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Channel: ふぶきの部屋
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新章 天皇の母17

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娘の為に旅支度を整える。

穏やかな初夏の雰囲気が庭を覆っている。

「紀宮」(きのみや)は無事に弟君の結婚式を終え、ほっと息をついていた。

「紀宮」(きのみや)の弟君である浅黄務(あさぎのつかさ)は父と同じように大学寮に務めつつ、動物などの研究に没頭していた。それがふとした縁で陸奥の祭主との間に縁組が決まり、先日、式を挙げたばかりだった。

恐れ多くも后の宮においては浅黄務(あさぎのつかさ)夫妻を御所へお呼び下さるということで「紀宮」(きのみや)は義理の妹へ、参内する際の召し物や小物類を整え、きめ細やかな心遣いを行った。

無事に参内を終えた時は心底ほっとしたものだった。

そして今、盛夏の頃に異国へ遊学する大姫の為に衣装やお土産などを選んでいた。

皇室では10代のうちに一度は異国へ遊学に出るのだが、大姫は「紀宮」(きのみや)の古い友人宅に行くことに決まった。

もう遠い昔、音楽の調べが美しいその国で「紀宮」(きのみや)は何年も過ごしており母国語を忘れてしまう程だったのだ。

その時に紡いだ友情が今、大姫の遊学先として生きている。

お局を横に、お世話になる友への贈り物を選んだり、娘の服を整えたりするのは母として望外の喜びだった。

「やはりここは和の風合いを生かして、七宝焼きなどが定番では」

「そう?九谷や伊万里もいいと思うけれど、重いわよね」

などと雑談しながら、温かい紅茶を頂く昼下がりは忙しい毎日をすごす「紀宮」(きのみや)にとって安らぎそのもの。

「「紀宮」(きのみや)さま、少しお休みになった方が。そうでなくても春からこっちご公務が目白押しでお疲れの筈ですわ。全く、世の中、間違っていますよ。何でお元気な方が「ご病気」なのか知りたいくらい」

「もうそれは・・・私、働く事は好きですよ。それに自分の研究にも役立つものが多いしね」

立ち上がろうとした「紀宮」(きのみや)だったが、ふらりとしてよろめく。

「危ない」お局が支えて難なきを得たが、お局の表情は硬かった。

「「紀宮」(きのみや)さま。どうか少しお休みを」

「・・そうね」

「もうすぐ検診の時間で車が出ますし。お着換えをした方がよろしいです。お手伝いをいたしますから」

「もうそんな時間なの?私ったらつい、夢中になって。大姫も中姫もそろそろ学校から帰って来る時間でしょう」

「はい。おやつを用意してありますから大丈夫」

お局はとにかくこの旅支度を早く終わらせたいようだったので、仕方なく「紀宮」(きのみや)は着替えをした。

 

そろそろ懐妊期間も半分を過ぎ、随分お腹も目立ってきた。胎動を感じる度に「ああ・・生きている」と思う。

大姫の時も中姫の時もこんなだったかしら?あの頃はいまよりずっと若かったから身体を動かすことも平気だったのに。今は本当に腰が重い。

さっきの貧血も自分としては思いがけないことだった。

(年齢的なものもあるのかもしれないわね)

「紀宮」(きのみや)は現実を受け入れる事にして、お局にあれこれ言われながらも病院へ行く支度を整えた。

 

「紀宮」(きのみや)が出産予定の病院は、元々お上の誕生を記念して作られた病院だった。法人には皇族が総裁を務めることになっている。

本来は宮内庁病院で出産すべきなのだが、「紀宮」(きのみや)は高齢出産の為より専門的な知識が必要なこちらの病院に決めたのだった。

診察は他の妊婦と変わりはない。

いつものように「紀宮」(きのみや)は診察を受けた。

「「紀宮」(きのみや)さま」

主治医は難しい顔をして「紀宮」(きのみや)に話しかけた。

「紀宮」(きのみや)は「はい」と答えたが、一緒にいるお局の顔に緊張が走る。

「「紀宮」(きのみや)さまの胎盤が随分低い位置にあるのです」

「はい」

「紀宮」(きのみや)は素直に答えた。

「これをいわゆる前置胎盤といいまして。妊娠後期や分娩時に大出血を起こす危険性があるのです」

「まあ!」と言ったのはお局の方だった。

「そんな。「紀宮」(きのみや)さまに万が一の事があったら・・・先生。何とかならないのですか」

「お局。少し黙って」

「紀宮」(きのみや)が怖い顔で押しとどめる。

「申し訳ありません。つい」

「大丈夫よ」「紀宮」(きのみや)は気丈に言い、まっすぐに医師を見つめた。

「私はどうしたらよろしいのでしょうか」

その言葉に医師は思わず言葉を失った。

何という前向きな女性であることか。

通常ならパニックを起こして泣き叫んだりしてもおかしくない状況なのに、落ち着いて自分のやるべきことをしようと言う。

「私のお腹の中の子は二宮様の血を受け継ぐ大事な子です。この子を守る為に私は何をしたらいいのでしょうか?私の命などはなくなっても構いませんが、この子だけは助けて頂きたいのです」

「お妃さま・・・」隣でお局はしくしく泣き始めている。けれど「紀宮」(きのみや)は穏やかな笑みをたたえつつも、しっかりした口調でそう言った。

「まずはこの事を二宮様にお伝えして下さい。通常、皇族の出産は自然分娩ですが「紀宮」(きのみや)様の場合は帝王切開をしなくてはなりません」

「帝王切開・・・」

これまで二人の出産では経験した事のない方法。

「それでも大出血しないとは限りません。正直言って、今、これから、明日、突然出血してもおかしくない状況なのです。ですからまずは二宮様に事の次第をお伝えして、私の方針をお二人で聞いて頂きたい」

「紀宮」(きのみや)はただ黙って頷くしかなかった。

 

 


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