Quantcast
Channel: ふぶきの部屋
Viewing all 5843 articles
Browse latest View live

北朝鮮より日馬富士

$
0
0

 ヂュランタさま

すみません。ヘンリー八世のお妃はキャサリン・オブ・アラゴンですよね。その方と比較して「身に合わない」と書きました。

「小公子」は大好きな作品でした。

セドリックのお母さんはアメリカ人でエロル大尉と結婚し、エロル大尉のお父さんが勘当しちゃったんですよね。

でもそのエロル大尉も亡くなり、後継ぎがいなくなったのでセドリックが引き取られた・・・と。でもアメリカの下町?育ちなのにセドリックは貴族的な子で善行を施すのでやがて母親もイギリスに呼ばれるというストーリーじゃなかったでした?

ポプラ社の本の挿絵が好きでね・・・

朝、北朝鮮からミサイルが発射されたけど、Jアラートは鳴らなかったんでしょうか?

今回は排他的経済水域とはいえ、随分青森に近い場所に落ちたような気がしますが。

官邸はいつも通り、世界は騒がず、ワイドショーはそんな事より日馬富士って感じ。

さすが蒙古だわーー高麗なんてどうでもいいんだよね。

夕方のニュースで「北朝鮮がミサイルを発射した事に関しては世界はもう驚かないし、騒がないけど、これが核開発が完成したと言ったら大騒ぎになるだろう」と識者が言ってましたが、え?そうなの?

日本の排他的経済水域に何本ミサイルを落とされても、それに核が入ってなければ全然無問題って事ですか?

でも北は核保有国になったよーーって自分で言ったよね?

それでも日本に落とされるくらいなら全然平気?韓国や中国やアメリカじゃなければ?

そんな話あっていいものか

手をこまねいている間にどんどんあっちのミサイルは進化するし、核だって進化する。それを止めるのが世界の力でしょう。

「北が正式に核を保有すれば中国と話し合いの舞台に立てる」とかいう話?

って事は2つの国でグルになって世界を脅すの・・・?そこに韓国は入るわけだ。

いやはや、呑気に韓流ドラマを地上波で流している場合じゃないよね。

そして日馬富士引退ですが。

親方は忸怩たる思いで引退させるに至った事はわかります。

しかし、どこまで頑張っても日馬富士も白鵬も貴ノ岩も心の中はモンゴル人であるという事で、潔さを感じないしお互い擁護する派がいて、相撲界とは関係ない場所でやってる感じです。

もう引退してモンゴルに帰国している旭鷲山などがのこのこ出てきて、ああでもないこうでもないとテレビで語り、一方審議会は事なかれ主義。

互いに謝って終わったら?と言いたかったけど貴乃花親方が超頑固な態度で押し通したから妥協できなくなってしまった。

今回は、貴乃花親方の方に分があると思いますがマスコミがこぞって親方を悪者扱いする気持ちがわからない。日本のマスコミはここまで偏向するのか?

どんなに日馬富士が「大宰府の神様はいる」と発言しても、その神の前で神事に携わるものが(関取のこと)暴力を振るうのは神道にはないのです。

でも私、貴ノ岩も引退すべきじゃないかと思います。

 親方の言いつけを守らずにモンゴル力士会に出席した。しかも場所前に。

 この件について「同窓会と思って行ったら違っていた」後輩である貴ノ岩は帰る事が出来なかったとされているようですが、あの貴乃花親方の元にいれば、その場を立つ事は十分にできたと思います。

 日馬富士が暴力を振るうきっかけを作った

 「あんたの時代は終わった」という言葉を言ったかどうか・・・でも何か横綱の機嫌をそこねるような事があった事は事実で、そういうのって上下関係が厳しい部署ではありえない事です。

「先輩が黒いカラスを白と言ったら、『はい、白です』というのが筋」(BY鳳蘭)

 もし、事が八百長云々であればやっぱりここはそれを追求すべきと思います。

 自分の回りの人を巻き込んだ

 貴ノ岩の弟だの旭鷲山など部外者を巻き込んだ事はルール違反では?

私は白鵬もそろそろ引退すべきと思います。

 自ら物言いをつけて儀式を中断させた

 千秋楽で理事長並の偉そうな発言をしたこと

 白鵬の中で二人は「同郷」の仲間になっている。それはわからないでもないけど、日本で日本の国技に携わっているいる以上、中立を貫くべきでした。

強いから、モンゴル力士会が派閥を作って怖いから、利害一致だからと、延々と「甘やかし」をしていたらせっかくの相撲人気も今度こそ地に落ちますよ。

モンゴル力士が登場してからというもの、日本の力士の怪我などが多くなったのではありませんか?そもそもあっちは騎馬民族で体格もDNAも違うんです。

朝青龍に日馬富士。二人のモンゴル人横綱が不祥事を起こした経緯があるわけですから、ここは「国技」の本義に戻ってちまちましててもいいから、日本人だけの世界でやった方がいいですよ。

そりゃ、中国とかエジプトとか、そういう国からも入門してくれてありがたいと思うんでしょうけど、日本の神道を理解し単なる勝ち負けの問題ではないという事、とりわけ「品格」に厳しい世界である事を知らしめないとダメでしょう。

 

大相撲の発展を求める議員連盟は日馬富士の引退は「時期尚早」ととらえているようです。

しかも「日・モンゴル関係に悪影響が出ないよう慎重に対応する必要がある」って本末転倒ではないですか?

あっちが悪いのになんで日本が外交的に気を遣う?

どうしてそういう考え方になるんだよーーー!!

 

 


秋篠宮殿下52歳に  1

$
0
0

 秋篠宮殿下 お誕生日おめでとうございます 

 

 記者会見全文 

 天皇陛下の退位について「二重権威」になるのではないかとの危惧があるが。

秋篠宮

「昨年夏のお気持ちを表明されて以降,様々な意見がありましたけれども,この6月にその法案が通って,それで公布されたことをですね,私たち家族はそのことについて一様に安堵(ど)しております。

今まで80を過ぎても非常に多くの務めをしてこられました。

譲位をされた後は,できるだけゆったりとした時間を過ごしていただきたいと私は思います。

またその次の質問についてですけれども,このことについては私のことではありませんし,私がお気持ちを忖(そん)度して何か言うことでもないと思います。

それについては,直接にお二方に聞かれるのがよろしいのではないかと思います。

(あくまでも文章から察していますが)殿下のお気持ちは「安堵」以外の何物でもないのでは?と思います。

 それだけ天皇陛下の「認知症」が進んでいるのではないでしょうか。

 そして皇后の影響力も強く、少しも早く表舞台から退かせる事が必要と思われているのではないかと思います。

 次の質問というのは「退位の日まで陛下がどういう気持ちで過ごされるか」という点に関してですが、そっけないというか突き放すような感じで、「直接聞けば?」なんて今まで宮はおっしゃった事がないので、ちょっとびっくり。

 二重権威について

秋篠宮

二重権威についてですけれども,権威という言葉には幾つかの意味が含まれているように思います。

その人にいわゆる何て言いましょうか,その人に元々付いているものもあるかもしれません。

一方で,その権威によって何かこう,例えば人を従わせるとかそういうような意味合いもあるかもしれません。

もし,今私がお話をした後者の方であるとするならば,陛下は元々譲位をするときには,それまでされていた国事行為を始め,全ての公的な活動を次の天皇に譲るという気持ちを持っておられました。

そのことからも,そういう二重権威という言葉が適当であるとするならばですが,心配する若しくは危惧するという向きがあったとしても,そういうことはあり得ないと私は,それははっきりと言えます。

 「そういう事はありえない」という言葉の裏には「あって欲しくないけど、あるかもしれない」のニュアンスがあるような気がしてなりません。

 自分が参加した3者会談の席では「全部皇太子に譲る」とおっしゃった筈なのに、どういうわけか「海外訪問」「韓国行き」「被災地訪問」など今以上に軽い身分でがんがんいくよーー的な事が報道されていますから。

 秋篠宮の心の中に「危惧」がないと言ったらウソになるのでは?

 今後の皇室の在り方

「今後の皇室の在り方については,恐らく今まで皇室が続いてきて,ずっと以前から(続いていて)続けていった方がいいもの,そういうものももちろんあると思います。

また一方で,時代というのは変わってきます。やっぱりその時々の求められることというのもまた変わってくると思います。

そのことを常に念頭に置いておくことが必要ではないかと考えます。

もちろん,これは陛下もおっしゃっていたと思いますけれども,「国民と苦楽を共にし,国民の幸せを願いつつ,務めを果たしていく」,ということがその最も基本的なところにあると考えます。

 無難な答えですが、結局は答えが見つかっていないんだと思います。自分達の存在に矛盾を感じる事程苦しい事はないと思いますが。

 

 皇嗣としての気持ちや抱負

秋篠宮

「これは今までに例が見られないことでもあり,なかなか抱負といっても,まだ想像がつかないところもかなり多くあります。

実際にそういう形になって,そしてそれが始動していく中で様々に試行錯誤をしていくことになるのではないかなと思います。

また,皇嗣職の在り方についてですが,これも始まってみないと分からないところがあると思います。

その職という一つの組織の在り方ですので,当然そのハードな面とソフトな面とあると思いますけれども,実際にはその規模であったりとか,人員配置であったりとか,そういうことは役所の方(ほう)もいろいろ考えていることと思います。

また,その職の内容については,先ほど言いましたように,どういう職の在り方がふさわしいかというのを追い追い考えていく必要があるとともに,ある程度前もって方針を考えておく必要があるように考えます。

 迷いに迷っていますよねーー前例がないなら作ればいいのか、なぜ皇太子ではいけないのか、それを聞いてほしいです。

  秋篠宮殿下としては、もう何もかも受け入れるしかない・・・というどん底感があるんですけどね。

(記者に質問を確認されて)もう一つは分担?

 活動の

秋篠宮

「活動の分担ですね。

これは,皇太子殿下とも話合いをしながら進めていかなければいけないと思います。ただ,そういう代替わりがあって,恐らく皇太子殿下の方から私の方へ,譲るというものがかなりあるのではないかと思います。

それらのものについては,できる限り私の方で引き受けたいと思っております。

一方,私が以前から行っているもの,そしてまた,団体の総裁であったり,名誉総裁をしているものもあります。

実際に全体としてその物理的にどこまで可能なのか,このこともよく考えていかないといけないなと思っています。

そして,もう一つは私が今しているものを今度は譲る先がないという事情もあります。その辺りも含めて,追い追い皇太子殿下ともご相談をしていきたいと考えております。

 やっぱり皇太子夫妻の公務は全部譲られるけど秋篠宮夫妻の公務は譲る先がないのねーー

   皇太子と相談といっても相談できる環境なのか?ちょっと非現実すぎませんか?殿下?

 KKについて

秋篠宮

「まず,小室さんの印象ですけれども,(妃殿下をご覧になって)初めて会ったのは,いつ頃でしょうか。

紀子妃

「殿下を振り向かれて)いつ頃でしょう」

秋篠宮

「多分,2013年ぐらいかと思いますけれども,そのときが,初めてになります。

そのときの印象は,大分その,緊張していたということもあったかもしれませんけれども,非常に真面目な人だというのが第一印象でした。

そして,その後も何度も会っておりますけれども,その印象は,変わっておりません。また,娘のこと,娘の立場もよく理解してくれていると思います。

記者:結婚後,どのような家庭を築いてほしいとお考えですか。

秋篠宮

「どのような家庭というのも,なかなか,私から言うのも難しいですけれども,本人たちが幸せだと思う家庭であれば,それでいいなと思います。

(妃殿下をご覧になって)どうでしょうか。

紀子妃

「初めの印象についてですが,初めてお会いし,話をしましたときに,丁寧で穏やかな印象を受けました。

そして今も,同じような印象を持っております。

先日になりますが,小室さんのピアノを聴きたいと話をしましたところ,快く応じてくださり,小室さんの優しいピアノの音色を聴きながら,私たちは心和むひとときを過ごしました。

これから,二人が歩み,築いていく生活が幸せであるよう,心から願っております。

記者:両陛下からはどんなお話を

秋篠宮

「そうですね。両陛下からは,おめでとう,良かったねという趣旨のお言葉がありました。大変うれしそうなご様子でした」

紀子妃

「両陛下は,長女の眞子が初めての孫であり,大切にお見守りくださり,結婚する相手に会ったことを,大変お喜びくださりました」

 通り一遍。まさか悪口を言うわけにいかないので「真面目」って言ったんでしょうけど、これは「がっかり」荒らしが入るよね。

 もし素直にそう思っていらっしゃるなら、何も情報が入ってないという事になり、「馬鹿親」と言われてもしょうがないですけどね。

 宮の「二人が幸せならいい」に全てが集約されていると受け止めるしかないですね。

記者:皇族の減少について

秋篠宮

「今の制度では,女性の皇族が結婚をすれば,皇籍を離れることになります。

一方で,皇室の中で,女性の占める割合が非常に多いわけです。

結婚して皇籍を離れるというのは,制度の問題ですので,そのことについて,私が何か,ここで言うことではないと思います。

よくその,皇族の数が少なくなると,いろいろ活動に支障が出るのではないか,ということを耳にすることがあります。

しかし,それぞれの皇族の活動の中で,もちろんその,共通,共通というのは同じという意味ではなくて,皇族としてのその仕事を,何と言いましょうか,例えば,ある行事に出席する,宮中の行事に出席するとか,その他もろもろあるわけですけれども,それ以外に,かなりの部分で,個人に帰属しているものも多いですね。

そのことを考えますと,これは飽くまで,個人に帰属してしまいますので,仮に人数が減少したとしても,そこには,その点に関しては,それほどの影響は出ないのではないかと思います。

先ほども申しましたように,これは,今の制度では少なくなっていく,これは,そのとおりなわけですけれど,私は,以前もお話ししたかなと思いますが,やはり現状では,その人数の中で,できる範囲,できる仕事をしていくのが,適当ではないかと思っております。

紀子妃

「よろしいでしょうか。(殿下に確かめられる。)長女が結婚しましてからも,(私は,宮様とご一緒に)お互いに健康に気をつけながら,期待される皇族としての大事な務めや,さまざまな活動を,心を込めて努めてまいりたいと思います。

秋篠宮

「これは,あなたがですね」

紀子妃

「はい。私たち,そうですね」

 まず、皇族の減少についての考え方は私と同じでよかった・・・・です。それをぜひ国会で言って欲しい。

 先日、どこかの議員が「眞子様が降嫁してしまってからでは遅い!早く女性宮家を作れ」とかいってましたが、そんなに心配すべきことではありませんよね。

 そして紀子妃のセリフをわざわざ「これは、あなたがですね(眞子や佳子じゃなく)」という風におっしゃったわけです。 

 でも、紀子妃は「はい。私達・・・そうですね」

ここが謎。

何で紀子様は再び「私達」と言ったのか。「私達」を素直にとればご夫妻という意味なんですけど紀子様の頭の中には佳子様もいらっしゃるという感じで、微妙な考え方のズレを感じました。

秋篠宮殿下 52歳に   2

$
0
0

 佳子様と悠仁殿下について

秋篠宮

「(妃殿下をご覧になって)ここはあなたから」

紀子妃

「次女の佳子は今年の秋から英国に短期留学し,元気に過ごしているようです。詳しいことは帰国してから話を聞くことになると思いますが,今は大学でいろいろな講義を受け,充実した学生生活を送っているようで,うれしく思っています。

記者:佳子様の将来や活動について

秋篠宮

「(妃殿下をご覧になって)私から。(少し間をおあけになって)この9月にイギリスの方に次女は渡りました。

これは長女のときもそうでしたが,私は余りこちらから何か用事があったりとか,向こうから何か聞きたいことがあったりして連絡があるとき以外は,できるだけ連絡を取らないようにしています。

つい先日イギリスからメールが入ってきましたけれども,それを読む限りでは元気に過ごしているのではないかと思います。

また,将来の活動,恐らくイギリスから帰ってきた後のことだと理解いたしますが,今はこの1年弱という短い期間現地での様々な講義を聴いたり,そちらの方に集中していることでしょうから,帰国してから話合いをしながら,どういう活動をしていくかということを決めていくことになるのではないかと思います。

結婚については,長女のときもそうでしたけれども,私はできるだけ本人の意志を尊重したいと,そのように考えております。

紀子妃

「将来の活動については,今は留学しておりますが,それを終えて日本に帰国しましてからも大学生の生活が続きますので,大学生としての勉学などを大事にしながら,長女と同じようなことになると思いますが,勉学に差し支えのない範囲で,公的な活動などを一つ一つ大事に果たしてほしいと思っております。結婚については,そのような話がありましたときに,そのときに大事に考えていきたいと思います」

記者:悠仁殿下について

秋篠宮

「(妃殿下の方を向かれて)私から言いましょうか」

紀子妃

「(殿下を振り向かれて,考えながら)どちらでも」

秋篠宮

「どうぞ」

紀子妃

「長男の悠仁は今年の春から5年生になりました。

まず始めに,5年生の様子についてお話をしたいと思います。

学校の様子ですが,5年生の授業では,家庭科が新しく加わりました。

授業の学びや裁縫,調理実習なども,共に楽しんでいるようです。

また,同じように5年生は,委員会が始まり,飼育・栽培委員の活動,それから運動会の準備や片付けなど,高学年の一人として自分の役割を考えながら取り組んでいるようです。先月は授業参観があり,音楽の授業の様子をお伝えします。

子どもたちが音楽会に向けて,合唱や合奏の練習を熱心におこなっていました。

長男が担当する楽器はトーンチャイムと呼ばれているもので,(少し間をあけてお考えになって,記者にお尋ねになる)ご存じでしょうか。

細長い楽器を手に持って,その楽器を前に出しながら音を鳴らしていくものですが,その楽器を担当している仲間たちと一緒にその音色を聴き合いながら,音楽を創り出していまして,その練習風景を見ることができました。

家での様子ですが,小さいときからおこなっている野菜作りや昆虫の飼育などを今も続けています。「どうしてこうなるのかな」,「こうしたらいいかな」など考えながら,取り組んでいることがよく見られ,「こう工夫するといいかな」と言葉にしたり,また良く知っている人に話を聞いたり,また調べたり,そうした経験を重ねながら育て方やコツが分かってきているようです。

今年の夏は特にトンボの生態についてもっと知りたいと,ここの近くの大きな池に同じ時間帯に出かけられるときに行って飛んでいるトンボの種類を記録していました。今年の夏に家族で滋賀県の琵琶湖周辺や,また小笠原諸島にも旅行しました。

(殿下を振り向かれてお尋ねになって)そのときは,私たち・・・。

秋篠宮:私は・・・

紀子妃

「(宮様は)お仕事がおありでいらっしゃったので私と悠仁の二人だけでしたが,これは旅行のとき,感じることですが,訪れた地域の方々との温かいふれ合いがあったり,また,暮らしや文化にふれたり,また,おいしい郷土料理を頂いたり,そのようなことが休みの良い思い出になっています。

こうした経験は長男の成長にいろいろな形でつながっているように思います。これからも長男が興味を持っていることを更に深めたり,また,新しい課題に取り組んだり,感謝の気持ちを忘れず,人との関わりの中で活動の幅を広げてほしいと思っています。それから,ときには立ち止まって自分を見つめ,自分の良さを伸ばしてほしいと思っています」

秋篠宮

「あの少し重複するかもしれませんけれども,私は長男にはできるだけ日本の様々な地域に自分で行ってみて,それでその土地土地の文化であったりとか,生活の習慣であったりとか,そういうものを実際に見て,そしてその土地の人から話を聞いて,理解を深めてもらいたいなと思っています。

私自身が割と若い頃というか高校生ぐらいからですね,いろいろと各地を回る機会を得ることができ,そのことが何かのときに,何かのときというのは何かの仕事のときに役に立っているということを経験していますので,やはり是非,日本の中にある様々な文化を感じてほしいと思います。

もちろん機会があれば海外にも行って,そこからまた日本を見るということも大事だと思いますし,日本との違いであったり,また,非常に近い,似ているところであったり,そういう機会も持つことができればいいのではないかと思っております。

記者:進学先についても

秋篠宮

「進学先を具体的にここに行きますということは申せませんけれども,本人の特性であったりとか,いろいろなことを考慮しながら,また本人とも相談しながら,決めていくことになると思います。

紀子妃

「(殿下を振り向かれて,うなずかれながら)これから決めていくことに・・・。

秋篠宮

「(妃殿下とうなずかれて)これからですね」

紀子妃

「長男は高学年になり,大事な時期を迎えていると思います。

このような中で子どもと保護者と一緒に,学校で進路について話を聞く機会もありました。これからも,長男自身そして私たちも,進学先を含めた進路について丁寧に向き合って,長男が培ってきたものを大事にして,更に考えを深めてまいりたいと思っております」

 悠仁殿下についての教育は紀子妃がおおむね分担していらっしゃり、紀子様の並々ならぬ意欲とか責任感を感じました。

何と言うか・・・今回の紀子様は本当にお話になるというか、宮様もちょっと引くシーンがあったのではと推察します。

特に

秋篠宮:私からいいましょうか

紀子様:どちらでも

秋篠宮:どうぞ

と、一見微笑ましいやりとりに見えますが、いつもなら紀子様は「はい」で終わりそうなところ、「どちらでも」とおっしゃった。

これに関しては少し「怒り」を感じます。進学先に関してもあまりにあれこれ言われすぎて神経質になっているような気もします。

おっとりした紀子様がこれ以上ぴりぴりしないように夫として秋篠宮殿下には毅然とした態度をおとりになって欲しいと思います。

どこまでも「妻の味方」をせよとはいいませんよ。どこかの東宮みたいに。

でもやっぱり、家族の事に関してはどうしても母である紀子様が矢面に立ってしまいますから何とかして欲しいと思いますよね。

 1年を振り返って

秋篠宮

「いろいろな印象に残ることがありましたが,主として私自身が関係したことの中でお話をしてみたいと思います。

今年も大変これは残念なことなのですが,自然災害が非常に多くありました。

日本のみならず海外でもあったわけですが,私たちは,この9月に大きい豪雨の災害があった,福岡の朝倉市を訪ねました。

そこで,そこを流れる赤谷川の橋の所からその被害の状況を見たのですが,いわゆる雨,豪雨ですね,豪雨により山腹が崩壊して流木が流れ,それによって非常に大きい被害が出ましたが,実際にその場所に行ってみて,水,そして流木の影響というか,被害というのがいかに大きいかというのを実感しました。また,そのときには,その地域の人たちとも話をする機会がありましたけれども,一旦被害が,大きい災害が起こることによる影響というものが,大変なものがあるということを強く感じましたし,また,今後も起こるであろうこのような災害について,どのように防災,それから減災をしてくのがいいのか,そしてまたその重要性について考える機会になりました。

また,これは少し遡ること4月ですけれども,舞鶴にある引揚記念館を訪れました。比較的最近リニューアルされたんだと思いますけれども,そこには抑留しているときの生活などが展示をしてあります。

収容所での生活などを再現したものなどもあるのですが,そこで実際に収容所生活をした人からも話を伺いました。もちろん本で読んだりする機会はありますけれども,実際に体験した人からそういう話を聞くというのは,そのときの状況が本で見て知っているもの以上に大変過酷な生活をしていたということについて,改めて認識する機会になったと私は思います。やはり実際に体験した人,それからもう一つ前にお話しした災害を受けた場所なども自分で実際に見てみるということはとても大事だなと感じました。

あと,いろいろありますけれど,これは日々の報道等で感じることですけれども,今年くらいですね,学校のいわゆる部活動について,話題が多く出たことが今までなかったのではないかなと,ちょっと勘違いしているかもしれませんけれども,そういう印象がありました。よく記事に出ているのは,運動部活動が多いように思います。私自身は今まで学校のいわゆる運動部系の活動に触れる機会,それから自分の経験もほとんどないので,その辺りは実感としてないのですが,例えば私が毎年行っている全国の高等学校の総合文化祭,あれは文化部の活動ですね。

それから学生科学賞というのもあります。そういうところで生徒の発表,作品を見ると,それから研究ですね,本当にすばらしいものがあります。そのことに驚くとともに,また,それを指導している先生のそれに対する熱意もそうですが,負担,それから労力も,これも大変なものがあるのだなということを感じます。しかし,学校教育の中でそういう活動が行われているということは,大変私はすばらしいことだと考えますし,そういう中から将来非常に優れた人たちも出てくると思うのですね。そのような意義がある活動が非常にいい形で行われていけばいいなと印象を強く持っております。

また,今年はデフリンピック,耳の不自由な人たちの大会ですね。デフリンピックの夏の大会がありまして,(妃殿下をご覧になって)トルコでしたね。トルコのサムスンで行われましたが,日本は過去で最も多いメダルを取りました。確か27個だったと思いますけども。いつもそれに参加する人たちに会う機会を持っていますが,今回,非常にメダルの数が多かったということもあって,とても出席した皆さんうれしそうでしたし,それからそこで会った人は,1番多い人は水泳の選手ですけれども,9個メダルを取っているのですね。そのメダルを全部首に掛けて会いに来てくれましたが,そういう人たちの活躍に接することができたことを大変私はうれしく思います。

あと,日本とチリの外交関係樹立120周年という機会にチリを訪れることができたことも,私にとっては2度目になりますけれど,良い思い出になっています。特に,日本とチリが,先ほど防災の話をしましたが,両方とも同じ課題を持っている両国が防災分野で協力をしている,そしてまた防災分野以外にも医療であったりとか,その他,養殖などかなり多くの分野で協働しているということを今回改めて認識しました。チリというのは非常に北から南,長い国で様々な気候帯があります。その一端に触れることができたことも自分にとって印象的なことでありました。

そしてもう一つは,先月になりますけれども,タイの前国王陛下,プーミポンアドゥンラヤデート前国王陛下のご火葬式の献花をする行事に私たち二人で出席できたことが印象に残っております。

近年はお身体のお具合が悪かったので,お目に掛かる機会がなかったのですが,以前お訪ねすると,本当に自分の子供たちが来たという形で接してくださっていました。また,私がタイでいろいろな活動をすることを非常に温かく見守ってくださり,そのお陰で今まで活動ができたのだと思います。前国王陛下との最後のお別れの機会に私たち二人で出席できたことは大変光栄なことだったと感じております。以上です。

 シベリア抑留に触れたり、デフリンピックの話をされたり、具体的な固有名詞を使わなくてもこんなにも生き生きと一年を振り返り国民はありがたく思えます。皇后のあの全文はなんだったんだ?と思います。

 皇位継承の在り方について答えられないのはわかっているけど答えて欲しい

秋篠宮

「今おっしゃったように,これは飽くまでも制度の問題になりますので,私からなかなかお答えすることはできないですし,議論が進んでいない,確かに進んでいないのですけれども,そのこともやはりこれはある意味で政治との関係にもなってくるわけですね。つながってくると思います。ですので,今ここではちょっとお話をするのは控えようと思います」

 この記者は秋篠宮殿下からどんな言葉を引き出したかったのかと思います。

眞子様のお召し物、いつになく素敵です。髪型も。悠仁殿下は背が伸びました。

でも元々末っ子で甘えん坊だし、あまり性急に厳しくあれこれ言うのはよくないんじゃないですか?

紀子妃としては悠仁殿下の成果を自分の評価として受け止めなくてはならないわけで、やっぱりそこは「嫁」としても「母」としても辛い事ですよね。

 

今回はほんと、紀子様が強くなったというイメージです。

 

北朝鮮より日馬富士よりもりかけ

$
0
0

日本は平和な国です。本当に。

ミサイルを飛ばされてももりかけ。

金正恩がガッツポーズしてももりかけ。

中国やロシアは完璧にあちらいついていてももりかけ。

安倍総理を落とす事しか考えていない野党。

 

そして品格を失った日馬富士の引退を惜しむ人々。

「シャンパンのボトルをつかんで振り上げたが、手から滑り、ボトルでは殴っていない。馬乗りになったこともない。ほかの物も投げていない。白鵬が止めに入り、日馬富士の暴行は止まった」

ボトルで殴っていたら死んでいた・・・白鵬が止めなかったら死んでいた・・・

何でそういう話になるのか?

なのに親方は「何でこうなったのか不思議でしょうがない」と貴乃花親方を敵にして攻め立てる。

八角理事長はそもそも貴乃花嫌いで巡業から外せてよかったね。

何もかも白鵬様様なの?

事なかれ主義と内紛ばかりで、日本ももうだめかも。

 

愛子内親王 16歳に そして皇室会議

$
0
0

 愛子内親王殿下 お誕生日おめでとうございます 

 

16歳になられた愛子内親王。

 

1年前の愛子内親王。まるで別人。

 ご優秀な愛子内親王は外国王族に英語でお話をされる

 ご優秀な愛子内親王は上10月の文化祭で上級生と2人一組で受験生に学校の施設や生活を紹介したり、高等科のダンスチームの公演の司会を務められたりした

 ご優秀な愛子内親王は皇太子から被災地の復興状況やケアについて話をきいた

 

不登校も治り、成績はひどく優秀、来年はホームステイするかも。将来は上智大学とか文系に進む予定?

恐ろしくご優秀な愛子内親王は英語もネイティブな発音でペラペラ。

皇太子の薫陶を受けて日本史も詳しい。

きっと将来の皇太子、女帝として完璧なご教育を受けておられるんでしょうね。

内親王のバックには両陛下、小和田家、外務省、〇〇学会、民進党に立憲民主党、

あらゆるリベラル派の政治家がついておられるので、輝かしい未来がまっている事でしょう。

人は彼女を「孝謙天皇」の生まれ変わりと言います。

 

さて。皇室会議が開かれ退位の時期は2019年4月30日で調整しているとか何とか。

皇室会議って出来レースにすぎないんですもの。

あまり期待はできませんね。

 

 

皇室会議で決まったこと

$
0
0

世の中はまだ日馬富士問題で揺れていますが、こうなってくると日本VSモンゴルで、危機管理なんちゃらさん達はモンゴル力士会の気持ちを忖度して動いているようです。

そういえば「忖度」は今年の流行語になりました

天皇陛下の気持ちを「忖度」して始まった退位問題。ようやく決まって一般の国民は「そっかーー平成が終わるのか」と思うでしょうか?

「西暦しかしらないから問題ないんじゃね?」的な若い方が多いですし、帰化人も多くなっているので「元号」の大きさなど考えられなくなっているかも。

私達は少しでも、「元号」の意義を広める役割をしなくてはなりませんね。

 

 天皇の退位は2019年(平成31年)4月30日

 新天皇の即位は2019年(平成31年)5月1日付

 新元号は事前に国民に公示

 天皇 → 上皇

  皇后 → 上皇后

  皇太子 → 天皇

  雅子妃 → 皇后

  秋篠宮殿下 → 皇嗣殿下

でも実際には「皇嗣殿下」と呼ばれる事はないでしょう。皇嗣妃殿下なんて言葉ある?ないでしょ?結局は「秋篠宮」殿下・妃殿下で終わっているんだと思います。

 

生前に元号が変わるのは光格天皇以来という事ですが、明治になって1天皇1元制になりましたが、それには理由があります。

江戸時代までは天皇の気持ち次第で元号がころころ変わる事があり、非常に面倒な部分があったわけです。明治になって西暦1本でいく方法もあったと思いますが、天皇制の地位の強化の為、天皇は終身制で亡くなるまで元号を変えないという事になったのです。

私達は「明治」「大正」「昭和」を振り返る時、即位し亡くなられた天皇をしのび、その時代の雰囲気を感じます。

今回のように「生前退位と元号制」が大昔のように「天皇の気持ち」次第で変わるようになったら、ただでさえ無関心層がより無関心になっていくのではないかと心配になります。

今上の気持ち的には

 退位も即位も葬儀も全部地味に

らしいですが、「国民生活をおもんばかり」といいつつも行きたい場所にはどんどん旅行していくようなお金の使い方が正しいかどうか、そしてそういう「儀式」の簡略化がどれほど天皇制の権威を貶めるか認識して欲しいと思います。

 上皇・上皇后の住まい問題

テレビ報道によると赤坂東宮御所の修復が終わるまで、どこに住むかという事で色々な案が浮上しており

・高輪の旧高松宮邸 → 木が生い茂っていて警備が出来ない

・葉山の御用邸 → 東京から遠い

・赤坂東邸 → 狭い

とか言われてまして。でも悪いけど退位して引退する天皇の皇后の住まいなど首都圏から遠くていいし、狭くていいと思うんです。

那須の御用邸でもいいと思うし、須崎でもいいでしょう。

一体、今上と皇后はどこに住みたいの?もしかして軽井沢のホテル?

ほら、こういう所が非常にわがままで正論になってないんですよ。

退位もそれに伴う一連の儀式も今上が言い出さなかったらやらなくてすんだ事だし、まして修復の間どこに住むなんて問題は起きなかった筈。

吹上御所にいたらいいでしょ。新天皇夫妻と一緒に。部屋はいくつもあるし。

そもそも二人の老人に赤坂東宮御所はあまりに広すぎると思いませんか?

 皇嗣とは?

秋篠宮殿下は「現皇太子の公務のほとんどは委譲される見通し」とおっしゃった。

だったら実質上東宮なのだから「皇太子」でいい筈。

今やあってもなくても全然かまわない「称号」になりつつある「敬宮」ですけど、格の上下はきちんとあります。

ゆえに悠仁殿下や佳子様にも「称号」をお与えになるのが筋。

そして皇太子妃が身に着けて来た装身具は全て紀子妃に譲られるのが筋です。

もし、その時に第一ティアラがなかったら・・・・・(ないだろうなあ)

そして新皇后即位の時に菊のティアラと3蓮ネックレスがなかったら・・・

あるいはレプリカになってしまっていたら。

日本の文化財の一つである皇族の装身具がこうもあっさりと消えて、皇室に忖度して誰も追求しない現状。

国民が知らないのをいい事にやりたい放題だなあと思いますよ。

安倍総理の言葉

「本日、皇室会議が開催され、皇室典範特例法の施行日について平成31年(2019年)4月30日とすべき旨の皇室会議の意見が決定されました。

 天皇陛下のご退位は約200年ぶりのことであり、憲政史上初めての事柄であります。本日滞りなく皇室会議の意見が決定され、皇位の継承に向けて大きく前進したことに深い感慨を覚えております。

 政府としましても、この皇室会議の意見を踏まえ、速やかに施行日を定める政令を制定するとともに、天皇陛下のご退位と皇太子殿下のご即位が、国民の皆さまの祝福の中でつつがなく行われるよう、全力を尽くしてまいります」

 雅子妃は賓客を迎える事が出来るんですか?

 宮中祭祀は国事行為にするの?また鳥居を別に作るとかへんなことする?

 

 

皇室ウイークリー

$
0
0

ご日程

両陛下

11月24日・・・両陛下 → ルクセンブルク大公夫妻について説明を受ける

             黒田清子祭主から挨拶を受ける

       天皇陛下 → 通常業務

       皇后陛下 → 医療・福祉の町「ベーテル」設立150周年記念写真展鑑賞

 

皇太子同妃両殿下

11月24日・・・皇太子殿下 → 新嘗祭神嘉殿の儀

                防災と水に関する国連事務総長特使と会う

       両殿下 → ルクセンブルク大公夫妻来日の説明に加わる

            赴任大使に会う

11月25日・・・皇太子殿下 → 持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議2017ー災害レジリエンス構築のための科学・技術国際フォーラム2017ー出席

11月27日・・・両殿下 → ルクセンブルク大公夫妻歓迎行事

              宮中晩さん会

       皇太子殿下 → 第39回母子保健奨励賞受賞者に会う

11月29日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

       両殿下 → ルクセンブルク大公殿下主催答礼コンサート

11月30日・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

              青年海外協力隊及び日系社会青年ボランティアに会う

      両殿下 → 赴任大使に会う

 

秋篠宮家

11月23日・・・紀子妃殿下 → 長崎県訪問

・ ローレンティン妃と懇談

 

・ 平和公園供花

 

・ 長崎原爆資料館視察

・ 記念コンサートご鑑賞

11月24日・・・紀子妃殿下 → 引き続き長崎県訪問

・ 九州陶磁器文化会館視察

・ 泉山視察

・ 有田焼卸団地「2016/」ショップ視察

・ 佐賀県窯業技術センター視察

11月24日・・・秋篠宮殿下 → 新嘗祭神嘉殿の儀

       両殿下 → 長崎県訪問

・「出島表門橋完成記念式典」出席・祝賀会・ローレンティン妃と懇談

11月27日・・・両殿下 → 赴任大使に会う

       両殿下・眞子内親王 → 宮中晩さん会

11月28日・・・両殿下 → 外務省から進講を受ける

              第4回日本美術展覧会を見る

11月29日・・・両殿下・眞子内親王 → ルクセンブルク大公殿下主催答礼コンサート

11月30日・・・秋篠宮殿下 → 誕生日につき参内

 皇室会議で様々な事がきまり、様々な問題が出て来ました。

 宮家と皇太子の公務の内容も勿論の事ですが、公務をしていない若い女王方の生活もきちんと精査して頂きたいと思うばかりです。

 

11月30日 秋篠宮邸にいく両陛下

12月2日 眞子様の職場を訪れた両陛下

 

 

 

「眞子に恰好の職場を与えてくれてありがとう」と皇后陛下はおっしゃったそうな。

かなりドン引きしました。

退位が決まった途端にパフォーマンスですよね。

身分と財産があるなしは別

$
0
0

 まず、お返事させて頂きます。那須や葉山に気軽に「いいんじゃない?」は取り消せとおっしゃる方へ。取り消しません。

だってあそこはれっきとして天皇皇后・皇太子一家だけが使える静養先です。

昭和天皇は晩年半年くらいは那須御用邸で過ごされました。

今上が那須や葉山で過ごすと迷惑と思われるなら住民全体で「外出反対」ののろしを上げるべきです。少なくとも昭和天皇時代にそのような意見はありませんでしたから。

高円宮家から千家家にお嫁にいった典子さんが離婚しそうだと報じられました。

原因はこくまろさんの「心身症」だそうです。

 典子さんはお姫様扱いで何もすることがない

 出雲の寒さに根を上げた

 こくまろさんと本当の意味で夫婦になっていない

 典子さんはしょっちゅう高円宮家に里帰りしてはクラス会などに顔を出す。姑と一緒に帰る事も多い。

 こくまろさんの心に問題がある事は最初からわかっていたんじゃないですか?

出雲が寒い事も。することがないって・・・だったらする事を探せばいいじゃない?

最初から田舎だと馬鹿にしてつまんないから帰るーー的な感じですか?

しかも降嫁した人が毎回宮邸でお泊りする不思議さ・・・公私の区別がついていないようですね。高円宮家。

久子妃はそういう前提で娘を嫁にやって何がしたかったのか?

莫大な慰謝料を貰って離婚し、「鳥取姓」か「高円姓」を貰って都内のマンションで贅沢三昧させる為の布石だったのではないか?とすら思いますけど。

「爆報フライデー」の「天城山心中事件」の内幕を私もみました。

 戦後、愛新覚羅溥傑の妻・浩と娘の慧生と嫮生は浩の実家の嵯峨家に身を寄せていた。

 学習院大学のキャンパスで慧生と大久保武道が出会う。

 二人の交際は愛新覚羅家・嵯峨家共に反対

 二人は天城山で心中

というのが今まで流れて来たストーリーです。

でも、浩さんは「流転の王妃」の中で「慧生は心中ではない」とはっきり書いていらっしゃいます。つまりこれは大久保武道によるストーカー殺人であるという事なのです。

今回、二女の嫮生さんの証言により

「慧生さんは大久保の自殺を止める為に一緒に天城山へ行った」という事が判明。

ここが世間知らずのお嬢様というか、当時はストーカーとかいう言葉もない時代で、相手の異常さに気づかなかったんでしょうね。

でも私が違和感を覚えたのは、番組のラストで

「当時、嵯峨家は華族制度の廃止で自給自足を強いられてたほど貧しかった」つまり大久保青年と立場が違っていたわけじゃない。

「身分違いの恋ではない」これが大久保に伝わっていたらこんな事件は起きなかったのではないか・・・とのくだりです。

これは全然ちがうと思います。

「身分の違い」というのは財産の違いではないのです。生まれや育ちの違い、アイデンティティの違い、価値観の違いなんです。

愛新覚羅家の長女に生まれた慧生さんは溥儀夫妻に子供がいなかったので、生まれた時の性別がかなり重要視されたと思います。

男子であれば溥儀を追い詰めたろうし、女子であっても他の親王と結婚する事によって将来の清朝を担う立場になりかねなかった女性です。

溥儀はいつも溥傑を疑惑の目で見ていたというし、そういう意味では姉妹で誕生した事はちょっとは幸いだったでしょうか。

しかし、清朝にはちょっと不思議な言い伝えがあって「長女は早世する」というもので、浩さんは回りから「気をつけなさい」と言われていたようです。

慧生さんは戦前、嵯峨家に身を寄せて終戦を迎えますが、一方の浩さんと嫮生さんは婉容皇后と逃避行に巻き込まれ、危うく死ぬかもしれない目に遭いました。

その事がトラウマとなり嫮生さんは両親が中国へ帰国する際も同行せず日本人と結婚して今に至るのです。

慧生さんはシベリアに抑留されている父を助けようと周恩来首相に手紙を書くなど、日中の外交再開の架け橋になっていました。

本人がそれを望んだかどうかはわかりませんが、確かに彼女の行為は一つ一つ国際的に意義がある事だったのです。多分、将来もそうだったでしょう。

 

でも大久保武道の方は青森県の裕福な家で育ちました。

当時、青森から上京して大学へ通うというのも難しいなら、家柄重視の学習院に受かった事自体がすごい事だったと思います。

なぜここで学習院を選んだのか不思議ですが、田舎の青年がいきなりハイソナ学生たちの中に入れば浮くのは当然。

慧生さんはそんな彼を気の毒に思い、声を掛けそしてやがてそれは「疑似恋愛」に繋がって行ったのではないでしょうか。

大久保氏から見れば彼女は「神」と同じ。神が自分の前に降りてきて自分の為に笑ったり泣いたりしてくれるわけですから舞い上がるのは当然。

失ったら命はないと思うのも当然だと思います。

思いこむと融通が利かない所、今時の青年にもよくありがちです。

お金があるとかないとかではなく、大久保にとって彼女は最初から手が届かない人だったのです。だからこそ無理心中したと言えるでしょう。

プライムニュースも見ましたよ。

色々な疑問に対して「国民はよいように解釈すべき」という言葉の連発に嫌気がさしました。

 


ここまでくると信頼の「し」の字もなし

$
0
0

 日々、理不尽だなあと思います。色々な事が。

どうして上皇と天皇が並び立つ事を「二重権威」と考えてはいけないのでしょうか?

だってそれが正論ではないんですか?

そもそも譲位する必要がないのにわざわざ譲位する・・過去の前例からしても上皇は天皇の上に立ち、やがて法王になる程の権力を持ったではないですか。

今回の退位というか譲位というのは、明治以降の近代皇室の在り方を全否定しているような気がしてなりません。

江戸時代まではそれこそ譲位もあり、女性天皇もあり、女性宮家もありでしたよね。

蘇我氏や藤原氏といった天皇家を政治利用する輩によって都合のよいように理屈をつけて譲位もあり、女性天皇もあったわけです。

そりゃ明治政府だってはっきりいって天皇の政治利用をガンガンやってます。

「大元帥陛下」などと持ち上げ、まさに「国民の統合の象徴」として確立したのです。その明治政府が「男系継承」を決め女性天皇を認めず、譲位を認めず、元号は1天皇1元制にした事には大きな意義があったと私は思うのです。

それはやっぱり天皇というものの権威を最高に保つ為のものだったと。

しかし、それから150年であっさりと天皇自らが権威を失くしていい・・・と言い出すとは思わないですよね。伊藤博文が生きていたら死を賭して止めていたろうと思いますし、常に国家の「理想」であろうとした明治天皇の意志にも反するのではないかと思います。

時代に即した天皇制とは言っても、根本を変えてしまったらそれはもう「制」ではないのでは?

今上は左翼的な思想の元、恐らく、昭和天皇までの時代を全否定したいのだと思います。

それ以上に「父」である昭和天皇の否定でしょう。

昭和天皇がついに行く事が出来なかった沖縄にどこよりも目をかける。

それはまさに「昭和天皇のせいで激戦の末に多くの人が亡くなったから」という地だからでしょう。東南アジアの慰霊に拘るのも、あの時代、日本のおかげで独立できたとか治安が守られていたとかいう事を絶対に認めたくない今上の気持ちがあるのです。

そんな歪んだ歴史観を持つきっかけになったのはバイニング夫人の教育のせいなのですが、そんなバイニング夫人を受け入れざるを得なかった昭和天皇と香淳皇后の気持ちを考えると胸が痛みます。

勿論、今上の中に「太平洋戦争」というものに対しての疑惑の目という下地はあったと思います。

非科学的な精神論をぶちまける陸軍とか責任逃れをする政治家とか、特攻隊を組織するという野蛮さ等々、小学生のまっすぐな少年の目には「そんな事やって戦争に勝てるならとっくに勝ってるんじゃないか」という思いがあったでしょう。

日々、戦争の行方に悩み苦しむ父を見つつも「天皇なら今すぐ戦争を終わらせるべき」とでも思ったんじゃないかと。

権威はあるけど権力がない昭和天皇の姿を見てしまった今上は「天皇」という存在に疑問を抱くようになった・・・と考えれば自然です。

でも今上は思わなかったのか?

戦争に負けたのに国民は昭和天皇を恨まなかったんですよ。

全国巡行の際はみな笑顔で涙で迎えたじゃないですか。権力がなくて軍部のいいなりになったとしても昭和天皇は日本人の心の父としてずっと存在し続けて来ました。

粗末な一張羅を着てもお文庫に住んでも天皇は天皇。

でも今、上皇となる天皇はそこまで国民の心に深く根を下ろしていると思いますか?

あんなに被災地訪問をして外国にまで行って、一年365日「ああ忙しい」とあっちこっち出歩いて「慈愛」を広めても、本当の意味で日本国民の心の中に根を下ろしていると思いますか?

今や権威より権力を手にして「お気持ち」で内閣を動かす天皇。

それこそが今上にとって「昭和天皇を超えた瞬間」なのかもしれません。

こんな風に強烈な存在感アピールで父を超えようとする今上に振り回される国民、騙される国民が今です。

えっと、本題はそれじゃないのね。

これ、白鵬なの?モンゴリアンチームって・・・おいおい

こんな事されても貴乃花親方を悪者にする相撲協会なんて絶対に信用できないです。

ベルリン、わが愛・BOuquet de TAKARAUKA

$
0
0

 まだまー様ロスから抜け出せずにいますけど・・・いやしかし、「琥珀色の雨に濡れて」DVDが届いたからちょっと心が癒され?

でもまー様とだいもんじゃ役割が違うんだってば

 ベルリン、わが愛 

よくわからないけど何となく面白かったという人は多いのではないでしょうか?

とりあえずラブシーンはあるし、映像と舞台のコラボだしという感じで?

でもそうは問屋が卸さないんです。

やっぱり原田諒には厳しくいかなくちゃいけません。

 ストーリーがだらだらしてる

危機に瀕した会社からテオが監督になり物語を作り出すまでが長いです。

ここはもっとすっきりと話をまとめてさっさとストーリーを進めるべきでした。

あっちこっちに登場人物を配したせいで本当にだらだらと理屈っぽく山場のない物語になりました。

また、テオとジルの長い会話は不要で、動きのある展開にした方がよかったと思います。17場というのは多すぎます。ここは10場くらいに納めるべき。

 人間関係が希薄

退団者に花を持たせ、専科に花を持たせ、主役を光らせ・・というのは結構大変なことだとは思うのですが、それが出来なければ宝塚の座付き作家ではないんです。

主役が登場する時もあまりにさりげなくというのは宝塚的ではありませんし。

ジョセフィン・ベーカーが歌って踊って断って終わり。

あとは延々とテオとケストナーの話が続いたかと思えば、今度はジルとテオの長―いシーンがいつまでも続き、やっとゲッペルス登場と思ったら・・え?これだけ?みたいな。相互的に人間関係に線を引く事が出来ない、それぞれの場面が独立している。これは非常に問題ありと思いました。

テオを通しての人間関係だけではセリフが繋がらないでしょうしね。

 当時の思想は

ここが一番問題なんです。

私達は歴史として「ナチスドイツはひどい」「ジョセフィン・ベーカーは黒人差別を受けていた」「ユダヤ人迫害がひどかった」と知っていますが、ドイツのベルリンに住んでいるドイツ人の気持ちになって考えてみた事はあるでしょうか?

1027年。この頃、ナチ党はまだ第一党になっておらず親衛隊は1925年に作られたものの、勢力を拡大していくのは1929年すぎてからの事。

そもそも何でヒトラーが政権を取ったかわかりますか?国民から支持されたからです。戦争に負け不況にあえいでいたドイツ国民を鼓舞し、明るい未来の夢を見せたのがヒトラーで、だからこの頃はまだそれ程嫌われ者だったとは思いません。

映画人がこぞってナチス嫌いに描かれていますが、実際そうだったとは言えないのではありませんか?21世紀に生きる日本人からみたらそういう見方になるけど、当時のドイツ人にとってナチスはある意味、希望であったともいえるのです。

またジョセフィン・ベーカーが「映画に出る事は出来ない」と断るシーンも、黒人差別が怖かったら舞台にだって立てないし、そもそも女優を続けていけないでしょう。

彼女は黒人として誇りを持って生きていた筈なので映画出演を断るなどという事はなかったと思います。

ゲッペルスにしても、駆け出し女優を自分のものにするよりも強力なパトロンになる方がたやすかったわけで。

そんな風に当時の思想で考えられないのが原田諒最大の欠点ではないかと。

大体、親衛隊に追いかけられてあっさりとベルリンを脱出できると思ってるの?あんなに長々と別れを言っていたら捕まっちゃうよ・・・とひとしきり。

 それでもあの登場人物で物語を紡がなければならなかったとしたら

もし私が脚本家なら

 会社が潰れてゲッペルスが後援する所から話を始める

 ゲッペルスに気に入られたテオとケスナーは初めてのトーキー制作に意欲を燃やすが、無声映画に誇りを持つカウフマンとライマン達とことごとく対立。

 無声映画のヒロインを務められなかったジルはテオと出会い、恋に落ちるが一方でゲッペルスとも関係が。ゲッペルスVSテオの図式。

 「忘れじの恋」成功を妬むフーゲンベルクとレーニが嫌がらせをしてジルの出自をばらし、ゲッペルスはジルを迫害せざる得を得ない立場に。

 あくまでベルリンでの映画製作に拘るテオともはや時代が自分の手に負えない事をしるゲッペルス。愛するがゆえにジルをどうしたらいいかわからず・・・

 結果的にテオとジルは亡命。

 なぜベルリンなのか・・・という色を出す為にはどうしたらいいかをひたすら考えます。やがてテオとジルはアメリカで映画を製作し、故郷を偲ぶものに。

…という方が面白くありませんか?

 天寿光希万歳

いやーー驚きました。この所役に恵まれないというか、端っこに追いやられている感があった天寿光希に見せ場があるとは!

この芝居で最も得をしたのは天寿光希です。「ロシアン・ブルー」の緒月遠麻のようなメイバイブレイヤーに成長。だらだらした芝居の中で活舌がよく、演技がうまいライマンのセリフに泣かされました。

壱城あずさ退団だから?この扱い?なんせ紅5だし?いや、でも天寿光希のようなジェンヌは絶対に必要。

「かもめ」以来の名演を見る事が出来て幸せでした。

 

原田諒に関しては「アル・カポネ」で少し見直した部分があったのに、大劇場作品ではぐだぐだをやり続けるのね・・・という感じです。上田久美子風センスは皆無に等しいのはわかったけど、理屈っぽいセリフを羅列するんじゃなくて、観客の心に残るセリフを書いて下さいよ。

紅ゆずるもやったら笑う演技ばっかりしないで、もう少し細かな心情表現を心がけましょう。

 

 Bouquet de TAKARAZUKA

久しぶりに見た王道のレビューでした

聞いた事のある曲ばかりでなじみがあったし、衣装もこれでもかっという程美しく綺麗でうっとり感満載です。

やっぱりベテランの先生らしく、色の調和に優れ、尚且つ列の美しさに拘った作品であったと思います。

今回は退団者を大事にした結果、なかなか序列通りにいかなかったけど、こういうショーが好きです。

12場の「赤い薔薇」における綺咲愛里は二人の男に言い寄られ、強くて色気のある女性に変身しました。その後の紅の嘆きの歌が面白くて。

また16場「我が心の故郷」は衣装も音楽も共に美しく、退団者に涙を誘われましたし、「花夢幻」もかなり盛り上がってドキドキしました。

階段降りで壱城と天寿が真ん中降りした時は驚きましたけど、これも最後かと。

実力派に幸あれと祈るばかりです。

そして最近気になり始めた極慎君、さりげなくあっちこっちにいて嬉しかったです。

 

 

悠仁殿下 和歌山へ

$
0
0

 悠仁殿下 和歌山へ 

 秋篠宮両殿下と悠仁殿下は入試休みを利用して和歌山県白浜町を訪れた。

 南方熊楠記念館を見学

 南方熊楠は生物学や民俗学などに幅広い分野で活躍。昭和天皇に粘菌や生物学について講義。

顕微鏡をのぞき込んで粘菌を興味深く見る殿下

本当に川の流れみたい・・・・

悠仁殿下はこういう見学だと本当に生き生きとよい表情をされます。

ちょっと音楽や書には興味がないかも。

昭和天皇が生きていらしたらさぞや悠仁殿下に色々な事をお教えしたでしょう。

殿下はきっと「標本」を作るのがお好きなのね。

これぞ帝王学です。

FNS歌謡祭 第一夜

$
0
0

 山崎育三郎はNHKでかなり重宝され始めて?

カラオケ教室やったり朗読やったり・・・毎回彼の唄を聞けるならいいっか。

また深夜ドラマも始まるしね

「トットちゃん」に城田優が出ているんだけど・・・本当にトットちゃんと恋に落ちるの?っていうか落ちたの?ありえない

個人的に城田優のビジュアルは好きですよ。でもミュージカル俳優って言われても疑問符だし、じゃあ普通の俳優なのか?と言われてもちょっと困るし。なかなか成長しない人だなあと思いました。

さて。

FNS歌謡祭の第一夜を見ました。

いきなり宙組の真風涼帆が出て来た時はびっくりしましたが、確か去年だかどこかで終わるぎりぎりの時間帯に出して大ブーイングだったから、今年は最初から出したのかしら?と思ったんですが。

芹香斗亜がひときわ綺麗でした。でも宙の面々ってみんな同じ顔に見えちゃうよ。

うーん。真風はまだトップになりたてで衣装とメイクが浮きすぎて。

素直に「かっこいい」って言えなかった。

ミッチーとのコラボはよかったけど。星風まどかのティアラも素敵だったけど。

だいすけお兄さんのディズニーは「清く正しく美しかった」です。

キンキはやっぱりいい声しているなあ。でも剛君はヘッドフォンをしなくちゃいけない程だったのか?無理しなくていいのに。

NEWSのNEWSICALだっけ?宝塚やミュージカル俳優がいる中でよくそんな事をする勇気があったもんだと。

東方神起は日本語忘れた?歌が下手になって・・・リハなしですか?

「どうして君を好きになってしまったんだろう?」は音月桂の方がいいです。

新曲の方は口パクっぽくて。やっぱり2年間のブランクは大きかったのかな。

松也&育三郎はダブルルキーニだけど完璧に育三郎君にリードされちゃって。歌舞伎俳優がこういうのをやるのってどうなの?今川さん。

 

これから1年数か月後の為に

$
0
0

 譲位が決まり、早速雅子さんアゲアゲが始まり、今以上にうざくなっているんですが、本当に徳仁親王と雅子さんでいいんですか?新しい時代。

という事でこれから1年数か月かけて、徳仁親王と雅子さんの真実を改めて世間に広めていきたいと思っています。

今まで「ふぶきの部屋」を何年も読んでくださっているかたからすれば「またこの話?」「またこの話題?」と思う部分も多いでしょうけど、初めてこのブログを見る人にもわかりやすく新時代の天皇皇后を語りたいです。

「天皇の母」を雅子さんバージョンだけ抜き出して再掲します。

多少書き足し等もあるかと思います。

今更「雅子様に高まる期待」とか書かれても20年以上も国民を欺いた罪が早々簡単に帳消しになってたまるもんですかという気分です。

日馬富士暴行事件と絡めるのは違うと言われそうですが、「相撲は神事」って言ってるのに「アスリート」」と坂上忍が発言したそうで、そういう基本すらもうわからない人がいるんだなと。

相撲は日本の国技で神事で、それなのに「モンゴリアンチーム」なんて書かれたジャージを着てたら「それはやっていい事かどうか」諭すまえにわかるだろ!という感じです。

相撲はオリンピックじゃないし世界選手権でもない。

貴乃花親方ばかりやり玉に挙げてモンゴル贔屓する相撲協会ももはや反日と同じで、左翼の道をまっしぐら。

そんな思想になるのもやっぱり天皇皇后自体が「グローバル」を掲げて「日本より外国が正しい」と頭から思い込んでいるせいだと思わざるを得ません。

モンゴリアンチームが愛国心を持ってそんな事をするなら日本だってお揃いの浴衣でも着せたらどうだ?とすら思いますとも。

とにもかくにも、どう考えても徳仁親王と雅子さんは新時代の天皇と皇后としては全然ふさわしくない、むしろ「税金泥棒の両班のごとく」の生活をしているんだという事を世に知らしめたいのです。

「おかわいそう」はもうなしです。

「体調の波」も「活動の幅が広がりつつ」も「療養中」もなし!!

「勝てば官軍」のごとき「〇〇は3日やったらやめられない」といわんばかりに、恵まれた自分達の生活を誇示していくような天皇と皇后、そして政府に政治的な発言をする上皇も上皇后もいらないという事ははっきりさせましょう。

どうぞ、皆さま、ご近所さんとの会話の中で、職場で家庭で何気なくさりげなく「実は・・・」と広めて下さいませ。

サイレントレボリューションこそ、日本人のやり方です。

 

日馬富士より北朝鮮籍の木造船だしNHKだし

$
0
0

 全く!ワイドショーは何やってるのよっ

毎日毎日結論の出ない日馬富士事件。

旭鷲山はさっさとモンゴルに帰りなさい。どれだけお金を貰って日本に来ているのか。

貴乃花親方の悪口もやめて頂きたい。

ひたすらグレーゾーンの白鵬は前人未到の勝利を帳消しにして引退でOK。

侍魂のない、潔くない、自分の利益しか考えない横綱なんて日本人はNOです。

スー女みんなで署名運動でもなされば?

あなた達の可愛い関取さん達がモンゴリアンチームに虐められていいのか?

下手したら殺されるよ?

バブルのころだったかなあ。盛んに週刊誌に「公務員のだらしなさ」というのが写真付きで載ってました。

真昼間から公園で昼寝をしているお役所のおじさん達、やる事ないからぶらぶらしている公務員さん達。

最近でも休みの不正取得やらセクハラやらで捕まっているんですよね。

何でそんな事が出来るのか?と不思議になるかもしれませんが、一口でいうと「暇」だからです。(地方公務員で一生懸命働いている方、ごめんなさい。これは悪口ではありません。確実にこういう人がいるという事です)

どんな課でも部も上司になればなるほどお仕事が「ない」

その理由はあの人達は町内会とかそういう集団のお相手と「何かあった時の責任取り隊」だから、平和に業務が遂行されている場合は暇です。

休みの不正取得だってバレルからいけないんであって、ばれないやり方は沢山あるんです。セクハラ・盗撮も民間なら懲戒処分ですが、役所の場合は直属の長と人事課の裁量でなかった事に出来るし、市長決裁が下りたら手を出せません。

つまりニュースになるのはほんの一部という事になります。

地方公務員になる人の何割かはメンタルが弱い人です。

民間の中で人とコミュニケーションして生きていく自信がないから公務員になる。

でも実際は窓口などで対応に追われ、クレームが来て自信をさらになくす・・・だから休む。でも有休は限られているから病欠を、介護休暇を育児休暇を使うわけ。

来なくても部署の人員の頭数には入りますので増員なしで、つまり回りが迷惑しますが、一生この役所で生きていこうとする人は内部告発などできません。

そういう所です。

官がこうで民がよくなる筈ないです。

改めて言いますが、これは真面目に地方公務員さんやっている人達への悪口ではありません。でも地方公務員さん達はちょっと胸に手をあてて考えて欲しいんです。

あなたの課の課長さん、一日中後ろでパソコンに向かっているけど本当にお仕事してますか?もしかして将棋ゲームとか韓ドラとか見てません?

そんな光景を見ても何も言えない自分が嫌になったりしませんか?

感情的になってすみません・・・最近、ちょっとそういう経験したものですから。

弱きもの、それは女性職員。

そりゃ議会に子連れで行くのはダメだよっ そんなものは男女平等とは言わないけど、例えば盗撮されて傷ついて相手が認めて・・なのに訓告処分になって、違う部署でにこにこお仕事していたらこれは立派な男女不平等。

「男女参画」に人一倍熱心な市がこういう事になるなんて本当に情けないの一言です。泣き寝入りの女子職員が可哀想で可哀想で。

「下手に訴えたら今度は自分がどうなるか」なんて考えつつ仕事しなくちゃいけないなんて悲しすぎます。

テレビを買った→ つけたらNHKがついた → 受信料払え

これってやっぱりおかしくないですか?

今時のNHKは反日放送で偏向報道が多いし、どこの民放の回し者だ?というくらいに民放の固有名詞をバンバン使い、尚且つCMも多いですよね。

それでも受信料を払うべきという最高裁の意見は絶対におかしい。次の選挙で最高裁の長に×をつけましょう。

民放と同じようにスポンサーを募ったらいかがでしょう?

最近、北朝鮮の木造船が漂着しており、北海道の離島では窃盗被害まで起きているのに政府が何もしないというのはおかしくないですか?

漁業に携わる人の生活用品が置いてある小屋からあれもこれも持ち出し、捕まえてみれば黙秘を貫き、人道的に支援する?

起訴するとあとが面倒だから強制送還?じゃあ、被害を受けた人達はどうすればいいの?

日本はモンゴルと北朝鮮に支配されているんじゃなかろうか?と思う今日この頃です。

雅子妃54歳に

$
0
0

誰が何と言おうと雅子妃は皇后になるっ という事で、毎年これを思い知らされ、彼女の高笑いを聞くハメになっている国民の悲しみの日です。

 

 誕生日の感想 

この一年を振り返りますと,様々な出来事がありましたが,今年も,残念なことに自然災害の多い年でした。

7月の九州北部における豪雨で多くの方が犠牲になられたことは,とても心の痛むことでした。

国外でも,地震や洪水,森林火災などが各地で発生しました。こうした災害により,不幸にして亡くなられた方々のご遺族のお悲しみを思い,心からのお悔やみを申し上げます。

また,被災された方々のご苦労もいかばかりかとお見舞いを申し上げます。

そして,被災地域の今後の順調な復興を心からお祈り致します。

東日本大震災の関係では,11月に皇太子殿下とご一緒して宮城県を訪れ,復興状況を見せていただきました。

津波被害の大変大きかった名取市の閖(ゆり)上地区では,災害公営住宅の整備が進み,被災された方々の入居も始まるなど,安心して暮らせる環境が整いつつあることを目の当たりにするとともに,入居者の方々の生活が少しずつ整いつつあるというお話を伺い,安堵(ど)致しました。

その後訪れた亘(わた)理町では,いちご団地の整備により,特産のいちごの栽培が軌道に乗りつつある様子を目にすることができ,嬉しく思いました。

復興に向けた多くの方々のたゆみない努力が,こうして実を結びつつあることを頼もしく思うとともに,深い敬意を抱きます。

一方で,被災地では,依然として応急仮設住宅等にお住まいの方々もおられるなど,いまだ多くの方が不自由な生活を余儀なくされていることや,復興までにはまだ長い道のりが残されていること,そして,その中で子供たちを含め,被災された方々の心のケアが引き続き大切な問題として残っていることなども案じております。被災された方々が,一日も早く安心して暮らせるよう心から願うとともに,殿下とご一緒に,引き続き被災地の復興に永く心を寄せていきたいと思います。

 被災地には半日しか行ってないのにどの口が言うか!ですが、こういう所が「官軍」の強さなんでしょうね。

この文章は多分に雅子妃が書いたものとは思えません・・・こんなに文章力があるとは思えないもの。そういう「嘘」を見る度にがっくりくるけど、ほとんどの国民はそうは思ってないわけで。

 「心を寄せる」というのは便利な言葉ですが、無責任さを感じます。上から目線というか。

 

近年,社会情勢の変化もあり,社会的に弱い立場にある人々が直面している困難な状況について耳にすることが多く,案じております。

 雅子さん、あなたは社会的に強い立場にいるわけで、よくそんな事を言えますよね。もっとも強い立場を背景にやりたい放題なのに。

そのような中にあって,先日,「障害者週間」関係表彰式に出席する機会を得ました。障害による様々な困難を,並々ならぬ努力によって乗り越えてこられた方々,また,そのような方を支えてこられた方々など,すばらしい方々にお会いすることができ,感銘を受けるとともに,このような支援の輪の広がりをとても嬉しく思いました。そ

して,社会の中で,弱い立場にある人々への温かい理解と協力が広がり,だれもが互いに人格と個性を尊重しながら支え合い,将来に夢と希望を持って歩んでいけるような社会が実現されていくことを心から願っております。

 「障害者」=「弱い立場」と決めつけている。障害者に対する尊敬とか敬愛のようなものはみじんも感じないのですが、とにかく上から目線ですよね。どうしても「弱い立場」とか「困難を」とか入れずにはいられない。

広く世界に目を向けても,困難な状況に苦しんでいる人々が数多くいることに心が痛みます。

 ならご自分の贅沢をやめたらいいのに。

人々が,広い心を持ってお互いの違いを乗り越え,様々な問題の解決に向け,共に手を携えて取り組んでいくことが,今の世の中で大切になっていると感じます。

 ひ・・・広い心ですって?何かとてもむかつく一文です。

 困難な立場にいる人には広い心を持って接する事が重要なの?

また,持続可能な社会の実現も大切な課題だと思います。最近,その実現に向けての取り組みが数多く見られるようになってきていることを心強く思っております。

 まるでご自分が障害者を率いているように・・・・大して公務もしないし、いつもドタ出なのに一回式典等にでただけでよくもまあそこまで言えるわ。

「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が6月に成立し,このほどその施行日が決定されました。

これまで,長い年月にわたり,常に国民の幸せを願われ,ご公務の一つ一つを大切に,お心をこめてお務めになっていらっしゃいました両陛下の歩みに思いを致し,深い感慨を覚えます。

両陛下のこれまでの歩みに,心からの敬意と感謝の気持ちを申し上げたいと思います。

そして,平成5年に,皇太子殿下との結婚により,私を皇室の一員としてお迎えいただきましてから,これまで二十数年の間,両陛下のおそばでお姿を拝見し,両陛下のなさりようを学ばせていただく機会を得られました幸せを身に沁みて感じますとともに,両陛下に温かくお見守りいただいてきましたことに深く感謝申し上げます。

これから先のことを考えますと,身の引きしまる思いが致しますが,両陛下のお導きをいただきながら,皇太子殿下をお支えしつつ務めを果たしていくことができますよう,努力を重ねて参りたいと思っております。

両陛下には,くれぐれもお体を大切になさり,これからも永くお健やかにお過ごしになりますよう,心よりお祈り申し上げます。

 「思いを致す」というのも皇太子がよく使うフレーズで、やっぱり別にライターがいるんだなあと思います。

 「身のひきしまる思い」も皇太子が使ったフレーズですね。

 皇太子を支える?は?今更遅いわ。

9月には,秋篠宮家の眞子内親王殿下のご婚約が内定し,喜ばしく思っております。私が皇室に入りました時には,東宮仮御所の隣にお住まいの,まだ1歳半余りの活発なかわいらしい女の子でいらっしゃった眞子様が,すっかり立派に成長された姿を感慨深く思います。

日頃から,愛子にも優しく,また,楽しく接していただき,私たちにとっても,いつも楽しい時間をご一緒してきた眞子様には,心からのお幸せをお祈りしております。

 自分によく似たKKと結婚するからお祝い出来るの?成年式のお祝いには出てこなかったくせにね。

 っていうか何で「殿下」をつけるの?皇太子妃が。

愛子は,3月に学習院女子中等科を卒業し,4月より女子高等科生として新たな一歩を踏み出しました。

高校生として,学校の勉強も更に難しくなったように思われますが,今では高校生活にも慣れた様子で,色々なことに励みながら,大勢のお友達と一緒に,楽しく充実した毎日を過ごしているように見受けられます。

また,東宮御所に外国からのお客様がお見えになった折には,お話に加わり,少しずつ世界を広げていっているようにも思います。

先日,16才の誕生日を迎えたところですが,今後とも,感謝と思いやりの気持ちを大切にしながら,様々な経験を積み重ね,更に成長していってほしいと願っております。

両陛下には,日頃より愛子の成長を温かくお見守りいただいておりますことに,重ねまして心より御礼を申し上げます。

 さりげなく娘の自慢ですか。東宮御所の玄関でお迎えしないのはなぜか?そっちを聞きたいですが。

私自身につきましては,この一年も皇太子殿下のお力添えをいただきながら,様々な公務についてできる限りの務めを果たせればと思い,努力して参りました。

都内での行事への出席のほか,7月に秋田県,9月に奈良県,10月に京都府と高知県,11月に宮城県と香川県を訪問することが叶い,その訪れた先々で,多くの方に笑顔で温かく迎えていただいたことは,私にとりまして大きな励みになりました。

そして,周りの方々にも助けていただきながら,できることが少しずつ増えてきましたことを有り難く,また,嬉しく思い,今後とも,快復に向けての努力を続けていきたいと思っております。

国民の皆様から日頃よりお寄せいただいている温かいお気持ちに,改めましてこの機会に厚く御礼を申し上げます。

 風邪一つひかない丈夫な体を持ち、スキーは何時間でも滑れる、静養ではあっちこっち動き回る、外食が好き・・それでまだ病気認定という所が本当に笑えます。

「パーソナリティ障害」と言われたらわかりますけどね。

 東宮職医師団の見解 

皇太子妃殿下におかれましては,これまで東宮職医師団として説明して参りました基本的な考え方を踏まえながら,引き続きご治療を継続していただいております。

 どんな「ご治療」なんでしょうね・・・・

本年も,ご努力と工夫を重ねてご体調を調えられ,7月の秋田県行啓,9月の奈良県行啓,10月の京都府行啓及び高知県行啓,そして11月の宮城県行啓及び香川県行啓と,6度の地方行啓をお務めになられました。

また,春と秋の園遊会や国賓行事といった公的な行事に引き続きお出ましになられたことに加え,8月のナイチンゲール記章授与式には14年ぶりにお一方でご臨席になられるなど,多くの行事に意欲的に取り組まれました。

このように公的なご活動を一つ一つ着実に積み重ねていらっしゃることが,妃殿下のご自信につながり,結果として活動の幅が広がってきていることは,東宮職医師団としても望ましいと考えております。

 病気治療にどうして「自信」を持つ事が必要なんでしょう?

 そもそも皇室に入って何年経っていると思ってるの?いい加減にしてほしい。

 皇后になっても毎回これをやるのかと思うとぞぞっとします。

 園遊会なんて10分でしょ?それで「自信」とか言われても。

妃殿下には,このように着実に快復してこられていて,一歩一歩ご活動の幅を広げられています。また,高校生になられた愛子内親王殿下を母親として温かく見守られ,内親王殿下のご成長を支えていっていらっしゃいます。

 医師団がごますりのような文章を書く事自体異常です。

一方,これまでも説明して参りましたように,妃殿下には,まだご快復の途上にいらっしゃって,ご体調には波がおありです。

行事が続いた場合には,お疲れがお残りになることもあります。

こうした中で,過剰な期待を持たれることは,かえって逆効果となり得ることをご理解いただければと思います。

 いた、過剰もなにも期待してないし、あっさり退場してくれていいと思ってるし。嫌なら出なくていいし。ずーーっと御所にこもっていてくれていいのに。

かなり恩着せがましい事をいう医師団がおかしい。

また,公的なものに加え,私的なご活動の幅を広げていっていただくことも大切だと考えています。

これまで同様,周囲の方々の理解と支援をお受けになりながらご治療を続けていただくことが大切ですので,引き続きご理解,ご支援のほどをよろしくお願い申し上げます。

 54歳にもなって趣味一つ持てない・・・情けないないよね。

 あ、心はまだ29歳か?

ご支援・・・って選挙活動でもしているの?

一生、スキーやってたらどうですか?


皇室ウイークリー

$
0
0

ご日程

両陛下

11月25日・・・両陛下 → 勤労奉仕団に会釈

11月27日・・・両陛下 → ルクセンブルク大公・アレクサンドラ王女歓迎式典

             会見

             宮中晩さん会

11月28日・・・両陛下 → 茨城県訪問

・小学生による合唱及び亀城太鼓

・ルクセンブルク大公・アレクサンドラ王女と会食

・筑波宇宙センター視察

11月29日・・・天皇陛下 → 通常業務

        両陛下 → 第33回国際生物学賞の受賞者及び受賞業績について説明を受ける

       ルクセンブルク大公答礼コンサート

        ルクセンブルク大公お別れ

11月30日・・・天皇陛下 → 赴任大使と会う

       両陛下 → 赴任大使夫妻とお茶

             秋篠宮殿下から挨拶を受ける

             勤労奉仕団に会釈

       皇后陛下 → 日本・アイルランド外交関係樹立60周年ザ・チーフタンズ来日公演鑑賞

 

12月1日・・・天皇陛下 → 総理大臣から内奏を受ける

              通常業務

       両陛下 → 勤労奉仕団に会釈

             愛子内親王から挨拶を受ける

       皇后陛下 → 絲竹會例会

12月2日・・・両陛下 → 特別展示『植物画の黄金時代 -英国キュー王立植物園の精華から」鑑賞

12月4日・・・両陛下 → 第33回国際生物学賞授賞式及び記念茶会出席

             勤労奉仕団に会釈

             マダガスカル大使から説明を受ける

12月5日・・・両陛下 → 崇仁親王御墓所参拝

             文部科学大臣表彰の教育者表彰被表彰者に会う

             厚生労働大臣表彰の障害者自立更生者等並びに文部科学大臣表彰の夏季デフリンピック競技大会入賞者等に会う

             勤労奉仕団に会釈

      天皇陛下 → 通常業務

12月6日・・・両陛下 → マダガスカル大統領夫妻と会見

             陵墓監区事務所長に会う

             日展110年 改組 新 第4回日本美術展覧会鑑賞

12月7日・・・両陛下 → 離任ロシア大使夫妻に会う

              東京駅丸の内駅前広場完成記念式典出席

皇太子同妃両殿下

12月1日・・・両殿下・愛子内親王 → 誕生日の行事

12月5日・・・両殿下 → 平成29年度「障害者週間」関係表彰式出席

12月6日・・・皇太子殿下 → 離任大使に会う

              年海外協力隊及び日系社会青年ボランティアに会う

12月7日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

 

秋篠宮家

12月1日・・・眞子内親王 → 鴨場接待

      秋篠宮殿下 → 大日本水産会「平成29年度水産功績者表彰式」式典及び祝賀記念パーティー出席

12月2日・・・眞子内親王 → 特別展示「植物画の黄金時代-英国キュー王立植物園の精華から」説明

12月4日・・・眞子内親王 → 「第1回みどりの『わ』交流のつどい-都市の緑三賞表彰式-」出席

  東京駅での皇后陛下の服は・・・・一体何歳の服なんだ?と。デザインは可愛いけど、他の人が着たらもっと似合うのに。

 とにかく毎日出歩く両陛下です。

 

 鴨場接待する高円宮妃

 和歌山訪問中の悠仁殿下

 

雑誌などによりますと、両陛下はことごとく安倍総理が決めた事が気に入らないらしいです。

譲位の日付も即位の事も、ぜーーんぶ「総理の勝手にされた」とお怒りらしい。

で、退位しながら豪華なパレードをやりたい・・・でも官邸はひっそりと譲位して欲しい。安倍総理の出鼻をくじく為には訪韓するしかあるまいってな感じですか?

国民は「10連休になるならいいっか」「元号変わっても使わないし」「どうせ反対してもやるんでしょ?」的な投げやりな感じで受け止めていますが、本来はそうであってはいけないんですよね。

確かに一生懸命に官邸や宮内庁にメールしても何も変わらなかったけど、それでもだからといって受け入れていると思われたくない。

だったら譲位も即位も「万歳」言わずにしらーーっとするのが一番ではありませんかねえ。

皇居前広場に行くのは某学会動員の人達と左翼系の人達ばかり。

ああ、今から考えてぞぞっとします。

 

 

まるで津山事件みたいな富岡八幡宮事件

$
0
0

 本当に富岡八幡宮の宮司刺殺事件は怖い事件でしたね。

弟が姉を日本刀で殺してさらに妻を殺し自殺する・・・

色々な事が明るみになるにつれてこの事件の「闇」が見えてくるような?

マスコミ的には

 富岡八幡宮が女性宮司を認めなかった事

 神社本庁を離脱した事

を延々とやりそうな感じがするんですけど、問題はそういう事ではありません。

加害者の茂永という人がどういう人だったかという事です。

彼が事件前に氏子に残した手紙の内容

「私の要求が実行されなかった時は、私は死後に於(お)いてもこの世(富岡八幡宮)に残り、怨霊(おんりょう)となり、要求に異議を唱えた責任役員とその子孫を永遠に祟(たた)り続けます」を見て、そもそも神社の元宮司が怨霊になってでも恨みを晴らすなどという言葉を使うのかと驚きました。

彼の生い立ち

 由緒ある神社の宮司の息子として「ぼんぼん」と呼ばれ甘やかされて育った。

 父の体調の悪化と共に宮司に就任したものの金遣いと女癖で退任に追い込まれる。

 彼の生活は神社が面倒を見る・・とはいっても彼はいつも金銭的に窮していた。

 ここまででかなり追い詰められているんですね。

 普通の人にはこの「追い詰められ感」というのはあまり理解できないかもしれません。宮司を追われる身になったのは自己責任だし、彼がちゃんとしてさえすればよかった話なんですから。

 でも彼はそうは思わなかった。

 こうなったのは全て姉と姉を後押しした全ての人達のせいだ・・・と思ったんです。こういうのを人格障害といいます。

 絡めるのもなんですが、雅子妃のメンタリティとよく似ています。

 彼女の場合、回りが全部自分にひれ伏したから殺人にまで行かなかっただけで、もし両陛下や夫である皇太子が毅然とした態度を取ったらそれこそ「皇族全員殺してやる」となったかもしれません。

 雅子妃や茂永容疑者の心の中は「他罰的」というか、自分がこうなってしまったのは育てた親が兄弟が悪いと全部人のせいにする事です。

元々の性格もあるでしょうが、彼の場合は育てられ方が間違っていたとしか言いようがありません。

 日本刀・・姉殺し、妻を殺して自分も殺す・・というような印象と手紙から思いついたのが「津山事件」の犯人です。

 津山事件 

 昭和13年。津山市で深夜、祖母や近所の人30人を殺す事件が起こる。

 犯人の都井睦夫は日本刀や猟銃や斧で深夜、2時間足らずで殺し回り、自殺。

 この容疑者は両親を肺結核で亡くし、姉と二人で隣り村の祖母に引き取られます。容疑者は祖母から過大評価されて甘やかされて育ちます。

 成績もそこそこよかった彼は中学への夢を抱きますが、経済的な問題があって進学できず、また徴兵検査にも結核疑いで落ちます。

 この村には「夜這い」という風習があって、最初は若くてかっこいい彼に人妻が寄って来てたけど結核疑いと徴兵検査落ちでイメージが急落、やがて村八分のような状態に。

 恨みを募らせた彼は着々と犯行予定を組み、冷静に殺しまくったのです。

 茂永容疑者と都井容疑者の共通点は、多分に回りから「過大評価」されて育った事です。由緒ある神社の後継ぎである事、贅沢が出来る事、それによって回りはちやほやしてくれる。でも宮司を追われた途端にそうでなくなる。

 このギャップに耐えられなかったのではないかと思うんです。

 津山事件に関しては後に「その後」を追ったリポートなどを読みましたが、本来の容疑者はそんなに悪い人ではなかったらしい・・閉鎖的な村によくありがちな「いじめ」も原因だったかもしれません。

  けれど、加害者の「恨み」は相当なもので、傷ついた自分が可哀想で可哀想でしょうがなかったんだろうと思いますし、これ以上生きていてもしょうがない、でも死ぬ前に何とか「恨み」を晴らしたいの一念だったろうと思います。

 今回の茂永容疑者は金銭的に追い詰められていたと思われ、やっぱり「これ以上生きていても」と強烈なマイナスの気持ちになっていったんだろうと。

 なぜ妻も殺したかとか日本刀の入手先はとか色々明らかになっていくでしょうけど頑張って宮司を務めるもなかなか認められず、挙句に殺されたお姉さん、長子さんが気の毒で仕方ありません。

そしてこのような事件によって穢れてしまった神社がこの後、どのようになっていくのか、それも心配です。

 

 

うそっ!小室佳代さん借金トラブル

$
0
0

週刊女性のタイトルは

「秋篠宮家はご存知か! 眞子さまの婚約者・小室圭さん母「400万円」借金トラブル」

 ああ・・・やっぱりなあという感じ。要約すると

 竹田(仮名・・この仮名も何だか)という人が小室佳代さんに400万円以上貸したが未だに未返済

 今から10年前、竹田氏・佳代氏共通の友人を通して二人は知り合い気が合った。

 竹田氏と佳代氏は付き合うようになった。

 二人は一緒に旅行をしたり、竹田氏の親に会ったり、圭氏の進路相談に乗ったりという間柄。

 竹田氏は佳代氏のパート先まで車で送るなど家族同然。2010年9月に二人は婚約。

 婚約内定後、佳代氏は竹田氏にお金の無心をするようになった。

 現在住んでいるマンションのローンは亡くなった夫の保険金で完済。

 生活費は佳代氏の収入のみで裕福ではなかった。

 圭氏がICUに入学するにあたり「お金がない」というので、初年度にかかった入学金と年間授業料を竹田氏が負担する。(貸した・・という表現)

 圭氏が大学3年の時にかかったアメリカ留学の費用200万。アナウンススクールの授業料も竹田氏が負担。小室家の生活費を賄っていた事も。

 東日本大震災後、佳代氏のパート先の営業時間が短縮されてさらに収入が減り、竹田氏に「今月は厳しいから10万貸して」と要求。

それらの金額を総計で400万円。

 竹田氏の通帳には佳代氏への口座に400万以上が送金されていた事を確認。

 圭氏の20歳の誕生日。竹田氏が新橋の高級レストランを予約してお祝い。

でも翌年、再び新橋の高級レストランがいい、でないと意味がない・・と佳代氏が言い出して、竹田氏が予約していた店を勝手にキャンセル。

その時に竹田氏は「財布代わり」にされている事を実感して別れを決意。

 2012年9月。竹田氏により婚約解消。

 竹田「今まで振り込んだお金を返して下さい」

  佳代「月に1万くらいしか返せない」

  数日後、弁護士を通して佳代氏は「お金は贈与されたもので返す必要がない」

 その時、圭氏も「贈与と認識」と言っている。

 竹田氏はその後、自宅のローンを払えず窮地に。

 借用書がないので借りたという事にはならない。ゆえに竹田氏は劣勢。

 つまり、竹田氏の意図としては眞子様が降嫁し、1億の持参金を持ってきたらその中から400万を返せ、それくらいしてくれてもいいじゃないか、なんでそっちばかり幸運に恵まれるんだよ・・・的な話ですね。

 竹田氏の話が本当なら、今も小室家の経済状態は悪い筈。なのに帝国ホテルで結婚式?100%秋篠宮家頼りです。つまり小室氏は竹田氏から秋篠宮家に鞍替えしたように見えるという事で。

 国民は怒るべきです。だってそれは全部税金だよっ

 こんな記事が出ても目が覚めない眞子様だったら心底軽蔑します。皇室をなんだと思っているのか?誰よりも模範的であらねばならないのに、一人の男に貢ぐような人生を送るなんて、そんな事をさせる為に26年間お見守りしてきたわけではない。秋篠宮殿下も同じ気持ちでしょう。

 この竹田氏も佳代氏も圭氏も全部「金」が目的で繋がった関係だったんですよね。それが今度は最高の金づるである眞子様に変わっただけの話。

 小和田家そっくりで嫌気がさします。

 

  

冷静に考えて小室母子はおかしいのか?

$
0
0

 皆さまーー落ち着いてーー 冷静に考えましょうね。

取材に無言の佳代さん・・・・12月7日。

服装が偉く高級になって。身分が変わったような気がします。

こんなの、韓ドラじゃないとみられない風景だなあという。

 竹田氏のお金は「貸与」か「贈与」か

 竹田氏と佳代氏が知り合ったのが約10年前 → 2007年頃(圭16歳)

 竹田氏と佳代氏は婚約 → 2010年9月(圭19歳)

  圭氏のICU入学に伴い入学金と初年度の授業料を振り込む

   入学は2010年4月で3月中には振り込み完了の筈で、この時、竹田氏は「いずれ正式に婚約する女性の子供だから自分の子と同じだ」という認識を持っていたと思われる。

 圭氏の20歳のお祝いを新橋の高級レストランで行う → 2011年10月5日(圭20歳)

  震災後、パートの時間を減らされた佳代氏の援助をしている。

 圭氏、眞子様と付き合いを始める → 2012年6月(圭21歳)

 圭氏の留学費用200万円を振り込む → 2012年1月(圭21歳)

 圭氏21歳の誕生日で気持ちが覚める → 2012年9月頃(圭21歳)

 2013年12月、圭氏、眞子様にプロポーズ 

 小室圭氏の誕生日は10月5日で、早くても誕生日祝いは9月末か10月初め。

 この時の店を巡って佳代氏に愛想尽かしをしたと言われるが、留学費用を払って直後であり、もしかしたら別れを切り出した後に圭氏の誕生日祝いをしたかもしれない。

 最初は「婚約者の子は自分の子」と認識してお金を出していたものの、どうも援助ばかり望まれる・・・と思うようになり2年足らずで婚約を解消し、お金の返却を文書で送る 

 竹田氏の職業は?

 竹田氏は婚約してから2年間、婚姻届けを出そうとせず結婚式もしなかった。

 「息子が20歳になって手が離れたらね」と佳代氏に言われたのか、それとも強引に婚約も持ち込まれたのか謎です。

これが振り込んだ通帳の一部。

そして

 

この画像に書かれている金額は「援助」にしてはヒトケタ多いような気がします。

2011年3月11日に震災が起きて、パート先からの収入が減った佳代氏に対して

4月から12月までで194万円。月平均215000円。

ここに出ている総額4393000円+ICUの入学金と授業料。

・入学金 30万

・授業料 130万程度?

合計 599万円程。

正直、付き合って5年間でこれだけの金額を「婚約者」に渡した竹田氏という人はお人よしすぎるというか、馬鹿というか。

「うちの息子、ICUに入るのよ」って言われたら

「学費高いんだろう?大丈夫なの?払えるの?」くらい聞きそうなもの。

「大丈夫よーーー」といいつつ「どうしよう、お金ないの。今すぐ払わないとうちの子、入学できない!!」って泣かれたら払うかなあ。

でも確かに、これは「愛」を示すお金と言われたら貸与でも贈与でもない。

もなかさんによると、贈与税の非課税率は220万らしいので、ぎりぎり税金がかからない範囲内と言えます。

 

私が気になるのは、竹田氏と佳代氏の仲が危なくなっている頃に圭氏が眞子様と知り合い、そして翌年にプロポーズした事。

結婚を約束した女性がいながらメガバンクをあっさり1年で退職し、パラリーガルになった事。愛する女性の為に「我慢」が出来ない男である事が問題なのです。

 

そして竹田氏の言い分はめちゃくちゃである事もわかりつつ、「お前達だけは幸せにしてらない」という怨念を感じます。このような背景を持つ男性に皇族が嫁ぐ?

いやいや、冗談でしょって感じです。

さあ、数日以内に宮内庁が抗議するか、無視するか。

もし無視したとしたら、ある意味怖い「秋篠宮家」です。

 

 追記 

ものすごく荒らしが多いです。って事はこれはやっぱり真実だったという事ですね。

怖いのは

 宮内庁及び天皇がお金で解決すること

 報道されても無視する事

です。醜聞を恐れた宮内庁が天皇の意(実は皇后)をもって500万くらいのお金を「返済」してしまう。今の皇室なら十分ありえますよね。

また雑誌が後追い記事を出しても一切テレビで報道されず、それをいいことになかったものとする。

佳代氏が今も「パート」であれば年収はせいぜい100万から120万。圭氏と合わせても300万程度。

でもその当時、圭氏はバイトの身ですから実際は非課税世帯だったかもしれません。

国民健康保険料は安いし、市県民税も安い。古いマンションだから固定資産税もそんなでもないかも。確定申告では毎回少ない申告をしていた筈で、なのに実際には「贈与」と称して多額のお金を受け取っていたという事ですね。

この程度で脱税といえるのかどうかわかりませんが、圭氏も男なら頂いた学費等は全て耳を揃えてお返しするのが筋で、その方がすっきりするのでは。

 

 

 

 

 

それでも結婚なさるか眞子様

$
0
0

どうやら雑誌の後追いもないらしく・・・ヤフオク事件と同様うやむやになりそうな気配です。(来週一杯様子を見るしかないですけど)

そんな事より、女性セブンは皇后陛下が「約束の地」へ行きたがっていると報道するようですね。そんなに行きたいなら一人で行って土下座でもなんでもしてきたらよろしいのに。

日本人としてはどうして皇后という立場の人がそこまで韓国に拘るか、本当にわかりませんって。

「日本が悪い」「慰安婦問題」そういう事で頭が凝り固まっているとしたら、っていうかしているんでしょうけど、自分に都合のいい情報しか絶対に受け取らないという風になっているんでしょう。

眞子様も同じなのかと思います。

>ゆきんこさま

納采の儀をホテルで・・・という発想自体、当時の私達にはなかったです。どの皇族妃も自宅で行っていましたので。

確かに川嶋家は官舎に住んでいましたけど、それは質素とか貧しいとかいうのではなく、学習院の教授だからその官舎に住んでいただけではありませんか?

海外へ行くかもしれない事を思えば、ずっと社宅にいた方がという事です。

もなかさま。

私はもなか様のご意見にはちょっと賛成できません。

色々難しい事を書いていらっしゃいますけど、要するに竹田氏が小室母に支払ったお金は違法ではないし、贈与にしても贈与税もかからないしという事ですよね。

それはわかるんですが。

でも一般常識的に考えて、こんな会話があったのではとみなが想像します。

佳代「うちの圭君、ICUに受かったんだけどどうしよう」

竹田「どうしたの」

佳代「入学金と授業料を今すぐ払わないといけないんだけど、手持ちがなくて。悪いけど貸してくれない?」あるいは「立て替えてくれない?」

必ずこういう言い方をしたと思います。

誰も「お金を頂戴」とは言わないですよ。日本人なら。

佳代「ごめんねーーきっと返すから。助かる」

竹田「いや、返せる時でいいから」

多分にこんな会話だったでしょう。その後の40万だのも「どうしよう。パート、替えようかな。でもこの不景気だからなかなか雇ってくれる所ないのよ。圭君の為に水商売だってやる気はあるけどね」

こんなことを言われたら、大抵の男性は「いくら必要なの?」って聞いてしまいます。これって(想像ですが)詐欺っぽいですよね。

私が言いたいことは

 もし「貸してくれない?」「立て替えてくれない?」と言ったらこれは貸与。

 「お金が足りない。払えない。圭君の夢が・・・」だったら贈与。

 常識的に考えて婚約者とはいえ、まだ入籍していない相手に息子の学費をださせるシングルマザーはいないだろうと思われる事。

 仮に好意でその439万をくれたとしても、別れる時点で返却するのが筋。

 竹田氏に圭氏が一言「あなたのお金があったから卒業出来ました。ありがとうございます」とお礼を言えばよかった。

 圭氏と眞子様が結婚しても竹田氏はつきまとうのではないかと思われる。

別れる時はあっさりしていたというし、「この男はこれまでなんだな」と見限った可能性もありますよね。

もなか様にはそれでも小室家は眞子様にふさわしいし、婚約を辞退する必要はないとお思いのなのでしょうか?

皆さん、口調はあくまで上品にお願いします。

 

 

Viewing all 5843 articles
Browse latest View live