千代田の中は慌しくいきり立っていた。
明日の先帝祭の事など誰も眼中にない程に。
宮内庁長官、東宮大夫、東宮侍従長らが呼び出され、天皇と皇后の前に出る。
「一体誰がいつ内定を出したのか」
天皇の激しい言葉に全員が立ちすくむ。後ろめたさのあるヤマシタはなおさら
冷や汗をたらしながら、ひたすらポーカーフェイスを装っていた。
「皇太子が指示したことなのか」
「いえ・・・そんな筈はございません」
東宮大夫はきっぱりと言った。本当に皇太子は何も言ってないのだ。
だが、速報を知らされても慌てた様子がない事から、何らかの関与はあったのか?
しかし、それを今奏上する事ははばかられた。
「第一報はロイター通信だそうです。それを受けた日本のマスコミが一斉に
報道したと」
長官は今知りうる限りの事を述べる。
「現在、皇居の前には多数の報道陣が来ていますので、何とかしないと
なりません」
「何とか?決まっている。間違いだったといえばいい」
天皇の言葉は全員の胸にぐさりと突き刺さった。
今、誤報と認めてしまえば今後どうなるか創造がつく。
オワダ家は黙っていない。あらゆる手を使って皇室に対し謝罪と倍賞を求めて
来るだろう。そうなったら結婚もしてないのに泥沼離婚劇のようになってしまう。
さらに皇室のイメージを損ない、ますます皇太子の結婚が遠のく。
「陛下。落ち着き遊ばして」
皇后がなだめにかかった。
「今、間違いと認めると東宮の名誉に傷がつきます。どうか別の対処法を」
「どうしたらいいのか」
「私にも見当がつきません。宮内庁長官、何か手立てはあるかしら」
「とりあえず皇太子殿下をお呼びして事情をお聞きしなくては」
フジモリとしては当然の話だった。
「ヤマシタ、皇太子殿下はどのような様子なんだ」
「別に。慌てた様子もございませんし。冷静に受け止めていらっしゃいました」
まるで他人事のようだ。
「冷静に受け止めた?」
天皇の言葉がまた激しくなった。
「これは一大事なんだぞ。皇太子の結婚が私達が知らない間に決まってしまう
なんて前代未聞だ。そんな事、許されるわけがない」
「しかし・・・殿下は「いずれは発表する事だったのだし、それが早まった程度では」
とおっしゃって」
「ああ・・・・」
天皇はがくりと肩を落とす。
「本当に東宮はオワダさんと結婚したいというのね」
皇后が呟くように言った。
「陛下も私もオワダさんには一度お会いしたけど、とても皇室でやっていけるようには
見えませんでした。あなた達はどう思いますか」
「オワダさんは学歴・職歴全てにおいて素晴らしい経歴を持っていますし
財産もあります。皇室にふさわしいかと」
真っ先にヤマシタがそういったので、東宮大夫と長官は顔を見合わせた。
「私共はオワダさんのチッソに関する事で妃候補からは外しておりました」
長官が静かに言う。
「先帝もオワダさんには反対しておられましたし、皇室には学歴や職歴よりも
まず血筋と家柄が必要です。3代前が不肖のオワダ家では話になりませんし
そのような先例を作っては・・・・」
これには天皇の顔色が変わってしまった。
「家柄と血筋」まさにこれに抵抗して来たのが天皇と皇后だったからだ。
結婚を反対されたときの苦い思い出が蘇る。
そうなるともう天皇には何も言う事が出来なかった。本来マスコミを押さえなくては
ならないし、皇太子には諦めるようにいわなくてはならないのに、
それが言えない立場になってしまったのだ。
オワダマサコっを否定する事は「民間妃」として確立したミチコ皇后を
否定する事になるのではないか。
「開かれた皇室」の名のもと、30年に渡って皇室のあり方を模索してきた。
結婚はその原点ともいうべき話。
アキシノノミヤ妃にカワシマキコを選んだのも「家柄よりも本人同士の気持ち」を
優先したから。
それが正しいと思ってきたから。
現にアキシノノミヤ妃はよくやっている。しかし、同じことがオワダマサコに出来るのか?
結果的に結論は翌日に持ち越しになった。
翌日になっても宮内庁は沈黙を決め込み、マスコミに追いかけ回されている
職員も「何がなんだか・・・」という感じだ。
宮内庁記者会はフジモリに記者会見を望んだが、すげなく断られてしまった。
さすがにここにきてマスコミも「何だかおかしい」と思い始めたようだが、
畳み掛けるように翌日、オワダマサコはマスコミの前に登場した。
キミジマの185000円のスーツにコートを羽織り、「いかにも金持ち」風な
装いで登場したマサコにカメラのフラッシュがたかれる。
「おめでとうございます」
レポーターのよびかけにマサコは「ありがとうございます。でもまだ正式には
決まっておりませんので」
とにこやかに笑って答えた。
ユミコは毛皮を着て娘の横に立ち、ハイソサエティぶりを発揮したようだが、
後々「動物愛護協会」から批判の言葉が加えられる。
もう・・・誰も否定できなくなってしまった。
「これは・・・大変なことが起きるかもしれない」
アキシノノミヤ邸では陰鬱な雰囲気が漂い、駆けつけたノリノミヤも
顔が暗かった。
「何がどう大変なのでしょう」
キコはよく状況を把握できておらず、それはノリノミヤも同じだった。
「いいか。我々の結婚は個人的な好き嫌いだけで決まるわけじゃない。
結婚に至るまでには他の宮家への根回しも必要なんだよ。
私が君を両陛下の所へ何度も連れて行ったのもその根回しの為。
しかし、今回はそういうものが一切ない。筆頭宮家である私達にも
知らされていなかった」
「きっと他の宮家も同じね」
ノリノミヤは思慮深く言う。
「おもうさまもおたあさまも困っていらっしゃるの。何とかできないものかしら。
東宮のお兄様は参内しても「これでよかったのでは」なんておっしゃるし。
私、本当にわからなくなったわ」
「今は両陛下を支えて差し上げるしかないが、宮家の立場では動けない」
アキシノノミヤはため息をついた。
ノリノミヤは意を決した容易言った。
「私が恐れているのはね。もしかしたらこれが皇族の結束を乱す結果に
なるんじゃないかという事なんです。おもうさまやおたあさまはご結婚以来
民間出身の妃という事でどれだけ責められ、苦労されてきたか。
おたあさまのお気持ちの中にはそういう旧勢力に反対したい気持ちがおありでしょう。
生まれつきの皇族である私達にはわからない孤独感のようなものを
抱えていらっしゃると思う。
それが各宮家との間に溝を作ってきたことは事実でしょう?
今回の事で、またそういう溝が大きくなったらと思うとやりきれないわ」
「サーヤの言っている事はわかる。でも、今は動けない。両陛下の意志が
全てを決めるし、皇太子殿下を差し置いて意見するわけにはいかない」
「これからどうなるのでしょうか」
キコはそっと呟いた。
「皇太子殿下のご結婚が決まることで決着するのでしょうか」
「終わりがよければ全てよし・・・ですめばいいけれどな」
それが全ての始まりであることにはまだ誰も気づいていなかった。