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韓国史劇風小説「天皇の母」171(こっちはフィクション)

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じとっとした夏だった。

窓の外のセミの声が一段と大きくなった気がする。

地球温暖化の波で、都会の夏は異常に暑くなった。

日差しを避け、ブラインドを下ろしても夕日の赤さは目に入る。

ノリノミヤは眠っているキク君の顔をじっと見つめていた。

ガンと診断され、もう長くない。

ガン撲滅運動にずっと関わっていらっしゃったキク君自身が

ガンになってしまうとは。

なんと理不尽な事だろうか。

小さい頃からこの大叔母はとりわけ自分を可愛がってくれた。

宮夫妻には子供がいなかったから・・・・兄は習字を習い、自分もまた事あるごとに

宮邸にお邪魔した。

キク君はどんな時でもノリノミヤを歓迎したし、いつもおいしい紅茶を入れてくれ

昔の話を沢山してくれた。

徳川の御姫様の暮らしがどんなだったか。

時々、持っている着物なども見せてくれたし、「こんなのが御似合いね」と

着物の選び方も全部教えてくれた。

無論、それらは母からも教わって来た事だkど、キク君の言葉には重みがあった。

「華族」出身という重みを感じていた。

キク君はいつも「宮さん」と自分を呼んだ。

ちょっとくすぐったいような発音だったけど、そのはんなりとした口調はとても素敵だった。

母は鮮やかで華やかで強烈な印象だったけど、キク君はしなやかでつややかで

しっとりとしていた。

そんな大叔母の背中を見て育って来たのだった。

可愛がってくださった大叔母様に一目、自分の花嫁姿を見せたいと思っていた。

けれど・・・・

キク君がうっすらと目を開けた。

「あら・・・」キク君は小さな声で言った。

「そこにいらっしゃったの?私、眠ってしまったのね」

「ええ」

宮は微笑んだ。

「あまりによくお休みでしたので、起こしては・・・と。大叔母様のお顔を眺めていました」

「宮さんに眺めて貰うような顔でもないのよ。もうおばあちゃまになったわ」

「そんな事ありませんよ。大叔母様はいつまでもお綺麗」

「宮さんに比べたら。やっぱり嫁ぐ前の女性は綺麗」

キク君は少し起き上がったので、宮はクッションを背中にいれてやった。

随分痩せた。まるで枯れ木のように。

あんなにつややかだった肌は肉が削げ落ち、表情もよくわからないくらいだ。

かつての大叔母を知っているだけに、本当に悲しく思われて、宮はそっと顔をそむけた。

「ねえ・・・」

キク君は小さな声で言った。

「いつになったら日取りが決まるの?私、もうゆっくりとはしていられなくてよ」

ノリノミヤは困ったような顔をする。

「あら。そんなにお待たせしないわ」

「それならいいけど。ああ、あのお小さかった宮さんが嫁がれるとは。時々こちらに

来て下さるマコちゃんとカコちゃんを見ると、宮さんを思い出すのよ。

本当によく似ていらっしゃること」

「そうかしら?マコはお兄様に似てるし・・・カコはおじいさまに似ているわ」

「そうそう・・・カコちゃんはほんと、先帝のお小さい頃の写真にそっくりね」

キク君は深く息をついた。

「でも、似ていて当然です。だって血が繋がっているものね」

「お疲れじゃなくて?少し横になられたら」

「いいのよ。せっかく宮さんが来て下さっているんですもの」

キク君は少し楽しそうに笑った。

「どんなお道具をお持ちになるの?お着物は何枚?それにお化粧道具入れとか

色々揃えたいわね」

「私、何も持って行くつもりはないんです。母のお下がりを貰えれば」

「そりゃあ、皇后陛下は着道楽でいらっしゃるし昔からそりゃあご立派なものをお持ちよ。

私達ね、ほんの少し妬けてたの。だって皇后陛下の持ち物は

何もかもそりゃあご立派だったんですものね。失った過去の栄光に私達は涙した

というわけ。でももうそんな事はどうでもいいわ。

だけど、宮さんは皇女であらせられるのですから、きちんとしたものを誂えて頂きなさいな。

降嫁されても内親王は内親王ですもの」

「ええ」

ノリノミヤはうっすらと微笑んで頷いた。

「皇室も。変わるわね」

「え?」

ノリノミヤははっとした。一瞬キク君の顔が大昔のきりりとした表情に見えたからだ。

しかし、それは本当に一瞬の事ですぐに、齢を過ぎた老女の顔になった。

「東宮家の姫は・・・・ああ・・・名前が思い出せないんだったわ。嫌ね」

「トシノミヤアイコですよ」

「そうそう。トシノミヤ。いくつになったのかしら?」

「2歳ですわ。もうすぐ3歳ですよ」

「可愛い盛りね。どんな様子なのかわからないけど・・・・あれから東宮妃は懐妊なさらずなのね。

色々あるわね。それにしてもと・・トシノミヤ様はどんなお顔をなさっているのかしら?

小さい頃の東宮はのんびりした方だったけど、この姫もそうなの?」

「さあ、どうだったかしら」

「私には子供がいないからよくわからないのよ。ああ、一人くらいいたら・・・それもまた

言ってもせんないわね」

「大叔母様」

ノリノミヤは泣きそうになった。皇室に嫁いで幾星霜。

常に「妃殿下」としての気品を守り続けてきた女性。大切な大切な女性皇族。

このようなお手本がいなくなったら、皇室はどうなってしまうのか。

そろそろ遅いので帰りますというと、キク君は

「次にいらっしゃる時までにはちゃんとお祝いを整えましょう」と言ってくれた。

「もう少し元気になったら、宮邸中の宝箱をひっくり返して色々さしあげましょう」と。

そこでまたノリノミヤは泣きそうになった。

いつまでもいつまでもお元気いて欲しい・・・・・一緒に宝箱をひっくり返して

あれこれ取り出してはいわくを聞いて、「宮にはこれが似合うわ」などと

言い合いながら。

 

宮邸をあとにすると、ノリノミヤを乗せた車はそのままアキシノノミヤ邸に向かった。

(今は皇太子妃が心の病だから、それを考慮して発表を控えましょう)

母はそう言った。

皇太子妃が「適応障害」と発表されたのは8月に入ってからだった。

誰もが聞いた事のない病名に驚いたが、皇太子の「人格否定」発言以来

それが変だなどとは言えない雰囲気になっている。

まるで、何もかも皇室が悪いといわんばかりのマスコミ報道に

天皇も皇后も正直、怯えていた。

「私達は働いた経験がないから皇太子妃の心がわからないのかもしれない」

と皇后は言っていたが、それはどうなのだろう。

日々公務に励む天皇・皇后、各皇族たちは働いていないとでも言うのだろうか。

そもそもこうなったのは、皇室が云々というより、トシノミヤの「障碍」のせいだ。

それは気の毒だと思う。

だけど、自分達はそういうもの、ありのまま受け入れてきたのだし、今さら驚いたり

嘆いたりはしない。

ただ、どうすればトシノミヤが「皇女」として生きて行けるか、その為に必要な教育は

何かと考えてやるだけなのだ。

障害者に優しく、「ねむの木」の活動に特に理解を示している皇后が、どうも今回は

歯切れが悪い。

それこそそちらのツtを頼って、自閉症などのエキスパートを探せばいいのに・・・・・

皇太子夫妻が頑なに娘の姿を認めないばかりか、よもや影武者をたてようとは。

そして、それは穏やかな結婚生活が待っている筈のノリノムヤにも暗い影を落とした。

 

夏の日は長い・・・といっても、夕食の時間はとっくにすぎている。

あたりはすっかり暗くなっている。

宮邸の侍女に迎えられ、ノリノミヤは邸内に入った。

「ねえね、いらっしゃい」

すぐにマコとカコが飛んでくる。

カコは相変わらず姉の後ろに隠れようとするが、マコは随分大人びた印象。

それもそうだろう。

先日、初めて両親と一緒に「公務」に出たのだ。

タイのシリキット王妃の誕生日を祝う会に出席したマコは要人たちに

きちんとお辞儀をして、内親王ぶりを見せた。

それは叔母であるノリノミヤにとっても頼もしい事だった。

少しずつ皇室のあるべき姿は何だろうと思ってしまう日常にあって

マコやカコの上品な姿は、ほっとさせるのであった。

「ごきげんよう」

ノリノミヤは可愛い姪達の頭をなでた。

「お夕食は済んだ?」

「ええ。ねえね、今日は一緒に遊んで下さい」

カコがすぐに腕にじゃれついてくる。マコが制する。

「ダメ。ねえねは大事なご用事があるの」

しった風な口をきくマコがおかしい。

「大事なご用事ってなあに?お父様とお母様はまだお帰りにならないし

一緒に遊んだって誰も・・・・」

「そうじゃなくて」

と、マコが言いかけた時、ベルが鳴り、侍女が飛び出していく。

「お父様達?」

すぐに出迎えようとしたマコとカコの目の前に現れたのはヨシキだった。

「クロダさんね」

カコは嬉しそうに声を上げた。

ヨシキはたまに宮邸に来ると、必ずトランプやゲームをして遊んでくれるのだ。

その時はノリノミヤも一緒だったりする。

「ごきげんよう。宮様方」

ヨシキは穏やかに微笑んで挨拶したが、視線はすぐにノリノミヤに行く。

そんなヨシキの姿を見た宮は思わず「私・・・」と言ったまま言葉につまり

しくしく泣き出してしまった。

「ねえね」

「宮様」

みな驚いて絶句してしまった。

 

その日の夜遅く。

公務から帰宅したアキシノノミヤ夫妻はノリノミヤとヨシキと共に

夕食後のお茶を楽しんでいた。

宮は少しならいいだろうと、タイのメコンを出してくる。

「ああ・・・殿下お得意のメコンですね」とヨシキは笑い、さっそく一緒に飲む。

キコはミルクを温めてノリノミヤの前に置いた。

ノリノミヤは少しすすって、それから子供のようにほっとした顔つきになる。

「お前は昔から、泣いたあとはミルクだね」

と宮が言うと、ノリノミヤは少し怒ったように

「いつの話をなさっているのかしら。お兄様は」

「まあ、こんな妹だがよろしく頼むよ」

宮の言葉にヨシキは大きく頷いた。

「喧嘩の仲直りはミルクにします」

ヨシキは赤くなったノリノミヤの目を心配そうに見つめた。

「それにしても・・・今さら、婚約発表を延期だなんて。どういうつもりなんだ」

アキシノノミヤは怒り、そしてヨシキに頭を下げた。

「こんな事になって申し訳ない」

「いえ・・・」

ヨシキは恐縮して言った。

「僕は大丈夫です。皇太子妃殿下はご病気なのだし、もう少しくらい。ただ宮様が」

「私だって平気よ」

さっき泣いたばかりのノリノミヤだったが、間髪を入れずに言い返す。

「おいおい、二人して大丈夫と言ったらまるで結婚したくないみたいじゃないか」

「殿下」

とキコがたしなめた。

「お二人とも心の中は・・・・・」

「クロダさんに申し訳なくて。お母様はもうお引越しの準備をされているのでしょう?

ご親族へのお話もあるでしょうし」

「いえ、宮様。皇室の事情はよくわかっていますからそんなに落ち込まないで。

もう少しデートとか・・・・そういうのをやってみるのもいいかもしれません。

殿下にはご迷惑をおかけするけど」

ヨシキが珍しくキザな事を言ったので、場が笑いに誘われる。

「いやいや、我が邸でいいならいつだって提供するよ。ただ子供達がいて

落ち着かないのでは?」

「そんな事ありません。内親王殿下方には遊んで頂いてます」

そしてまた場が笑いに包まれた。

「それにしても東宮家はこの先、どうするつもりなのか。妹の結婚話まで

水をさす結果になった。無論、一番悪いのは止めた皇后陛下さ」

「殿下」

またもキコが口を挟む。

アキシノノミヤのずけずけした物言いは小気味がいいのだが、不敬な気がする。

いくら親と言っても相手は皇后。

「わかってるよ。キコ。皇后陛下は・・・なんだな。きっと娘を手放したくないんだよ。

だから今さらになってぐずぐずと延ばす口実を欲しがっているのさ。

そう思う。そうでも思わないとやってられない」

「僕、その気持ちはわかりますから」

ヨシキは重ねて言った。

「宮様は両陛下にとって特別です。ですからもし手放したくないと思われて

そうしたのだったら僕は・・・」

「手放したくないって。娘は35になろうとしているのに」

少し声をあらげた宮はぐいっと酒を飲んだ。自分から言い出した事なのに

自分で否定してしまい、矛盾に気づいて慌てて付け加える。

「普通の親なら一日でも早く嫁がせたいと考えるのではないのか?東宮だって・・・・

いや、兄上は知らないか。そう。お前たちの事は今は全く関心がないからな」

「お兄様は妃殿下の事で手一杯なのよ」

ノリノミヤが庇う。

「きっと・・・そうなのよ」

小さい頃、本当に可愛がってくれた兄の変貌ぶりに悲しくなる。

「でも東宮のお兄様達は、一度も叔母様のお見舞いにもいらっしゃらない。あんなに

トシノミヤに会いたがっていらっしゃるのに。妃殿下がトシノミヤをご出産された時

だって庇われた。でも、妃殿下はそれを悪口を受け取ってしまった。一体何をどう

申し上げたら妃殿下のお心が落ち着かれるのかしら」

「あれは性格というより気質だ。元々もって生まれたものさ。一生直らない。

だが、皇太子妃の言葉が民意のようだ」

宮の言葉に今度はみんなが黙り込んだ。

「むしろ、こうなってしまっては一日も早くお前を嫁がせたい。というか民間に降ろして

やりたいよ。皇室は変わる」

ノリノミヤはびくっとした。

皇室は変わる・・・・キク君も同じ事をおっしゃっていた。

まさかそんな。本当に。

「私、少し怖い。東宮妃のご病気が何もかも変えてしまうのではないかと」

ノリノミヤは震える声でそう言った。

「大丈夫、お前は自分の事だけを考えなさい」

頼もしい兄はそう言って笑った。


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