カンボジアのシハヌーク陛下の葬儀に参列した秋篠宮殿下の映像が入ってきました。
車寄せで車をおり、部屋に入り、現国王、、前王妃にご挨拶。回りは王族。
秋篠宮殿下に前国王の本を見せる前王妃。一冊一冊手に取ってみる殿下。
秋篠宮殿下、天皇陛下の弔意を伝える。悲しみの中で聞く現国王、前王妃、王族。
別れがたいように握手をかわし、殿下は一礼して部屋を出る。
車寄せの所でもう一度礼 (不覚にもここで涙が・・・何でだろ)
見送る国王、前王妃の表情が何とも言えない。
秋篠宮殿下は2日に出発して5日に帰国の強硬スケジュールでした。
4日の学士院奨励賞授賞式では紀子妃殿下が殿下の代わりにお言葉を述べられました。
今回の前国王の葬儀は本来皇太子殿下がいかれるべきものであったと言われています。
身位のバランスもありますし、なんといっても皇太子は去年、カンボジアを訪問しているので。
イギリスのウイリアム王子とケイト妃の結婚式ですら(身位上皇太子が行かなくても)
行きたがった経緯もあり、それは去年のルクセンブルク公子の結婚式も同様。
身位の重い軽いにかかわらず「冠婚葬祭」は皇太子が・・・・という流れだったと思います。
しかし、なぜ、今回は秋篠宮殿下なのか。
秋篠宮殿下は1月25日、学士院奨励賞受賞式について説明を受けています。
まさに当日、政府から閣議決定がおりて葬儀出席が決まり、30日に説明を受けています。
考えようによっては、最初は皇太子で調整していたのではないかとも受け取れます。
では、皇太子にはどのような予定があったのかというと。
2日 → 復興神楽(宮城県石巻市雄勝町)を国立劇場で夫妻で鑑賞。
皇太子妃はドタ出。
内容が海幸彦・山幸彦の話で「両殿下が気を悪くするのではないか」と懸念
(弟が兄を殺して王になる話)
プログラムにあった地名「小迫」(おばさま)を見て夫婦で爆笑。
終演後、演者に皇太子妃「亡くなった人はいるのですか」
雄勝町は津波でやられて大勢の人が亡くなっているし、神楽の道具も全部流されて
しまった場所です。
皇太子妃は多分「(神楽をやっている人の中で)亡くなった人はいるのですか」と
聞いたつもりなんですけど、言われた側からすれば「あれだけの津波を見てないの?」
って感じだったと思います。
3日 → 一家、銀座松屋で私立小学校の作品展鑑賞
9時に松屋入り。地下でジャムなどをお買いもの。その後、6階のおもちゃ売り場へ
行くも買い物せず。
10時少し前に8階の作品展に。学友とその親も一緒だった。
その後7階で休憩。
帰ったのは11時。
今日発売の新潮には「完全貸切でお買いもの」と書かれているそうです。
開店後のお店では大混乱がおきたとか。
一体何をしに行ったのか。
5日 → 皇太子単独でオペラ「タンホイザー」鑑賞
演目は4時間に及ぶも全部鑑賞。カーテンコールまでいる。
皇太子が来ると休憩中も観客の行動が制限されて、なかなかトイレにもいけなくなるとか。
カーテンコールまでいるので、終演後も足止めされて大混乱に。
要するにさしたる急務はなかったという事になるのですが。
そうなると「外された」と見るのがふつうで。
なぜ?
やっぱりルクセンブルクでの「失態」が大きかったかなと・・・・・・
(他の国の王太子夫妻にくっついて会場入りし、マスコミの視線を妨げた事や
式でみんなが立ち上がっているのに一人で座っていた事とか)
その前の年のスウェーデンでは「カメラ小僧」をやらかしているし
今日発売の文春には小町東宮大夫が雅子妃とのコミュニケーションが図れず
「もう辞めたい」ともらしているとか。でも、「辞任」と引き換えに「オランダ行き」を画策とか
わけがわからない事も書かれています。
また、今週の「プリンセス雅子妃物語」は結婚後初の公務で居眠りした事件の言い訳が
書かれいるそうですが、そこの部分は私の小説では86から88話目で。
ぜひ比較して読んで頂きたいです。
一応、あちらは「ノンフィクション」で、こちらは「フィクション」ですのであしからず。