「えらい剣幕やったな」
女官部屋では古株から新人まで束の間の休憩にほっとしていた。
「おふくさん、可哀想」
若い女官がちょっと同情するようなふりをしたが、お局様ににらまれて言葉を止めた。
「何でも一人で抱え込むからこうなるのや。お妃さんは癇癪持ちや。子供が熱を出すのはよくあることや。侍医にもみせたのやし、なんでああもお怒りさんになるんか、ちっともわからんな」
「おふくさん、お妃さんにえろう怒鳴られてしゅんとしてはったわ。しょうこう熱なんてお小さい子なら誰だって一度はかかるもんですよ。それなのに今にもおかくれになるんかくらいお怒りになって。鬼の形相いうんはああいうのを言うのや」
「うちも怖かったわ。お医者様がいてなかったらきっと泣いてしもうたわ。東宮さんが入って来て一生懸命お妃さんをなだめていらっしゃったけど、それでも大きな声で鳴いてわめいて・・どうやったらあんな風になるのやろ」
女一宮が熱を出して幼稚園から帰ってくるなり、東宮妃はものすごい剣幕でおふくを怒鳴りつけ「何かあったらあんたのせいよ」ととても皇族とは思えない言葉を吐いた。なだめにかかった東宮の胸を叩いて泣き出したことには、回りの者はみな驚きを隠せず、愕然とした。
当の女一宮はおふくに着替えを手伝って貰いベッドに横になると、ほどなく眠りについた。熱は38度を超えていたが額に氷をあててもらうと、とりあえず落ち着いた。
その間に侍医が呼ばれて下した診断は「溶連菌感染症」だった。
この病名にも東宮妃はひどく怒ったが、「集団生活をしているとこういうこともある」と一生懸命に説得されてようやく納得した。
そこまで娘の心配をしてる割には、看病は全ておふくと女官まかせで、ずっと自分の部屋に引きこもり、何をどうしているのかわからない状態が続く。
娘の様子を見ようと、時々部屋を訪れる東宮の方がましだったが、「感染してはいけないので」とすぐに遠ざけられる。
「でも・・そういうことを口実にしてご務めをお休みになるんは納得いかへん」
お局は深刻そうな顔をして言った。
幸いにして女一宮の熱は2日後には下がり、1週間もすると元気になったのだが、東宮妃は「看病疲れ」の為に、大切な赤十字大会を欠席してしまった。しかも、その日にテニスを楽しむという全く空気の読めない行動だった。
「まるで嫌味や。皇后さん、どう思ったやろ。もうすぐご出産という「紀宮」(きのみや)さまもご出席遊ばされたいうのに。看病疲れ・・やなんて」
「でも週刊誌では東宮さん達が3日3晩、寝ずに看病したと書かれてるわ」
それを聞くと、みな笑い出した。
「てんごや。てんご」
ひとしきり笑ったところで、いきなりドアが開いて、女官が飛び込んで来た。
「大変や。コンクリート卿が今すぐこちらにいらっしゃるんやて」
一瞬、空気が凍り付いた。