マサコが外務省で誰かと付き合っているという噂はすぐに
ヒサシの耳に届いた。
それも年上の妻子もちと来ては黙ってはいられない。
すぐに誰か調査し何とか手を打たなければ。
それにしてもなぜ、マサコは妻子もちと? あの娘ならどんな独身者でも
寄って来るだろうに。
「おつきあいしているわけじゃないけど」
父の問い詰めにマサコは言葉を濁した。
「ただいい相談相手っていうか?私を理解してくれてるの」
「理解してくれる男なら他にもっといるだろう」
「いないわよ。そんな」
父は知らないのだ・・・マサコが北米2課で浮いた存在であることを。
みなが自分の才能に嫉妬し、オワダヒサシの娘という事で距離を置いている
事実に。でも、彼は違う。家庭を持った男性ならではの包容力があるし
余裕すらみえる。
自分が何か言ってもオタオタしないし、笑ってやりすごしてくれる。
「要するにお姉様は不倫中?」
レイコがからかうのでマサコは「そんなんじゃないわよ」と憤った。
不倫なんて汚い言葉で語って欲しくない。
好きになった相手にたまたま妻と子供がいただけだ。誰が悪い?って?
それは彼の妻と子供の方。
運命というものがあるのなら私と彼こそが結ばれるべき運命であり
ゆえに出逢ったのだ。
だけど、運命のいたずらなのか嫌がらせなのか・・入って来てはいけない人が
入ってきてしかも「妻」の座に座ってしまった。
気の毒なのは彼だ。
勿論、彼はそんな悲劇的な顔はしない。けれど、本来結ばれるべき相手と
結ばれない彼を見ていると可哀想なのだ。
ヒサシにとってマサコのスキャンダルは命取りになる。
でも今、あからさまに相手の男をどこぞに飛ばすわけにもいかない。
そもそもその男はどういうつもりでマサコと付き合っているのだろうか?
調べるうちにそんなに悪い男でもないように思われた。
ただ・・・「優しさ」を愛と勘違いしたのは娘の方であると知ったとき
ある意味、絶望的な気持ちになった。
あの娘は・・・・同情と愛の違いもわからないのだろうか。
なのに有頂天になって自分こそ運命の相手だと勘違いしている?
「オワダ君」
かつて自分が秘書をしていたフクダ家の長男、ヤスオに会った。
おぼっちゃまだから年下のくせに生意気な態度をとる。
「どう?その後、娘さんは」
「色々お聞きになっているのでは?」
「いやいや、外務省にストレートで入ったハーバード大の才媛はよく
マスコミに追いかけられているからね。容姿がいいし、芸能人にもなれそうだ。
皇太子がひっかかる筈だな」
「それはどうも」
「宮内庁が皇太子妃候補から君の娘さんを外したのは知っている。
しかしそれでいいのかね?機密費の問題は特捜の方に回っているらしいぞ」
「・・・・」
「君がお縄になればこの僕だって。いや、あの頃そういう事に関わった人間が
芋づる式に捕まることになるんだ」
「わかっています。しかし、どうしたらいいか皆目見当がつきません」
「もう一度皇太子妃候補にすればいいんだ」
「え?」
「皇太子はまだ君の娘さんを思っている。噂じゃ最近何度か見合いをしたそう
だが、どれもうまくいかなかったそうだ。皇太子のしつこさ・・いや一途な
気持ちには頭が下がるね」
「いくら皇太子がマサコを思っていてもこればかりは」
「どうにでもする」
フクダはにやりと笑った。
「まず君はオオトリ会のメンバーと会いたまえ。組織的に人を動かすのなら
やっぱり組織を使ったほうがいい。それから週刊誌の紙面を金で買う。
まずそこからだな」
「随分と手のこんだやりかたで」
「大衆というのは都市伝説が大好きなんだ。そして一旦広まった都市伝説は
決して消えない。たとえそれが嘘でも人の心の奥底に入り込み
「そういう事もあったかも」と思わせる。人の心理は面白い・・・だろう?」
「そうやって皇太子妃候補を遠ざけようとするのですね。最終的には
うちの娘しかいなくなるように」
「出来るかね」
「ええ・・・」
ヒサシは大きく頷いた。
「戦争が始まって、アメリカがドンパチやっている間、日本はPKOの派遣
で大騒ぎだ。伏線を引くなら今しかない」
ヒサシはそう言われて気持ちを強く持つ事にした。
今まで多少、娘の幸せを考えると本人が望まない結婚はどうかと・・
でも今はそんな事は言っていられない。
最終的には親が決めた結婚が一番幸せであるとわからせればいいのだ。
わからせれば・・・・・ヒサシは心を決めた。