最近、すごくリアルなストーリー性のある夢を見る事がありまして。
キャッチコピーなんかも出てきたりして。
この夢をそのまま小説にしたら名作になるんじゃないか?っていつも思いますが
残念ながらすぐに忘れてしまい・・・・メモる事もかなわず
全部そのまんま記憶する方法ってないのかしら?
我が家の姫はもうすぐ19歳。劇団で週に2回レッスンに励む傍ら
今日からは自動車学校に通い・・・バイトも時々・・・という、なんていうか
「親掛かりのフリーター」生活を満喫しております
とはいえ、来年は20歳。
成人式の着物の話題が友人同士で出てくる事が多々あるそうで。
我が家の場合、着物はあるけど髪型やら髪飾りをどうするか・・・今から悩んで
宝塚の本を参考にするーーとか言ってたり。
でもその一方で「ママの成人式の写真が見たいわ」というので
押入れの中からどさっと大昔の写真を出したのでした
私がもうすぐ19歳・・の時はまだ大学1年で、サークルにも入らずバイト三昧。
ゼミに女性は私しかいなかったので、友人も出来ず・・・でした。
その1年後の今頃は後に結婚するカレシと楽しい日々を送っていたわけですが。
(そうなの・・・結婚23年。でもほんとは出逢って28年なの・・・・・長っ)
姫ちゃんいわく
「ママの成人式の髪型は古い。オーソドックスすぎっ」と批判的。
着物がピンクっていうのは今時珍しい?
お友達はみんな紫だの紺だのーーーって玄人さんか?
頭に来たので、高校の時に買った三つ揃いのグレーのスーツやら
東京スタイルのスーツやらの写真を見せて
「今のリクルートスーツに比べて適度におしゃれで上品です。今時のスーツって
地味しかいいようがないもん。個性もないしさ」
「バブル時代とは違います」
なんてやりあいました
昔は着るスーツに決まりごとなんてなかったなあ・・真夏の会社訪問のスーツ
なんて麻地の水色の上下に中は開襟シャツだったよーー
今はそんなもん着たらそれだけで落とされるって。日本はいつから社会主義国に?
旦那に「会社の面接にちょっとストライプのスーツを着たら落とす?」と聞いたら
「うん。落とす。基本は無地です。ストライプはやばいでしょ」
・・・・・服装で人を判断するな・・と今時の人は言うけれど。おかしくない?
私の高校時代の制服姿を見て(尚絅女学院の)
夏服は開襟ブラウスにジャンバースカートだったんですが、そういう服装が
セーラーだった姫ちゃんにはかっこよく見えるらしい
私はセーラー服着たかった口でした・・・・そりゃあSの字バックルとか梅バッジとか
デザインは凝ってたと思うけど、一目で「あ」とわかる制服はね・・・
「ママってお嬢様みたいだね」とツンツンおすまし写真を見て姫はいうのでした。
子供達が小さい頃の写真を見ると、ジュニアも姫も私に顔や体をべったりと
くっつけてこれみよがしに甘えているのが何枚もあります。
ヨンジュナの写真もそう。
でも、「あ、ママって私達みたい」と姫が取り出したのは私が父や母にべったりしてる
大昔の写真で「やっぱり親子だねーーやる事が似てるよねーー」と。
そ・・・そう?
そしてみつけちゃった。
20歳くらいの時から、新しい服を買ったりデートの度に、仙台の四季を背景に
写真を撮りたいと思って、旦那と一緒にあっちこっち回ったものです。
そのお陰で、ちょっとおしゃれで高級な服を着たモデル風の私が
けやき並木の下で微笑んでいたり、東北大学キャンパス内の西洋造の建物の
下で笑っていたり、旧県庁のレンガの前とかーー青葉山キャンパスの
真っ赤などうだんと一緒にーーとか、西公園の彫刻の間に座りーーとか
そういうかっこつけ写真が沢山あり、今もいい思い出になっているんですが。
(ちょっと「冬ソナ」風よね)
でもその中に、海辺の写真があって・・・・・・
22歳くらいの時?春先の仙台港の側だと思うんですが
ピンクのスカートに白いブラウスを着て、ちょっぴりはしゃぐ私の写真がありまして。
波にさらわれないように、寒いのに頑張ってるーーみたいな?
でも・・ここって津波が・・・・・
それを思うと一瞬にして写真が色あせて見えたというか。
撮った時は無論、そんな未来を考えていたわけではなく、ただただ人気のない
海辺とピンクのスカートのコントラストがいいとかーー
あまり遊ぶ所がなかった当時、海辺は貴重なデートスポーットだったとかーー
当時だって不景気で就職どうしようとか、仙台を出なくちゃいけないとか
一人残る母親をどうするとか、旦那と無事に結婚できるのか?とか
(反対されてたので)
色々不安がありつつの笑顔だったんですよ。
だからすっかりはじけて天真爛漫というわけにはいかない、曇り空のような
笑顔だったんですけど
でも、25年以上経った時に、こんなひどい世の中が来ると知っていたら?
砂をすくって笑っている場所が津波で消えると知っていたら?
・・・なんて色々考えました。
景色が変わるのは仕方ないかも。
当時の仙台のエキゾッチククラシカルな風景なんて残ってないし。
だからこそ写真が貴重なんだと思うけど。
でも、海辺で笑っている20代の私・・・そして3・11以降の自分達。
あまりにも過去がまぶしすぎて。