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韓国史劇風小説「天皇の母」68

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全ては極秘裏に・・・なぜか。

彼女の入内に反対する勢力が存在するから。

その第一番目が両陛下。ゆえに・・・・

 

10月3日。天皇と皇后は山形国体の開会式に向かった。

二人が御所を出て羽田に着いた丁度その頃、東宮御所はしんとしずまり返っていた。

皇太子は東宮御所の中で何をしているのか・・実は侍従も内舎人も知らなかった。

彼の部屋はぴったりと扉が閉じられ、誰も近づかないように指示されていたし、

とりたてて今日の予定はないと知らされていた。

東宮御所の中は、何となくのんびりとおっとりとした空気に包まれていた。

 

だから、一台のあずき色のワゴン車がこっそり東宮御所を出た事に関しても

別に誰も注意を払わなかった。

考えてみれば窓には黒い布で目隠しをしていたし、誰が乗っているのか皆目

検討がつかない。その割には後ろからセダンが1台ついて、覆面の先導車も

ついている。

ちょっと考えれば「地味なふりした仰々しい車列」になるのだが、その時は

誰も・・・そう、誰も気にしていなかった。

ワゴン車はまっすくというよりひた走り・・といった方がいいようなスピードだった。

市川にある「新浜鴨場」に向かって。

ヤマシタはドキドキしながら東宮御所の守衛を抜け、とにかくひたすら何事も

起こらないように祈り続けた。

天皇や皇后にすら秘密のこの行動・・・ばれたら大変だ。

手に汗握るとはこのこと。いつも新浜鴨場は遠い距離ではないのに今日は・・・

 

やがてどれだけの時間が経ったことか。

永遠より長く感じた時間がすぎて、車は秋晴れの鴨場に着いた。

毎年12月、ここで外交官らを接待するのが皇族の重要な役割になっている。

鴨を放し、それから鴨料理を食べながら歓談が行われる。

その為に景色は四季折々にふさわしい上品でロマンチックな風情を持っていたし

施設はいつでも使えるようにしてあった。

ワゴン車が止まると、施設の中から一人の女性が出てきた。

迎えたのはオワダマサコだった。後ろにはヤナギヤも控えている。

そしてワゴン車から降りてきたのは皇太子その人だった。

「マサコさん」

皇太子は満面の笑みで声をかけた。

「どうも」マサコも笑顔で答えた。

「まだ紅葉には早いけど、空気もきれいだし。鴨にはいい日和だ」

「鴨のステーキは好きですよ」

二人は施設の中に入ると、早々に一室にこもる。

ヤマシタはヤナギヤに目配せして場を離れた。

 

「どうなんですか?オワダ家は」

「どうって・・・本人以外は乗り気だよ」

「本人以外ですか?マサコさんは違うんですか?」

「あの娘が結婚に向くと思うか?」

ヤナギヤはくすりと笑った。

「でもまあ、皇太子がご執心なんだからそれでいいけどね」

ヤマシタは不安で一杯になる。

 

一方、個室では皇太子がいつものごとく、一生懸命に会話を試みていた。

今日は小さな頃のアルバムを持ってきていた。

「これが初等科の時の運動会の写真です。テストではよく0点をとったりも

したものですよ」

「学習院で?それってありえない」

「マサコさんは勉強が得意だったんでしょうね」

「ええ。父が厳しくて。勉強が出来ないと人間じゃないみたいな?」

そんな話をひとしきりした所で昼食。

皇太子の意向で特上の鴨肉を用意するように言われていたし、マサコの

好きなフォアグラもふんだんに用意された。

テーブルに並ぶご馳走にマサコは目を輝かせる。

「皇族の人って毎日こんな食事なんですか」

「まさか。今日は特別ですよ」

でもマサコは「毎日こんな食事だ」と信じている風だった。

実際、マサコはよく食べたしよく飲んだ。

大膳では「予算が・・・」なんて言葉がちらほら飛び交っている事には

全く気づかずに。

なんと言っても今日は皇太子の一生に関わる日なのだから。

 

「僕と結婚してくれませんか」

皇太子がやっとその言葉を言ったのは、大夫遅くなり日もとっぷり暮れてから。

ヤマシタなどは着かれきって控え室で今度はひたすら帰りたい衝動に

かられている。

何でこの二人こうも腰が重いのだろう。

昼食後にちょっと散歩したものの、あとはまたも部屋にこもりきり。

何となくだらだらした感じだ。そろそろ帰らないと東宮御所にばれてしまう。

 

「お断りするような事があっても構いませんか」

マサコが答えた台詞は皇太子にはどう理解したらいいのか一瞬わからなかった。

断るつもりなのか、それとも答えを保留するという事なのか。

これが「お断りします」というのであればわかる。でも最初から断るつもりなら

食事まで一緒にする筈ないし。

じゃあ、前向きに検討する・・・という事なのだろうか。でも「お断りする可能性」も

視野に入れているという事で。

何が不安とか、心配とか、具体的に言ってくれれrばいいのに、いきなり

その答えだ。皇太子は内心傷ついていた。

「あの・・マサコさんが不安に思っている事などがあるなら」

「今はなかなかそういう事が考えられなくて」

「考え・・られない?」

「ええ。仕事があるしやりがいもあるし」

ああ・・そうか・・・これは断りなんだ。やっと皇太子は理解した。

でも、断られてももういちど検討するように説得しろとヤマシタにも言われている。

「マサコさんのような優秀なキャリアウーマンが皇室に入ることは

色々難しい面もあるかもしれないけど、もう一度考えてくれませんか?」

思い切ってそういってみた。

すると「はい。そうですね」という答えが返ってきて、またもびっくり。

この「はい、そうですね」は前向きに検討する事なのか、それとも単なる

社交辞令なのだろうか。

「今度は東宮御所に来ませんか?マサコさんの好きなケーキを用意しましょう」

「ケーキ?ティラミスとか?」

「ティラミスですか。わかりました」

マサコは無邪気に笑った。

(また会ってくれるんだ・・・・)

皇太子は心底ほっとしていた。

 

 


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