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Channel: ふぶきの部屋
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雅子妃 48歳 感想文 1

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 朝一番から怒りまくりの私に家族が絶句。

日テレは浅田真央の帰国ニュースの方が雅子妃よりも大きくて(当たり前か)

詳細に感想を伝えなくて誤解が生じるのではないかと・・・

テレ朝は「雅子様の18年」と題して、まるで離婚準備か?近重は擁護一色。最近は

この人の顔を見ると不愉快でしょうがない

神田秀一氏も擁護しつつ、医師団の文章を「侍従が書いたようなもので不満」とはっきり

おっしゃってくれたのがよかったです

雑誌が色々書く中、テレビだけは及び腰。そのくせなぜ皇太子妃の誕生日に

秋篠宮の「私、もしくは皇太子の意見を・・」なんて映像を流すのか

小和田さん家はまだお金があるのねーーそういう意味の「献金」があるのかも。

お誕生日文書及び医師団の見解は昨日だかに帰国している小和田夫妻の「添削」

が入っているのかしら?

 雅子妃 48歳に (感想文全文) 

「今年1年、日本の国内外でさまざまなことがありましたが、3月11日に発生した

東日本大震災は、言葉では言い尽くすことができないほど衝撃的な出来事でした。

あの日、東京でも強い揺れを感じましたが、その後の報道を見るにつけ、

とりわけ東北3県の被害の大きさ、失われた多くの生命(いのち)や、

そうした尊い家族などをなくされた方々の今なお続くであろう深い悲しみを思い、

とても心が痛みます。

 震災後、あまりの被害の大きさに、私自身とても辛(つら)い気持ちでおりましたが、

被災され、厳しい状況に置かれた方々のために

何ができるのかを考えながら、

専門家の方々のお話を伺うとともに、4月に都内、5月に埼玉県に避難された方々の

お見舞いに伺い、その後、宮城、福島、岩手の東北3県の被災地を訪れ、

被災された方々をお見舞い致しました。

 被災者の方々に直接お会いし、それぞれの方のさまざまな思いを伺う中で、

この方々のお役に少しでも立てたらと思ったことや、

厳しい状況にある被災地の方々から、逆に私の体調のことをお気遣いいただき、

ありがたく感じたことなどが昨日のことのように思い出されます。

今でも、お会いした方々一人一人のお顔や伺ったお話がよく思い出され、

被災地で苦労しておられる大勢の皆さんのことを思わない日はありません。

被災地はこれから厳しい冬を迎えることと思います。

これからも、被災地の方々の思いを深く心にとどめ、一人一人の方の

今後の幸せを祈り続けながら、復興への道のりを末長く見守っていきたいと

思います。

 

  今回の文書は前半と後半に別れています。どちらも展開が同じなのですが

  どうみても気持ちは「後半」のみに偏っているようで、この前半部分は『思い出」

  としてしか語られていません

   3月11日の東日本大震災は一番の「思い出」です。

   テレビをみていたら被災者と同じ気持ちになりました。

   お見舞いに行って体調を心配してもらった事が印象に残りました。

  紀子妃は被災地への重いとして「頑張るゾウをプレゼントされた」子とをあげていま

  したが、雅子妃は自分の体調を気遣われた事が一番なんですね

  無論、おばあちゃんに「二人のお母様を大事に」と説教された事は「恨み」の

  思い出になっているんだと思いますが。

 

 「何が出来るのかを考えながら」という言葉にひっかかるんですね。

  考えたら行動なんです。

  秋篠宮家の場合、それがボランティア活動だったり、自分が冠を務めている

  団体から何度も詳しい話を聞き、被災地へ赴き・・・という一連の行動。

  皇太子夫妻の場合、ほとんど説明をうけないまま被災地に行ってますし、

  日帰りで限られた人としか話をせず、滞在時間わずか1時間にも満たない

  様子で、これを「何が出来るのかを考えながら」と自慢されても、結局何も

  しなかったじゃない?と言いたくなります。

  震災後、いち早く行動を起こされた両陛下に対して、なかなか被災地に行かない

  東宮家に他の宮家が行動をおこせず、結果的に通り越してという事になりました。

  また「愛子様の学校がある平日は被災地にいけない」という事も言われました。

  彼女にとって「一番は何か」という事はおのずとわかっていますが、皇族として

  それはどうなのか・・・とは考えないんだなあって。

 

 「昨日のことのように思い出されます」これは「よい思い出」の場合、よく使う

  フレーズで、彼女の場合、震災で苦しんでいる人たちを慰めた自分ではなく

  「心配してもらった」事がとても「いい思い出」になっているんですね

  何の為に被災地に行ったのでしょうか?

  こんな風にさも「思い出」を語られてしまうと、もう二度と行きません宣言なのか

  「震災はもう終わったこと」なのかといぶかってしまいます。

 

 末永く見守るというフレーズも非常に無責任に思えてしまうのはなぜか。

  頭で考えているからそれでいい・・というわけではないんじゃないかと。

  「被災地ではみんな頑張っているから私も頑張ろう」とか「仕事に復帰しよう」とか

  そういう前向きさが一切なくて(だから心の病気だといわれればそれでおしまい)

  自分が受けた印象のみを言葉にしているあたりが、公人としてあるべき姿なのか

  と感じるのです。

  そもそも「末永く」は「続く」にかかるよね。それだけ復興が長くかかるといいたい?

  「一日も早く復興するように祈る」ならわかるけど。

 今、気づきました。皇太子も皇后陛下も「長く心を寄せ」という表現を使っています。

 雅子妃としては「末永く」と「長く心を寄せ」は同じ言葉と思ってパクったつもりでしょう。

  意味が違うのに。


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