(かったるいな)と俺は思っていた。
宮内庁から事前に言われていたのは、会見時間は10分間。関連質問はなしということで、さすがにこれには記者会が怒って5分延ばしにすることに決めたのだが、こっちからすれば「何を今更」だ。
どんなにご優秀伝説を垂れ流そうと、あの皇女はどこかおかしい。いつまで経っても顔は小学生のまま、いつも親子3人でにこにこ笑っている。とても青春期の女性とは思えない。
確か高校の時も3年間のうち、学校へ通ったのは半分程。それなのに女性雑誌がバカみたいに持ち上げて「学校へ行かなくてもアイコさまは成績が常に1番!東大にも行ける」と読む方が恥ずかしくなるような報道をしていたっけ。同じ報道を司る人間として許せないことだらけだが、俺には力がない。
そして本来なら内申書で刎ねられるだろうにあっさりと大学へ入ってしまった。それも「お父様」と同じ史学科だそうで。笑っちまうな。
そういえば皇女の父、つまり今上はいつからか「お水の研究者」として名を売り始め、水路だの水門だのばかり社会見学しては悦に入っている。上皇が即位して退位するまでの30年間は自然災害の宝庫のようになって、毎年ものすごい水害が起きているというのに、そっちには全く興味を示さず「グローバルな水問題」がテーマなんだと。水と言えばかの大きな中国が日本国中の水路を買い占めようとしている事に全く気付かない政府もバカだが、それを助長するかのような皇太子・・おっと、今は今上陛下だった。その陛下のアホっぷりにも呆れてしまう。
俺は何度も記事を書いたし、実際にこの目でも見ている。日本の水が奪われていることを。それなのにどうしてこの国の人間は・・・とため息をついた所に、かの皇女が入ってきたのだった。
報道陣は息を呑んでしまった・・・皇女はピンクというか真っ赤というか、そんな色のスーツを着ていた。形は何だか古臭いというか20歳の娘が着るというより有閑マダムが着るような、えーと・・シャネルスーツなのか?
ネックレスは真珠だったが長さが少し長すぎるようだった。髪はいつもの通り背中まで長くストレートにたらしそれを1本の赤いリボンで結ばれていた。通常、公式の場に入るんだったらもう少し髪をまとめないか?と思うのだが・・・報道陣が息を飲んだのは服装と髪型のギャップに外ならず、さらに一人で入って来たのではなく侍従も一緒だったからだ。
侍従は椅子の前に皇女を案内すると椅子を引いて座らせた。まさに「座らせた」というのがぴったりくる。
侍従は椅子とマイクの位置を確かめるとしずしずと去っていく。
第一声を発したのは大手新聞社の記者で、最初からセリフが決まっていた。
「この度は20歳のお誕生日おめでとうございます」
そう言われると皇女は僅かだが遅れて「ありがとうございます」とかくんと頭を下げた。
「20歳になられた感想と大学生活ではどのような事を学ばれているのか、また成年皇族としてのお考えなどをお聞かせください」
皇女はどこを見ているのかわからないように目が泳ぐのだが、少し頷いて
「無事に成年式を終えることが出来たことを嬉しく思います。上皇陛下、上皇后陛下にはとても、お喜び頂き、また両陛下からも、か・・感慨深いというお言葉をいただきました。自分では・・まだ、19歳のような気がして20歳の実感は、ありません」
皇女の瞳は時々宙を見上げる。何か一生懸命に覚えているような思い出しているような?何だろう・・・
「大学生活は、充実していて友人も沢山お、り、ぜん・・全ての教科を楽しんでいます。特に奈良時代に興味があり、昨年は、陛下とい・ごい・・ご一緒に奈良県を訪問しました。成年皇族として陛下のようになりたいと・・思います」
俺ははっとした。皇女の耳にはイヤホンが。もしかして遠隔でセリフをつけているのか?それは誰が?
あまりの受け答えのたどたどしさにみな茫然として、ほんの少しの間、言葉が出なかった。だって、最初に「成年式を終えることができて嬉しい」と言ったが、実はまだ終わっていない。誕生日だって来ていないのだから。
あざとい。ほんと、出来ないなら出来ないで最初からそう言えよ。なんだよ、この茶番劇は。俺はムカっ腹が立って仕方なかったが、回りを見ると仕方ないといった風情でメモをとっている。
「それでは記者会見を終了させて頂きます」と侍従の声が飛んで、やっと記者達は「ええっ!」と叫んだ。最初の約束の15分も経ってない。まだ5分がせいぜいだからだ。たどたどしいかと思えばまるでまくしたてるような皇女の話は、「絶対に質問するな」と訴えていたが、そうは問屋が卸すものか。
「まだ5分しか経過していません。トシノミヤ様のお話が終わられたのであれば関連質問をお許し下さい」
と、某大手雑誌社の記者が行った。みな「そうだ」と目で訴える。
侍従は「記者会見では関連質問は受けない予定でございます」といい、すすすっと皇女に近づくと「終わりです」とささやき、そう言われた皇女は張り付いたような笑顔のまま立ち上がった。
俺はとっさに「アイコ様、陛下になりたいですか?」と極めて冷静に、しかしよく声が聞こえるように言った。みな、ぎょっとしたがその時の皇女はイヤホンの指令を受けるまでもなく笑顔で「はい」と言った。
よっしゃ!これで見出し決まった!!
記者達は「おいおい・・」と言いつつ、この一言で弾みがついたのか誰かが「〇〇新聞社の某です。アイコ様は心に決めた方などいらっしゃるのでしょうか?ご結婚感などを教えて下さい」と言った。
侍従は慌てて「関連質問はお受けしません」と言ったが、立ち上がり去りかけた皇女はにこやかに振り返り「はい。います」と言った。
侍従は凍り付き、皇女は少女のように頬を染めていかにも嬉しそうに確かに「はい。います」と言った。
「宮様」と侍従が鬼のような形相をしたので、皇女は途端に恐怖を顔ににじませその次にひどく不愉快そうな表情になった。
「とにかく外へ。記者会見は終わります」
そして皇女は部屋の外へ。残った記者会の中は奇妙な雰囲気が漂っていた。