週刊女性 2007年4月10日号
「雅子さまを悩ます愛子さまのしつけ批判「あいさつ」「笑顔」「姿勢」」
2007年3月28日 静養先で食べたメニューや買ったもの
2007年3月28日 スウェーデン国王夫妻夕食後に会いに行く皇太子・皇太子妃
女性自身 2007年4月3日号
「スキー静養 お元気な姿に涙する人も 美智子さま安堵する「5日間」の成果雅子さま「笑顔」変わったゲレンデで見せた「逆風」への回答」
AERA2007年4月9日号
「信頼厚いホームドクターとの閉じた世界 雅子さまと主治医」
2007年皇太子の誕生日会見
「お医者さまが個々の活動の活動の後に疲れが残ることがあると指摘」
「お医者さまのご指導のもともと。公務であるかどうかを問わずにさらに活動の幅を広げていく」ことが大切
お医者さま=大野裕医師 2004年6月に雅子妃の担当医になり「適応障害」と診断したものの、当初は名前を伏せられる
オランダ静養時も随行 しかし記者会見をしたことがない
雅子妃については、個人の治療を優先させることが公務の現場に混乱をきたす。体調の波がある雅子妃が直前に出席を取りやめたり、逆に急に出席が決まったり、東宮職幹部も記者に変更の理由や出欠の基準を質問され、説明に窮する場面が多い
2005年2月長野スペシャルオリンピックス冬期世界大会を欠席。決まったのは出発の1時間前。雅子妃の体調が「長距離の移動に耐えられない」との判断を医師が下したから。
その直前、一家は長野県のさらに奥地にある奥志賀高原スキー場へ静養に訪れている。その「疲れ」もキャンセルの理由になった。
大野医師は2005年12月に「東宮職医師団の見解」で
・今後の公務は育児など家庭で果たす役割や、ライフワークになる活動、研究とバランスをとり選べるよう東宮職で検討して欲しい
・妃殿下は皇族としてのご自身の役割や皇室の将来を真剣に考えていらっしゃいます。
この見解が発表された時、金沢一郎皇室医務主幹や羽毛田宮内庁長官は雅子妃に目通りを許されていなかった。
これまで東宮大夫はいずれも10年20年といった長期奉職だった。雅子妃の入内以後、現在の東宮大夫まで5人を超え東宮侍従長も頻繁に変わっている。
雅子妃は人に心を開くことが苦手。一方で信頼した人にはとことん信をおく。
本来「適応障害」は通常6ヶ月程度で完治するが、「慢性のストレス因子などが原因になっている場合は長期間続くことがある」と大野医師
当時「ドタキャン」「ドタ出」があまりに多かった雅子妃について、ネットでは「FDK(ふてくされて出てこない」と言われていました。
この頃から「静養疲れ」という言葉が生まれました。
学会でも「慢性適応障害」などという言葉はなく、完璧に雅子妃の為に作られた病名であることが判明
今思うと、雅子妃は「人に心を開くのが苦手」というより、自分よりも上からものを言う人を容認できない性格だと思います。誰かに教えて貰う、導いて貰うなどの行為が「プライド」に関わると考えるのです。だから皇后になれば上に誰もいなくなるので好き勝手に公務に出てくるわけです。
週刊新潮2007年4月5日号
「雅子さま 今度は愛子さまと横浜「子どもの国」へお出かけ?」
2007年4月6日 愛子内親王の奥志賀スキー映像を公開
こちらが本物の愛子内親王
どう見ても偽物ではないか?と疑惑の写真。
2007年4月7日 皇太子一家六本木ヒルズから40分のバス体験
週刊女性2007年4月26日号
「六本木ー赤坂運賃100円「ほかの子と同じような体験を」の思いからパスモも使われて乗客も驚いた40分!愛子さまはじめてのバス」
2007年4月15日 オール学習院の集い合同演奏会