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韓国史劇風小説「天皇の母」144 (神勅のフィクション)

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「妹は小さい頃から気を遣う子でね」

宮は静かに語りだした。早春の風が吹き抜けていくような語り方だった。

「兄とは歳が離れていたから、どちらかといえば僕とサーヤはいつも一緒だったよ。

両親が常にいない生活の中。無論、内舎人や女官達はいたけれど、

寂しくなかったといえばうそになる。

兄は将来の皇太子という事でそりゃあ大事にされていたし。まあ、別格だったしね。

僕は妹が可愛くてね。よく苛めたよ。

あの子の顔をみてるとつい、頬をつねったり、つついたりしたくなるんだ。

いつだったかも、そうやってあの子を泣かせてしまって。

で、僕はすぐに謝ったんだけど、「よろしいのよ」ってすぐに機嫌を直すんだ。

それに甘えて僕はまたあの子をからかったりして。

今でも時々、耳に聞こえるよ。「よろしいのよ」って。

サーヤは母とプライベートで旅行したりして、常に降嫁を目的に育てられてきた。

その事は彼女もよく知っているから、何もかも万事控えめでね。

何もそこまでと思う程、執着せず、ただ粛々と人生を生きている風だよ。

僕らが親と衝突している時もサーヤは静かに見守って、いつかクッションになって

くれていた。それはありがたいと思っている。

妻も妹がいなければ皇室に馴染めなかったかもしれない。

いつか降嫁する・・・でも、結果的にはこの歳まであの子は誰にも嫁がずに来た。

その原因がどこにあったか。それはクロちゃんもわかると思う。

僕達が本当に大事にしなければならない人々を排除して来た歴史があるからだ。

その事については何度も話したけれど、母の悲しみや苦しみは一朝一夕には

癒されないものだ。

ここまで来るとね、両親は妹が一生独身でも構わないと思っているようなんだよ。

常に「いつ民間に降りても大丈夫なように」としつけて来たのに。

本人もそのつもりで、おしゃれもせず、どこまでも清貧を貫き、僕ら親王とは立場が違う

とつつましやかに生きて来た。

僕はそんな妹が可哀想でならない。

華やかな妃達や女王達の中で一の姫だというのに、何もかも自分には畏れおおいと

感じてしまう妹が。

だから、僕は妹は一度はきちんとした結婚をしなくてはならないと思っている。

今さら情熱的な恋をしてほしいなどとは思わない。

ただひっそりと、幸せに穏やかに生きて行って欲しいんだよ。その相手として

クロちゃん、君以外に適任者はいないんだ」

宮の言葉はさらさらと心に流れ込んでくる。

兄としての妹思う気持ちが痛い程伝わってくる。けれど、ヨシキにはそれが

あまりにも重いような気がした。

宮は自分を買い被っているに違いない。

天皇の娘を娶る事が出来る程、家柄がいいわけでもないし財力もない。

政治家でもなければ学者でもない。

自分はただのサラリーマン経験者の公務員だ。

「私など、ふさわしいとは」

「妹は美人じゃないよ」宮はきっぱりと言った。

その直接話法にヨシキは驚いて「いや、いくらなんでも殿下。ノリノミヤ様は

チャーミングですよ」と言ってしまった。

宮はふふっと笑い、それからまた真顔に戻った。

「派手な美しさはない。母のようなはっとする美はないと思う。でも内面は、本当に

本当に美しい子なんだ。気立てがいいんだよ。嫌いかい?」

「好きも嫌いも、そのような対象として見てませんでしたし・・・」

と言いかけた所に、ドアが開いた。

そこに立っていたのは他ならぬノリノミヤだった。

彼女は顔面蒼白で唇を震わせている。かなり怒っているようだった。

「ひどいわ。お兄様。クロダさんに失礼じゃないこと?いきなりそんな事をおっしゃって。

私、恥ずかしくてもう皆さまの顔を見る事が出来ません!」

言うなり、ノリノミヤは飛び出していく。それをみかけたキコが追いかけようとしたが

それを止めたのは宮ではなく、ヨシキだった。

「私が行きます」

ユウキはすぐに庭に飛び出た。

ノリノミヤは寒いのにショールも羽織らずに立っていた。

「あの・・宮様」

ヨシキは小さく声をかける。寒そうなので慌てて上着を脱ぐ。

「とりあえず、これを着て下さい」

「ごめんなさい。驚かれたでしょう?」

ノリノミヤは珍しく早口になっていた。

「兄がそんな事を考えていたとは思わなかったの。私達、まんまと騙されたのね。

本当にごめんなさい。もうお目にかかるのはやめましょう」

「随分と結論が早いんですね」

ヨシキは思わず笑った。

「だって。ご迷惑でしょう?私、聞こえましたの。そんな対象ではないって」

「それはそうでしょう?宮様は内親王。私はただの公務員です。いわゆる身分違い

というか」

「公務員の何がいけないんですの?」

「え?いや・・そんな事は」

「クロダさんは話題が豊富でいらっしゃるし、お仕事もきちんとされて

とても素晴らしいわ。私のような者よりももっと若くてきれいな方がふさわしいの。

お子様を沢山産めるような。私は自信ないもの」

「気が早いなあ」

ヨシキはまたも笑った。冷静に見るとおっとりしているノリノミヤは多少

先走って考える癖もあるようだ。そういう所はアキシノノミヤに似ているかもしれない。

「子供なんて。私は考えた事ないですよ。何というか、母も私もお互いに干渉

しない生活を長く続けていたので今さら感がありますが」

ヨシキは自分がなぜそんな事を必死に言っているのかわからなかった。

「とにかく中に入りましょう」

ヨシキは思い切ってノリノミヤの手を掴んでしまった。

何となく、小さくて、でも温かい手。

この温かい手が、多くの国民の心を癒し、勇気づけ、励ましているのだ。

そう思うと、自分もその一人としてこの手を離したくないと思ったし、大切に

守りたいとも思った。

恥ずかしげにしている宮の横顔は確かに美人ではないが、どこまでも清楚だった。

まるで現実に存在するのだろうかと思う程、神々しさすら漂わせる内親王。

「兄宮の事は許して差し上げましょう。宮はご自分がお幸せだから

そのおすそ分けしたいんですよ」

「そういうの、何とかいうのではなかったかしら?」

「大きなお世話?」

「そう」

ノリノミヤはやっと笑った。一瞬、昔見た「羽衣」の舞台を思い浮かべ、

ヨシキはノリノミヤの手をぎゅうっと握った。

ここにいるのは現実の女性なのだ。天になど返してなるものか。

「クロダさん?」

宮が少しびくっとした。

ヨシキは颯爽と手を引いて歩きながら言った。

「私はルパンのような理性は持っていないと思います」

「・・・・その方がよろしいのでは?」

世界が違う者同士が初めて心で会話をした瞬間だった。

 

淡い・・小さな淡い愛が育ち始めた頃、東宮御所では騒動が起きていた。

「アイコが・・・アイコがなんですって?」

叫んだのはマサコだった。

 

 


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