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韓国史劇風小説「天皇の母」108(なぜにフィクション?)

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皇太子夫妻に子供が出来ないという問題は、皇室の内部のみならず、

次第に国民の間にも広がっていき、関心がある者は「大丈夫なのかしら」と不安になった。

「女性天皇を容認すべき」という意見が出てきたのはこのころで、このままいくと

アキシノノミヤ家のマコ内親王が女帝に立てられるかもしれないという可能性もあった。

今上は「法律に委ねるべき」と一切の言葉を発する事がなく、宮内庁としては戸惑うばかりだった。

「一体、陛下はどのようにしてほしいのかおっしゃってさえくれたら」

カマクラはつぶやく。

宮内庁のスタンスはあくまでも「男系維持」である。しかし、カマクラの下にはすでに外務省上がりの

左翼がかった職員も数名おり、「なぜ男系男子にこだわるのかわからない」といい始めるものもいた。

それを理屈ではない。これは伝統なのだ・・・と教えこむのに一苦労。

今時のジェンダー思想はなんでもかんでも「男女平等」で解決しようとする。

雇用機会均等法が浸透してきたことと、皇位継承の問題は別だといのに。

外国のメディアは盛んに「閉じ込められたマサコ妃」と皇室がいかに旧弊でキャリアウーマンに冷たいかを

書くばかり。それに便乗して女性週刊誌などは毎週毎週「マサコさまはお可哀想」と書き立てる。

職員達も自分達ばかり悪者にされる事にうんざりしている。

 

カマクラも東宮夫妻に対するありとあらゆる教育が全部破たんする様には失望を隠しきれなかった。

この年にはベルギーの王室ご一家が来日。

事もあろうにマサコ妃は王妃と同じ色のスーツに身を包み、公式の場で笑いをこらえるしぐさをして

回りをはらはらさせた。

どんな時にも皇太子をたてるようにと言っているのに、自分が前に出ないと気が済まないらしく

ベルギー皇太子の前では自分の夫をさそいて会話しようとするそぶりさえ見られた。

カーティシーも満足にできず、気の利いた会話もまだ出来ない。

どこが優秀だったのかわからない。だから黙って言われた通りに動いていればいいものを

通訳などが一歩でも自分の前に出ると怒り出す始末。

 

シラク大統領が来日した時は終始ご機嫌で、公務を嫌がらなかったが一転して赤十字大会などに

行くと不機嫌になり、休みたがる。

実はシラク大統領は「ぜひ皇太子夫妻にフランスへ来て頂きたい」と誘いをかけていた。

というのも1982年にミッテラン前大統領と鈴木善幸元総理の間で交わされたパリ日本文化会館の

着工が着実にすすみ、来年の5月には開館セレモニーが行われる予定なのである。

大統領はこの式典に「ぜひ皇太子夫妻を」と言ってきたのだ。

こちらが何も申し出なくてもマサコ妃の耳には外務省を通じて情報は入っている。

それゆえに大統領来日時にはご機嫌だったのか・・・・

しかし、今の状態で皇太子夫妻を海外に出していいものか。

 

年末。

宮内庁記者会から何度も催促されていた、マサコ妃の誕生日記者会見が行われた。

「嫌だと言っているのにどうして無理強いするの」

「無理強いではなく、これは皇族としてのお務めです。皇族であるかぎり、年に何度かはこのような

機会を持たなくてはなりません。皇室と国民の間を近く持っていなくては皇室は滅びるのです。

それに妃殿下。記者達の要望に応じておかないと、あれこれと変な噂を流される恐れもありますし」

半ば脅しのような言葉にマサコは唇をかみしめた。

「妊娠に触れないと約束するなら」

「ええ。勿論です」

にっこりとカマクラは笑った。そしてソガ東宮大夫には

「くれぐれもおかしな事は喋らせるなよ」と言った。

記者会見の出来次第によっては・・・という気持ちだった。

それにしても、皇太子夫妻はどうしてこうも「世継ぎ」問題に無頓着なのか。

皇太子は確かに回りに流されやすい面もあるが、元々は気のいい青年だ。

それが今やすっかり「我」を張るようになっている。

今回の記者会見も頼みに頼んでやっと・・・・すでに東宮御所はマサコのいいなりになりつつある。

そうはさせてはいけない。

皇統を守る為には男尊女卑もない。きちんと身分をわきまえる妃が必要なのだ。

 

あくまでも宮内庁は「記者会見の場は提供するが質問内容に関しては感知しない」というスタンスだった。

しかし、結果的に「懐妊」の質問は控えられ、記者会の中でも特定の記者達10数人に限られ

15分程度で終わらせるようにとの暗黙の了解があった。

マサコはロイヤルブルーのスーツで登場。久しぶりに見るその姿はほんの少し太った感じがして

それがまた「懐妊ではないか」と噂のもとになりそうだった。

しかし、結婚直後の勝ち誇ったような表情はすでになく、どこかおどおどしている。

3年前とすっかり同じではないかと誰もが思った。

口調は早口で暗記した文章をさらさら読んでいる・・・という印象だった。

海外で「哀しきプリンセス」などと噂される事にかんしては「事実でない事が大げさに報道されている」と

要するにそういう事を言いたいのだろうが、めちゃくちゃに回りくどくしかも「脳内革命」などという言葉まで

使って説明するので、記者達は面食らった。

皇太子妃の役目というものはわかっている(世継ぎを産むべきなのはわかってる)しかし、自分らしい生き方も

したい」・・・多分そういう事を言いたいのだろうなあというのを、さらにさらにわかりにくく言う。

よくもまあ、そんな文章を作って暗記できるもの、さすがにマサコ様だなどと記者達は別な意味で称賛した。

けれど、最後の最後に残った印象は、結果的に

「まだお妃になってない」というもの。

結婚して3年も経つのに、妃らしい動作も言葉もつかえない。いや、使いたくないのだ。

どこまでもかたくなに自分を守ろうとしている。

どんな人間も3年もすれば馴染むものを。この人はいまだ「オワダマサコ」なのだと。

 

そんな記者達の印象をよそに、マサコとしてはかなりうまくやれたとほっとしていた。

暗記は昔からおてのものだし、これで少しは彼らも自分の優秀さがわかったに違いない。

自分は今までの皇太子妃とは違う。

外務省を後ろ盾に持つ、キャリアウーマンだった妃なのだから。

 

しかし、カマクラの下した判断は別だった。

「やはり・・・・」

彼はため息をついた。記者会見の間中、体がこわばって自然な笑顔を作る事が出来なかったばかりか

臨機応変に言葉を変えるという事も出来ない。

回りくどい言い回しで何を言いたいのかわからない。けれどプライドだけは異常に高い。

これでは中東の二の舞だ。

あの時はまだ新婚だったから、多少の失礼があっても回りは許してくれた。

アラブの馬は褒めてはいけないのに褒め称えて「馬をせびった」と思われたことも、ヨルダンの王妃の

言葉にふてくされた表情をしたことも、何もかも「まだ結婚したばかり。お若いし」ですんだ。

しかし今は違う。

外交的に失礼があったら困るのだ。

 

「パリ日本文化会館の開館式にはノリノミヤ様を」

カマクラは決断した。

 

 

 

 


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