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秋篠宮殿下 52歳に   2

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 佳子様と悠仁殿下について

秋篠宮

「(妃殿下をご覧になって)ここはあなたから」

紀子妃

「次女の佳子は今年の秋から英国に短期留学し,元気に過ごしているようです。詳しいことは帰国してから話を聞くことになると思いますが,今は大学でいろいろな講義を受け,充実した学生生活を送っているようで,うれしく思っています。

記者:佳子様の将来や活動について

秋篠宮

「(妃殿下をご覧になって)私から。(少し間をおあけになって)この9月にイギリスの方に次女は渡りました。

これは長女のときもそうでしたが,私は余りこちらから何か用事があったりとか,向こうから何か聞きたいことがあったりして連絡があるとき以外は,できるだけ連絡を取らないようにしています。

つい先日イギリスからメールが入ってきましたけれども,それを読む限りでは元気に過ごしているのではないかと思います。

また,将来の活動,恐らくイギリスから帰ってきた後のことだと理解いたしますが,今はこの1年弱という短い期間現地での様々な講義を聴いたり,そちらの方に集中していることでしょうから,帰国してから話合いをしながら,どういう活動をしていくかということを決めていくことになるのではないかと思います。

結婚については,長女のときもそうでしたけれども,私はできるだけ本人の意志を尊重したいと,そのように考えております。

紀子妃

「将来の活動については,今は留学しておりますが,それを終えて日本に帰国しましてからも大学生の生活が続きますので,大学生としての勉学などを大事にしながら,長女と同じようなことになると思いますが,勉学に差し支えのない範囲で,公的な活動などを一つ一つ大事に果たしてほしいと思っております。結婚については,そのような話がありましたときに,そのときに大事に考えていきたいと思います」

記者:悠仁殿下について

秋篠宮

「(妃殿下の方を向かれて)私から言いましょうか」

紀子妃

「(殿下を振り向かれて,考えながら)どちらでも」

秋篠宮

「どうぞ」

紀子妃

「長男の悠仁は今年の春から5年生になりました。

まず始めに,5年生の様子についてお話をしたいと思います。

学校の様子ですが,5年生の授業では,家庭科が新しく加わりました。

授業の学びや裁縫,調理実習なども,共に楽しんでいるようです。

また,同じように5年生は,委員会が始まり,飼育・栽培委員の活動,それから運動会の準備や片付けなど,高学年の一人として自分の役割を考えながら取り組んでいるようです。先月は授業参観があり,音楽の授業の様子をお伝えします。

子どもたちが音楽会に向けて,合唱や合奏の練習を熱心におこなっていました。

長男が担当する楽器はトーンチャイムと呼ばれているもので,(少し間をあけてお考えになって,記者にお尋ねになる)ご存じでしょうか。

細長い楽器を手に持って,その楽器を前に出しながら音を鳴らしていくものですが,その楽器を担当している仲間たちと一緒にその音色を聴き合いながら,音楽を創り出していまして,その練習風景を見ることができました。

家での様子ですが,小さいときからおこなっている野菜作りや昆虫の飼育などを今も続けています。「どうしてこうなるのかな」,「こうしたらいいかな」など考えながら,取り組んでいることがよく見られ,「こう工夫するといいかな」と言葉にしたり,また良く知っている人に話を聞いたり,また調べたり,そうした経験を重ねながら育て方やコツが分かってきているようです。

今年の夏は特にトンボの生態についてもっと知りたいと,ここの近くの大きな池に同じ時間帯に出かけられるときに行って飛んでいるトンボの種類を記録していました。今年の夏に家族で滋賀県の琵琶湖周辺や,また小笠原諸島にも旅行しました。

(殿下を振り向かれてお尋ねになって)そのときは,私たち・・・。

秋篠宮:私は・・・

紀子妃

「(宮様は)お仕事がおありでいらっしゃったので私と悠仁の二人だけでしたが,これは旅行のとき,感じることですが,訪れた地域の方々との温かいふれ合いがあったり,また,暮らしや文化にふれたり,また,おいしい郷土料理を頂いたり,そのようなことが休みの良い思い出になっています。

こうした経験は長男の成長にいろいろな形でつながっているように思います。これからも長男が興味を持っていることを更に深めたり,また,新しい課題に取り組んだり,感謝の気持ちを忘れず,人との関わりの中で活動の幅を広げてほしいと思っています。それから,ときには立ち止まって自分を見つめ,自分の良さを伸ばしてほしいと思っています」

秋篠宮

「あの少し重複するかもしれませんけれども,私は長男にはできるだけ日本の様々な地域に自分で行ってみて,それでその土地土地の文化であったりとか,生活の習慣であったりとか,そういうものを実際に見て,そしてその土地の人から話を聞いて,理解を深めてもらいたいなと思っています。

私自身が割と若い頃というか高校生ぐらいからですね,いろいろと各地を回る機会を得ることができ,そのことが何かのときに,何かのときというのは何かの仕事のときに役に立っているということを経験していますので,やはり是非,日本の中にある様々な文化を感じてほしいと思います。

もちろん機会があれば海外にも行って,そこからまた日本を見るということも大事だと思いますし,日本との違いであったり,また,非常に近い,似ているところであったり,そういう機会も持つことができればいいのではないかと思っております。

記者:進学先についても

秋篠宮

「進学先を具体的にここに行きますということは申せませんけれども,本人の特性であったりとか,いろいろなことを考慮しながら,また本人とも相談しながら,決めていくことになると思います。

紀子妃

「(殿下を振り向かれて,うなずかれながら)これから決めていくことに・・・。

秋篠宮

「(妃殿下とうなずかれて)これからですね」

紀子妃

「長男は高学年になり,大事な時期を迎えていると思います。

このような中で子どもと保護者と一緒に,学校で進路について話を聞く機会もありました。これからも,長男自身そして私たちも,進学先を含めた進路について丁寧に向き合って,長男が培ってきたものを大事にして,更に考えを深めてまいりたいと思っております」

 悠仁殿下についての教育は紀子妃がおおむね分担していらっしゃり、紀子様の並々ならぬ意欲とか責任感を感じました。

何と言うか・・・今回の紀子様は本当にお話になるというか、宮様もちょっと引くシーンがあったのではと推察します。

特に

秋篠宮:私からいいましょうか

紀子様:どちらでも

秋篠宮:どうぞ

と、一見微笑ましいやりとりに見えますが、いつもなら紀子様は「はい」で終わりそうなところ、「どちらでも」とおっしゃった。

これに関しては少し「怒り」を感じます。進学先に関してもあまりにあれこれ言われすぎて神経質になっているような気もします。

おっとりした紀子様がこれ以上ぴりぴりしないように夫として秋篠宮殿下には毅然とした態度をおとりになって欲しいと思います。

どこまでも「妻の味方」をせよとはいいませんよ。どこかの東宮みたいに。

でもやっぱり、家族の事に関してはどうしても母である紀子様が矢面に立ってしまいますから何とかして欲しいと思いますよね。

 1年を振り返って

秋篠宮

「いろいろな印象に残ることがありましたが,主として私自身が関係したことの中でお話をしてみたいと思います。

今年も大変これは残念なことなのですが,自然災害が非常に多くありました。

日本のみならず海外でもあったわけですが,私たちは,この9月に大きい豪雨の災害があった,福岡の朝倉市を訪ねました。

そこで,そこを流れる赤谷川の橋の所からその被害の状況を見たのですが,いわゆる雨,豪雨ですね,豪雨により山腹が崩壊して流木が流れ,それによって非常に大きい被害が出ましたが,実際にその場所に行ってみて,水,そして流木の影響というか,被害というのがいかに大きいかというのを実感しました。また,そのときには,その地域の人たちとも話をする機会がありましたけれども,一旦被害が,大きい災害が起こることによる影響というものが,大変なものがあるということを強く感じましたし,また,今後も起こるであろうこのような災害について,どのように防災,それから減災をしてくのがいいのか,そしてまたその重要性について考える機会になりました。

また,これは少し遡ること4月ですけれども,舞鶴にある引揚記念館を訪れました。比較的最近リニューアルされたんだと思いますけれども,そこには抑留しているときの生活などが展示をしてあります。

収容所での生活などを再現したものなどもあるのですが,そこで実際に収容所生活をした人からも話を伺いました。もちろん本で読んだりする機会はありますけれども,実際に体験した人からそういう話を聞くというのは,そのときの状況が本で見て知っているもの以上に大変過酷な生活をしていたということについて,改めて認識する機会になったと私は思います。やはり実際に体験した人,それからもう一つ前にお話しした災害を受けた場所なども自分で実際に見てみるということはとても大事だなと感じました。

あと,いろいろありますけれど,これは日々の報道等で感じることですけれども,今年くらいですね,学校のいわゆる部活動について,話題が多く出たことが今までなかったのではないかなと,ちょっと勘違いしているかもしれませんけれども,そういう印象がありました。よく記事に出ているのは,運動部活動が多いように思います。私自身は今まで学校のいわゆる運動部系の活動に触れる機会,それから自分の経験もほとんどないので,その辺りは実感としてないのですが,例えば私が毎年行っている全国の高等学校の総合文化祭,あれは文化部の活動ですね。

それから学生科学賞というのもあります。そういうところで生徒の発表,作品を見ると,それから研究ですね,本当にすばらしいものがあります。そのことに驚くとともに,また,それを指導している先生のそれに対する熱意もそうですが,負担,それから労力も,これも大変なものがあるのだなということを感じます。しかし,学校教育の中でそういう活動が行われているということは,大変私はすばらしいことだと考えますし,そういう中から将来非常に優れた人たちも出てくると思うのですね。そのような意義がある活動が非常にいい形で行われていけばいいなと印象を強く持っております。

また,今年はデフリンピック,耳の不自由な人たちの大会ですね。デフリンピックの夏の大会がありまして,(妃殿下をご覧になって)トルコでしたね。トルコのサムスンで行われましたが,日本は過去で最も多いメダルを取りました。確か27個だったと思いますけども。いつもそれに参加する人たちに会う機会を持っていますが,今回,非常にメダルの数が多かったということもあって,とても出席した皆さんうれしそうでしたし,それからそこで会った人は,1番多い人は水泳の選手ですけれども,9個メダルを取っているのですね。そのメダルを全部首に掛けて会いに来てくれましたが,そういう人たちの活躍に接することができたことを大変私はうれしく思います。

あと,日本とチリの外交関係樹立120周年という機会にチリを訪れることができたことも,私にとっては2度目になりますけれど,良い思い出になっています。特に,日本とチリが,先ほど防災の話をしましたが,両方とも同じ課題を持っている両国が防災分野で協力をしている,そしてまた防災分野以外にも医療であったりとか,その他,養殖などかなり多くの分野で協働しているということを今回改めて認識しました。チリというのは非常に北から南,長い国で様々な気候帯があります。その一端に触れることができたことも自分にとって印象的なことでありました。

そしてもう一つは,先月になりますけれども,タイの前国王陛下,プーミポンアドゥンラヤデート前国王陛下のご火葬式の献花をする行事に私たち二人で出席できたことが印象に残っております。

近年はお身体のお具合が悪かったので,お目に掛かる機会がなかったのですが,以前お訪ねすると,本当に自分の子供たちが来たという形で接してくださっていました。また,私がタイでいろいろな活動をすることを非常に温かく見守ってくださり,そのお陰で今まで活動ができたのだと思います。前国王陛下との最後のお別れの機会に私たち二人で出席できたことは大変光栄なことだったと感じております。以上です。

 シベリア抑留に触れたり、デフリンピックの話をされたり、具体的な固有名詞を使わなくてもこんなにも生き生きと一年を振り返り国民はありがたく思えます。皇后のあの全文はなんだったんだ?と思います。

 皇位継承の在り方について答えられないのはわかっているけど答えて欲しい

秋篠宮

「今おっしゃったように,これは飽くまでも制度の問題になりますので,私からなかなかお答えすることはできないですし,議論が進んでいない,確かに進んでいないのですけれども,そのこともやはりこれはある意味で政治との関係にもなってくるわけですね。つながってくると思います。ですので,今ここではちょっとお話をするのは控えようと思います」

 この記者は秋篠宮殿下からどんな言葉を引き出したかったのかと思います。

眞子様のお召し物、いつになく素敵です。髪型も。悠仁殿下は背が伸びました。

でも元々末っ子で甘えん坊だし、あまり性急に厳しくあれこれ言うのはよくないんじゃないですか?

紀子妃としては悠仁殿下の成果を自分の評価として受け止めなくてはならないわけで、やっぱりそこは「嫁」としても「母」としても辛い事ですよね。

 

今回はほんと、紀子様が強くなったというイメージです。

 


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