え、心機一転、結婚相談所を開くのですが、心のどこかに「国民を守れなかった自分」を感じて苦悩するというシーンがあり、それが色々言われたわけですね。
左翼思想の持ち主から見ると、「国家は右傾化している」ように見えるらしく、それもこれも安倍政権のせいだというわけなんですが
あ、そうそう、話は変わりますが、先日ケーブルテレビで「裁判ーあなたが判決を出して下さい」というドラマが生放送で世界一斉に同時放送されたんですね。
ドイツの飛行機が突如イスラム派にハイジャックされて、それを追っていた軍機。
どうやら飛行機は7万人がいるスタジアムに突っ込むぞ・・・となり、その数十秒前に軍機が飛行機を撃墜。乗客146人が死亡。
撃墜した軍人は命令に従っただけなんですが、裁判で有罪か無罪かを問うんです。
ドラマの中には、乗客の家族や軍人などの証人が出てきます。
電話でアンケートに参加し、多かった方の結末を放送するというもので、結果的に日本では「無罪」になったんですが、この時、アナウンサーが執拗に「有罪」と言い続けまして。その理由が「人の命は数で決まるものじゃない」とう事でした。
パックンが「そうだけど、医療の現場でトリアージしているのも一種の多数決。命の重さに変わりはないが146人と7万人とどっちをとると言われたら・・・」それで無罪を主張したのです。
結果的に日本では無罪、世界的にも無罪がほとんどだったのですが、日本らしいと思ったのが「有罪」を入れた人が日本人だけだったという事で。
どんだけお花畑だーーと思いました。
7万人を犠牲にしたらそれはそれで言われるし、答えは一つではないにせよ、戦争というのはそういう二者択一の場が多いという事です。
沖縄戦に両陛下が黙とうしたとか、皇太子も一緒だったとか、それはそれでいいですよ。
でも沖縄を焼き払ったのは外でもないアメリカ軍であった事を思えば、皇后陛下がアメリカに心酔するのはおかしいと思いますし、ベアテ・ゴードンでしたっけ?日本国憲法を作った女性に「ありがとう」なんて雑誌で書かせないで頂きたいです。
当時、生きていた軍人さん達は上からの命令で戦場に駆り立てられたことは確かでしょうけど、でも戦う以上は家族を、家族が住む土地を人を守りたいと思った筈です。
彼らの記憶の中の「日本」はとてもいい国だった筈です。
話を元に戻すと、それで「まあ、いいじゃない。ふぶきさんの考えなんだから」と言ってくれた人が参考にと言って貸してくれたDVDが「安城家の舞踏会」でした。
昭和22年完成
脚本が新藤兼人です。
ストーリーは
華族制度廃止の影響で家屋敷を手放すはめになった安城家。
次女の敦子(原節子)は、どうせ買ってもらうなら元運転手で今は大出世をした遠山(神田隆)に買ってもらいましょうというのを、姉や父はどうにも納得が出来ない。
放蕩息子の兄は女中に手をつけ不適切な関係を持ち、出戻りの姉はプライドだけで生き、父はかつて面倒をみてやっていた新川という闇会社の社長に何とかして貰おうと思う。
そこで敦子は最後の舞踏会を開いて打開を図ろうとするのですが・・・・
この映画が戦後すぐに作られたこと、場面転換がほとんどないのでこのまま舞台化出来そうであること、服や調度品もよく揃ったなと驚いた事など、色々考えさせられました。
結果的に運転手の遠山が買い、姉は本当は好きだった遠山を追いかけ・・・そうなると家屋敷を奪われる心配はないのか?と思ったり?
韓ドラを見ているとわかるのですが、お金持ちは100%下の者を苛め抜き、こきつかい、怒鳴り、叩き・・ですか、安城家では使用人が家族のようで・・・それはダウントン・アビーもそうですけど、いい意味での「品」を保っていたんだなと。
皇族も華族も家系に歴史があり、守るべき伝統や仕事があり、それを根こそぎ否定されたのが「華族制度」の廃止だったんだなと思いました。
敦子の父の嘆きはひどく、信じていた人間から裏切られ、生まれ育った家から立ち退くのは死にも等しいと思い、妾との結婚を舞踏会で発表し、それをはなむけに自殺しようとします。
そんな父を敦子はダンスに誘います。
レコードをかけ、大広間でダンスをする父と娘。
それを見ていた兄は涙を流し・・・でも最後は敦子の笑顔のドアップで終わるわけですが。
何ていうか、こういう人たちから正田家を見ると「皇太子妃」なんて絶対に許せなかったでしょうねと思います。普通なら「・・・の局」と呼ばれて女官扱いされる筈が、日本国中こぞって「美智子妃」だもんね。
西洋館に住んで外国旅行してクリスチャンディオールのドレス着て・・・まさに天地がひっくり返ったようなものだったでしょう。
日本人はたった戦後10年で伝統の大切さを忘れてしまったわけです。
あとは「美智子妃の皇室改革」ばかり取りざたされた半世紀でした。
皆さんも機会があればぜひご覧になって下さい。
余談ですけど「やすらぎの郷」に出演している八千草薫さんの日本語は本当に綺麗で上品です。
昭和6年生まれの八千草さんは皇后陛下より3歳年上。
決して肩を怒らせたり、へんてこな帽子を被ったりしませんけど、十分にお若く見えて美しく可愛らしいです。あのような天然で上品な日本語を皇后陛下は使えるんでしょうか?