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韓国史劇風小説「天皇の母」164(戸惑いのフィクション)

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春、ひっそりとアキシノノミヤ家では慶事が続いていた。

マコが初等科を卒業し、中等科へ進学したのだ。

「いつか羽ばたくような鳥の絵を描きたい」と抱負を綴った文集。

初等科4年に進級したカコも習っているスケートの大会に出場し

ちょっとしりもちをついたりしたが、なかなか上手に滑っていた。

けれど。

マコは自分を取り巻く空気が微妙に変わりつつあることを感じていた。

自分達の立場が「皇族」である事は自覚していた。

常に両親からは「皇族としてふさわしい行動をするように」と言われている。

どういう事が「皇族としてふさわしい」のかというのは一口には言えないけど、とにかく

挨拶をきちんとする事。人の目を見て話すこと。そして勉強をしっかりすること。

感情をあらわにして人を不愉快にさせない事。人を思いやる事。

日々の生活の一挙手一投足が「皇族としてふさわしいか」と審査されているようなものだ。

小さいカコはあまり人前に出るのが好きではないので、いつもマコの後ろに隠れてしまう。

母はそんなカコにはあまり言わないけど、自分には厳しいような気がした。

だけど、それは「長女」として仕方のない事だとマコは思っている。

カコに出来なくて自分に出来る事。それは両親の最良の理解者になる事だ。

時々は甘えん坊もしたいけど、やっぱり厳しくされるという事は、それだけ対等に

見られているんだと思う。

マコにとって「長女」としてのプライドはそこだった。

 

学友達だって、「アキシノノミヤマコ」は皇族。アキシノノミヤ家の長女。

最初は「皇族」がどんなものか知らなかった学友達も、今はよくわかってくれて

「マコちゃん」と呼びつつも、知らず知らずに立ててくれている事がある。

先生も正式には「マコ内親王」と呼ぶ。

誰もその立場に疑問をさしはさんだり、あれこれ言って来た事はなかった。

 

が、中等科に進学し、外部出身者が増えた頃、当たり前の雰囲気に変化が。

「ねえ、皇太子妃ってお可哀想なの?」

そんな風に聞かれる事が多くなったのだ。

「どうして?」

「だってうちのママ達がそう言ってるわ。マサコ様は皇室の古臭いしきたりに

潰されたんだって」

「私も聞いたわ。皇室って女性の地位が低いって本当?」

「マサコ様はアメリカのハーバードを卒業しているんでしょう?すごく頭がよくて

お仕事もちゃんと出来る人だったのに、皇室に入ってダメになっちゃったんですって?

ねえ、女の子は天皇になれないの?」

「イギリスには女王陛下がいるじゃない?マコちゃんは天皇になれないの?」

「違うわよ。マコちゃんの所は「次男の家」だから気楽なんだって。ママが言ってた。

マコちゃんのお母様は好きで皇室に入ったから平気なんですって」

どれもこれも初耳の事ばかり。

どうして急にこんな事を言われるようになったのだろうか。

「皇室って堅苦しいの?マコちゃんはお偉いわね。全然そんな風に見えないんだもの」

何を言われているのかわからず、マコは目をぱちくりするばかり。

「それはやっぱり皇太子殿下の所とは違うからじゃないの?よかったじゃない?

気楽な家で。だから私達もこうやってお供達になれたんだし」

「でもマサコさまは苛められているんですってよ。ずっと男の子が生まれないから。

今時なんだか古臭いわよね」

古臭い?男の子が生まれないから?気楽?どういう事なんだろう。

 

うかない顔で帰宅したマコを出迎えたのは侍女長だった。

「おかえりなさいませ。あら?お元気が・・・」

「ただいま。カコは?」

「もうお帰りですよ。今、宿題をやっておられます」

マコはお弁当箱を出した。

「マコ様、今日はお残し遊ばしたのですか?お具合でも悪いのですか?」

「違うわ。平気です。でもちょっと食欲が」

「お弁当は妃殿下が毎朝、少ないお時間を割いて自らおつくりになっているものです。

お残ししたら失礼ですわ」

「ごめんなさい」

「・・・・まあ、姫様といえど食欲がない時もおありでしょう。これは私が片付けます。

でも本当に何でもないのですか」

「あのね。私は気楽なの?」

「は?」

侍女長ははあ?という顔でマコをまじっと見つめた。

「気楽って・・・・マコ様が?皇族としてという意味ですか」

そして侍女長は笑い出した。

「誰がそんな。この宮家程厳しい家はないのに。そりゃあ、家というのは

気楽であるべきですわ。マコ様はご自宅にいらっしゃる時は十分気楽で

いらっしゃると思いますが」

「立場って話のようなの」

「立場・・・・立場・・・・皇族に気楽等ありえませんけど」

「そうよね」

マコは会話をやめた。

(次男の家だから気楽なのよ)

(マサコ様はハーバードを出て外務省にお勤めのキャリアウーマンだったのに

皇室に嫁いでダメになっちゃったんですって。マコちゃんのお母様は学生結婚で

好きで嫁いだからうまくやったわねって)

 

心の中に澱のようなものがたまって行くような気がした。

何だか触れたくない汚いものに触れてしまったような。

どうしよう。この事を話すべきなんだろうか。でも心配はかけたくない。

悶々もマコは部屋で悩み続け、教科書を開いたままぼやっとしている。

そこに「お姉さま、ちょっとだけ遊びましょうよ」とカコが入ってきた。

「遊ばない。忙しいの」

「何もしてないじゃない」

「してるわよ。考え事。カコちゃんのような子供とは違うんだから」

「あら、中学生になったからっていばってる」

「いばってないわよ。とにかく遊ばない」

マコはドアをバタンと閉めてしまった。ドアの外では「お姉さま」という声が聞こえる。

(カコはいいな)

マコはますます沈んでいった。

 

その夜。

やっぱり隠しきれずに両親に話をしてしまったマコ。

娘の様子に宮は厳しい顔をするし、母は悲しそうだった。

「天皇は男子しかなれないというのは本当だよ」

「どうして」

「どうしてって・・・大昔からそう決まっているんだ。理由なんかないよ。

お前がどうしてマコなんだ?と聞かれて答えられるかい?

どうして人間なんだ?って聞かれてその理由は・・・・と言えるかい?」

「そうだけど。不平等だって」

「女性が社会に進出する事は素晴らしい事だ。それを否定したりしない。

男女平等もいいと思う。だけどそれとこれとは意味が違うんだよ。

差別して男子しか皇統を継げないわけではない。

ただ2000年もそうやって来たという実績があるだけだ。それが伝統というもの。

一旦例外を許したらそれは伝統ではない。そうだろう?」

正直、マコは難しくてよくわからなかった。

「でも、そのせいで皇太子妃殿下は具合が悪いんでしょう?トシノミヤ様が女の子

だったから」

「まあ、誰がそんな事を」

キコがちょっと厳しい顔で言った。

「男だから女だからと喜んだり悲しんだり。そんな事あるわけないじゃないの。

私達はあなたが男の子だったらとは思っていませんよ」

「キコ」

宮はキコの膝にそっと手を置いた。

「マコは学校で聞いたことをそのまま言ってるだけで、そう思っているわけではない。

そうか。マコは初めて世間の風に当たったのだね」

世間の風。

「だとしたら言っておかなくてはね」

父は少し厳しい顔になった。

「これから先、色々な人が色々な事を言うだろう。辛い思いもすると思う。

だけど誰をも恨んだり憎んだりしてはいけない。なぜなら私達は皇族だから。

考えていいのはただ、今やるべき事だけだよ」

「そうですよ。今、あなたがやらなくてはならないのはお勉強でしょう。皇族に生まれ

ついだという事は、その事自体が特別なのだから。人よりもっと努力を重ねないと」

「お母様は皇族として生まれたわけじゃないでしょう?嫌じゃなかったの?お仕事を

続けたくはなかったの?」

「お母様は学生結婚だもの」

キコはちょっと頬を赤らめる。

それを見て父が言った。

「キコが大学生になったばかりの時にお父様が好きになったんだよ。

大学一可愛かったお母様だ。ライバルは沢山いたけど、お父様が勝ったんだ」

「本当?」

マコは少し斜めに父を見た。

「本当だよ。だから今、こうしてここにいるんじゃないか。

確かにお前のお母様はハーバードを出ていないし、外で働いた経験もない。

だが、妃殿下としてのキャリアは長い。

みな、お母様を褒めるだろう?皇后陛下だって」

「はい」

マコはちょっと誇らしい気持ちになった。

「私と結婚した以上、それ以前の事はいいんだよ。今、このアキシノノミヤ家の妃として

キャリアを積んでいってくれれば。私は感謝しているよ。

だってマコやカコのような可愛い子を授けてくれたんだからね」

「殿下・・・子供の前で」

キコは小さく睨んで、それからくすっと笑った。

ほんわかした空気が流れていく。これは「気楽」というものとは違うんだろうか。

「しかし、気をつけないといけないよ。この先、私達が少しでも油断をしたら

すぐに悪評が立つ。身に覚えがない事でも今回のように言われる事はあるんだから。

私達は国民の手本とならなければいけない。それが皇族としての務めだ」

父の重い言葉をマコは心に刻んだ。

 

しかし、それからひと月もしないで、皇室を揺るがすような大事件が起きてしまった。

皇太子がヨーロッパ歴訪の記者会見で

「マサコのキャリアや人格を否定する動きがあったことも事実です」

と言ってしまった。

「キャリア」も「人格」もマコにはさっぱり意味がわからなかった。


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