このところ、キコはイライラする事が多くなった気がする。
結婚してはや2年。最初のときめきは過ぎた筈だけど、心の中には
まだ小さな炎が宿っている。
普通の夫婦ならこれでいいのかもしれない。けれど、キコが結婚したのは
皇位継承権第2位の王子様だ。
背が高くてウイットに富んでいて…ロマンチックだけど・・・・鶏オタク。
世間では「宮といえばナマズ」かもしれないけど、今現在、彼が引き込まれて
いるのは「鶏」だ。
それも野生の鶏がどうして家禽になったか・・・を調べるというもの。
野生に近い鶏が生息するのは東南アジアという事で、プライベートでは何度も
タイを訪れた。新婚旅行もタイだった。
おかげさまで週刊誌に「アキシノノミヤはタイに愛人がいる」と報道され、困った経験も。
今や愛人説だけではなく「隠し子がいる」説まで出てきているので、呆れるというより
「一体、どこからそんな話が?」と首をかしげざるを得ない。
確かに宮はハンサムでタイでは絶大な人気を誇っている。
王様の写真の隣になぜか宮の写真を掲げているみやげ物やもある程。
もしかしたらアキシノノミヤは皇太子だと勘違いされているかもしれない。
それはそれでいいのだけど、最近の「愛人に隠し子説」が出てきた時点で、宮自身が
怒る気力をなくしてしまった事が許せない。
「まあ、そのうちおさまるから。僕がそういう人間じゃない事はキコが一番知っているのでは?」
とのんきな答え。
わかってはいるけど、少しはマスコミに抗議してほしい。公の場でこちらがどんな思いをしているのか
少しはわかって欲しい。
皇后に続いて民間から2人目のお妃になった。
新婚早々、即位の大礼があり、子供も生まれた。公務も増えている。学生でもある。
自分としては一生懸命に「妃殿下」として生きていこうと頑張っている。
けれど、時々疎外感があるのはいなめない。
特にマスコミにうわさがのったりすると、妃であるキコ自身が馬鹿にされているような
軽く見られているようなそんな気がするからだ。
おおらかに対処できないのは自分が民間出身だからだろうか。
最近では「マサコさんは皇太子という重い身分に嫁ぐキャリアウーマン。皇太子妃は他の
宮妃よりも立場が重い。マサコさんはなくなく皇室に入る」報道が目立つ。
必ず比較されるのが自分で
「キコ妃は自ら望んで皇室に入ったのだからうまくうやって当たり前。しかも気楽な次男の嫁」
と書かれている。本当に心外だ。
宮家といっても筆頭宮家。皇太子妃がいないこの2年間は実質その役割を担ってきた・・・
というより期待されてきた。
何とか皇后のように完璧になりたいと、あらゆる努力をしてきた。
それなのに「働いた経験のないキコ妃は気楽な身分で世間知らず」などと言われるとは。
(私だって大変なのに)
年明けの皇太子妃内定報道からこっち、皇族・旧皇族方と天皇・皇后の間には大きな溝が
出来たような気がする。
間に立っているノリノミヤやアキシノノミヤは平静を装うのが大変だ。
誰も何も言わないけど、確実に「そちらがわ」にされているアキシノノミヤ家。
特に天皇が招待した晩さん会の皇族方欠席は、大層大きな一件でみな傷ついた。
傷ついたがそれを外部に漏らすわけにはいかない。
皇太子一人、何だかにこにこと得意げに笑っているのが何とも憎たらしくて。
憎たらしくなっても口には出来ず・・・・・でも顔に出るのだろうか。
「眉間にしわを寄せるな」と宮に言われた。
宮自身も割と表情に出るタイプだから夫婦そろって素知らぬ顔をするのは大変だ。
それでも忙しさに紛れていたら、今度は「皇后が女帝」報道。
週に一度は参内し、皇后の話を聞いたり教えて貰ったりしているキコにとって
目の前で傷つき、心労を重ねている皇后を見るのはつらかった。
それはノリノミヤも同じで、顔を合わせれば「困った事になったわね」
「どうしたらいいかしら」と話をするが、どこにも解決の糸口がない。
「オワダさんが皇太子妃に決定してから何もかもおかしくなった気がする」
とノリノミヤは言った。そんな事、両親の前では言えない。
「滅多な事をいうもんじゃない。小姑根性だよ」
と宮がたしなめる。
途端に女性二人は眉を吊り上げた。
「小姑根性ですって?お兄様、それ本気でおっしゃってるの?」
「宮様、今の言葉はききずてなりませんわ。妹君に対して失礼です」
二人の迫力にアキシノノミヤはうろたえた。
「内定からこっち、トラブルばかりですのよ。金箔箪笥の件に至ってはあまりの品のなさに
おもうさまもおたあさまも言葉がお出にならなかったくらいよ。ミカサノミヤのおじさまは本当に
怒っているってタカマツのおばさまが心配されているし。このまま皇族方が分裂したら
どうするの?」
「そんな事にはならないって」
「お兄様、お兄様は弟として東宮のお兄様がどうしてあの方に拘ったか、どうしてあんな風に
結婚する羽目になったのか、お聞きになる義務があってよ」
「私もそう思います。宮様はのんきすぎます」
「キコにのんきって言われるとはね」
宮は煙草に火をつけるが、それはキコにぷいっととられてしまった。
「おいおい・・・タバコくらい」
「マコの為ですから」
「・・・・・・にいさまは今幸せなんだろうから何も言えないよ。オワダ家がどうのとばかりも
言えないだろう。僕たちだって」
「カワシマ家が何か?」
「いや・・だから慣れない事に関しては失敗も多々あるという事で」
「お姉さまとオワダさんを一緒にしないで。お姉さまに失礼です」
「やれやれ、お前達二人は本当に姉妹のようだね。彼女も気の毒に」
このセリフはさらに女性達の怒りをあおり、しばらくキコは宮と口をきかなかった。
いつもほがらかで優しくて明るいキコが機嫌を悪くしているので、さすがの宮も
「様子を見よう。きっと大丈夫。それにキコは筆頭宮家の妃として本当によく頑張っているし
母や妹と仲良くしてくれてありがたいと思ってる。本当だってば」
と言ったが、それでもキコの気持ちは晴れなかった。
「女帝報道は?どうなさるの?」
「そのうちやむさ」
またものんきな答えが返ってきた。
どうやら家庭の危機に関しては男は鈍感なものらしい。
キコは漠然と不安を抱いていた。これまで大変ながらも築いてきた宮家の立場が
脅かされるのではないか。
あのオワダマサコという人、その家の価値観に自分たちはついていけるかどうか・・・
本当に不安だったのだ。
その不安をあおるように・・・6月9日は大雨になった。