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韓国史劇風小説「天皇の母」196(仕返しのフィクション1)

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皇太子は受話器を握りしめていた。汗でぐっしょりとなってもかまわなかった。

とにかく早く電話に出てほしい。その一身だったのだ。

「もしもし」

出たのは遠いオランダの義父。

「あの!もう僕はどうしたらいいかわからなくて」

挨拶もなしにいきなりである。電話の向こうではため息と共に

「とにかく落ち着いてください。殿下」という声が聞こえた。

「落ち着いてはいられません。弟の妃が・・・妊娠したんです」

「ええ。存じておりますよ」

「それでマサコが。マサコが荒れて」

第一報を聞いた時、信じられない思いと怒りで我を忘れてしまった彼は

思わず「嘘だ!」と叫んでしまった。

伝えに来た侍従も内舎人達もその声にひどく驚いて、固まってしまった。

彼らとしては、どんなに聞きにくい話でも、とりあえずは

「おめでとう」というものだと思っていたのだ。

しかし、皇太子の言葉は違った。

怒りを込めての「嘘だ!」だったのだ。

「どうして?どうしてそんな事が。妃はいくつ?」

「さあ・・・よくは」

さすがに女性の年齢をはっきりは言えない。

皇太子は弟の歳を考えてみた。自分より6歳年下。さらに1歳下。

3・・39歳ではないか?

マサコがアイコを産んだ時よりも年上だ。

あの時だって十分に「高齢出産」と言われたのだし。当然のごとく弟一家は

カコで終わりと思っていたのに。

「殿下。お祝いの言葉を」

侍従長が促した。

一報を聞いた皇太子が怒り心頭であったなどという事がよそにばれたら大変な事だ。

しかし、皇太子はいきなり椅子に座り込むと頭を抱え込む。

「どうしよう」

「殿下。アキシノノミヤ家の慶事は皇室にとっての慶事でございますぞ」

「なんで今更・・・うちのアイコはどうなる」

そして、最近、やっと落ち着いてきたマサコはどうなる。

「ちょっと・・・」

自分の部屋から寝間着姿で出てきたマサコは、幽霊でもみたかのような表情で

ゆらゆらと近寄ってきた。

「ま・・・マサコ」

皇太子は何をどう言ったらいいのかわからなくて、ただ蒼白になっている妻の顔を見つめた。

「今、ニュース速報が。キコ妃が妊娠って本当なの」

「・・・・」

「本当なのか聞いてるの!」

マサコはテーブルをばん!と叩いた。びくっとした皇太子は慌てて頷く。

「なんで最初に聞くのが私達じゃなくてマスコミなの!」

「さ・・・さあ」

「仕組んだわね。これは仕組んだのよ。虎視眈々と狙ってたの!」

「マサコ。まだ男子が生まれると決まったわけじゃ」

「そんな事、どうだっていいの!妊娠したって事が許せないの!私があきらめたのに。

泣く泣く二番目をあきらめたのに。なんでアキシノノミヤ家だけいつもこうなの!」

マサコはわっと泣き出した。

自ら「二番目はいらない」と言ったことなどすっかり忘れていた。

たった一人の娘の状態は日々、悪くなる一方のようで、何をどうしても隠しおおせるものではない。

そのうち、国民にばれてしまうかもしれない。

毎日が薄氷を踏む思いなのに。

ほのぼのとした宮家にまた一人、健常児が生まれるというのだろうか。

「お・・・お義父さんに連絡して、何とかするよ」

「何とかって?」

「よくわからないけど。とにかく電話してみる」

皇太子はその場から逃げた。

 

そして今、受話器を握りしめているというわけだった。

正直、ヒサシに電話をしたからって何が変わるわけでもない。

でもヒサシなら、今すぐ総理に働きかけて「女帝容認」の皇室典範を

作ってくれるのではないか。そんな希望があったのだ。

「油断してましたな。殿下」

ヒサシの声はばかに冷静だった。

「まあ、宮妃の年齢を考えれば、今更妊娠など・・・思いもしなかったですがね。

誰がそれを許したんでしょうか」

「それは・・・」

何とも答えようがなかった。

長官の「第3子発言」以来、マスコミはこぞって彼を「悪者」にした。

子供を産むことが「后の条件」である事自体が女性差別だというわけである。

しかし、子供が生まれなければどこの家も続かず、次世代が育たなければ

天皇家といえども絶えるのだ。

そしたら権力も権威もへったくれもない。

だから子供を産んでくれるという事はとてもありがたい事の筈。

しかし、ヒサシの言葉はそんな空気をあからさまに壊すものだった。

「誰が許そうが許すまいが関係ないか。殿下の弟君は策士ですな。

まあ、殿下はお優しくていらっしゃるから、したたかな弟君にしてやられたんですよ。

兄弟の情なんて役にも立たないという事が証明されましたな」」

そうか。

皇太子はそこで納得した。

何という事だろう。あんなに可愛がって来た弟だというのに。

しかし、いつも長幼の序を無視する弟でもあった。

それが「やんちゃ」で済んでいたころとはわけがちがう。

「しかし殿下、まあ慌てず。宮家には型通りのお祝いをおっしゃって。

祝いに東宮御所で食事会などなさっては」

「え?」

予想もしない言葉に思わず受話器を持ち変える。

「弟君のお祝いに料理を出すんですよ。ナツメを使った料理。

ああ、パセリやアロエなどもいいんじゃないですかね。

そうなると中華でしょうか」

「それって・・・・」

よくわからない。アロエをどうやって食べるんだろう。

「アロエは絞ってジュースに出来ますよ。杏仁豆腐には

ナツメを入れればいいですし、サラダにはパセリが合うでしょうし」

電話の向こうの声が笑った。

「殿下。マサコだって一度は流産しているんですよ。高齢妊娠が

そうそううまくいくと思いますか?

流産の危険性も高いし、かりにそうなっても誰も残念に思いません。

やっぱりなと思う程度でしょう。

古来より望まれない妊娠には、色々あったという事は殿下だって

ご存じではありませんか」

ヒサシの言葉はさらに畳かける。

「高齢出産になればダウン症のリスクも高くなりますしね」

「祝いだといって呼べばいいんでしょうか」

言ってから皇太子ははっとした。

これは・・・もしわかってしまったら大変なことになるかもしれない。

いや、しかし、普通の食事が妊婦の体に障るなどとは誰も思わないし。

「兄が弟夫婦を食事に誘うのに何を遠慮することがありましょうか」

「弟は来ないかもしれません。そうなったらどうしましょう」

「あのね、殿下。大事なのは宮妃が産む子供が男か女かではない。

天皇家で最も力があるのは誰かという事ですよ」

天皇家で最も力がある。

「そう。力です。必要なのは。回りに有無をいわさない力がある。

それが重要なんですよ。それが確立すれば、法律の一つや二つ変えられます。

それだけじゃない。庶民が味方をしてくれます」

「僕にそんな力は」

「ありますよ。ご安心ください。殿下こそ日本の頂点に立つべきお方です。

まあ、見ていて下さい。今に国民はそれを思い知ることになりましょうから」

「マサコにはなんと言ったら」

「そうですね。夏にオランダで会おうとでも」

「オランダ?」

オランダって・・・ヒサシがいるオランダへ行けるのか?

しかし、今の所、オランダから招へいがあったとは聞いていない。

外務省の力でそれが出来るのだろうか。

皇太子は少し安堵して受話器を置いたのだった。

 


この世に正義はないのか?

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 色々心に突き刺さる事件の多い事でございます。

嫌だねえ。本当に嫌な世の中だねえ。

「権威」をかさにきてやりたい放題する輩。

嘘を100回言い通して無罪を勝ち取る輩。

何だってこんな世の中になっちまったかねえ。

やっぱりなんだね。

戦争で偉大な人達がみーんな死んじゃったのが原因だね。

ほら、文化大革命でインテリ層が全部殺されちゃって、今や「礼」も「義」も

ない中国とかさ。

過剰なる反日政策で、まともな識者がいなくなった半島と同じ。

なーにが民主主義なんだか。

「非常識」の下剋上か?今までの常識が常識じゃなくて

正反対の価値観が闊歩して、そうじゃないと「差別」と言い切る恐ろしさ。

宮城県の選挙では共産党が大躍進だって?

もう故郷へは帰る事はないかも・・・・とがっくりきちゃう今日この頃。

嘘か本当か・・・詳しくはremmiki様のブログを読んで頂きたいですが

先日、和歌山を訪問した皇太子。

警備がすごかったんですと。飲みかけのボトルは飲み切ってから持ち込む?

いやはや。

さらにネットではうそかほんとか、和歌山県のシェスタチーズケーキ(一本2350円)を10本

大吟醸「イチ」(一本10800円)を5本お買い上げ・・・ではなく、「献上」させたとか。

事実かどうかはわかりませんが、いかにもありそうと思われる事が問題。

何でも鹿児島公務には雅子妃も「体調次第」でついていき、それがうまくいけば

NYへ?

国連のパン君の招待を受けた皇太子は「水の総裁」として行くのですが

時節柄、パン君と関わるのは国益にあわず。

ゆえに、現在、官邸には「NY行き反対」メールが殺到している筈。

皆さまもぜひ

でも実際の所、皇太子から見れば「韓国にだって行きたかったのに行けなかっただんもの。

絶対今回は行く」と並々ならぬ決意というか「ご意向」があるのでは

この国は国益より「ご意向」第一主義だからねーー

  大阪住吉区で20年前に青木めぐみさん11歳が焼死。

 保険金殺人として逮捕されたのが母親の青木恵子(さん)&内縁の夫・朴龍晧(さん)

 逮捕理由が「自白」のみで、2009年から無罪を主張。

 再審決定で出てきた二人。

 朴 「自由の身にしてくださり本当に感無量。20年ぶりなので、

    まるで遠い外国の地に立っているようで、まだ現実感がない。夢のようで景色が輝いて見える」

    「ずっと心がピンと張り詰めていたので、今もそれをひきずっている」

   「少しずつ解放感を実感すると思うが、また次の闘いが待っているので、しっかりと心を整えたい」

 青木 「娘が青空のどこかから私を見て『ママ良かったね』と言っている声が聞こえる。

      ずっと見守ってくれてありがとうと伝えたい」

 

 事件の経緯 

 平成4年11月 → めぐみさんに1500万円の災害保険をかける

 平成7年 → カードローン400万円があったのに4000万のマンションを仮契約

 平成7年3月 → 長男に2000万の保険をかける

 平成7年7月22日 → 朴(さん)がめぐみちゃんを強姦。のち火災発生。

 平成7年8月 → 保険金支払い請求

 平成7年9月 → 朴(さん)自供。

 長男(8歳) → 「母が犯人であると供述

 

 再審決定理由 

 朴(さん)の供述通りにやると発火しなかった。だから自然発火の可能性。

 

 疑問 

 なぜ娘と息子に高額保険をかけたか。

 性的虐待は事実であった・・・・という事に関しては罪がないのか。

 二人を支援している人ってどういう人たち?

 

もし無罪が確定したら、二人は国の庇護を受けて20年分の生活を取り戻すことができます。

多分生活保護費がおりて、働かなくても食べていけるでしょう。

就労支援もばっちりかも。新しい戸籍とかくれるんじゃないの?

そして一度無罪になった以上、この事件に関しては新たな事実がでても罪に問えない。

そもそも、この二人を支援している人達の正体は何なのか。

もしかしたら司法が「脅迫」に負けたのかもしれないし。

在日というのはこんなに怖いんだよ・・・という見本市のような事件で。

っていうか、青木恵子(さん)、じゃあ、娘は自然死だと本気で思ってるのか?

内縁の夫が性的虐待をしていた事は事実なのに、彼を責めようとも思わない?

「たかが11歳のくせに彼を誘惑した憎い娘」とでも思ってた?

普通の日本人なら、内縁の夫が娘を性的虐待してた事がわかった時点で、無罪でも

おとなしく刑に服しますよ。

なぜって、そんな男を娘に近づけたのは自分の責任だからね。

 

今はむしろ、長男の身が心配。

当時、保険金をかけたばかりで下りない事がわかっていたから

殺されなかったといわれているし。

母親に洗脳されて『無罪」を信じるようになったのかもしれないし。

ストックホルム症候群?

「私達の恨をはらしておくれ」といわれて、警察を憎むようになっているかも。

母にだきつかれた長男、心なしか体がひいていたような気がするのですが、本能的なもの?

一緒には住まない方がいい。できるだけ離れて逃げてほしい。

実の母親といえども、娘への性的虐待を放置した罪は大きいし。

こういう女性は、最終的に自分の身の安全しか考えないからね。

 

ああ・・それにしても「自供の信ぴょう性は・・・云々」ってあまりにもおおざっぱすぎる。

司法は負けたのです。完璧に。そして野放しに。

 

 

いってらっしゃいませ 秋篠宮両殿下

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 27日、秋篠宮両殿下はブラジルに向けて出発されました。

 

情報が入り次第レポートさせていただきます。

 

 

秋篠宮両殿下 IN ブラジル1

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おまたせいたしました。

秋篠宮両殿下、無事にブラジルにご到着でございます。

 

この晴れやかな笑顔。日本では到底おめにかかれないもの。

でもどなたかの「はじける笑顔」と違って、日本国民はちょっとほっとするのです。

せめて外国にいるときぐらい、本当の「顔」を見せて頂きたいと。

 28日朝、ブラジルに到着された秋篠宮ご夫妻、聖市内のイビラプエラ公園にある先没者慰霊碑を参拝。

   県連の本橋幹久会長、原島義弘、杉本教雄副会長、フェルナンド・ハダジ聖市長ら関係者70人あまりが出迎えた。
 本橋会長が慰霊碑について解説し、殿下が献花して一礼。

   原島副会長「全伯の日系人を代表してお礼申し上げます」

   本橋会長「初めは恐縮してぎこちない会話だったが、親しみやすい雰囲気を出して頂いた」


 日本館をご訪問。敷地内でイペーを植樹し館内へ。鯉に餌をおやりになり、植物の前では足を止めじっくりと聞き入る。


 

 日本館を解説した相良クリスチーナ泉・運営副委員

  「私の解説よりも先にパウ・ブラジルを見つけ、『あれがパウ・ブラジルですね』とお話になり驚き。

   秋篠宮邸にはパウ・ブラジル製のテーブルがあるとも話されていました」

 バウ・ブラジルという木があるんですね。

   付け焼刃でない知識と経験がさすがです。

 紀子様のスーツは涼やかで素晴らしいですね。帽子も小皿よりずっと素敵。

 鯉にエサをあげる紀子様の美しい事。ちょっとしたショットなのに、ご夫婦仲のよさが

   透けて見えます。いいわいいわーー

秋篠宮両殿下 IN ブラジル2

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追加

鯉のエサやりのお二人。晴れやかーー

 

文協という所?

移民の歴史でしょうか。

熱心にご覧になる両殿下。

国民から大人気の紀子妃。

歓迎式典の両殿下

これこそ「皇族」ですよねーー

いやーー皇太子の「なんちゃってブラジル訪問」と全然違う雰囲気がそこにはあります。

多羅間さんが生きていらしたら、何が何でもお会いしたかったろうなあ。

皇太子ときたら、東久邇家の一族である多羅間さんには「お元気で」しか言わなかったんでしょう?

どこへいっても「交通規制が半端じゃない」

「1時間止められた」「SPが一杯いる。職質かけられた」

こんなツイッターしかない皇太子より、秋篠宮両殿下の方がずーーっと「存在価値」ありです。

秋篠宮両殿下 IN ブラジル 3

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 辺野古のイザコザねえ・・・とうとう強硬手段に出ましたね。

 東宮夫妻にも同じように出てくれるといいのに。

そこで翁長知事。まさか中国に頼ったりしませんよね。

「沖縄をあげるから守って」とかなんとか

 

 皇太子夫妻が鹿児島に行くそうです。でも雅子妃は「体調を整える為」

 午前中の行事には出ないそうです。それでもマスコミは「1年ぶり宿泊を伴う公務」とかいって

 持ち上げて「ぜひNYへ」っていうんだろうなあ

 

 今週発売の女性セブンにはがっかりです。

佳子様、大学祭におでましにならなかったそうです。

何でも例のタンクトップ姿始め、佳子様が注目されることに対して

皇后陛下が「驚きと不安」を持たれ、話し合いをしたとか。

その結果、大学祭自粛、ダンスサークルは入部してもいいけど、舞台には立たないという

約束をしたんだとか

孫、それも美しすぎるプリンセスが注目されることに「驚きと不安」を覚える祖母がいますか?

昭和天皇だって皇太子がマスコミに取り上げられるのは喜んで

「東宮ちゃんは人気者だね」とおっしゃってたのに

一体何なの?

今覚えば、サーヤがなんであんなに地味だったのかわかる気がします。

 

さて。秋篠宮両殿下のお写真です。

紀子様、若返った感じですね。

サンパウロに到着されたお二人。

歓迎ぶりがすごいですよね。

紀子様の帽子がとーっても綺麗です。

 

小学生たちに声をかけて。

 

 慰霊碑に供花

 

市長と握手

 

 

 


今時の女の子に読ませたい昭和の漫画ーあさぎ色の伝説

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今回は和田慎二です。

「あさぎ色の伝説」

 

1976年 花とゆめ LaLa

 

確かに持っているコミックスは白泉社なんですよ。花とゆめコミックスなの。

ウイキによると初出がLaLa創刊号とあり、ああ・・なるほどなと思いつつ。

確かに創刊号買った。表紙は木原敏江じゃなかったっけ?

一角獣のマークが・・・・

だけど、記憶の奥底に「いや、「あさぎ色の伝説の最初は別マだったぞ」という声が。

そうだよね・・・私、ずっと別マの読者で和田慎二自身ずーーっと別マに書いてるし。

彼の作品はマーガレットに載ったものでも後に花とゆめコミックスになってたりするから

油断ならず。

で、考えに考えて思い出した。

「そうだ。確かに別冊マーガレットだった。でも体調不良で途中までしか掲載されず。

その後、随分経ってから花とゆめLaLaで完結したのだ」という事。

 

主人公は沖田総司。でも「そうじ」じゃなくて「そうし」と読みます。

当時は「そうし」と読むのが一般的じゃなかったっけ?

70年代といえば「新選組始末記」による空前の新選組ブーム。

古谷一行の土方さん、草刈正雄の沖田さんが大人気

とはいえ、私自身はそんなに興味が持てず。でも友人につきあって

最終回だけみたような・・・・縁側の猫がにゃあと泣いて死んじゃうシーン。

こういう悲しい結末のストーリーは読めないタイプなので木原敏江の「天まであがれ」も

1度読んで終わりました。

後々、時代劇チャンネルで「燃えよ剣」みて「土方さんは栗塚旭が最高」って思ったけど

やっぱり何度もみたいとは思わず。

さらに後々、大河ドラマ「新選組!」を見て。ここは笑えるシーンだけ何度も見てます。

東北人にとって新選組はかなり特別な存在になると思います。

仙台には元隊士が住んでいたし。

ただ、70年代は「賊軍で悪者」の新選組が「正義」として脚光を浴び始めた頃だったのかなと。

相変わらず薩長賛美の中で、こういう「負け組」が扱われるだけで嬉しかったかも。

 

この「あさぎ色の伝説」は新選組がまだ若くてはつらつとしていたころ、沖田総司が

ほんわかとした青年と天才剣士の二面性を見せる物語で、それを見守る土方さんと

近藤さん達の仲間が楽しい物語です。

「あさぎ色」というのがどういう色なのか学んだのもこの漫画です。

 

この漫画の中の近藤勇や山南敬助などがやたら年寄りに描かれているし、

土方歳三だけ若くてかっこよくて、沖田総司は年下のアイドルっぽい扱いになってます。

それでも夢を見ている彼らの事が大好きになりますね。

個人的には、原田さんが富くじに当たって、そのお金を使って吉原の花魁と沖田さんが

一夜を過ごす・・・という話に驚いた記憶が。

あの頃はまだ子供だったのよーーー

泣かずに読める新選組。ぜひ読んでみてください。

 

 

 

皇太子夫妻 IN 鹿児島

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病気療養中にも関わらず皇太子妃雅子様は鹿児島をご訪問。

羽田で見送りを受ける夫妻。

 

笑顔で手を振る夫妻。

パンツスーツの雅子妃。バッグは海外ブランドもの?

どこにいっても、何をしてお「お手ふり」は忘れません。それしか出来ないのです。

というか、偉大な雅子様に手を振って頂くだけで国民は

「感動しました」って。

その後、水族館へ。小学生達をさっさと帰してご見学。

ジンベイザメに「どうやって獲ったのですか?」

あら、妃殿下の後ろにもたくさんのコバンザメが。


秋篠宮両殿下 IN ブラジル4

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サンタクルス病院で両殿下来訪記念碑序幕。

実はサンタクルス病院は結構経営が悪化してたそうなんですが、

今は大幅なインフラ整備をして盛り返しているとか。

日本の企業も目を向けている・・・・明るい兆しですね。

 

日系人の老人ホーム「憩いの園」へ。

大歓迎!!

「日本からきたの?」

「日本からきました。お元気で」

なんていうか「国母さまがきたーー」って感じですね。

 

毒蛇研究博物館で、蛇を素手で持つ秋篠宮殿下。

こういう所は本当に若い頃から変わらないっていうか・・・・

「毒はどれくらいあるのですか」

「攻撃的ですか」

と英語で質問して、それを紀子様にも教えたとか。

まあ、紀子様はダンゴムシも平気で掴む方ですし。にっこり笑って「そうですか」って

おっしゃいそうですが。内心は・・・「もういいってばーー」とか?

 

 

29日。サンパウロ州庁舎にてアルキミン州知事主催の歓迎式典へ。

着物姿が美しい紀子妃殿下。

着物の柄がよくわかる方、教えてくださいね。

殿下は移民の歴史に触れ、あらためて受け入れてくれたブラジルに感謝を述べられたそうです。

 

 

背景はなんでしょう。独特の色遣いというか・・・・ちょっと怖い。

 

両殿下のいかれる所、笑顔だらけ。

そしてどんなに歓迎されているかわかります。

何でちゃんと報道しないのかな。

 

皇室ウイークリー

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ご日程

両陛下

10月23日・・・両陛下 → 秋篠宮随行員に会う

                 秋篠宮両殿下から挨拶をうける

                 眞子内親王から挨拶をうける

                 勤労奉仕団に会釈

                 新嘗祭献穀者に会う

       天皇陛下 → 通常業務

10月24日ー26日・・・両陛下 → 富山県訪問

 ・ 県勢事情聴取

 ・ イタイイタイ病資料館施設概要聴取・視察

 ・ 第35回全国豊かな海づくり大会絵画・習字優秀作品を見る

 ・ レセプション

 ・ 第35回全国豊かな海づくり大会式典行事

 ・ 放流

 ・ 昼食会

 ・ 提灯行列

 ・ 滑川栽培漁業センター視察

10月27日・・・天皇陛下 → 通常業務

10月28日・・・天皇陛下 → 警察大学校警部任用科第44期学生に会う

          両陛下 → 新旧外務省総合外交政策局長と昼食

                  勤労奉仕団に会釈

                  新嘗祭献穀者に会う

                  国際連合大学創設40周年について説明を受ける

10月29日・・・両殿下 → 勤労奉仕団に会釈

                 新嘗祭献穀者に会釈

                 在京外国大使夫妻と昼餐

         天皇陛下 → 全国警察本部長会議に出席する全国警察本部長等に会う

         皇后陛下 → 第60回CWAJ現代版画展オープニングレセプション出席

 

皇太子同妃両殿下

10月23-24日・・・皇太子殿下 → 和歌山県訪問

 ・ みらい医療推進センター視察

 ・ 和歌山県選手激励会出席

 ・ 第15回全国障害者スポーツ大会開会式出席

 ・ 水泳競技視察

 ・ 昼食会

 ・ バスケットボール競技視察

10月26日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

10月27-28日・・・皇太子殿下 → 京都訪問

 ・ 京都御所・宮内庁京都事務所視察

 ・ 琳派誕生400年記念 特別展覧会 琳派 京(みやこ)を彩る鑑賞

10月28日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

 

秋篠宮家

10月23日・・・両殿下 → 両陛下にあいさつ

         眞子内親王 → 両陛下にあいさつ

10月25日・・・眞子内親王 → 秋季雅楽演奏会鑑賞

10月26日・・・両殿下 → 賢所参拝

        佳子内親王 → (「第37回少年の主張全国大会について説明を受ける

10月29日・・・眞子内親王 → 「東南アジア青年の船」事業(第42回)参加青年代表他に会う

                    宮中午餐に陪席

 皇太子はまたカバンを持って京都へ。いつも同じところを視察。同じものを鑑賞。

  なぜ?国民は知る権利があると思うのですが。

 眞子さまは粛々と公務。でも、この先、目立ちすぎたらまた言われるの?

  あんまりです。

 しつこいけど・・・・「海つくり大会」こそ宮家に下せば・・・

 

 全国障害者スポーツ大会閉会式 

10月26日。

挨拶する高円宮久子妃

 

 日本外国特派員協会70周年記念式典・大夕食会  

10月30日。

挨拶する高円宮久子妃

 

 

歓迎会

ダンスに興じる。

 雅子妃の「あこがれ公務」満載の高円宮妃です。

 

ちなみに

 独りぼっちで伝統芸能を見る皇太子。

 

 

ナス子さまは元気ですよ。ご心配なく。

でももうちょっと待っててね。

 

ガイズ&ドールズ2回目

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 31日。二回目の「ガイズ&ドールス」を見てまいりました。

一階の一番後ろに近い席でした。

 

宝塚は回数を見る楽しみ方もあります。

けれど、何度も見るとどんなにひどい作品でも、どんなに下手な歌でも

ひいき目になってしまう事は確かなようです。

阪急の人は「宝塚というのは一芸に秀でた人だからトップになれるわけではないし

たとえ作品の筋立てがめちゃくちゃでもトップが「立てば」それでファン・コミュニティは満足する」

と考えているようです

確かにそうだろうなあと思います。

過去の名作には、それがたとえ柴田作品であっても、ワンパターンで「またか」みたいな話が

がんがんありますし、でも、それでも「名作」であったのには「あて書き」がきちんとできたからでしょう。

しかし、今、宝塚では「あて書き」はしてないそうです。

するつもりもないみたい。

だから作家が「この人をイメージして書きました」と脚本を出しても、「だから?」って言われて終わりなのね。

コスト削減の為には古い作品を何度も上演する。

どんなに好評でも同じ組で公演延長はなし。

あて書きしない。ストーリー性は重視しない。プロデューサーの一存でスター路線が決まる。

こんな事やってたら、スターはともかく客の質が落ちるだけでしょう。

宝塚とテニプリをいっしょくたにされても文句はいえないし、歌劇団としてはそれでいいんだろうと思います。

必至に芸術性を高めてきた演出家の努力は水の泡

アイドルトップ乱立はどうかなーーと思うんですがね。

それで。

だから1回目の感想というのは重要だなと思いました。

それというのも、2回目になると「きりやんの真似」にみえた礼真琴のアデレイドが

それなりに可愛らしく同情しちゃうキャラになってるというか、なんで娘役にならないの?と。

ステージの後ろにぱっと出てくるところは、イマイチ存在感に欠けるし、回りの女の子に

埋もれそうな部分はあるものの、声を自在に操れるという特技が生かされ、

本当にキュートなアデレイドでした。

アーバイドの天寿光希を重点的に見てたんですが。

いやーーあの人、最初から最後まで「張り付いた笑顔」で乗り切った。

そっかーー彼の中で「サラとスカイの恋」は最初から計算づくの事だったのねと。

あまりに硬い性格のサラを心配し、何とかしなくちゃって思ってたんだろうなあ・・・と思いました。

でもやっぱり天寿に老け役は早すぎる。

ナイスリー・ナイスリーの美城れんは2幕目最初から居眠りポーズで、とうとうスカイに

「寝るなZ!」と言われてたし、ビッグ・ジュールは教団でくまを取り上げられそうになり

「あげないっ!」とひっぱり、スカイを驚かせてしまいました。

ハロウィンだったので、あっちもこっちもハロウィン仕様。乗るわーー

 

それにしても。

実はネイサンみたいな人ってかなりいますよね。

我が家の旦那がそうです。これから「ネイサン」って呼ぼうかしら?

だからアデレイドのセリフや歌がそれはそれは心にしみてねーー

1幕目のほぼラスト。ハバナで遊んで帰ってきたスカイとサラが下手から

銀橋に出て

サラ「ありがとう。送ってくださって。コーヒーは?ドルセ・デ・リーチェは?」

って言った所でマイクがぷつんと途切れてしまいました。

それでもスカイは芝居をやめず、歌も歌いはじめて、その歌声が一番後ろにも聞こえて

しまうという北翔海莉の驚異の発声。

「オベデア・・・」と言ったところで何かサインがあったのでしょうか。

少し遅れて「初めて教えた」でスカイはさりげなくサラの手をとり上手に去り

上手に退場。そして幕が下りました。

「そのままお待ちください」のお姉さんたちの声。

10分経過しても復旧せず「音響機器の復旧の為、今しばらくお待ちください」

で明かりがついたのでその間にトイレに。

結果的に20分遅れで始まったんですが、1幕終わりですからすぐに休憩に。

 

我が家の姫は、こういう事が初めてなので「ドキドキ」したそうです。

そうだよねーーふつう、ありえないから。もし、本当にそういう事があったら

お詫びだけじゃすまされない筈なんですけど、済ましちゃうのが宝塚。

私は実は2度目の遭遇。

忘れもしない、星組「ガラスの風景」のオープニングで香寿たつきが出てきた所で

セットが動かなくなり中断。

このまま終わっちゃうのかと思ったけど、結果的に最初からやってくれてほっとしました。

その後も音響機器の故障で一度完全に休演した事もあったはず。

新しい劇場になってから3度目ってことですか?

全部星組っていうのは偶然なんでしょうかね。

 

2幕目はジェンヌさん達のテンションが高かったような気がします。

貴重な経験でしたーー

 

 

皇太子夫妻 IN 鹿児島2

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あまり関心がなかったので、皇太子夫妻の鹿児島訪問はスルーしようと

思っていたんですが、色々鹿児島での「愚行」が明らかになるにつれ

そうも言っていられないなあと。

たった一泊二日なのにどうしてこうも騒動を起こさないとすまないのか。

スマートに訪問してスマートに帰ればいいものを。

 

まず、とにかく「渋滞」が多すぎるんだそうです

何でそこまで?という程。

高校生にまで警備をさせたとか?セキュリティがかなり厳重だったとか?

皇太子夫妻が来なかったら和やかな雰囲気のまま終わったはずなのに。

 まず水族館。

ここは閉館時間を13時にして、遠足だか社会見学だかの小学生を

追い出してしまった 閉館が決まったのが当日だったそうで

かなり遅い段階で「水族館行き」が決まったのか、それとも「一般人と一緒でも」と

思っていたのに東宮側が「どうしても追い出せ」と言ったのか。

 

 それからこれ「はんや」という

伝統芸能鑑賞。

これは皇太子単独の鑑賞だったのですが、なんと一般人を全部締め出しての鑑賞。

つまりお客は皇太子関係者しかいなかったって話。

何でそこまでする?

 

さらに本番。

国文祭の式典は14時30分開始だったのですが、15時にゆうゆうとご登場。

要するに「遅刻」したという事ですよね。

式典での雅子妃が眠そうな顔をしていたとか。確かに眠そう。

気のない顔っていうか。

相手が高校生だと元気になるらしい。

でもタメ口でお話しだったとか・・・・・・「・・・だねーー」ってとても妃殿下のセリフとは思えず。

 

さらにこの薩摩焼体験コーナー視察では、これが開催初日だったのに

15時でお客を全員帰してしまい、仕込みの小学生?が集められたというわけ。

確か仙台や郡山でも同じようなことをやってますね。

 

帰りもまた渋滞の嵐で大迷惑。

正直、なんでそこまで「仕込み」とか「遅刻」とか締め出しとかやるんだろう?

「あらかじめ予定された人とでないと会話が出来ない皇太子夫妻」

「完全に国民を恐れている皇太子夫妻」ってことですか?

もうね。国体とか来なくていい。障害者スポーツ大会も国文祭も来なくていい。

っていうか呼ばなくていいではありませんか?

もう歳なんだし、そこは眞子さまと佳子様にお任せして。

そしたら盛り上がるから。

やりたい放題で「来てやってる」態度の皇族なんていらないでしょう。

 

 

 

 

おまけに11月1日。

雅子妃は学習院祭に午前中からおでまし。

いつまでも「高校生」でいたいという願望があるんじゃなかろうか?

秋篠宮両殿下 IN ブラジル5

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お待たせしましたーー

時系列無視で参ります。

 

ロンドリーナ市長?

 

とにかく回りに人が一杯。連日報道されているようです。

 

 

外交樹立120周年記念プレート除幕式へ。

紀子様の緑のスーツが鮮やかですね。

もっと華やかでもいいんだけどなあ。

なんていうか。日本ではなかなかこういう風景は見る事が出来ず。

本当は日本国民は全員秋篠宮両殿下を大好きなんですよ。

みんなでこんな風にお迎えして、わーーっと盛り上がりたい。

でも出来ない・・・・・・ちょこっとても目立とうなら女帝陛下からおしかりが。

「順番が」と言い続けるひどい義姉もいるし。

 でもラブラブ。

 

トミ・ナカガワ公園でしょうか?立派な日本家屋ですよね。

 

一般人が撮影した映像をどうぞ。


秋篠宮両殿下 IN ブラジル6

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パラナ州知事と懇談

とてもゴージャスな白のスーツ。デザインが少し変わってる。

 

120周年記念式典。

紀子様はすっかりブラジルを魅了した感じ。

 

そしてお二人はマリンガに移動。

今度はベージュにシックな茶色のラインが入ったスーツ。妃殿下の指輪が二つ。

マリンガの奥様のスカートは見せる下着でOK?

 

ちなみに皇太子殿下ブラジル訪問の映像はこちら。かなり観光客気分


 

そして秋篠宮両殿下の場合。


 

 

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皇室のお宝

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 皆さまのワンクリックが日本を救う 

http://quasi-stellar.appspot.com/kanteiForm.html

 

女性週刊誌読みましたよ。

皇太子家が悠仁親王と眞子さま達を呼ぶという計画があるらしい。

それは「オランダ訪問の時に愛子内親王がお世話になったので

そのお礼」だそうで、単なる憶測記事です。

そんな事より気になったのは、愛子内親王のボーリング。

品川プリンスホテルの2階を貸し切ってお友達と、あるいは一人で楽しんでいるとか。

警備の都合上仕方ないとか言ってるけど、それって単なるブルジョワだよね?

いつから東宮家はそんなにお金持ちになったのか。

それに最近の愛子内親王の急成長の原因がジャニーズにはまった事で

皇后陛下もお喜びって・・・・佳子様には「目立つな。学園祭も出るな」なのに?

ジャニオタでいいわけ?

ヤフーオークション事件が時効を迎え、結果的に国民には何も知らされないまま

終わってしまったような気がします。

容疑者(って東宮?)が外国にいる間はその分差し引かれるとはいえ

マスコミは沈黙しているし、新年祝賀の儀や晩餐会における宝飾品のあれやこれやは

今までと変わらず。

戦前の皇室の方がずっとオープンでした。

宮内省がきちんと機能していたので(それでもいう事を聞かない皇族は多かったけど)

少なくとも認識としてはまっとうな皇室だったと思います。

しかし、今はどうでしょうか?

内廷皇族(天皇・皇后・皇太子一家)がどのように予算を使っているか

国民は知る事が出来ません

今まで、さして問題にならなかったのは、「信頼」というか「あの方たちに限って変な事はすまい」

と国民が思っていたからです。

 皇后のティアラとネックレスはどこに?なんで皇后はティアラをしないの?

 皇太子妃のティアラはどこへ?

 皇太子の壺切りの剣が紛失したとか?それて本当?

そんな疑問がふつふつと。

現実に皇后はティアラをつけず、ネックレスは一連。皇太子妃は第二ティアラしかせず

それも偽物っぽく見える。

皇室の宝飾品がどこに保管されているのか、国民は知りません。

総理大臣も知らないだろうし関心もないんじゃ?

イギリスみたいに「ロンドン塔に飾ってあります」と言えない現実。

世界のティアラ展が何度か開かれているにも関わらず、日本からの出品はなし。

写真のみだったりします

そもそも、ティアラは王族のもので天皇家だけが「特別で見せるわけにはいかない」と

いうものではない筈。

「私物」扱いの紀宮ティアラですら出てこないのが現実ですね。

「まーたふぶきは同じことを何度もしつこい!」と言われそうですが、もうちょっと

お付き合い下さいませ。

ここで言いたいのは

 終戦当時の宝飾品の数と、現在使われてる(国民の目に触れた事があるもの)と

比較する。

 降嫁した内親王の宝飾品はどこにあるのか。

 誰が受け継ぐ権利を有するのか。

という事です。

私達は単純に「第一ティアラがない。ネックレスが1連だ」といいますが、そもそもいくつあったの?

それがどう形を変えたかという事を知らないとどうにもならない。

(とはいえ、宮内庁職員でもないし文化庁の人間でもない素人には調べると言っても

限界があり、むなしい努力に他ならないんですけどね)

でもその上で、なぜ国民の皆さまがこんなに疑問に思っているのかわかる筈。

また、「秩父宮妃のティアラは紀子様が受け継ぐはず」と思っている人も多いですが

本当にそうなのかどうか。

もしかしたら日本には日本独特のしきたりがあるかもしれないし。

(皇后が格下宮妃のティアラを使う権利を有する)

皆さまの想像力をかきたてる事が出来ればいいし、宝飾品に関わる方が

真実を掴みたいと思って頂けたら猶更です。

  基本的な事

まーたしつこいですけど。

そもそも日本の皇室においては「髪飾り文化」は発展しませんでした。

日本における「かんざし」のルーツは神事に神を束ねる物から来ています。

またネックレスもひすいの勾玉・・・これも神事で使うものから来ています。

だけど、日本はきらびやかな宝石をやりとりするという文化がなく、金か石を使うのが

普通だったようですね。

奈良時代・・・中国の文化を大々的に取り入れた皇室は、天皇の諡号を漢風に改め

当然、冠も使用。当時の天皇の冠は中国風ですよね。

しかし、平安時代になるとそれらは一斉に姿を消して明治に至ります。

庶民文化では、かんざし文化は主に大奥や吉原で大発展を遂げましたけど

素材はあくまでべっ甲や真鍮、たまにさんごなど。ちりめんや紙なども使われたようですね。

中国や朝鮮における「冠」「ネックレス」「腕輪」「耳飾り」は権力の象徴であり

女性の地位を示すものでした。

 民族によってデザインが違う

 格によってつける宝飾品の数や素材に大きな違いがある

 女性のかつらや髪飾りはどんどん大きくなっていく

こんな風に発展を遂げた背景には、常に「戦争」により民族が滅びるかもしれない

命の危険性をはらんでいる生活の中で、すぐにお金になるものを身に着けておく風習から

始まっているものと思います。

言葉が通じない、文化が違う異民族に通用する賄賂は「宝飾品」しかなかったという事。

 

しかし、異民族から侵略を受けた経験がない日本において、特に皇室は万系一世という

ゆるぎない地位を保っていましたので、日本にいる限り、後継がいる限り滅びる心配は

ありませんでした。

それは徳川も同じでしょう。

さらに派手を嫌う仏教文化とわびさび文化の影響で、日本において華美な装飾は

かえって「下品」とみなされ、上位になればなるほどシンプルであったともいえます。

天皇の后は一人でも側室は多々おり、それぞれ地位に違いはあっても

それをパッと見わかる必要はありません。

清涼殿に一番近い部屋を与えられた女性が「皇后」であり、遠くなればなるほど

地位が下がる・・・というだけ。

女性は御簾の中にいるだけですから、顔を広く知られなくてもいいわけです。

お上だけが知っていれば。

さらに、江戸時代までの皇室は大変貧しかったので、華美にしたくでも出来なかった

というのが本音かもしれませんね。

 

その代わり、衣装の生地や意匠に大きな意味を持たせたのです。

十二単の袴の色、袿の模様、配色にまで格付けがあり、それはそれは厳しく

きっちりと伝統が守られてきたわけです。

それは江戸時代における着物文化も同様ですよね。

季節によって、年齢によって、行事によって、立場によって生地や色や模様が

こと細かく指定されていく。

本当に着物や十二単は奥が深い。

悠仁殿下の着袴の儀の衣装も、内親王方の御地赤も、生地から模様から色使いまで

全てにおいて「意味」があり、それを破る事は出来なかったのです。

 

皇室のこれらの装束は全て国家財産です。無論、ティアラやネックレスもそう。

「君臨すれども統治せず」理想的な「開かれた王室」であるとされている

イギリスではロンドン塔に保管され、見る事が出来る。

が、日本では公開される写真でのみ知るしかない。

生まれた時に作られた羽二重やボンボニエール、着袴の儀の装束に扇

御地赤、成年式の衣冠束帯、ローブ・デコルテ、ティアラ、ネックレス、指輪等々

歴代の即位の大礼の装束の数々、大葬の礼のローブ・モンタント等々

本来は、全て公開されるべきものであると考えます。

無論、嫁入り道具の数々も全てをつまびらかにする。

それが「開かれた皇室」の意義なのではないかと思います。

私達、皇室に関心があるものからすれば、眞子内親王のドレスがどれほど高級だったか

ティアラのデザインがどんなに個性的であったか、日本文化の技術の結晶が

そこにあると思いますけど、一般国民は知るチャンスすらありません。

皇室が「伝統文化」の継承者であるなら、その成果をきちんと国民に見せるべきです。

その為の宮内庁であり文化庁ではありませんか?

そんなわけで日本の皇室においては、髪飾り文化はあまり発展せず

明治に入りました。

突如、鹿鳴館が出来て「洋装」しなさいと言われ、もっとも戸惑ったのは

皇后以下女性達ではなかったでしょうか。

袿とローブでは下着からして違うんですもの。

昭憲皇太后はけなげにも袿にハイヒール、パラソルさして華族女学校の

門をくぐったけど、こけそうになった・・・なんてエピソードがあるほど。

ティアラに指輪にネックレスにブレスレット、扇にハンドバッグ。

一体これは何の為に身に着けるの?って思ったんじゃないかと・・・・・

 

まあ、それはいいとして。

ドレスは海外からカタログを取り寄せて製作。

代表的なものがマント・ド・クール。

マント・ド・クールは「大礼服」と言われていますが、袖が短く後ろのマントが長い

ナポレオンの戴冠式の服が大元になったもの。

女性の地位が高いほどマントも長いというもの。

二枚の写真、とてつもなく「和」ですよね。織り込んであるのは菊だったりしますし。

とはいえ、見事な和洋折衷だなと。

でも、どんなドレスを参考にしたのかしら?

ドイツ王室とかイギリス王室のデザインを参考にしたのではと思いますが。

 

これはヴィクトリア女王のドレス。イメージ的にはこんな感じ。

ほぼ同世代のドレスといえば

 ヴィクトリア女王の結婚式ドレス。

マント・ド・クールをやめて純白ドレスを広めた元祖。

ヘッセン大公女エリザヴェータ。

ジクマリンゲン侯爵令嬢マリア。

胸が大きく開いていて後ろのマントが長く、袖が短い。

明治の洋装令では、新年祝賀の儀にはマント・ド・クール着用となっているようです。

晩餐会にはローブ・デコルテ。そのほかにはローブ・モンタント。

 昭憲皇太后とほぼ同世代かちょい下の伏見宮妃利子

お花を一杯ドレスにつけた超豪華。

こちらは有栖川威仁親王妃慰子

 

慣れない洋装を一生懸命追いかけた時代がありました。

当時はプロトコルは西洋にのっとっていましたね。

その後、日本ではドレス着用に関して独自のしきたりが出来ていく。

 

現在。イギリスのエリザベス女王在位60年の正式写真

年齢に似合った形のドレス。でもご本人的には地味?

王冠は即位当時のもの。ここで「ああ、ちゃんとあるんだな」と認識できます。

 

日本。

皇后のドレスは独特の色とデザイン。

肩を怒らせたケープ。両腕を覆う手袋。

各妃や内親王方もそれに続きます。

皇后のみティアラなし。これが認められるのはたぶん日本だけでしょうね。

意匠をこらしたドレスではなく、まるで「制服」のようなローブ・デコルテ。

 

 随分違うなあ・・・・・と。

 

 

 

 

 

 


秋篠宮両殿下 IN ブラジル 7

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お待たせしましたーブラジルでの秋篠宮両殿下です。

 

ここからさらにベレンという所に移動されて。

市庁舎で歓迎。

ここは・・・博物館かどこか?

雨が降ってきました。

慰霊碑?に供花

それから歓迎会。

こういう時こそ、本当に華やかな服装をして頂きたい。紀子様ーー

万歳三唱されてる!!これでないと!ブラジル万歳!

 

皇室のお宝2

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では、皇室には一体どれくらいの宝飾品があったのでしょうか?

小田部雄次著「天皇と宮家」によると

 王冠・・・4

宝冠。つまりティアラは明治時代、外注して作られていたようです。

日本ではそれを「調整」という、いわゆる「つくりかえ」をして現在に至っています。

国産第一号のティアラは貞明皇后の・・・と言われています。

4つのうち

1つ目 着脱式の星ティアラ。即位の大礼に使います。

       ↓

 →  →

 → 雅子皇后へ・・・つけるか否かは知りませんが。

2つ目

 

貞明皇后の胸元にある飾り。国産第一号。ミキモト製作(1915年)

          ↓

 ティアラに変化 → 

現在、行方不明疑惑がささやかれているもの。美智子皇后第一ティアラの筈なんですが。

 

3つ目

 →  ご成婚時に作り替え?

→  現在、行方不明疑惑。

4つめは一度も見た事がないので、終戦時にどうにかなってしまったかもしれません。

 ネックレス・・・7

一つ目は上記の3連ネックレス。即位の大礼に使います。平成になってからは1連に。

2つ目は一連。3つ目は3つ目ティアラについているもの。としてあと4つある筈。

 

ネックレスとブローチかしら。

 

 腕輪・・・7

うち、一つは昭憲皇太后 → 貞明皇后 → 香淳皇后に譲られたもの。

香淳皇后のブレスレットが2つ。贈られたものかどうかはわかりません。

 ブレスレットが2.

貞明皇后のブレスレットが2.右手のブレスレットはもしかしたら香淳皇后がして

いらっしゃるものと同じかも。

いずれにしても最低5つくらいは確認できず筈。あと2つはどこに?

 ヘアピン・・・7

 櫛・・・1

 髪飾り・・・1

 ブローチ・・・16

 指輪・・・10

うち、一つは香淳皇后 → 美智子妃 → 雅子妃に譲られたルビー(行方不明疑惑)

もう一つは上記にしてらっしゃる指輪2つ。

最低3つ。貞明皇后や香淳皇后はあまり指輪をしなかったようで・・・・残りはどうしたんでしょう。

 ペンダント・・・4

 ハンドバッグ・・・1

総額300万円

昭和天皇と香淳皇后はこれらの宝飾品や財産をスイスに移して

いずれ国の為に使いたいと思っていたようです。

特に香淳皇后は宝飾品を売りさばき、米に替えることをお考えだったのですが

側近に「今は誰も買い手がない」と言われてあきらめたとか。

 

 秩父・高松・三笠3直宮宝飾品総額800万以上

 秩父宮の資産→180万

  三笠宮の資産→70万円

 高松宮家のみ・・570万円

そのうちの280万円は宝石

王冠・・・3

ネックレス・・・13

髪飾り・・・3

ブローチ・・・17

腕輪・・・4

指輪・・・9

ここで確認できるのがティアラ・ネックレス・ブレスレット・指輪・ブローチ。

高松宮妃のティアラは1930年、御木本製。完全新調ではなく伏見宮家あるいは有栖川宮家の

ティアラを調整したのかもしれないとか。

 2つめ。

3つ目は不明。でもGHQの資料にあるという事は、少なくとも1945年まで

存在したんでしょう。

高松宮妃が亡くなられたとき、ティアラは二つ。

「雅子妃と秋篠宮妃に使ってほしい」という遺言を残されましたが、今もって

使用された事はありません。

オペラバッグ3のうち1?

 ネックれる2にブローチ。

オペラバッグ・・・3

時計・・・1

鎖・・・2

ヘアピン・・・2

帽子ピン・・・1

冊子クリップ・・・17

クリップ・・・1

ペンダント・・・4

それらすべてにダイヤモンドやエメラルドなどの宝石が散りばめられていた。

 

11宮家+李王家は臣籍降下により、財産税がかかり、多くの宝飾品を手放すはめになりました。

国から降りた一時金は

当主・・・210万円

他の王・・・144万9000万円

親王妃・内親王・・・150万円

王妃・・・105万円

女王・・・74万9000円

という配分で

家族が多ければ多いほど配分が多くなり、しかし軍人がいた家庭には

一円も支払われないという事で

1位・・・久邇宮 → 944万

2位・・・賀陽宮 → 829万5000円。

最下位・・・山階宮家 → 0円(当主しかおらずしかも軍人だったので)

とはいえ、ティアラやネックレスなどに使われた宝石の数々は

宮内庁に保存され、のちに美智子妃や華子妃のティアラに姿を変えていきます。

多分、紀宮までのティアラはそうやって調整されたものでしょう。

一見新調に見えるものでも、ダイヤの一つ一つが歴史を持っていたりします。

 

眞子内親王・佳子内親王のティアラは完全に新調されたようですが

もしかするとどこかに古くて由緒あるものが使われているかもしれません。

 

明治の黎明期。

日本が初めて「洋装」を体験したあの日から、大切に大切に保存されてきた

数々の宝飾品。

それが失われるなどという事は国民は考えられないに違いありません。

しかし、現実問題としていくつかティアラが行方不明になっているようですし

雅子妃の第二ティアラは模造品ではないかと言われています。

あの戦争を潜り抜けて守り抜かれた宝飾品のかけらたちが

21世紀になって、未練もなく売り払われたとしたらどうでしょうか。

何の為に大事に使いまわされてきたのかわかりません。

だからこそっ

国民として皇室の宝飾品を公開してもらう権利がある筈です。

偽物か本物か・・・無論、真実は隠されるとは思うんですが

それでも、あれだけの歴史あるものに対して知らん顔というのはあんまりだと思います。

 

イギリスでは、王族の誰にティアラを使わせるかという決定権を持つのはエリザベス女王

のようです。

ダイアナ妃の場合は実家のティアラと女王が選んだティアラ。

カミラ夫人とキャサリン妃は民間人ですから女王が選んだティアラしかつけませんね。

日本でも、皇族にゆかりのある家に生まれた女性が入内するときは、そのティアラや

ネックレスを貸したり借りたり。

各宮妃が複数ティアラを持っているのはそういうわけです。

美智子妃は民間出身ですが皇太子妃なので、2つのティアラを作りました。

それがそのまま雅子妃に与えられました。

高円宮妃も民間人なんですが三笠宮家のティアラを使いたい放題ですよね。

紀子様は秩父宮妃からも高松宮妃からもティアラを受け継ぐことが出来ませんでした。

遺言があっても使用できないという事は、それなりの理由があるんでしょうね。

 

ティアラ製作時の信条はイギリスも日本も変わりなく「国家財産」としての扱いで

今に至っているのですが、2つの国は大きく分かれました。

即位当時と全く変わらないティアラとネックレス。

 

  →  → 

この3つはジョージ5世妃が古いティアラを復刻したもの。

キャサリン妃のティアラはジョージ6世がエリザベス女王に贈り、歴代の

プリンセスが使用してきたもの。

 

一方で

 

 → 

偽物に変化。

               ↓

 

 ティアラなし

 

どうか

このお二人の宝飾品が末永く日本の歴史の中で守られますように。

 

秋篠宮両殿下 IN ブラジル 8

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忙しい両殿下です。

ベレン市に到着。珍しくサーモンピンクのスーツ。

 

 

州知事との会談?

紀子様のお召し物がまた・・・日本では見られないもの。

紀子様はストール着用。上品ですね。

 

夕食会でのご挨拶。

握手。和やかな雰囲気ですよね。

加藤治子さん死去

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 加藤治子さん 死去 

 女優の加藤治子さんが亡くなった。92歳

 

こんな日がいつか来るとはわかっていましたけど。悲しいです。

ある程度の年齢以上の方にとって加藤治子さんは「お母さん」であり

おばあちゃまでした。

っていうか、私にとっては「母上様」という印象で。

「寺内貫太郎一家」が有名かもしれませんが、やっぱり

「大岡越前」のお母さまがぴったりで。

着物が似合って、おっとりして上品で温かい女優さんでした。

平成の今、それが似合う方というのはなかなかいなくて。

92歳といえば大往生ではありますが・・・・やっぱり悲しいです。

ご冥福をお祈りします。

 

 

 

 

秋篠宮両殿下 IN ブラジル 9

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 https://quasi-stellar.appspot.com/kanteiForm.html 

さあ、いよいよアマゾン川です。

いやはや・・・・若いお二人。

秋篠宮殿下のかっこいい事。そして紀子様の可愛らしいこと。紀子様、生足?

同じカメラを向けるでも、なんでこう皇太子と違うんだろう。

あっちは完全に「お遊び」にしか見えないしね。

きっとすっごく暑いんでしょうね。

紀子様ーーそんなに隠れなくても。

もっと前に出てきてくださいませ。ここは日本じゃありませんから。

 

やっとツーショット。

紀子様は帽子がお似合いですね。やっぱり大きな帽子っていいなと思います。

お二人ともとても24歳のお姫様がいるとは思えない。

かくありたいものですね。

 

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