古代・上代における女帝・皇后の御活躍
日本の危機や転換期に際して、女帝や皇后の御活躍は目覚ましかった。
神功皇后や斉明天皇が、任那や百済救済のため率先して半島に大出兵されたのは周知の事実。
ことに斉明天皇は北九州の陣営で崩御されている。
また斉明天皇朝に整備された事業の偉大さは、最近の考古学の発掘調査によって実証され
驚嘆の的となっている。
推古天皇は、髄への国書に「日出ずる処の天子」と自称して国威を発揚された。
持統天皇は、伊勢神宮の二十年式年遷宮の制や大宝律令の基礎を制定し、最初の都城制である
藤原京を造営された。
光明皇后も、天平文化の輝かしい歴史を担うおひとりである。
神武天皇は実在ではないと田中氏は書きました。神功皇后も実在してはいなかったのでは・・・・というのは
定説ではないかと。
仮に存在していたとしても、彼女は「天皇の子ではない」息子を天皇にした人じゃなかった?
斉明天皇が・・・というより中大兄の皇子が・・・でしょう?
推古天皇が・・・というより聖徳太子が・・・でしょう?
持統天皇が・・・といいうより不比等と高市皇子でしょう?
光明皇后の「慈悲」伝説はどこまで本当かわかりません。むしろ、父や兄など実家の為に働いた人で
天皇家にとって必ずしも「益」になったかといえばわかりません。仲麻呂との一件もあるし。
もし、光明皇后が田中氏のように素晴らしい人だったら、娘を皇太子にはしなかったでしょう。
聖武天皇には他に男系男子がいたのですから。
有識者会議への要望
1 皇位は、大宝律令以降の慣例とされてきた男子・男系が常識的に容認されようが、国の歴史には
非常事態があり、その国歌非常の場合にも対応できるように法制化しておくのが政府の責務である。
それゆえ、、側室制度のない一夫一婦制の今日、皇太子妃に男子の生まれない可能性があり、−現にその通り
その場合に備えて、女性天皇や皇位の女系継承も、想定しておくのは当然のことである。
2 占領政策による皇族の臣籍降下については、やはりその特殊事情を考慮して
何等かの対策をとることが望ましい。
3 現在の天皇・皇族の嫡男系嫡出の子孫を「永世皇族」とすることは、将来、その人数の
規模が多大となり、経済的問題もあるが、何よりも君臣のけじめが曖昧になる恐れが
あるので、やはり昔の令制に準じて、天皇の四世孫程度にとどめ、場合によっては五世孫までの
特例を認めてもよいであろう。
4 四世孫までの方々には新しく「殿下」の尊称を。ただし経済支援を認めない。
5 「皇親」(四世・五世孫)の範囲内では相互の「養子」を認める。
6 「女帝」の場合は「摂政」を認める事も検討する事
7 長子優先はそのままでよい。ただし、長子に兄弟姉妹がおありの場合はその長子の立太子の挙式
以前に、必ず勅書による皇室会議が開かれ、御健康状態その他を勘案し、天皇・皇后両陛下の
大御心と、長子の御意志を尊重して最終決定とする。
8 将来の長寿社会に対応するため「譲位」のことも検討すること。
現皇室への要望
今上陛下には皇太子と秋篠宮という二人の男系男子がいた。「男系男子」の誕生は、基本的に
この二人からしか生まれないという事になった。
にも関わらず皇太子夫妻は「世継ぎ」問題に真剣ではなかった。
皇太子妃は、一度も妊娠しなかった時期においてさ「子産みマシーンではない」と言い放ち、出産よりも
海外旅行を大切に考える女性であった。
しかも、「私が産まないのに義理の妹が産んだら私が傷つく」として産児制限をかけた。
愛子内親王誕生後は早々に「第二子」を断念。
しかし、それでも秋篠宮へ「お願いします」の一言もなかった。
意を決した秋篠宮夫妻が高齢出産のリスクをへて悠仁親王を誕生させた。
しかし、皇太子夫妻はこの親王を公に認める事無く「長子相続」という理屈を持ち出して
娘に皇位を譲ろうとしている。これを「皇位簒奪」といわずして何といおうか。
ゆえに、今上陛下は早々に皇室会議を開き、皇室の倫理を正しく統一すべきである。
今上は「憲法順守」を常に掲げていらっしゃる。ならば「皇室典範」をこそ順守すべき。
皇位簒奪の輩が闊歩している以上、言葉に出して「私の後は悠仁が」とおっしゃる必要性がある。
皇太子夫妻がかように「将来の天皇としての役割・自覚」にかけた行動を起こした責任の一端は
両陛下にもある。それゆえ長年の感情は別として、今こそ旧皇族の協力をあおぎ、宮家復帰に
力を尽くすべき。
「皇族が増えすぎる」という心配は今はしなくてもよい。むしろ、適齢期の女性皇族(女王方)を
早く降嫁させる方法をとるべき。
高円宮妃・承子女王のように「皇族にふさわしくない振舞」をした場合は、今上が直々に処罰すべきである。
田中氏の言うように「長子優先」でもいいけど、兄弟がいるなら皇室会議を開けというなら
立太子した後ではあるが、今こそその時ではないかと思います。
皇太子の思想、皇太子妃の思想、健康問題を吟味し、国民の支持を得られなければ早々に
秋篠宮家に譲位を。