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韓国史劇風小説「天皇の母」93(明らかフィクション)

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その日は暮れも押し詰まっていて、皇居でも東宮御所でも、無論アキシノノミヤ家でも

新年を迎える準備でおおわらわだった。

元旦の早朝、天皇は四方拝という儀式を行う。

暁の頃からいてつく寒さの中で神に国の平安を祈るのだ。

それからさまざまな宮中行事・・・そんな新年に向けての心の準備をしている時に

小さな内親王は生まれた。

親王ではなかった事にどれだけの人がほっとしただろうか。

天皇・皇后はすぐに病院にかけつけ、記者たちに「おめでとうございます」と言われると

「ありがとう」と笑顔を見せる。

病室では出産を終え、疲れた顔のキコ妃と宮が迎える。

妃のやつれきった頬は単に出産が大変だったからではない。生まれるこの日まで週刊誌やマスコミ等に

よってどれだけ傷つけられてきたろうか。

どうもそういった中傷が恣意的なものであるというのは皇后もうすうすわかってはいたが

確かめるすべがなかった。

ただ「気にしないように」というしか今は出来ない。

入内以来、常に国民の人気の的であった皇后が自分の時代になって、貶められようとは思ってもいなかった。

そんな国民の心の移り変わりをどうとらえたらいいのかすらわからない。

今は自分の事で精一杯だ。宮妃の心の奥底まで追及してやるほどの余裕はなかった。

「名前は?」

「カコです」

宮は答えた。「佳人のカコです」

「可愛い名前だね。ごらん、この目の大きさ。誰かに似ているような」

天皇は生まれたばかりの赤ちゃんの顔を覗き込む。3歳のマコ姫は生まれた時から切れ長の目をしていた。

けれど、この姫はくるくるっと魅力的な目をしている。

「先帝の赤ちゃんの頃に似ているんですわ」

皇后が答えた。ああ・・・と天皇も頷いた。

肌が少々黒い所は先々帝の妃だったテイメイ似。そして顔は先帝似。

「これは美人になるね」

天皇の言葉に病室は一時笑いに包まれた。

 

東宮御所にも宮家の出産の報告は行っていたが、すぐに行動する事はなかった。

年明けから中東訪問があり、マサコの心はそちらで一杯だったからだ。

もし生まれたのが男子ならともかく、女子だったのだから今すぐ自分を脅かす存在ではない。

皇太子もまた、宮家に生まれたのが女児で本当によかったと思っていた。

「両殿下も負けずに・・・・」と侍従がいいかけた所をマサコがきっとにらむ。

「もうしばらくはないわよね」

「え・・・?何が・・でございますか?」

「出産」

それはどういう・・・・侍従は答える事が出来ないまま場を退き、そのまま東宮大夫に伝えた。

「アキシノノミヤ家には暫くご遠慮頂こう」

東宮大夫はいわずとしれた東宮職の長であり、東宮家の利益を最優先に考えるべき立場であった。

この先、アキシノノミヤ家にぽんぽん子供が生まれて、そのたびにマサコが落ち込んだり

泣いたりヒステリーを起こしたりするのはたまらなかったのだ。

東宮家に男子が生まれるまでの・・・せいぜい、2年か3年の間、アキシノノミヤ家には子供を作る事を

ご遠慮願おう・・・・大夫はそう思った。

それがどれほど残酷な事か、本人は全くわかっていなかったのだが。

 

一方で、宮家に生まれたのがまたしても女児だった事で、皇室内部や政府の中では

皇位継承に対する不安を口にする者も出てくる。

皇室典範において、皇位継承は「男系の男子のみが継承する」と書いてある。

「男系の男子」とはすなわち、「父親が天皇である男子」にしか皇位継承権がないという事だ。

2000年の歴史を持つ、世界一古い日本の皇室はこの「男系男子」の継承で繋がってきた

世界的に稀有な家なのだ。

では、8人いた女帝の存在はどうなるという事になるのだが。

女帝は全て「男系女子」である。しかし、一時的に男系女子が継いでも次には男系男子に戻る。

男系女子が誰かと婚姻関係を結び、この子供が後を継いだらそれは「女系」となってしまう。

8人の女帝は女系ではない。

この事が重要なのだ。男女雇用均等法時代のマサコには到底わけのわからない理屈でしかなかったが

伝統とはそういうものだ。

日本の皇室においての「正当性」はまさに「血」の正当性なのだから。

それを考える時、皇太子夫妻に一日も早く世継ぎを・・・せめて第1子を・・と望む事は無理でも差別でもない。

当然の事だった。

しかし、マサコの悲劇はこの意味を理解せず、今生きている自分の利益のみに目が向いてしまった事にある。

マサコが育ったオワダ家もエガシラ家もどちらも「血」の正当性を持たない家だった。

3代前が不詳だったり、自らのルーツへの自信のなさを学歴や職歴、権力で補ってきたのだから。

マサコにとって一々「血の正当性」を主張される事は、自らのコンプレックスを刺激されるようで嫌だった。

そして皇太子もまた、何となくマサコに同調してしまった背景には、自分が民間妃の息子であるという

コンプレックスが作用していたのかもしれない。

 

それはともかく、政府内では「安定的な皇位継承」をどうすべきかという議論が少しずつ湧き起っており、

天皇の心の奥底にもその問題は重くのしかかっていた。

現在、天皇には二人の内親王しか孫がいない。

ミカサノミヤ、タカマドノミヤ家にも男系男子はおらず。

皇太子の次はアキシノノミヤである。このままでは安定的な継承は難しくなる。

ゆえに、すでに二人の子を持っているアキシノノミヤ家にはこれからもどんどん子供を産んでもらいたい。

かつての先帝陛下のように、男子が生まれるまで・・・・・

東宮大夫がアキシノノミヤ家に産児制限を進言しようとは思ってもいなかった。

 

小さな命の誕生と共に、歳は暮れて新しい年が始まった。

新年のローブデコルテを着て参内する時と一般参賀だけはマサコも機嫌がよかった。

特に今回はキコ妃がいない。

注目はすでに自分に集中している。

新年早々、中東へ行く事が決定しているし、他にも外国訪問が出来るかもしれない。

マサコの心は世継ぎよりもそっちの方へ飛んで行った。

 

しかし・・・・1月17日の朝。

天皇と皇后はいつもより早く起こされた。テレビのニュースが尋常ではないという理由で。

「どうしたのか?」

天皇は着替えるとすぐにテレビのある部屋に入る。

「何やら関西で大きな地震があったようでございます」

侍従長が答える間もなく、宮内庁長官から参内するという知らせが入り、さらに政府関係者も参内するという。

「そんなに大きな地震だったのか?」

「震度6とか・・・」

「被害は?」

「まだ何も・・・・」

どうやらテレビ局ですら状況を把握できていないらしい。情報遮断など・・・この現代に?

背筋に寒いものが走る。

「すぐに情報を集めて。それにしてもどんな地震だったのか・・・・」

テレビのニュースでは、けが人が数人としか言っていなかった。それしかわからないようだった。

それがまさか「大震災」と呼ばれる事になろうとは。

それは一つの象徴だったのかもしれない。

日本におけるかつての繁栄が終わりを迎え、国家のモラルそのものが崩壊していく・・・そんな象徴。

しかし、無論、そんな事、誰も気づいてはいなかった。

 


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