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韓国史劇風小説「天皇の母」139いつかの(フィクション)

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「妃殿下っ!宮様が!」

宮務官の叫びが宮邸にこだました。

久しぶりの休日で、エステも終え自室でくつろいでいる時の叫び声にぎょっとして

椅子から立ち上がった。

ドアが乱暴に開いた。

ノックもせずに・・・・といいかけてやめる。宮務官の顔は蒼白だったからだ。

もしや大殿下に何事か。どうしよう、殿下はでかけているのに。

あるいはガンを患っている兄か?いやいや、もう一人のカツラノミヤか?

などという考えが一瞬にしてめぐめぐった時、彼から出てきた言葉は

「宮様が御倒れに」

宮様?宮様ってどこの?どっちの兄?舅?

「え?誰の事よ」

「宮様ですっ!我が宮様ですっ!」

「え?」

「たった今、カナダ大使館から連絡が参りまして、殿下がスカッシュの最中に倒れられたと」

頭の中がぐるぐる回る。

スカッシュ?カナダ大使館?そんな予定があっただろうか。

最近では互いのスケジュールは把握していない。

彼がカナダ大使館の連中と親しかったなどともあまり聞いていない。

もしや、女の所?

「ちょっと待って。これって本当にカナダ大使館なの?宮様は今日はそういう予定だったの?」

宮務官は「何を言ってらっしゃるのか?」という顔で一瞬ヒサコを見つめたが

すぐにその意をくみ取ったのか

「今日はカナダ大使館でスカッシュの予定でございました。お時間通りに行かれて・・・

それが突如倒れたと」

「なぜ?」

「まだ詳細は・・・」

すると、侍女が飛んで来た。

「失礼いたします。たった今、大使館から連絡が。殿下はケイオウ病院に運ばれたそうでございます。

妃殿下、向かわれるのでしたらそちらに」

さすがのヒサコも、侍女の言葉にこれは嘘ではない、何かとんでもない事が起きていると察し、

すぐに動いた。

「車を回して。どんな状態なのかすぐに聞いて。大殿下の所にも連絡を。子供達は?」

「ええっと・・・・」

次女は困った顔をする。

「お三人とも外出中でございまして」

「さっさと連れ戻しなさい」

ヒサコはすぐに着替え、こんな時だというのに念入りに素早く化粧をし、車に乗り込んだ。

 

一体何が起こったというのだろうか。

宮にとりたてて持病はない。

ガンを患って以来、手術に継ぐ手術を行って息も絶え絶えのヒゲの兄、

今や半身不随状態のカツラノミヤに比べて、唯一元気な3男坊だった。

体調不良などという事があったか?ない。

忙しすぎた?ない。

きっと酒を飲み過ぎたに違いない。最近は少し量が多いとは思っていたし。

 

病院に到着すると医師達が出迎え、おいかけるように宮内庁関係者たちも出てきた。

マスコミも多数来ている。速報で流れたからだ。

「宮様は」

挨拶を忘れている。自分らしくない。取り乱している事に気づく。

「こちらへ」

医師はすぐに答えず、SP達に取り囲まれるようにして病院の中に入る。

「ご危篤でございます」

・・・・・ヒサコは言葉を失って一瞬立ち止まった。

ぐるぐると天井が回る気がした。それを侍女が支える。

「とにかく病室に」

案内されたのはVIPが入院する部屋の一室・・・ではなく、ICUの隣の観察ルームだった。

宮はすでに意識がないようで呼吸器をつけて眠っているように見える。

ヒサコは信じられない思いで夫を見つめた。

彼と最後に会ったのはいつだったっけ?

朝、一緒に朝食を食べたのは覚えている。あとは、二人とも必要最低限の事しか言わず

それぞれの予定に向かって行動し始めたのではなかったか。

そうだ。

「守り刀の出来具合を見に行かなくちゃな」と言っていた。

タカマドノミヤ家の3姉妹は生まれた時に守り刀を作っていなかった。

どうせ3人ともすぐに嫁ぐのだし、いらないだろうと言って。

正直、経費節減の意味もあったのだ。

でもトシノミヤが生まれて、守り刀が作られた事を知り、宮も何となく欲しくなったらしい。

今なら作れると言い出し、3本同時に注文。

その出来具合を見に行かなくちゃと言っていたのだ。

相次ぐ娘達の誕生で、宮はすっかり嫌気がさしていたのは事実。

自分こそがミカノミヤ家を継ぐ者。あるいは皇太子家に子供がいず、アキシノノミヤ家に

女児誕生によって、もしかしたら男系男子である自分にも皇位継承権が近づくのではないかと。

末端とはいえ、自分達は若いのだからと思っていたのに。

結果的に娘しか生まれず、アヤコが生まれた時は「おめでとう」の言葉もなかった。

子供に興味を示すという事はあまりなかったように思う。

ただ、宮家の娘としての格を落とすなとそればかり言い続け、可哀想にツグコはすっかり

いじけた娘に成長した。

他の二人もあまり父親になついているとは思えず、いつしか夫婦仲も冷えて来たのだった。

それでも、韓国訪問時には久しぶりに二人で笑ったし。

 

「あの子はどこ?ノリちゃんはどこなの?」

ばたばたと足音がして、かけて来たのはユリ君だった。

老女や侍女に支えられるようにして、必死に走って来たようだった。

ヒサコは一歩下がって頭を下げる。

「何があったの?どうしたっていうの?」

ユリ君の慌てようは尋常ではなく、今にも倒れそうな勢いだった。

「ねえ、ヒサコ。何があったのですか?」

「今はまだ・・・」

その時、何か病室のアラームが一斉に鳴り始め、機械のランプが点滅し始めた。

「失礼します」

医師達が部屋に入り、人工呼吸のようなものを始めた。

「心停止になりました。人工呼吸器を装着してよろしいですか?よろしいですね?」

医師の叫びに思わずヒサコは頷く。

呆然と見守る中、処置に入るとの事でヒサコ達は別室に通された。

 

「殿下は16時頃、カナダ大使館においてスカッシュ中に突然倒れられ、意識を失われました。

ただちに救急車が呼ばれ、こちらに搬送されました。

この時、すでにほぼ心停止状態で。必死の蘇生を試みて一旦は動き始めたのですが

先ほど、また・・・・」

医師団の説明に、ヒサコはただただ黙って聞いているしかなかった。

宮内庁の宮務主任が「大殿下、トモヒト親王殿下にご連絡を。それから両陛下にも」といい、出て行った。

「なんて事でしょう。あの子は持病などなかったのに。そうよ。上の兄たちと違って丈夫で

若くて安心していたのに」

ユリ君は泣きだし、ヒサコは姑の肩を抱いた。

「助かる可能性は?」

「・・・・・・」

ダメなのか?助かる可能性がないのか?

ヒサコはここで初めて背筋が凍りつくのを感じた。

まさか。

ミカサノミヤ家で最も若い自分が未亡人になるなんて。末端宮家で後継ぎがいないのに?

努力して努力してやっとここまで作り上げた宮家が終わる?

「妃殿下。お子様方が」

入ってきたのはツグコ・ノリコ・アヤコの三人だった。

ツグコの金色の髪を見た時、思わず「しまった」と思った。

横のユリ君がなんと思うか。

けれど、ユリ君はツグコの髪にかまっている余裕などないらしく、3人の孫達に会って

気が緩んだのか、子供達の手をとって

「可哀想な子供達。しっかりなさいね。お父様がね・・お父様はね・・・」

支離滅裂な言葉に子供達は言葉が出ないらしく、呆然と突っ立っている。

やがて、悲痛な顔の大殿下が登場すると、みな粛々と出迎えた。

「ありがとう」

殿下は医師達にまず礼を言い、それから椅子に座るとユリ君の背にそっと手をかけた。

「取り乱してはいけない」

その一言でみな、正気を取りもしたかのように、部屋は静寂に包まれる。

 

どれくらいの時間がたったのだろう。

集中治療室に運ばれ、人工呼吸器に繋がれた宮はただ静かに眠っているような感じだった。

傷があるわけでもなく、やせ細っているわけでもない。

ただただ朝見た時と同じ姿。

この人にプロポーズされた時、ヒサコは正直、嬉しかったといいうより「成果を得た」と思った。

成績優秀で留学経験もあるヒサコはスキルアップする事ばかり考えていた。

ステイタスを求め、自分の格を上げる事だけを考えていたのだから。

ミカノミヤの通訳を務める事になったのはチャンスだった。

そして自分はチャンスをものにした。

学歴優秀で語学堪能な若いプリンセスの誕生は、当時話題になった筈だ。

とにかく「ご優秀」である事がプリンセスの条件と思われている今、自分こそが

それに叶う人間であると思った。そういう意味では家柄はいいけどぼやっとした

トモヒト親王妃などは論外で、内心は馬鹿にしていたのも事実。

そもそもユリ君だって伯爵家の出身ではあるけど、父親は自殺した落ちぶれ華族の出。

これからの皇族に必要なのはまず頭のよさなのだからと。

これで男子を産みさえすれば、将来は「天皇家」になる事も夢ではなかったのに。

 

邪魔をしたのはアキシノノミヤ家。

新帝即位と同時に現れたキコ。

自分達よりさらに若く、初々しくしかも身位は上ときている。

どれ程危機感を持ったかしれやしない。

「式典とかテープカットの公務はほとんど自分達がやってるから、アキシノノミヤには

公務の依頼はない」

などと、宮が公に口走る程、あちらの宮家に対する憎しみは深かった。

それは自分も同じ。

それ程の家柄でもないくせに、彼女は一瞬にして国民をとりこにした。

おまけにチチブノ宮妃から可愛がられ、彼女が行くところマスコミがかけつけ。

あっさりと内親王を産み、このままいけばやがて親王誕生も。

ここが東宮家との利害が一致した所。

宮は文化交流の仕事で外務省とは繋がりが深く、さらにそのつてで、オオトリ会や

ワールドメイドといった怪しげな新興宗教とも接近していった。

その宗教的信条などどうでもよかった。

結果的に彼らは金と権力を持っていて、その流れがこちらに向けばいいという事。

皇太子妃冊立にあたっては尽力した見返りは大きかった。

その最たるものが、日韓ワールドカップだったろう。

 

ただの末端宮家が一躍脚光を浴びた。

皇太子家にトシノミヤが生まれた事で、「女帝」が注目を浴びる。

内親王や女王が注目を浴びるという事は、宮家の将来にも関わる事だ。

もし、ツグコが皇族出身と結婚し、そこで宮家を創設する事が出来たら。

オワダ家とはそんな話すら出ていたのに。

全てはこれからだったのに。

「妃殿下・・・妃殿下」

何度か呼ばれてヒサコははっと我に返った。

医師の顔が深刻さを物語っていた。

「現在、いわゆる脳死状態なのです。このまま人工呼吸器を装着し続けますか」

脳死・・・もう二度と蘇る事はない。

ヒサコは思わず回りを見た。

ミカサノミヤ夫妻、トモヒト親王夫妻、嫁いだコノエ家、セン家の姉妹が一斉にこちらを見ていた。

「ど・・う・・・したら」

「ヒサコが決めればいい」

大殿下の言葉が静かに響いた。もう答えは決まっていた。

「呼吸器を外して下さい」

 

午後10時52分。ノリヒト親王逝去。

ミカサノミヤ家でもっとも若い親王の突然の死だった。 

 


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