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ふぶき家の静養2

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 26日は朝から立木観音へ。

毎年の事ながら、すっかりふぶき家の菩提寺になりつつあります(笑)

でも、他の観光地は修学旅行で回るから・・・(元々見慣れているけど)

早々にいろは坂を降りて

「そうだ!田母沢御用邸に行こう!」

という事に。

ここだけは一度も行った事がなかったので。

ここが車寄せ。

元々紀州徳川家の別荘だったものを移築したんですよね。

それで体の弱い大正天皇の御用邸になった・・・と。

晩年はほとんどここで過ごしていたので、御座所もあったわけです。

とにかく広いの。めちゃくちゃ広いの。疲れるーーふすまがないから

いいけど、これで部屋が仕切られたら迷う。絶対に迷う!!

でも素敵な照明でしょう。

こちらが「御座所」です。

このあたりに学芸員の方がいて、色々説明してくれました。

こちらが結構突っ込んだ質問をしたら、喜んで資料を引っ張り出してくれて

沢山お話を伺いました。

本来、御用邸には御座所はないのです。

でも、大正天皇の場合は、皇居に戻る事が出来なくなったので

必然的に「公務」をこちらで行う必要があり、謁見などはこの部屋で行いました。

隣りに次の間があり、そこにSPさん達が目を光らせ、この部屋の手前に椅子が

置かれ、それぞれ謁見。

もっと突っ込んだ話をしたい時は、奥の部屋へ行かれたそうです。

昭和天皇が摂政だった時、大正天皇のお誕生日のお祝いをここ

田母沢御用邸で行ったそうです。

奥の奥に皇后陛下の御座所がありました。

 

「今上は疎開生活を送られていましたね」と質問すると

「そうなんです。この田母沢御用邸の皇后陛下のお部屋を使っていました。

そしてこの御座所には絶対に入ってはいけないと。

たとえ皇太子でも使えなかったんです。

ここに滞在していた時は、学友は金谷ホテルにいました。

学問所もあったのですが、冬の寒さがひどくて、耐えられず、近所の

三笠宮家の別邸に移ったそうです。そこには電気ストーブがあったので」

防空壕もあったようです。

で、ますます空襲がひどくなったので湯元に移動・・・・と。

そういえば、前日、湯元に泊まったっけ。

これで日光と湯元の距離感がつかめました

疎開生活が大変だったとか、ひもじかったとかいうけどねーー

湯元には湯ノ湖もあり、お魚も結構いたんじゃないかな。確かに

70年以上前の日光と湯元は今以上に何もなくて、夜は真っ暗で

怖かったとは思うんですけど、トラウマになるほどだったのかなと。

御用邸から東大植物園に抜ける所でスキーをしたとかいう話もあるし。

今上が御用邸を訪れた時より、詳しい話を伺ったと思います。

「本当に詳しく知りたければぜひ東大植物園に」と言われました。

 

釘止めの趣向も素晴らしいですが、江戸時代のふすまが本当に素晴らしくて。

皇后の間のそばにはしだれ櫻がありました。

 

 下が大正天皇の寝室。

二階にあります。隣には3種の神器を保管する部屋も。

通常、御用邸滞在時には3種の神器は移動しないのですが、大正天皇場合は

ここに住んでる状態だったので、そういう部屋が必要だったそうです。

「3種の神器といっても、本物か偽物かわかりません」なんて学芸員が話してました。

「壇ノ浦で沈んだ物が本物、あるいは偽物と言われています。どっちにしても

神話の世界ですから」

それを聞いてた見知らぬおばさま達は「そうよねーー」と。

神話の世界からずっと125代にわたって男系で続いている天皇家の貴重さには

気づかないんですよね。

 畳みのへりは絹製。全くずれがありません。

このような畳の並べ方は封建制の証明なんですって。

ちなみにこの部屋には照明がありません。ろうそくの火で眠っていたんですね。

で、晩年になると、二階にまで上がって来られなくなったので、食堂にベッドを運んだと

いう事です。

ここですね。

最後はこの部屋だったという事でしょうか。

表にはもう一つ食堂があります。

 

 左はお風呂場。湯を張ったりはせず

流すだけだったそうで・・・・やだあ。これじゃ寒すぎるでしょ。

もともと避暑地だから暖房設備がないんですよ。

真夏だって寒い日光です。

8月15日の湯元はきっと、気温的には20度ちょっとくらい?

音のない湯ノ湖。鳥と虫の声だらけの湯元。

想像すると感慨深いですね。

お土産やさんには、「皇族のお印」が入ったミラーやハンカチが売られていまして。

さりげなく「佳子様のが売れてますか?」と聞いたら

「そんな事はありません」と言われましたけど、何となくセリフっぽかったなあ。

ちょっと大声で「ハマナスはいらない。ゴヨウツツジも嫌だわ」といいつつ

モッコウバラとゆうなのミラーを買いました。

だってハンカチだって「ハマナスと檜扇あやめ」のセットだもん。

モッコウバラと檜扇あやめならいいのに。

この日は十二単と束帯の展示もされていまして。

でもこの照明のピンクがとってもきれいだったので。

 

御用邸とはいえ、「天皇の権威」を守るために、様々な規定があった事がわかります。

皇后陛下の部屋は奥の奥。

別に小さな謁見所、お風呂、トイレなどがありました。

今上が皇太子だったころは、この奥の奥しか出入りを許されなかった。

そういう「権威」が嫌いだったのかもしれませんよね。

 

そうそう、旦那が「ここは研修室があるんだよ」と教えてくれました。

「日光金谷ホテルに泊まりながらここで講演会でもやれば」って

いやに理解あるお言葉・・・・

そうですねーー「ふぶきと回る今上疎開の旅」とか「大正天皇」についてとか

沢山話題は尽きません。

 


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