心配とか言う前に、何でそこまでして?としか思えません。
させる宮内庁も悪いです。
10日夜から皇后陛下が発熱。11日朝には38度台。
しかし両陛下は揃って相馬市の慰霊碑に供花
津波後に作られた市場を視察。
10日は関東も寒かったじゃないですか。ご老体には響いたのですよ。
天皇陛下も鼻をすすっていたというらしいし、そういう悪条件の元、いくらお気持ちが強くてもここは止めるべきでした。
普通の人でも38度あれば体がきついです。まして80代のお年寄りですよ?
本人が何を言っても欠席させるべきでしたよね。これで「身体が・・・」で祭祀を休む口実されてしまうんですから。
週刊誌の見出しが目に見えるようです。
「満身創痍の美智子さま 【それでも私は供花します】激しい慈愛の決意」
「皇后さまお熱が・・・女官の叫びにも動じなかった美智子皇后「私は大丈夫。津波で亡くなった人達に比べたら」」
「たとえ這ってでも私は被災地へいく!体調の悪さも顧みず皇后さまは花を捧げられ・・雅子さま奮起!」
「実は皇后陛下は福島へ行く直前から体調がお悪かったのです。側近は止めたのですが今回が最後であること、皇后さまのお心の中には東日本大震災で犠牲になられた方々のお心を慰めたいというお気持ちが強く、決して予定を変更しようとはされませんでした。陛下もまたその皇后さまのお心を汲んでご自分が精一杯支えようとされたのでした。
10日はひどく寒く、天気も悪かったので女官がひざかけをお持ちしようとしたのですが皇后陛下はお断りになり、明るく植樹をされました。いつもなさらないことをされたら回りいいらぬ心配をかけるとの心遣いだったのです。
が、そんな強硬スケジュールに皇后陛下の体が悲鳴を上げ、夕方から異変に気付いた女官が侍医を呼び、診察となったのですがこの時点ですでに38度のお熱が皇后さまを襲っていたのです。一度は相馬の病院に入院も考えられたが医師の手厚い治療と女官達の必死の看病で、入院にまでは至らなかったのです。
老人は脱水を起こしやすく発熱するとなかなか下がらなくなり、その結果食欲が落ち、そこから体力が戻らなくなる事が多いので、一晩中皇后陛下は水分を取られ、旅館の心づくしのかゆに箸を運ばれた。皇后陛下の思いは皇后として最後の慰霊をやり遂げなくてはという思いで、そして天皇陛下をお支えするご自分の立場を考えやり遂げなくてはという強いご意思のみだった。
翌朝、まだ38度台の熱があったが、点滴に解熱剤を入れ治療を受けられた皇后陛下は無事にご公務を果たされたのであった」
ってな言葉が女性週刊誌にでかでかと書かれるでしょうね。
こうなってくるともはや老害でしょ。もしものことがあったら宮内庁の上層部の首が飛びかねない事態ですよね。まだお熱が下がったわけじゃないでしょうし。
12日は皇太子夫妻と秋篠宮夫妻が参内する予定ではありませんか?
「満身創痍なのに熱があるのに首が痛いのに足が痛いのにこんなにも頑張る私」を演出するのはどうしてなんでしょうか?
正直いい加減ウザくてしょうがないんですが。