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文春・新潮編集室様へ 10

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 真の保守派が皇室にNO!をつきつける日 

 少し時代は前後する。

1989年8月。那須にて放鳥する両陛下と礼宮。

礼宮の結婚が決まり、何となく嬉しそうな3人に見える。

これほどイケメンな王子様なのに、どういうわけかマスコミの取り上げ方は

あまりにひどかった。

金のブレスレットやひげなどをあげつらっていたのです・・・・

当時から「浩宮上げ」はあったわけですね。

平成の天皇家には『紅一点」のプリンセスがいた。

紀宮清子内親王。

立場は今の愛子内親王と同格。お印は羊草。

本来なら二人の皇子に挟まれた姫宮であれば、格別の扱いが

ありそうなものですが、紀宮の場合はそうではありませんでした。

生まれた時から「将来は民間に降嫁するのだから」と言われ続け

「民間と同じように」育てられた・・・というわけです。

そりゃあ美智子妃殿下と二人きりの旅行などに行けて、彼女にしてみれば

楽しい思い出も沢山あったでしょうか、延々と「民間に降嫁する身」と

言われた事に関してはどう思われていたのか。

美しく自己アピールが上手な母君。

それに比べて紀宮はお世辞にも美人とは言えず。

視力が悪くなってメガネになってからは、一層地味な姫にお育ちになった・・・・

と私達下賤の者は思っていたのです

紀宮の着ている服は生地は大変いいけれど、決して「今風」ではなく

どちらかといえば古臭い格好。

髪型も同じで、3歳年上の礼宮がおしゃれだったのと正反対。

1980年代後半と言えば「ジェンダーフリー」が叫ばれた頃。

イギリスではダイアナ妃が華麗なファッションで世界を魅了。

と、同時に「世界のプリンセス」の写真を見る機会も多かった。

日本では美智子妃殿下に叶う者がいない・・・でも、若いプリンセスが欲しい・・・

そんな折の「紀子ちゃんブーム」だったわけですが

お蔭で紀宮の影が薄くなったのも事実。

1989年3月。20歳になった紀宮ですが、昭和天皇の喪中と

いう事で成年式を行う事が出来ず。翌年に持ち越し。

 

ちなみに1990年の歌会始。

あれ?紀宮がいない?と見えるけど、実はいるのです。

どうやら白いドレスをお召になっているよう。

この時、陛下が詠まれた歌は

父君を見舞ひて出づる晴れし日の宮居の道にもみぢばは照る

皇后陛下の歌は

かすみつつ晴れたる瀬戸の島々をむすびて遠く橋かかりたり

昭和天皇が亡くなられて1年。思い出を偲ぶ「歌会」なのですが

いつもなら、誰よりも「慈愛」を示す筈の皇后の歌が瀬戸大橋の歌とは。

夫が父を偲んでいても知らぬふりを決め込んでいるように見えますよね。

今思えば、よほどの恨みがあったのか。

皇后陛下にしてみれば「新しい時代の晴の歌」のつもりだったろうとは

思うのですが、この時ばかりは空気を読むべきだったと思います。

紀宮20歳前後の写真。皇后陛下の素晴らしく長いケープドレスに

引き換え、芳紀20歳のプリンセスの70年代風ワンピースの地味さと言ったら。

天皇皇后そして皇太子が3人くっついているのに、紀宮と礼宮が微妙に

両親と距離をとっているようにも見えますよね。

 

そして1年遅れの成年式の写真がこれ

実は当時、不思議でならなかった事があるのです。

男子には「加冠の儀」があるのに、どうして女子に「裳着」がないのか。

何もないのは可哀そうという事で天皇陛下が政府関係者を招いて

紀宮の為に茶会を開いた・・と報道されました。

「女性皇族の成年式はない」と認識していたのですが、後に眞子内親王が

成年式を迎え、新しいティアラを被られました、

紀宮のティアラはどういういきさつで作られたのか、あるいは調整されたのか

全然下々の者には情報が入って来ませんでした。

眞子内親王の事を考えれば「女性皇族」の「成年式」はありだったんだなと思います。

じゃあ、昭和はダメだったのか?

でも紀宮の成年式は1990年。つまり平成2年だったわけだし・・・・

あの「宮中改革好き」の皇后が自分の娘の為には何もしなかったという事なのでしょうか?

記者会見に臨む紀宮。まだメガネをしていますね。

そして驚いたのが大学の卒業式。

私は紀宮の袴姿を見る事が出来るのかなと思っていたのですが

見事な「洋装」

しかも普通のワンピース(色も生地も素敵だけど公務じゃあるまいし)

で、「そっか、女性皇族は袴をはいちゃいけないんだ」

と思ったんですね。

そしたら高円宮家は袴はいてました・・・・え?ダメじゃないの?いいの?

どちらにせよ、この時の紀宮は卒業式を迎えた女性というよりOGみたいでしたよね。

 

そして1990年6月29日。秋篠宮家が誕生し11月には即位の礼。

後々「3連のネックレスがなぜ1連に」と言われる事になったわけで。

皇太子の立太子。

 

即位の礼直後の茶会。皇后陛下と紀宮のドレスは同じ生地で作られているようです。

即位の礼後、初めての一般参賀。皇后陛下のばらの帽子が・・・目立つ。

おなじみ、即位の礼後の園遊会。

この時ばかりは紀宮も可愛い振袖をお召ですが、やっぱりもうちょっと

現代的でもよかったんじゃないかと。

今にして思えば、どうして内親王がここまで「公」の写真に恵まれないのか。

ちょっと疑問ではありますね。


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