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韓国史劇風小説「天皇の母」96(魂のフィクション)

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「お帰り」

天皇も皇后も待ちかねたように皇太子夫妻を迎えた。

皇太子はにこやかに「ただ今戻りました」と答えた。

「それでどうたった?」

という天皇の問いに

「はい。とても楽しかったです。あちらは昼間はひどく暑いんですが夜は逆に寒くて。

でも国王・王妃両陛下や皇太子殿下に大変よくして頂き、有意義でした。

マサコも随分喜んで」

あまりに天真爛漫な答え方に天皇は絶句し、一瞬われを忘れた。

「楽しかったって今日本はどのような状況か・・・」

「そのわりには皇太子妃の顔色がすぐれませんね」

珍しく皇后が横やりを入れる。先ほどからマサコは延々と黙り込んでいたのだった。

「マサコは疲れているんです。予定を変更して帰って来たものですから」

皇太子が慌ててとりなす。飛行機の中で散々「何で早く帰らないといけなかったか」と

愚痴られ続けて、これ以上のごたごたは御免だったからだ。

「阪神の大震災では多くの人が犠牲になりました。疲れてはいるだろうけど一日も早く

被災地を訪問し励まして下さい。私達も明日、行きますから」

マサコは答えなかった。

天皇も皇后もなんて失礼な態度だろうと思ったけれど、あえて何も言わなかった。

どうしてそういう態度をするのかさっぱりわからなかったからだ。

 

1月30日、天皇・皇后がそろって被災地を訪問し、避難所で暮らす人々を慰めた。

まだ寒さも厳しい避難所にはござをしき、荷物等でしきっただけの区画に大勢の人が

暮らしている。それぞれ家族を失い、家を失い、途方にくれている人々だった。

今、この瞬間ですらあの日、何が起こったのか信じられない。

ほんの数分前まで優しい眠りに包まれていた筈なのに、一瞬にしてそれががれきの山に

変ったのだ。迫りくる火の海の中を着の身着のままで逃げ惑う。

崩れた建物の下敷きになっている人々を助ける手立てすらみつからず、ただ

「誰か・・・お願い」と声を振り絞るしかなかった。

あれからわずか10日ばかり・・・ようやく始まった政府の支援、自衛隊の出動、

そしてボランティアの協力で、避難所に食べ物や生活必需品がわずかばかり

届くようになり。

そんな中、いきなり「両陛下が訪問されます」と言われても、彼らはどういう顔をして

迎えたらいいのかわからなかった。

「両陛下の思し召しで、特別な事は何もしないように。ありのままの姿を見せて下さい」

特別な事などできようはずもなかった。

だけど、両陛下がこんな・・髪を振り乱し、着替えも風呂もままならない人達を見て

どう思うだろうか。天皇や皇后と言えば別世界の人間で、誰でもが気軽に会えるという

わけではない。

それでもある程度の年齢層にとって「美しいミチコ妃」はカリスマであったし、

「冥途の土産に」などと言い出すものもあった。

「天皇が来たって何をしてくれるっていうんだ。食べ物をくれるのか?

贅沢な特権階級の奴らが来てお世辞を言っても意味がない」

と若い過激な連中は叫び、あおりたてる。

 

そんな中、マイクロバスが到着し、比較的元気な被災者が迎える中、天皇と皇后が降り立った。

みな一斉にうなだれる。

「よく・・生きていて下さいましたね」

皇后の口から息を吐き出すような小さな小さな声が聞こえた。

「ああ・・・お声が・・・まだ・・・」

ちらっと皇后を見ると、優しい微笑みが見える。

「しっかりね」

彼らが圧倒されている間に、天皇と皇后は避難所に入って行った。

被災者は身動きせず座っている。

天皇はゆっくりと彼らを見まわし、それから1区画1区画にスリッパをぬいで

膝をついて座った。

その事にみな驚き、言葉を失った。

「無事でなによりでした。家族は?体の方はどうですか?」

「はい・・地震の時、家が崩れて・・・」

天皇の誘うような問いかけに、黙っていようと思った彼らの重い口が開く。

「火事で一面火の海になってですね・・・子供が下敷きになって」

「辛い思いをされたね。でもこれからしっかりと自分の体を守って」

「無事でいてくれてありがとう。しっかりとお父様お母様を支えてね」

そう言われた子供は1も2もなく「はい」と答えた。

そこには不思議な光景が広がっていた。

「皇族なんて」と言っていた若者たちが全員、きっちりと座って自分の順番を待ち始めたのだ。

誰もが冷静に迎えようと思っていたのに、いざ、天皇や皇后の姿を見てしまうと

頭が真っ白になる。だのに次から次に言葉があふれ出て、次第に涙もあふれてくるのだ。

「死んだ方がよかった」

泣きじゃくる女性の肩を抱いて皇后は「しっかり」

「生きてね」と励ます。

時々手話を交えて話す皇后にみな感動した。

未曾有の災害が起きた今、生まれて初めて「皇族の存在意義」を見たような気がした。

「陛下、お寒いですから」

随行員がそっと囁く。

「大丈夫」

天皇のはねつけるような言葉に言葉を慎む。

若い時から一旦こうと決めると意地でも貫き通す、そんな天皇の強さを見た。

 

時間を延長しての避難所訪問は一か所にとどまらない。

被災地を視察し、黙礼を捧げ、そして被災者を励ます。

皇后は胸のあたりで両手を握って「元気で」と励ます。

この手話はアキシノノミヤ妃に習ったものだった。

まだ失声症を引きずっている皇后にとって手話は彼らと話す大きなツールとなっている。

戦後最大の地震が起きて、わずか10日あまり。

天皇と皇后の献身的な励ましはこれからも続いていく。

 

東宮職では、帰国した皇太子夫妻の被災地訪問を調整し始めた。

身位の問題で、高い身分の者が動かないと下の者は動けないのである。

恒例の天皇・皇后が被災地を訪問した以上、一日も早く皇太子夫妻が訪問しなければ

ならない。

ところが。

「そういう所にはいきたいくないわ」

東宮大夫は耳を疑った。

マサコの言葉だった。


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