1月1日。
真夜中より「四方拝」の儀が行われ、天皇は粛々と儀式に臨んだ。
皇后は宮殿にてそれを見守り、ノリノミヤも一緒に待つ。
「火が消えた」
かがり火が一瞬にして消えた・・・・という椿事が起きた。
ただの「風」によるものと考えられたが、神官達はなにやら後味の悪いものを感じていた。
皇太子を始め、皇族、旧皇族、政府関係者らが祝賀に訪れる。
1月2日。
新年の「天皇ご一家」映像が公開される。
スキー場でその映像を見ていたマサコは「来年はあの中に自分が」と一瞬
考えてみたが、すぐにそんな事忘れてしまった。
1月3日。
元始祭の儀。皇太子、アキシノノミヤ、ノリノミヤらが列席して見守る。
今年は去年以上に「冷たい」空気を感じる。
それが気のせいならいいが・・・と思う。
1月4日。
アキシノノミヤ邸にカワシマ夫妻が挨拶に訪れる。
「まあ、マコ様。本当に大きくなられて」
2歳のマコ姫は愛くるしい年頃になり、祖父母を喜ばせる。
「二人目はお考えですか?」
母の言葉にキコはちょっと顔を赤らめた。
「修士論文も控えていますし」
大学院生と宮妃と母宮の3足のわらじは結構きつい。しかし、皇太子がいまだ
独身であることを考えると、産める時に子供を産まなくてはならない。
これもまた義務。
「自然に任せましょう」アキシノノミヤはにっこりと笑った。
なにやら温かい雰囲気にカワシマ夫妻はほっと胸をなでおろす。
心の中では常に娘を案じている両親だった。
1月5日。
「小さなお子を持つって楽しいわね」
「華やぐと思いますわ。羨ましいこと」
チチブノミヤ邸に集まったキク君、ユリ君、キコは、小さなマコを真ん中にして
その幼い娘のちょっとした動作に夢中になっている。
「お子がいるのに職員用宿舎だなんて可哀想。
私が死んだらここに住めばよろしいわ」
セツ君はふっとため息をつく。
キコが入内して以来、同じ会津に繋がる者として誰よりも目をかけてきた。
キコはそれに見事に応えてくれている。
「セツ君様。お正月早々何て事をおっしゃるのかしら」
キク君がちょっとたしなめる。ユリ君は黙って聞いている。
「あらだって私達くらいになると言える時に言っておかないとね」
「本当にセツ君様はズケズケとおっしゃるから。ところこで二人目は?」
「あらキク君だって負けてはいないわね」
キコはマコを抱き上げてあやしつつ微笑んだ。
「色々宮様とご相談して」
「まあ、お熱いこと」
セツ君はからからと笑った。
「セツ君、無粋ですわよ。アーヤ達はまだ新婚みたいなものですしねえ。
相談も何も、産める時にどんどん産んでおかないと」
「東宮様があれですからねえ」
ぼそっとユリ君が口を挟む。
「やはり序列を考えると」
「まあ、ユリ君さん。あなた、ご自身でそんな事おっしゃるの?私達に構わず
散々お産みになったじゃないの。私達は序列なんていわなかったわよ」
セツ君の鋭い言葉は一瞬、回りを震撼させたが次の瞬間、セツ君自身が
大笑い始めた。
「全く・・遠慮も何もあったもんじゃなかったわよねーー6人も産んで」
「お姉様方ったら」
ユリ君が真っ赤になる。
「東宮様なんて気にしなくていいから、どんどん産んで私に見せて頂戴。
最初は苦労するかもしれないけど、大きくなったらちゃんと返してくれるわ」
セツ君は真っ赤な顔のユリ君に目配せして、それからもう一度マコを抱き上げた。
小さなマコ姫は泣きもせず、にこにこと笑っていた。
1月6日。
「まあ、マコちゃんはまた大きくなったのね」
ハナコは沢山のおもちゃを広げながら嬉しそうに言った。
「どっちに似てると思う?アーヤかな。キコちゃんかな」
ヒタチノミヤは観察するようにマコを見つめる。
「どちらに似ても可愛いと思いますわ。成長が楽しみね」
キコは宮邸を走り回る犬達にしせんを移した。
「私がマコちゃんを構っているとやきもちをやくのよ」
ハナコは白い小さな犬を抱き上げて頭をなでる。
「動物達ってわりと独占欲が強いのかしらね」
「私がハナコと話していてもね」
そんな台詞にキコも笑った。
「二人目は?」
「はい。宮様とご相談して」
キコの優等生的な言葉にハナコは思わず頭を振った。
「ダメダメ。考えるとダメって誰かが言ってたわよ。そういうのは自然がいいの。
アーヤも跡継ぎが欲しいでしょう」
何だか今年は誰からも「二人目は」と聞かれるなあ・・・とキコはほんの少し
うんざりしていた。
けれどそれをおくびにも出さず淡々と受け答えするキコはもう立派な宮妃
といえる。
「サーヤの結婚だって考えてあげないとね。そこらへんはどうなってるの」
「さあ・・・」
「東宮が結婚していないんだからサーヤだってまだ先でしょう。今時の女性は
結婚年齢が高くなっているというから」
「男と女は違いますわ。巷では独身が増えていても皇族はそうはいかないもの。
そうそう東宮様の事だってね」
「お兄様はのんきなところがおありになるから」
「のんきにしている間にあっという間に歳をとるんですわ。誰でもよろしいから
くっつけてしまえばいいの」
ハナコの過激な台詞に宮は細い目をさらに細めて笑った。
「本当にハナコは口がお悪いね」
「そう?」
ハナコのものいいにキコもたじたじとなったが、そのうち宮邸に涼やかな
笑い声が響いた。
毎年繰り広げられる各宮邸での正月。挨拶か始まって親戚の噂話まで
約1時間。若い宮妃にはかなり苦痛の筈だったが、それでもキコは何も
言わずに黙って話を聞いていた。
そして1月6日の夜。
皇室は全てにおいて通常業務に戻り、天皇と皇后は明日の先帝の
祭事の打ち合わせをしていた。
武蔵野陵への参拝はノリノミヤで・・・・などと食後のお茶を挟んで
天皇・皇后・ノリノミヤは話をしていたその時。
「失礼いたします。あの・・・」
飛び込んで来たのは侍従長。顔が真っ青である。
そのただならぬ様子に天皇の顔にも緊張が走る。
もしや大宮御所の皇太后が・・・・?
「たった今、テレビでニュース速報が流れまして。皇太子妃にオワダマサコさん
内定と」
午後8時45分に流れたニュース速報。
国民だれもが「え?」と思い、次には「あのマサコさん?」と思いさらには
「何でいきなり?」と思った瞬間だった。