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皇太子夫妻の20年2

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 旧皇族・旧華族とは何だったのか

21世紀に生きる私達にとって臣籍降下した11宮家と旧華族の存在はかなり遠いものになっています。

竹田恒泰氏に言わせると、当のご本人達も同じで、戦後民主主義の時代でいわゆる「自由」を謳歌して

きた為に今さら「皇族や華族出身としての自覚を持て」と言われてもそうそう出来ない・・・らしいです

竹田氏の呼びかけで、男系男子に繋がる何家かは集まってその歴史を勉強したり、天皇家に連なる自覚を

持とうという動きがあるらしいですが

そうは言っても、彼ら自身、自分達の家は何だったと聞かれたら「戦前の特権階級」くらいしか考えつかないのでは

ないかと思います。

確かに彼らは特権階級であったと思います。爵位に伴い税金などの点で随分優遇されていたようですから。

でも同時に彼らには「御役目」がありました。旧皇族はいわゆる「血のスペア」として血統を守らないといけません

でしたし、華族はそれぞれの家に伝わる・・・書ですとかお花、あるいは神事のような平安時代からの伝統を

守り伝える義務がありました。また旧皇族も華族の男子も軍隊に入る事を義務付けられていました。

身分にふさわしくない行動を起こせば宮内省より注意が来て、最悪は身分のはく奪もあったようです。

つまり、今の雅子妃のような事をしたらすぐさま廃されるという不文律があったのです

要するに彼らは「戦前肯定派」だったと言えるでしょう。

それは決して軍国主義を礼賛したとか、特権享受という意味ではなく、「古き良き価値観の時代」を記憶し

懐かしみ、出来ればそこに戻って本来の日本人らしさを取り戻すべきだと思っていた人達の筈。

GHQにとってはまことに目障りな存在でゆえに「ブルジョワジーを廃し、平等社会を築く」為に宮家を廃し

華族を廃したと言えます。

貞明皇后は「それでいいのです。彼らは恵まれすぎた」とおっしゃったと伝えられていますが、それは彼らを

貶める言葉ではなく、「本来、清貧をむねとしてこその皇族や華族である」という意味ではなかったかと思いますが

結果的に「特権を廃する事を容認した」発言になっています。

 

旧皇族も旧華族もそれぞれ「血筋」「家名」を守るために何百年も努力してきた。その為には流したくない血を

流したこともあったろうし、許したくても許せない出来事もあったでしょう。

そういうものを乗り越えた上にあった「プライド」

これが正田美智子嬢の登場でズタズタにされてしまったわけです。

私も若い頃は「血筋や家名が何だっていうんだろう。そんなくだらないものよりも人間性が大事な筈だし

そういうものをひきずって結婚出来るとか出来ないとかいう身分格差は許せない」と思っていました。

正田美智子嬢は、旧皇族でも旧華族でもなく、戦後に登場した大企業の社長令嬢・・いわゆる「新興貴族」と

呼ばれた人です。

世の中が復興しつつも、まだまだ貧しい家庭も多かったし進学率も高くなかった。

そんな時代に聖心女子大卒のバリバリのインテリ女性が登場したのです。しかもお家は豪邸で超お金持ち。

旧皇族・旧華族から見ると、守るべき伝統もないただのブルジョア、ハイソサエティに見えたでしょう。

そんな家から皇太子妃が出て、皇室の意義が変わったら・・・・と彼らは考えたかもしれません。

結果的に、昭和の時代において皇太子妃は「より皇族らしく、妃殿下らしく」血のにじむ努力をして

その地位を確固たるものにしました

彼女の美貌もその手助けをしたでしょう。女優以上に美しく立ち居振る舞いが完璧。360度、どこからカメラを

向けられてもおかしな表情や姿勢を見せない。

今もそうですが、皇后は国民の前で完璧なお妃を「演じて」いるのではないかとすら思います。

写真集などを見ても、あまりにも完璧すぎる表情や姿勢にかえって違和感を抱いてしまうというか。

自分の美貌に自信がなければ出来ない事、自分の学力や頭のよさに自信が出来なければ出来ないこと。

国民が求める妃殿下像を感じ取って作り上げ共感を得る。

こういう事はさすがに大商人の血筋だなあと思うんですが

昭和天皇は国民に敬語は使わなかった。

どんな時も「ああそう」「今日は・・・よく来てくれて」なという声かけをなさる。香淳皇后も同じで、

確か結婚60周年の記者会見の時に記者に質問されて、隣の陛下に「何ていう?」と聞いてた事があります。

また香淳皇后が怒ると男言葉になったとかで。どちらにせよ、生まれつき身分の高い人というのは

どこでも自然体という事です。

今上・皇后は心のうちに「戦前肯定」を否定してきたのではないかと。

時代は前に進むべきでそれは古い伝統を守る為に自らを犠牲にする社会ではなく、もっと自由で個人が個々に

幸せを追及するべき社会であると。

いわゆる「身分違い」などという古い言葉を廃したい。そういうものの象徴である旧・皇族、旧華族を否定したい

気持ちがあったのではないかと思います。

一方で、戦後の自虐史観と左翼運動の中、常に「昭和天皇の戦争責任」が取沙汰され、やれ退位すべきだったとか

敗戦国の元首が責任を取らずに生きているのはおかしいとか散々言われた時代に青年期を過ごしました。

皇太子だった今上も100分の1くらいは同調していただろうと思いますし、ゆえに自らはその責任を負って行こうと

決心されたと思います。

平成になってから、慰霊の旅をに出て、自然災害等があると真っ先にかけつけ、膝を折って言葉をかける・・・・・

何で天皇がそこまで・・と思うかもしれませんが、そうでもしないといたたまれない感情があったからと思います。

そして、日本国憲法下の天皇制は「国民の総意」に基づいて生きる事が正しいと確信し、天皇家という独自路線を

捨て去っているような気がします。

 

 皇太子&雅子妃が育った時代と環境

両陛下のアキレス腱が「自虐史観」であると考え、話を進めます。

皇太子が生まれたのは昭和35年。雅子妃が生まれたのは昭和38年。

ともに東京タワーやオリンピックに代表される「高度経済成長」の恩恵を受けて育った世代です。

私が小さい頃、大正生まれの両親はよく言っていました。

「今時の親は自分が小さい頃に戦争があってろくな教育も受けず、貧乏して苦労したから自分の子供には

そういう思いはさせたくないと思ってる。だから何でも買い与えればいいと思って。

だから子供達は贅沢でわがままで親孝行を知らないまま大きくなるんだよ。それがGHQのやった事だ。

教育勅語を否定して天皇陛下を敬わず、神も仏もないと思って、何でも自由自由って。そんなんじゃしつけが

出来ないでしょ」と。

その当時の「今時の親」は昭和ヒトケタ。わが舅・姑世代です。

昭和ヒトケタ世代の特徴というのは、確かに物質的な豊かさを子供に与え続けた世代です。

家庭用品だけでなく、子供のおもちゃを「世間なみ」にそろえるのが普通というか。

専業主婦のお母さんが子供の為に誕生会を催してケーキを焼き、プレゼント交換する。

貧しい家の子はプレゼントを買えずに、誘われても行けるかどうか悩むとか、あるいは、お返しに招待しなくちゃ

いけないけど、あっちの子に比べてうちは裕福じゃないからケーキも手作り出来ないし・・・・とか。

当時の少女漫画にはこんな格差に悩む話が沢山ありました。

物質的豊かさ、「世間なみにそろえる事の重要性」、そしてこだわったのが「学歴」です。

多くの親達は家庭の事情で進学できずに中卒だったり高卒だったり。それがコンプレックスになり、

せめて子供だけは大卒にしたいとやっきになって勉強させました

財閥もなく、身分制度もない平等社会の中で「幸せ」の定義は「収入が高くいい家に住んで贅沢できる事」

その為に学歴は必須条件だったのです

 

学習院はそもそも皇族の養育機関ではありましたが、昭和30年代には普通の私立学校になっていて

必ずしも家柄がいい人達ばかりが入ってくるとは限らない学校になっていました。

「お金持ち」が入る学校というイメージでしょうか

そんな中に皇太子が入学した時、彼は今上のお古の制服とランドセルでした。

今でこそ「古いものには価値がある」と母親のお下がり振袖に「素敵ね」と言われる時代ですが、当時は何でも

新しいのがいいとされていた時代。

皇太子の本音はどうだったか

皇室の中で常に側近に守られていたことを「感謝しなさい」「あなたは特別な存在」と教えられたかもしれないけど

「皇族というのは一般庶民を超越した無欲の世界に生きるべき」とは教わらなかったでしょう。

「皇族として生活させて頂くのだから、その身分にふさわしい態度を身に着ける」ようにしつけられたのは

紀宮ですが、多分浩宮も礼宮も同じような育てられ方をしたのでは?

決して間違った教えだとは思いませんが、生まれつき皇族である事に「させて頂いている」という表現を使うのは

どんなだろう?と思った記憶があります。

「あなた達は千代田区の一等地の赤坂御用地という特別広い空間で、多くの人にかしずかれて自分で家事を

する必要もなく、何でもしてもらっている。その事に感謝し、それが普通であると思わないように。それはあなた方が

たまたま皇族として生まれたから得た権利でしかない」という風に感じます。

?仁親王もそういう風に女王二人を育てていると思います。

間違ってないんだけど、肝心の「御役目の為には余計な欲を捨てる」という事を教えなかったのか?と。

紀宮は元々賢い内親王で、両親の「将来降嫁する身だから」という立場をわきまえすぎる程にわきまえて

常に地味に質素に無私を通し、結婚の時ですら皇后のお下がりを着用し、何一つ皇居から持ち出さなかったという

徹底ぶり。

礼宮は「皇族である自分」に疑問を抱いた時もあったようですが、元々は学者気質であり、質素の鏡のような紀子妃と

結婚した事で「普通」の欲からは遠ざかり、今は「皇族のあるべき姿」を模索中と見えます。

では皇太子はどうだったのか?

回りから「将来の天皇になる人」として厳しくも甘やかされて育ったわけですが、特に勉強好きでもなく何かを追及して

いくタイプではなかった為に家族の中で一人浮いてしまったんじゃないかと思います。

振り返ってみると、彼が幸せそうな顔をする時は、決まって、一般庶民の中で特等席に座る時だった・・・・・

柏原芳恵のコンサートへ行ったり、宝塚を見たり、ブルック・シールズに会ったり。

「ティファニーであれやこれや」という前に、自分が随分と特権享受している事に気づかなかったのでしょうか?

イギリス留学をした時に礼宮が「兄は変わってしまう」と危惧したと言われています。

それは今思えば、そもそも世俗的な興味の強い浩宮がイギリスに留学する事で

王族らの自由な行動に魅了され、それを当たり前だと勘違いして帰ってくるのではないかという事だったんでしょうね。

「将来天皇になる自分だからこそ許されていい事が多々あるんじゃないか?」と。

世はチャールズ・&ダイアナが華麗なる王室外交を繰り広げ、イギリスの華やかな王室生活が世界中に

流布されていた時代です。

私達一般庶民ですら「日本の天皇家って地味だなあ」と思っていたけど浩宮は私達以上に、窮屈さと旧弊さを

感じていたでしょうね。

「皇族として生活させていただくのだから」ではなく「皇族たるもの超越してなければ」と教えられなくてはならなかったのです。

そこが・・・・・民間出身妃を持った天皇の教育の限界だったかなあと。

 

一方、小和田雅子さんは外務省の外交官の父の元、姉妹の長女として育ちました。

小さい頃のビデオや写真はどれも裕福さを謳歌するものばかり。

前述したように家柄もなく「チッソ」という汚点を抱えていた小和田一家にとって、頼れるのは「学歴」

これしかなかったろうと思います。

雅子さんは、小さい頃から高飛車で家政婦などには命令口調で怒っていたと伝えられていますし、自分で立ち上げた

部を人間関係がうまくいかなかった為に途中で放り出すとか、「いたずら」と称する「いじめ」も好きだったみたいです。

ハーバードでもヨット部に入ったけどすぐに「風邪」が原因でそのまま休部・・退部だったり。

小さい頃からコミュニケーション能力が弱く、融通もきかず、けれどプライドは高いお嬢様だったようですね。

多分、訓練で「勉強」は出来たかもしれない。

でもハーバードまで行っておきながら、終生の研究テーマもなく師と仰ぐ人も、永遠の友も見つけられなかった人です。

もし父親のコネで外務省に入らなかったら、どこにも就職できなかったかもしれない。

外務省では30分に一度トイレに駆け込んでいたとか、風邪でよく休んでいたとか・・・

自己評価がやたら高い人にありがちな「私はこんな事をする為に外務省に入ったんじゃない」という妄想に取りつかれ

欲求が通らなくなると体調を崩す・・・というような事を繰り返していたのではないかと思います

外務省でどんな扱いを受けようと真摯に仕事をやろうという意欲と謙虚な姿勢があれば、道は開けた筈だし

仕事以外のテーマ、オタク的な趣味でもあれば快適な国家公務員生活を過ごせたはずです。

そうでなく、ひたすら学歴が高い事を自慢し、格下と見るや高飛車な態度を取り、流行りのブランドを身に着け

一般庶民な出来ないような海外旅行を散々やる事こそが彼女の幸せ。

(いってみればマリウス葉のような生活)

世の中はバブル景気に沸いて円高で海外旅行は安かったし?贅沢こそが女子のステイタスな恩恵を

もろに享受してしまったわけです。

たった4年しか違わない紀子妃がそういう世俗的な「豊かさ」を超越して生活していた事は今は奇跡のようですね。

皇太子と雅子妃の共通点はともに育った時代や環境が、「個人主義」「物質的豊かさの肯定」「伝統と戦前の否定」

の上に「普通の人と同じように、でも普通の人より恵まれた体験をしたい」というものではないかと。

 

皇太子の心の中には「皇族として生きてきた可哀想な自分」があり、雅子さんの心の中には

「私はこんな所(外務省)で終わる人間じゃないし」があって、その利害関係の一致で結婚したと言えるかも。

 

 

 


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