「全く・・・」
カマクラ長官は気難しい顔でデスクに腰をかけた。
何冊もの雑誌が机の上に広げられ・・・あるページで開かれている。
一冊に書かれていたのはマサコの父、オワダイヒサシが現役の外交官時代に
某新興宗教団体の会長が訪米する時に便宜を図ったというもの。
外務省全体が、その新興宗教に侵されているというのは自明の理ではあった。
内部では、その団体の会長に特別な措置を講じた事は有名な事実であり、外務省の
慣例になっているという事。
しかし、一般的に「政教分離」の原則を貫くはずの分野でなぜにそういった事が起こるのか。
そしてなぜオワダヒサシは喜んで手を貸したのか。
(だからあの時、結婚しなければよかったのに)
外務省という所は今や、日本で最も意味不明の省と言われる。まるで伏魔殿のように。
それだけに身内の結束も硬い。そういうメリットを考えて便宜を図ったのだろう。
そして外務省の天下りの機関の一つに宮内庁もある。
今、東宮侍従長はフルカワという外務省出身の官僚。これが近いうちに東宮大夫になる。
そしたらヤマシタ侍従が侍従長に昇進する。これまた外務省出身。
ふと気づけばあっちもこっちも外務省出身者だらけになっている。
何かがおかしい。カマクラはそう思っていた。
けれど人事は自分が決めるわけではないから口出しも出来ないのだ。
もう一冊はニューズウイーク「姿を消したプリンセス」だった。
元外交官でキャリアウーマンのマサコ妃は皇室に入って以来、姿が見えなくなった・・・という
書き出しで始まる。要するに伝統や格式ばかり重んじる宮内庁がマサコの個性を潰している
という話。それと世継ぎのプレッシャーを排除する為に「女帝」を認めるべきだとの話。
(大きなお世話だなあ・・・・伝統と格式が悪いものと決めつける左巻き人間が書かせた
東宮妃擁護・・というか、逆に言えば天皇・皇后を否定している事になるのだが)
一体誰がこんな記事を?
日本の皇室は男系男子で続いてきたのだ。それを唐突に女帝論をぶち上げるとは。
一度でも妊娠して出産したとかいうのであればわかるが、東宮妃は妊娠すらしていない。
それとも「女でもいい」とか言えば明日にでも妊娠するのか?
ノックがした。
「入れ」
入ってきたのはモリ東宮大夫とフルカワ東宮侍従長とヤマシタ侍従。
「何かございましたか?」
モリ東宮大夫は人のよさそうな顔でにこっと微笑みながら聞いた。
カマクラは3人に座るように進める。
「懸案事項について話さなくてはならないと思ってね」
「懸案事項と申しますと、妃殿下のご懐妊ですか?」
モリはヤマシタやフルカワと顔を見合わせた。
「つまり・・その・・・なんだな。妃殿下には結婚2年を過ぎてもご懐妊の兆候が見られない。
これはいわゆる普通の・・結婚生活を送りながらも出来ないという事なのか?それとも
お二人はもしかして・・・・」
カマクラの表情に3人は黙り込んだ。どう答えていいかわからない様子だった。
「なぜ誰も何も言わない?」
「こういう事は結婚を取り持ったヤマシタさんが言うべきではありませんかな。私達は
外側からしか見てませんし」
矛先を向けられたヤマシタはぎょっとなる。
「どういう事なんだね?二人は仲が悪いのかね?」
「いえ、決してそういう事では・・・・ただ・・・その・・・」
「なんだね」
「ご夫婦というわけでもありません」
「なんだって?」
カマクラは思わず大きな声を出した。モリもフルカワも黙っている。
「それはどういう事なんだ?」
「お二人はご友人同士のように見えます。いわゆる男女の仲とかいう色めいた雰囲気は
あまり・・・しかし殿下は妃殿下を必要としていますし、妃殿下もまた殿下を必要としています。
お二人の相性は決して悪くないものと考えます」
「じゃあなんで子供が出来ないのだ?」
「それはコウノトリが・・・・」
ヤマシタは冗談をいいかけてやめた。カマクラはそんな事を受け入れるような顔をしていなかった。
「ここ数か月、妃殿下は頻繁に外食をなさっている。ピザをとったとかいう話もあるぞ」
「それはほぼ事実でございますね」とフルカワ。
「大膳の味付けは嫌いなんだそうです。ついでに御料牧場の牛乳はアトピーがひどくなるとかで
わざわざ市販のものをお飲みになっています」
「原因不明の体調不良に襲われることがあり、公務を休むのもたびたびとか」
「はい」とモリ。
「出発直前にそういう話が出るので、こちらはもう大慌てです。でもまさか体調が悪いというのに
おでましにというわけにもいかず。健康診断はよっぽどでないとお受けになりません。
注射が嫌いとかいうのではなく、プライベートをさらすのが嫌なのです。
妃殿下はご自分の殻に閉じこもっておいでです。それを殿下はただ見ているだけで」
「もういい」
カマクラはさえぎった。
「スケジュールをゆるやかにしよう。月に一度は静養し静かな環境を作ればあるいは・・・
今はそれしかあるまい。いいか、静かな環境だぞ。そして何が何でも世継ぎを!」
3人はカマクラの並々ならぬ決意に大きく頷いた。
しかし、その頃、皇室では大きなスキャンダルが起きていたのだった。