世の中は「ヒロノミヤ妃」でワイドショーは連日にぎわっていた。
普段皇室に関心がない人ですら、しつこく名前と顔が画面に出るものだから
自然と覚えてしまう。
古い人たちは「誰がなったってミチコ妃に叶う人はない」と思った。
「あの方こそ皇室に入るべくして生まれてきたのだから」と。
若い世代は何となく「ダイアナ妃みたいな人がいたらいいなあ」と思った。
若くて美人で頭はよくないかもしれないけど一途で・・すぐに赤ちゃんを産んでくれる人。
イギリスのダイアナ妃はまさに大英帝国象徴として君臨し、世界中の人気を独り占め
していた。
センスのいいドレス、短く切った髪、背が高くてスタイル場抜群で気さくで優しくて・・・
妄想はどこまでも広がっていくが、要するに「血筋はいいけど気取ってない」お妃が
いいと考えていたのである。
「アーヤ、何か楽しそうだね。大学に入っていい事でもあったの?」
天皇の研究室は狭くて古めかしかったけれど、アヤノミヤにとっては未知の世界
そのものだった。
学習院に生物学を研究できる科はないから仕方なく法学部に入ったけれど
いつか留学して本格的に学んでいきたい・・そんな風に考えていたのだった。
でも、今は目の前のヒオウギアヤメの分類が先。
「実は・・・」
アヤノミヤはちょっと言葉を切った。内緒にしてくれるかしら?
そんな秘密めいた表情を見て天皇は微笑んだ。
「なんだい?」
「おじいさまとおばあさまのご結婚はお見合いだったんですよね」
何を今更当たり前の事を・・・と聞いた自分が恥ずかしい。
天皇皇后の結婚のいきさつは数々の本や雑誌にいやという程書いてあるし。
「ナガミヤとは一度会っただけで」
「その時、おばあさまをどうお思いになったのですか?」
「どうって・・ああ、この人かと」
「この人か・・・たとえばピーンとくるとか。ドキッとするとか」
「ピーンと来たのかい?」
逆に訪ねられてアヤノミヤは言葉に詰まった。
「どんな風にピーンときたんだい?」
答えないわけにはいかない。
「大学の生協に行って教科書を何冊か買ったんです。その時、先にレジに
並んでいた女子がいて。すれ違ったんです。店主が「カワシマ教授のお嬢さんです」
と聞きもしないのに教えてくれて。今思えば何で教えてくれたんだろう」
「大学教授の娘さんか。しっかりしていそうだね。どんな感じ?」
「懐かしい雰囲気の子でした。ちゃらちゃらしてないっていうか。服装も地味だし。
でも可愛いんです。目が大きくて笑うと・・・」
「ははは。アーヤは一目ぼれしたのだね」
「・・・別にそんなんじゃ。僕、サークルで自然史研究会を立ち上げたでしょう?
学友を何人も誘って。それで彼女をそこに誘いました」
「入ってくれたかい?」
「はい。快く。でも、その後はどうしようかと思って」
「その後というのは結婚を考えているんだね?」
「はい。そうでないとお付き合いできません。でも断られるかも。なにせ彼女は
可愛いし人気者なんです。皇室なんか嫌だと言われたらどうしよう。他にとられるかも
しれないし」
「アーヤらしくないね。そんなに気弱になるとは。私はそんな経験がないからだけど。
でも誠実にあたれば何とかなるものではないのかね」
「そうでしょうか」
「ああ。それとアーヤの結婚は日本中に祝福されなければいけないよ。だから
両親にもきちんと見て貰って正しい判断をしないとね」
「そこが問題ですよね・・・いきなり連れて行ったりしたらびっくりするだろうし。
何と言ってもお兄様の結婚話で色々あるし」
「さりげなく・・・な。さりげなく」
天皇は相好を崩して言った。孫とこんな会話が出来るようになるとは思って
いなかったのだ。自分が小さかった時、祖父といえば明治天皇で、ひたすら
怖かったイメージしかないし。
アヤノミヤは人懐こくてこちらの壁をやすやすと崩してくるから。
「僕、あたって砕けてみます。もしうまくいったら・・・このヒオウギアヤメをおしるしに
頂いてもいいでしょう?」
天皇はにっこり笑った。