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Channel: ふぶきの部屋
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新章 天皇の母  9

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東宮御所では新しい東宮大夫が就任した。

「何でもお妃さんの御実家と親しい仲やそうや」

「お妃さんのおもうさんは確か・・外の務やないの。あからさまやな」

「いつの時代も外戚いうんは力を持ちたがるもんや」

結果的にこの東宮大夫は女官達によって「官犬大夫」(かんけん大夫)とあだ名を付けられてしまった。

あまりにも東宮妃が皇室という世界に拒否反応を示し、しかも女一宮のことが発覚すると、毎日のようにコンクリート卿に電話をしては愚痴を言い、しまいには「私にはこんな人生を与えておいてよくもお父様たちはのうのうと生きていらっしゃるわね」と責めるので仕方なく東宮大夫の首をすげ替え、子飼いの「官犬大夫」(かんけん大夫)を置く事にした。

「官犬大夫」(かんけん大夫)は長年コンクリート卿に仕えて来た身であり、東宮妃が小さい頃からの知り合いだった。

この者であるならきっと東宮妃も心を開くのではないかと思われたのだ。

「官犬大夫」(かんけん大夫)のお披露目は最初の定例会見で、記者達が何を訪ねても要領の得ないお役所言葉で返し、しまいには「本日はお日柄がいい」などと言ったものだから、この話題で暫くは東宮御所の女官達は退屈しなかった程だ。

東宮妃は東宮妃なりに女一宮の教育には一生懸命だった。

ただ、もし何か間違いがあったとすればそれは周囲の意見に耳を貸さなかった事。

何もかも自分一人で決めて実行するのはおふくだ。

東宮妃には、女一宮と一緒に公園デビューに失敗した苦い経験があった。

侍医たちに「女一宮さまのご様子が少しおかしいと思うので経過観察を」と言われた時、他の子と何がどう違うのかわからなかった妃は、それを「皇室という特殊な環境」のせいにした。

だから庶民の子達と一緒に公園で遊べばすぐに「普通」になるだろうと思ったのだ。しかし、それはすぐにマスコミに見つかってしまい、大騒ぎになって挫折するしかなく・・・

それからというもの、妃は子供の早期教育にいいと言われるものは何でも試すことにした。

週に一度のリトミック、子供達が集まる場所へのお出かけ、英語を教える、楽器に触れさせる、それこそありとあらゆるものを詰め込もうとした。

けれど女一宮はそのどれにも拒絶反応を示す。

女一宮が好きなものは自分の部屋でお気に入りのおもちゃと一緒にいる事だけだった。

妃が悲しかったのはこの問題について東宮があまり大事に考えていなかったこと、そして皇后が「教育を施せば治る」と信じていることだった。

実際、女一宮を自分の部屋から連れ出すのも難儀で御所で参内するのもなかなか難しい。

最初は大目に見ていた皇后も次第に「専門家に見せるように」という始末で。そんな風に言われると自分の能力を否定されたと思い込む妃は一層女一宮にかかりきりになる。

后の宮はお若い頃から心身に問題がある人達へ心を寄せていらした。

今こそそのつてをたどって女一宮に専門教育を施せると思っていらっしゃる。

でもせっかくの御心使いを東宮妃はきっぱりと断ってしまった。

不遜ながら東宮妃は后の宮の学歴を信じていないのだった。

自分の方が賢い、だから自分の方が教育がうまい。

そうは言っても実際に動くのはおふくであって、東宮妃ではない。

 

「そらもう笑うたえ」相変わらず女官部屋ではお茶を飲み飲み、会話が弾んでいるようである。

「どなたさんのことや?」

「決まってるやないの。東宮さんや。東宮さん」

「ああ、お誕生日のお言葉かあ」

「そうや、いくら盛るいうてもあそこまで盛りはったら笑い者や。皇后さんが大昔、東宮さんの為に作った憲法どころのさわぎではないのや」

「<正直私もかないません>」と若い女官が東宮の真似をして、回りは大笑いになった。

「女一宮さんが普通のお子とは違う。目の前にあるものを片っ端から覚えて繰り返す。それも能力や。そやけど4歳のお子が天才やなんて、それを自慢げに語るやなんて恥ずかしくないのやろか」

「毎日、女一宮さんは菜園にお運びになって水やりをしなさる?聞いたことないなあ。そんなことより朝から晩までちゃんと時間通りお運びせな、幼稚園に入ってから苦労なさるえ」

 

そんな話が女官部屋で咲いている事は東宮妃はとっくに知っていた。けれど自分がやっている事は絶対に間違いがないと信じている。

今、女一宮の「伝説」を流さずしていつ流すのか。これからもずっと優秀な子でなくてはいけない。なぜなら女一宮は私の娘なのだから。

リトミックに通わせても、庶民の子に触れさせても女一宮は変わることはなかった。むしろ、世間の子がいかに表情豊かに母に甘えたり、言葉を発したりするかを再確認させられるばかり。もし、「紀宮」(きのみや)が産む子が男の子だったら・・・そうなったら女一宮はどうなるのだろう?

春から通う幼稚園のひな祭りに連れて行っても女一宮は面白そうな顔をするでもなく、他の子とはしゃぐでもなく、ただ怯えたような目で見るだけだった。時折探すのはおふくの姿ばかり。

だったらとばかり、国で一番の遊園地を訪問し、いかに自分達が特別待遇を受けているか見せてやろうとした。誰もが憧れる遊園地。誰もが来ることが出来るわけではない遊園地。

ほぼ貸し切りのようにして、次々アトラクションに乗せてみた。でも、結果的に女一宮は表情を変えることなく、小さく縮こまってゴミのようなものを拾うのに夢中になるだけだった。

やがて幼稚園の入園式の日取りもわかり、色々と準備するものも増えてくると、そういうものはすべておふくと女官達に任せて、部屋にひきこもるようになった。

「あの・・お妃さん、二宮さまのところからお伺いをたてて来たのですが」

ドアの向こうから女官の細い声が聞こえてくる。

「何よ」

「はい。お上のご成婚記念日のお料理の打ち合わせをしたいと「紀宮」(きのみや)さまが」

ったく・・・「紀宮」(きのみや)は懐妊したというのに公務の予定をキャンセルしない。変に丈夫で困る。

2月の東宮の誕生日食事会はドタキャンしてくれたけど、それもこちらへの気遣いとか・・いい子ぶって本当に頭にくる。

いつも口角を上げているのは、あちらの家訓「オールウェイズスマイル」らしいけど、いつも笑っているなんて気持ち悪いじゃない。腹の底では何を考えているかわからない。今回の懐妊のように突然直球を投げてくるような事をするのだから。

こんな時にお上の成婚記念日?そんなもの祝う余裕がどこにあるのよ。

東宮妃はいきなり立ち上がるとドアを開け、びっくりする女官に言った。

「翌日が幼稚園の入園式だって知ってる?普通、それを知っていたら前の日にあれこれやれって言わないんじゃないの?」

最初、女官は何を言われているのかわからずぽかんとしていたが

「だから・・」と妃が言ったところで

「は・・はい!ではお断りを」

と、逃げるように去って行った。

今の東宮妃に、自分の軽はずみな発言がどのような波紋を広げるかなど考えも及ばないのだった。

 

 

 

 


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