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韓国史劇風小説「天皇の母」154(ひきこもるフィクション)

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朝からオワダ邸は大騒ぎだった。

ユミコは一人張り切って掃除をし、模様替えをして、自分のおしゃれにも余念がない。

しかしヒサシの方は、そんな妻には目もくれず厳しい顔をしたまま

リビングにいる。

「あなた、早く準備しないと。まあちゃんとアイちゃんが来るわよ」

「マサコは一体、何を考えているんだ?」

「あなた・・・・」

夫の態度にユミコはぱたぱたと動き回るのをやめた。

「何をって。皇太子妃だもの」

「だったらなぜ、さっさと懐妊しないのか?」

「だって・・・今はアイちゃんの方が大切でしょ。あの子はまだ2歳よ」

「マサコは40だぞ」

「そんな事言ったって・・・簡単な話じゃないわ。

ツツミ教授を追い出したのはほかでもないあなたじゃない」

「約束を破ったからだ。男子を生ませる予定が」

「だから、そういうのは神様が決める事で・・・あなたに言っても無駄でしょうけど。でもツツミ教授

以上の不妊治療の権威はいないんでしょう?それに、今のまあちゃんはとても不安定だそうよ。

8月に二度も那須御用邸せ静養した時だってほとんど外に出なかったみたいだし。

私、ついていてあげればよかったわ。体調が悪いとかで公務だって出来てないでしょ。

可哀想よ」

「侍従や女官に囲まれて何もする必要がないのに具合が悪いって?何を甘ったれた事を」

「あなた」

ユミコはちょっと怒った。

「まあちゃんは好きで皇室に嫁いだんじゃないわよ。あなたに言われたから。

元々皇室には向かない子なの。でも子供まで産んで。よくやったわよ。

こうやって里帰りする時だってマスコミに大々的に報道される。すごい娘じゃないの。

そのおかげであなただって国際司法裁判所の所長に・・・」

「私がなりたかったのは大使だ。それを、皇太子妃の父を政治に介入させるわけにはいかないとか

言い出しやがって。国際司法裁判所ごときの所長におさまってやるんだぞ」

「いいじゃないの・・・・それでも」

ユミコはパンフレットをめくりだした。

「お昼は中華のケータリングにしたのよ。あの子、好きだし。夕方には皇太子殿下も

いらっしゃるわね」

はしゃぐユミコの横でヒサシは憮然としたままだった。

 

そして。

本当に久しぶりにマサコがアイコを抱いて、オワダ邸にやってきた。

この時ばかりはヒサシも笑わないわけにはいかず、束の間

「ご実家に帰られてリラックスされている妃殿下とアイコ様の図」を演じるしかなかった。

だがしかし、一歩、玄関の中に入るとマサコはアイコをさっさと母の手に預け、

かつて自分の部屋だった場所に逃げ込むように入ってしまった。

その素早い行動にユミコは何が起こったかまるっきりわからなかった。

アイコは普通なら後追いしそうなものなのに、全く無表情のままユミコに抱かれている。

しかし、いつも見慣れている部屋ではない事はわかるようで、次第に表情がゆがみ

ユミコの腕の中でばたばた暴れ始めた。

「おい、マサコはどうしたっていうんだ?」

一緒に入ってきた女官のオカヤマがさっとアイコを抱き上げると

「内親王様は私どもが」と言った。

「妃殿下は何かあったの?どうして帰って来るなりあんな感じなの?あなた達は一体

何をしているの?いつもそばにいるんでしょう?」

いきなり問い詰められたオカヤマは何と答えたらいいかわからず

「はあ・・・」と言葉を濁す。

「何なの?はっきりして頂戴。本当に久しぶりの里帰りなのよ。それなのに・・・一体何が

どうしてあんな風に部屋に行ってしまうの?きっと何か辛い事があるのね。ああ・・可哀想に。

だから言ったのよ。皇室なんかに嫁ぐもんじゃないって。

あそこはそれこそ伏魔殿のようなものよ。それなのに。可哀想なまあちゃん。

あんな所に10年も閉じ込められて。やっと子供が授かったっていうのに」

「いいから、マサコを連れてこないか」

ヒサシもかなり不機嫌になったので、部屋中が一気に険悪なムードに包まれる。

オカヤマは慌ててマサコの部屋に走って行き、小さい声で

「妃殿下。妃殿下。どうかおでまし下さいまし」

それはまるで天の岩戸の伝説のようで、よそから見るとかなり滑稽なのだが

本人は大真面目らしかった。

「一人にして!」

叫び声が聞こえた。

その声に反応したのか、アイコは耳を塞いで何やらわーわー言い出した。

「うるさいわね!あっちへやってよ!」

「わーわー」

皇太子妃と内親王の里帰りとは思えぬ騒動に、さすがのヒサシもユミコも

ただただ唖然としてやりとりを見るばかり。

 

とりあえずリビングルームにアイコとオカヤマを入れ、事情を聴く事にした。

アイコは椅子に座らされるとすぐにテーブルの下にもぐりこんだ。

ユミコが用意したぬいぐるみやままごとセットには見向きもせず、ひたすらテーブルの下に

もぐりこんで、絨毯の毛をいじくり始めた。

「実は・・・・」

オカヤマは今までの事情を話すしかなかった。

アイコの発達障害。それを打ち消す為に3度に及ぶ公園デビューをした事。

2度目などは公務を休んでまで行ったので、後から両陛下に散々叱られた事。

それでもマサコは自分の意見を曲げずに3度目の公園デビューを果たした事。

「妃殿下は、アイコ様を普通の子と同じように育てればきっと治ると信じておられるのです。

東宮御所のような大人ばかりの環境ではいけないと。

でも、結果的には却って人目に触れた為に、ネットに「自閉症では」と書かれる始末で。

もう巷では随分と噂になっております」

「自閉症って・・・・親の愛情不足が引き起こすと言われるあれ?」

オカヤマは一瞬「?」という顔をした。

「あの。自閉症というのは脳の器質障害と言われているもので育て方云々はあまり関係は・・・・

子供によって色々なパターンがあるそうですし。

東宮侍医の話ですと、一日も早く療育を始めるべきであると言われて。

でも、妃殿下はアイコ様の障碍をお認めになっていらっしゃらず・・・・」

「そんな障碍は天皇家の血族結婚のせいよね。だから言ったのよ。まあちゃんをあんな所に

嫁がせるんじゃないって。それなのにあなたの出世の為に」

「やめないか」

ヒサシは最近増えてきたユミコの「同じセリフ語り」をびしっと止めると、うつういて考え込む。

これは悪夢ではないか。

オワダの血を引くこの孫が。

天皇の血をひくこの孫が。よりによって自閉症。

ヒサシはテーブルの下にいるアイコを覗き込んだ。

アイコは祖父と目を合わす事はなかった。いくら毎日会う仲ではないといっても

少なくとも孫と祖父なら、もう少し笑ったりなついたりしそうなものだが。

いや、6月に生まれたレイコの子供だって、赤ちゃん特有の可愛らしさはないように思う。

つまり我が家の孫達とはそういう性格なのだと思い込んでいた。

なのに、それが障碍だと?

問題は、このアイコが皇太子家のただ一人の子供だという事だ。

「二人目を産めばいいじゃないか」

「もう産まないわよ!」

突如、リビングに飛び込んできたのはマサコだった。髪を振り乱し息を切らせて。

ユミコは思わず立ち上がった。

「まあちゃん。落ち着いて。落ち着いて頂戴。ジュース飲む?アイちゃんも」

慌ててジュースを持って来ようと台所に走る。オカヤマもついでに出て行った。

冷静なヒサシの前でマサコはどんとテーブルを叩いた。

下にアイコがいるのに気付かなかったのか、アイコはびっくりして泣き出した。

その泣き声はまるで拷問にでもあったかのような悲鳴にも似たものだったので、

ユミコとオカヤマがピストン運動のようにとって返して部屋に来る。

「さあ、アイコ様。ジュースは私と別のお部屋で頂きましょう」

オカヤマはわめくアイコを抱き上げると素早く部屋を出て行った。

ユミコもそっちを追いかける。

部屋にはヒサシとマサコの二人だけになった。

「こうなったのは誰のせいだと思うの?お父様よ。全部お父様のせいだわ。

私は皇太子なんて好きじゃなかった。ずっと外務省で仕事をする事が夢だったのよ。

それをお父様が」

「お前が外務省で使い物になったと思うか?通訳も満足にできなかったくせに」

「・・・・」

マサコはぐっと言葉を詰まらせた。

「出来たわよ。通訳くらい。私はハーバードを出て外務省に入って外交官になって・・・・」

「お前の尻拭いをしてきたのは誰だと思う?出来の悪い娘に学歴を与え、職場を与え

最高の嫁ぎ先を見つけてやった」

「何が最高の・・・よ。自由に外出できないし外国にだって行かせて貰えない。二言目には

子供子供って。頑張って産んだのに・・・・産んだのに・・・・」

マサコは大きな瞳から、それこそ雨のような涙をだだーーっと流し始め、わあっと

堰を切ったように泣き出した。もう止まらなかった。

あとからあとから涙が流れて。

「もう二度と子供なんか産まないわよ。あんな思いをしたのにこんな・・・ひどいわ。

私が何をしたっていうの」

「お前はいつもそうだ。一つの事を失敗するとすぐに逃げ出して嫌がる」

ヒサシは容赦なく言った。

「昔からそうだった。その尻拭いをしてきたのは」

「誰も頼んでないわよ!」

またもマサコが激高し始めたのでヒサシは「わかった」と言い切った。

「もう二人目を産めとはいわん。アイコを天皇にすればいいんだろう」

「私は別に天皇になんかしたくないわ。もうどうだっていいの。私、皇族辞めたい。

あんな東宮御所になんか帰りたくないの。帰りたくないのよ」

「だからってここには住めんぞ。わしもユミコもオランダへ行くんだから。我慢するしか

ないだろう?何が不満なんだ?都心の一等地であんな広い家に住んで」

「広いとか狭いとかの問題じゃないの。みんな私を馬鹿にしているのよ」

「誰かがそう言ったのか?」

「言わなくてもわかる。女官達が私の噂をしているもの。アイコが自閉症だってネットに

出回ったのだって侍従か女官の誰かが漏らしたのよ。そうよ。あの流産の時だって」

「わかったわかった」

根拠のない妄想に付き合っている暇はなかった。

「東宮職内の人間については私がそのうち、総入れ替えしてやる。

お前は暫く公務から離れて好きにすればいいさ。それでも8月は3週間以上も

那須に行ったんだろう?そういう風に気ままにやればいいさ。何と言ってもお前は

皇太子妃なんだから」

ヒサシはとりあえず宥める為にそう言った。

昔からヒステリーを起こすとユミコ同様、手に負えなくなるのだ。

「しかし、アイコはちゃんと育てろよ。将来の天皇なんだから。自分の子供が天皇に

なればこれ以上怖いものはない」

そうはいってもマサコは今一つピンときてなかった。

 

その時、チャイムが鳴った。

ばたばたとユミコ達が玄関に出る。聞きなれた声がこだまする。

マサコは一瞬身震いした。

「皇太子殿下よ」

ユミコがにこやかに案内してきた。そこに立っていたのは皇太子だった。

「お久しぶりです」

「やあ。殿下。ようこそ」

ヒサシは立ち上がって握手した。マサコは涙のあとを見られまいと横を向く。

「あれ?アイちゃんは?」

「多分、オカヤマと一緒よ」

「そう。僕、少し面倒みようか?」

「あら、よろしいのよ。今日くらいゆっくりなさって。内親王様の事は私に任せて」

ユミコは愛想よく言った。

「そろそろケータリングが届く頃なの。中華料理、お口にあえばいいんだけど」

「大好きです。ありがとうございます。マサコ、ご両親で楽しいかい?」

ご機嫌取りするような皇太子のセリフにヒサシは内心「ダメだ。これは」と思った。

案の定、マサコは答えもせず、ぷいっと横を向いた。

「皇太子殿下に失礼だろう。返事ぐらいしないか。全く躾がなっていなくて」

ヒサシは苦笑いした。皇太子は屈託なく微笑み

「いやいや今日はマサコの顔色がよさそうでほっとしました。

よかったね。マサコ」

邪気のない笑顔。それまでのオワダ邸内の空気が多少は和らいだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 


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