Quantcast
Channel: ふぶきの部屋
Viewing all 5884 articles
Browse latest View live

格の違い

$
0
0

これがいわゆる「格」の違いというもので。

だけど、中身が真逆っていうのが悲しいわけで。

 

まず 9月3日。皇太子一家帰京の風景。

 

https://www.youtube.com/watch?v=xvXvH7dfT1A

 

一言いうと

電車から降りた → 反射的に「お手ふり」 → もういいかなーー手を下ろそう

→ もういっかいお手ふり → ああ終わった。

 

9月4日 皇太子夫妻皇族議員選挙へ

 

 

 

一言いうと

・ 先導車がつく

・ 交通規制で車は一台も通らず

・ 帰りも同様

・ 帰りは窓をあけてにこやかに「おてふり」

 

秋篠宮両殿下・佳子内親王 選挙へ

 

<!-- 秋篠宮入門 -->

 

一言でいうと

・ 信号守る。交通規制なし

・ 一般車に紛れて、うかうかしていると見逃す

・ ご夫妻と佳子内親王は会釈のみ

 

格の違いとはこういうもの。

性格とか性質とか人徳とか、全く関係なし。

仕事量も関係なし。

国民からの敬愛を受けているかどうかも関係なし

ただ一つ。先に生まれたか後に生まれたかの違いのみ。

(皇太子かただの宮家かの違いでもあり)

 

「身位」の違いが「格」の違いです。

あのご夫妻から「やーい。ざまあみろ」と声が聞こえそうでやだーー

 

 

 

 

 


韓国史劇風小説「天皇の母」194(奇跡のフィクション)

$
0
0

その年は何事もなく、いつもの通りに明けたと誰もが思っていた。

皇室においては、相変わらず「東宮妃」の病状が取りざたされ

いつ治るのか、いつ公務復帰するのかなど、外野の声はかまびすしい。

しかし、東宮妃は一向に「公務」に出る気はないらしく,人々の期待を

裏切り続けていた。

皇族にとっては内輪の集いですら一種の「公務」であり「責務」であったが

「病気」のお墨付きを得た東宮妃に怖いものなどあるはずもなく、

予定しては突如欠席し、あるいは最初から欠席し・・・の繰り返しで

回りを翻弄し続ける。

 

本来、妃を導く立場である夫の皇太子も、天皇も皇后も

何も言わなかったし、何もしなかった。

妃によって「禁断の蜜の味」を覚えた皇太子は、もうそれなしでは

生きていけなくなっていたし(まるで麻薬のように)

天皇も皇后も、自分達の価値観と、実際の行動に「矛盾」があるのでは

ないかと思い始めていた。

 

「傷ついた私」を最大限に利用することを覚えた人間と、

それに覆いかぶさるように、背後から手を伸ばす実家の影。

そしてそんな皇太子妃の「病気」を盾に、「世の中にあるまじき男女不平等」

「女性の社会進出を阻む婚姻・懐妊を打ち砕こう」という女性達のキャンペーン

が繰り広げられる。

「結婚」は勝ち組だといいつつも、妊娠・出産した女性を「上から目線」と決めつけ

ことさらに出産を選ばない、選べない女性の「弱さ」ばかりを強調し、

女性達を敵対させる思想が闊歩する今にあっては。

 

かつて「弱い立場の女性」を代表していたのは皇后自身であった。

民間出身だが才色兼備を誇る皇太子妃として、堂々と皇室入りしたが

それは彼女の母親から言わせれば「ストラグル(闘争)」であった。

家柄や血筋とは関係なく、人は「愛」のみで結婚できる。

かつての「身分違い」による恋の悲劇を繰り返してはならない。

人の価値は家柄や血筋で評価されるものではない。

麗しき男女平等万歳!

皇后。かつての皇太子は一般庶民の憧れでありつつ、庶民の「代表」であった。

そんな彼女が宮中で虐められ、流産し、痩せた・・・となれば誰もが同情する。

「きっと皇太子妃殿下は古い価値観の犠牲になっているのだ」と

誰もがそう思った。

若き美貌の皇太子妃の時代、「伝統」も「しきたり」も時代に合わない「悪」であった。

そもそも、なぜ日本は戦争への道を歩んだのか。

それは「富国強兵」という、とんでもない思想によるものではなかったか。

最初から平和国家を目指し、何がどうあろうと戦争をしなければ、日本は

平和でよい国であったし、人も死なずに済んだ。

「富国強兵」の後ろにあるものは「女性蔑視」だ。

女性であるがゆえに結婚を強いられ、出産を強いられ。

そんな世の中を変える。変えなくてはならない。

皇后の人生を一言でいうとそんな流れだったろう。

 

だからこそ、今、「男子出産」のプレッシャーに押しつぶされている

皇太子妃を責められない。

皇室の伝統もしきたりも何もかも真っ向から否定して拒否する

皇太子妃の感情は、普通なのだから。

祭祀における「潔斎」の屈辱。

女性特有の体調の変化を日々、女官に伝えなければならない屈辱。

人目にさらされる屈辱。

皇后自身はそれを「屈辱」とまでは思わなかったが

そんな事を当たり前にできる人がいる事が衝撃だった。

そしてそれはまさに「生まれ」や「育ち」に大いに関係してる事だと

いう事もすぐにわかった。

あれから半世紀近く。

必死に仮面を被って来たけれど、病の皇太子妃を見つめるにしたがって

それが一枚一枚はがされていくようだ。

目障りだが、それを踏みつぶせば自分の良心が傷つく。

常に「公正無私」な自分を演じる為には、皇太子妃を否定できないのだ。

 

新年祝賀の儀に皇太子妃の姿はなかった。

一連の公式行事は全て欠席だった。

1月5日。皇居では内輪の夕食会が開かれたが皇太子妃は欠席した。

内親王の体調が悪いのでという理由だった。

皇太子の血を受け継ぐただ一人の娘は、今や野生児への道を

歩き始めている。

親に翻弄される内親王を不憫とは思ったが、今時の姑が孫の養育に

口を出すべきではないというのは常識だったので、何も言えなかった。

皇后は世間が自分のことを「嫁いびりをする姑」と言い出すのではないかと

そればかり気になっていたのだ。

なぜ、女子だからといって皇統を継げないのか。

結婚8年目に授かった内親王の重要性を考えない回りにいら立つ。

もし、内親王に皇位継承権が与えられたら、東宮妃の思いも変わるかもしれない。

内親王の教育も少しは。

 

ひそやかに・・・本当にひそやかに神の手は動きつつあった。

1月12日。歌会はじめの儀。

そこではアキシノノミヤ夫妻の二つの歌が披露された。

人々が笑みを湛えて見送りしこふのとり今空に羽ばたく

飛びたちて大空にまふこふのとり仰ぎてをれば笑み栄えくる

コウノトリといえば「赤ちゃん」が思い浮かぶ。

かつて皇太子は「こうのとりのご機嫌にまかせて」という

言葉で皇太子妃の出産を語っていた。

いわば、今の皇室の中では「禁句」だ。

この言葉を二人が同時に歌に詠みこんだのである。

 

皇室に無関係な人達からすれば、それは他愛もない

めでたい歌にすぎなかったろう。

しかし、この歌を見たときの天皇・皇后・皇太子・皇太子妃の思いは

どんなであったか。

夫唱婦随の歌として冷静に感じた・・・・

なぜ今、そんな歌を・・・・

これは挑戦ではないのか?あるいは仕返し?

思いは様々に交錯していたが、当の宮も妃も穏やかな微笑みを

浮かべるだけだった。

 

神の手に導かれるような2首は、幸いなことに大事にはならなかった。

1月15日。

皇居では食事会が行われていた。

皇后の妹も息子、すなわち、甥の結婚を祝う為の食事会だった。

この結婚にはアキシノノミヤが仲立ちを務めていたため

皇居での大きな祝い事になったのだった。

ここには降下したサヤコ夫妻も招かれていた。

しかし、この席に皇太子夫妻はいなかった。

単なる親戚の結婚ではない。

キューピッドを務めたのが宮であることが問題だったのだ。

若い二人はそんな事は思いもせず、ひたすら宮に感謝した。

「私達も二羽のコウノトリのように羽ばたきたい」と若い夫が言えば

「お二人で同時に同じものを歌に詠めるなんて、以心伝心ですね。

私達もそれを目指します」と若い妻が言う。

内心、「余計な事を」と思いつつも皇后は微笑んでいた。

終始、笑顔で幸せな会食であった。

誰に遠慮する必要もない。

キコは相変わらずの気働きを見せていたが、連日の行事で疲れたのか

少し面やつれして見える。

それに気づいたサヤコがそそっと姉を化粧室に連れ出した。

「お姉さま、お疲れなのじゃなくて?」

「いいえ。大丈夫。ただちょっと・・・・」

「ちょっと?」

「ううん。平気」

二人はすぐに会食の場に戻っていった。

 

1月20日。国会ではコイズミが施政方針演説をしていた。

その中で「皇室典範の改正」に言及し、3月10日までに国会に

提出すると発言。

コイズミの強気な言葉の裏には大きな自信があった。

・長子優先主義

・女帝・女系を認める事

これは天皇と皇后の「意思」であると。

どこからその自信がわいて出たのか。

それは盟友、宮内庁長官の言葉だった。

「両陛下はアイコ様を天皇にしたいと思っている」

男女平等、現憲法の精神にのっとればあたりまえの感情であると思えた。

ゆえにコイズミは単純に、本当に単純に典範改正を打ち勧めたのだ。

そこには2000年の伝統などなかった。

「将来、天皇となる事が決定しているか否かでアイコ様の教育方法も

変わって来る。ゆえに早く立場を決めて差し上げたい」

と甘い言葉で女性達の心をつかみつつも、実は「これは政治だ」と思っていた。

今こそ、対抗勢力である保守派をつぶすチャンスなのだ。

 

それは最側近である官房長官も感じていた。

皇統を変える事の恐ろしさを総理は知らない。

何故に皇室が2000年も存続してきたのか。国民のDNAの中に

深く刻まれた民族的な思いを総理は全くわかっていないのだ。

官房長官は保守派として絶望の淵に立っていた。

どんなに「男系主義者」が騒いでも「憲法順守」「男女平等」を旗印に

騒ぐ彼らには通用しない。

そして大衆というのはわかりやすい方向に流れていくものなのだ。

 

神の手は差し伸べられるべき場所へ向かう。

偶然のように神風を起こすのだ。

しかし、まだ誰もその存在に気づいていなかった。

 

 

 

 

 

エリザベス女王 在位63年

$
0
0

 皆さま、台風の爪痕被害はありませんか?

大丈夫でしょうか?

関東にだけ雨雲があるという事にぞぞっとしてますが

だって栃木といえば・・・・ねえ。

 

 昨日、シールズがフジテレビのニュースに出てました?

ちらっと見て。あっと思ったときは遅かった。

動画でアップされないかしら?

日本人には関心がないかもしれないけど

シリアとかアフガニスタンからヨーロッパに何万という難民が流れ込んで

います。

国としては「受け入れない」とは今時の倫理上言えない。

だから「受け入れる」

国民も一応、優しいから支援しようとする。

だけどやっぱり限度がある。

そもそも難民を作ったのはどこの国?イスラム国じゃないの?

ISISじゃないの?

そっちを叩かなきゃ。そっちをやっつけなきゃ。

そのうちヨーロッパはイスラム国叩きに転じる。

大義名分は「難民を生まれ故郷に帰し、平和な生活を送ってもらうため」

そんなとき

「憲法9条があるので戦争反対!自衛隊員が死ぬのは許せん!

平和が大事!」と日本だけが叫んでいたらKYじゃないかと思います。

「武力を行使せずともお金を出すとか、後方支援に回るとかボランティアとか

色々やり方はある」という人もいるでしょう。

でも「国」として国に向かうためには個人的なあれやこれやは通用しないんです。

世界中がイスラム国と対峙しようとしたら、日本はどうするの?

「うちら関係ないし。だからテロも起きないし」なんて本気で思ってるのが

シールズなんだろうなあと思うと、御免なさい。馬鹿にしか見えない。

若者らしく今時の言葉で「戦争反対」を叫ぶのはいい。

だけど、世間知らずの彼らが真っ先に騙されてあっというまに・・・いや

「え?」と思う間に命を奪われる事。

そういう時代が来てるという事を知らなくてはね。

正直、安保法案より、目の前の消費税10%の方が大きい。

どうしてこれにはデモやらないの?

日本中の主婦さん達、母よ、妻よ。

起きてない戦争に対し、まるで夢うつつのように「戦争反対」を叫ぶ暇が

あったら「消費税10%反対」運動をする方が先じゃないの?

低所得者への軽減税率なんて年間4000円だってよ?

しかもマイナンバーカードで処理するかもって。

そうじゃなくても、たった4000円の為に一々お役所へ行って申請するなんて。

「嫌ならもらわなきゃいい」って麻生さんは言ったよ。いいの?ねえ?

この事一つとっても、自分たちがいかに踊らされているかわかるというもの。

本題。

エリザベス女王が89歳にして在位63年を迎えました。

今も公務に励む、素晴らしい女王陛下。

「女王さま、おめでとうございます。あなたは国民の素晴らしいシンボルです」

国民にこんな風に言ってもらえる事が理想ですよね。

シンボル=象徴です。これは大きい事です。

女王が国のイメージを左右しているんですからね。

もし、女王が「高齢で首が痛いので公式行事でティアラをつけない。

国会の開会式で王冠を被らない」

と言ったら・・・・・・

イギリス国教会の儀式を全部休んで、スコットランドで静養ばかりしてたら。

女王陛下はきっと元々からだが丈夫だったのかもしれませんけど、

高齢にも関わらずこれだけの体力を維持し、公務に励むという事は

色々なものを優先順位から外しているってことですよね。

「国に尽くす」為に、今までやってきたものを犠牲になさっているかもしれません。

 

女王の服装は大昔からほとんどデザインが変わらないそうです。

クイーンマザーはおしゃれでマスコミ操作が上手だったそう。

娘がいつも古臭い格好をしていることを嘆いたというけど、

女王は「女王はいつも同じスタイルでそこにいる」事が重要と考えたんですよね。

その昔は野暮ったい服装でも、今ではすっかり年齢相応になりました。

むしろ若いなと思うほど。

 

私、皇后陛下が皇太子妃だったころの「ケープ」「片身変わり」「ぼかし」「帽子」

は好きでした。

斬新だと思ったし、特に軍服好きな私は肩がいかってて、袖が割れている

ケープは大好きだったの。

でも。あくまでそれは若いから似合っていて、若いから許されるファッションだったんですよね。

齢80の女性が今更軍服のように肩をいからせなくても

可愛い小さな帽子をかぶらなくても、いいんじゃないかなと。

どうしてもケープ・・・・っていうなら裾の長いバッスルスタイルのドレスでも

お召しになったらと思うんですよねーー

首が痛いなら毎日マッサージ受けて低周波治療して、ティアラを被る時間だけ

持たせるようにすればいいし、無理してテニスをする必要はないし

足が・・・というなら杖を使えばよろしい。

皇后陛下は要支援1か2?

庶民はそれでも家族に迷惑をかけないように、何としても自力で歩かないと

いけませんけど、皇后陛下は回りに女官がたくさんいるんだから

彼女らに支えてもらえばいいことですよ。

「若き日の自分」を忘れられない、今の自分を受け入れられない。

そんな女性は多々いると思うんですが

「率先して美しく枯れる」老女というのは魅力的だし、日本中の高齢女性の

憧れになると思いますけどね。

 

紀子妃殿下 49歳に

$
0
0

 関東は晴れています。

今は宮城が心配。

宮城であんなに浸水したのは学生のころ以来です。

一本の秋雨前線が龍のように関東を突っ切ってる様は

恐ろしいものでした。

こんなの見た事ないです。

きっと、神話の中では「龍神が通った」っていうんでしょうね。

 

 パンパカパーン 

紀子妃殿下 お誕生日おめでとうございます。

子供の歳+40というのは覚えやすいけど、心境としては

複雑ですよねーーわかるわかる

末っ子のことを思えば、常に若々しくあらねば・・・とも思い。

でも、最近のママ達との価値観の違いも多少感じたりして。

何とか、この子が20歳になるまでは、今と変わらず。

ああでもこの子が20歳になる頃は60歳だよーー私みたいな?

庶民ですらこう思うものでございます。

日々、お忙しくしかも身に覚えのないことであれやこれや言われるのは

どんなにおつらいか。

時には殿下に思い切り愚痴って胸を叩いて

「ひどい!」って泣いてもかまいませんのよ。

「殿下のお気持ちはわかってるし」なんていい妻を演じる必要はございません。

男というものは、妻のつらさを予想以上に理解していないものですから。

頑張りすぎないで下さい。

 

・・・という事で。

ちょこっと腱鞘炎なので今回はこれで。

 

皇室ウイークリー

$
0
0

ご日程

両陛下

9月4日・・・皇后陛下 → 皇族議員選挙

       天皇陛下 → 通常業務

        両陛下 → 帰朝大使夫妻とお茶

9月6日・・・両陛下 → 悠仁殿下・紀子妃殿下から挨拶を受ける

9月7日・・・皇后陛下 → ~90回記念 国展キャンペーン~島田鮎子展鑑賞

         両陛下 → 帰朝大使夫妻とお茶

9月8日・・・両陛下 → 勤労奉仕団に会釈

               陵墓監区事務所副所長に会う

       天皇陛下 → 通常業務

9月9日・・・両陛下 → 離任大使夫妻に会う

9月10日・・・両陛下 → 新旧警視庁警衛課長に会う

                ウガンダ大統領夫妻と会見。午餐

 

 

皇太子同妃両殿下

9月4日・・・両殿下 → 皇族議員選挙

      皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

9月7日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

9月8日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

         両殿下 → 大阪青年会議所招待外国人等に会う

9月9日・・・皇太子殿下 → 離任大使に会う

                  海外青年協力隊に会う

9月10日・・・皇太子殿下 → ウガンダ大統領夫妻と午餐

                 → 海外青年協力隊に会う

 

秋篠宮家

9月4日・・・両殿下・佳子内親王 → 皇族議員選挙

       両殿下 → 離任大使夫妻に会う

               高齢者福祉施策について説明を受ける

9月6日・・・紀子妃殿下・悠仁親王 → 両陛下に挨拶

9月7日・・・秋篠宮殿下 → 山階鳥類研究所会議

       紀子妃殿下 → 日本学術振興会平成27年度特別研究員-RPD(Restart

                  Postdoctoral Fellowship,出産・育児による

                  研究中断者への復帰支援フェローシップ)研究交流会出席

9月9日・・・両殿下 → 在京大使に会う

9月10日・・・両殿下 → 宮中午餐陪席

 両陛下・皇太子/秋篠宮夫妻が会った「離任大使」というのは

  離任アルバニア大使なのです。

  4日に夫婦で秋篠宮両殿下に挨拶し、9日に夫婦で両陛下にあいさつし

  皇太子に単独であいさつ。

  何でこういう気を遣わせるのか、私にはわかりません。

  「皇太子は一人で出るから離任大使接見も一人」ってことなんでしょうけど

  それこそ「男女平等」の原則から外れるし、両陛下は離任大使夫妻がこれから

  どこへ行くかくらいわかる筈。

  どうして何もおっしゃらないんでしょうか。

 両陛下は17日から奥日光へいらっしゃる予定でしたが、今回の災害に

  配慮し、中止されました。

  この所、災害が起こるたびに「心配している」「心を痛めているという」という

  報道があるんですが。

  正直、そんな事よりご自分たちがなぜ「災害天皇」だの「災害皇后」だのって

  呼ばれるか考えて頂きたいですね。

 日本中の神社・仏閣に皇族を派遣し、祈る方が先ではないかと。

 紀子妃殿下のお誕生日のお祝いも当然のごとく「中止」

   いつもいつも紀子妃のお誕生日は何かに配慮して取りやめばっかりで

  それこそお可哀そうだなあと思います。

 

微笑ましい筈なのに

$
0
0

両陛下が美術展を鑑賞されました。

12日。東京国立近代美術館で「美術館」をテーマに5つの

国立美術館所蔵の作品をご覧に。

うーん・・・・皇后陛下の「心臓」云々が発表されてからというもの

本当に怒涛の「鑑賞公務」で。

香淳皇后はこんなにあっちこっちに行かれなかったし、行くとしても

妃殿下方をお連れになって・・が多かったような気も。

皇后陛下は天皇陛下と一緒の時は、とにかく腕を組みたいのですね。

でも。前回、単独の鑑賞公務ではちゃんとおひとりで歩いていらしたわけだし。

お二人だと足が弱くなるのかしら?

たとえ、災害の翌日だとしても、あらかじめ予定されていたから断れなかった

としても、それが精神衛生上必要な鑑賞であるから・・・でもいいんですけど。

高齢の両陛下があっちこっち美術館めぐりをされるのがダメとも言わないけど。

世の中が平和で、安全であったなら。

それは「日本国安定の象徴」であろうというもの。

だけど・・・・・両陛下はご存じないというか、もはや、この歳になって

こんな風な呼ばれ方をするとは想像だになさらないでしょうが

「災害天皇」「災害皇后」・・・・でございますから。

過去の歴代天皇なら、すっかり怯えて譲位ですよーー

でも科学的な視点をお持ちの陛下は、「天変地異は天皇のせいではない」

と思っていらっしゃるだろうし、

「祭祀で国は救われない。救うのは国家の行政である」とお考えでしょうから。

でも、いつもなら「一日も早く被災地を見舞いたい」のお言葉があるかと。

今回はまだありませんね?

 

開闢以来、ヤマトの地に、日本という国に、人々の中のDNAに刻まれた

「神への恐れ」を天皇自身が否定してしまったら、それによって存在してきた

「天皇」はどうなってしまうんでしょうか?

星逢一夜

$
0
0

 斎藤吉正君、二階ロビーの一番目立つ所でOGらとおしゃべり。

姫ちゃんいわく「ばっちり髪をワックスで固めてる」(よくそんな所までみて)

 星逢一夜 

今年、これ以上の作品は出ないと思うので

(上田久美子さんの作品はいつもこれで始まる)

とにかくNO1 って感じです。

 

何がすごいって(また同じ話になるけど)

上田久美子さんという方は本当に頭がいいんだなあーーと

知性と教養と文才が同時に備わっている人っているんだよなあ

すっごく羨ましくて正直嫉妬ーーですよ。

しかも、宝塚という世界でそれを描くことが許されたという、いわゆる

「チャンス」をものに出来た人。

何もかもお持ちの方なんだなあと。

 

まず「脚本」

史実と自分が書きたいものをうまく擦り合わせていく能力。

これがすごいんですよ。

無論、他の脚本スクールなどへ行ったら「史実」と違う部分が

指摘されて「ありえない」とか言われるんだけど、

(その点はパンフレットの中にきちんと書いてあるので納得)

宝塚だからこそ許される設定の中で、最大限に史実をいかした

作品になってます。

子供の頃は「身分の差」もそんなに壁ではなく、互いに思いやりながら

切磋琢磨していた3人が、

ある日、突然「藩主と領民」になった。

立場が違うと思想や行動がこんなに違ってしまうものなのだろうか・・・

3人とも理想は同じ筈なのに、真逆に生きなくてはならない悲しさがありました。

まあ、源太が「できすぎ」な性格でちょっとご都合主義が見える部分もあるし、

(でも優しい望海風斗は大好き

一騎打ちのシーンは、源太の死にもう少し含みを持たせるべきで、

泉が嘆いて遺体に取りすがるシーンもほしかったなとは思うんですよ。

ラストの春興と泉の語らいも、親友で好きだった女の子の夫である源太を

手にかけてしまった重みを表すセリフがもう少しほしかったとは思います。

でないと源太が浮かばれないって

そうよそうよ。源太は3人の子持ちだったんだよ。お父さんだったの。

しかも優しくてリーダーシップがあって、理想の「夫」で。

そんな人をばさーーっと斬っちゃう春興って主役としてどーよ ぷんぷん。って

怒りたくなるんだけど、源太の最後の笑顔を見たら・・・殺されたかったのかも

しれないとか、それが一番「事」をおさめる方法だからとか

色々考えてしまってね

今、盛んに町中で「戦争反対」とかデモってるけど。

日本人はやっぱり「守るべきものの為に死を選ぶ」話が好きなのよね。

春興だって死一等を免じられたけれど閉門蟄居。

武士としてこれは「死」と同じことです。

誰の為ってやっぱりそれもこれも「領民」の為じゃないですか。

春興の理想を受け入れなかった領民を守る思想は日本にしかないでしょう。

(要するに韓国ドラマでは成立しえない話)

もし、源太が

「一揆を起こしてみんなが死ぬより飢え死にした方が被害が少なくなるから

(一揆は)やらない」とか

「春興ととことん話し合って酒を酌み交わせば理解しあえて

何とかなる」

とか言ったとして、それで話がすむだろうか。

などと考え込んでしまったので、個人的には泣けませんでした。

回り中、しくしく声が聞こえて、号泣しかかってる人もいたけど私は

泣けなかった。

こんな、日本人としては当然すぎるストーリーなのに、素直に感動できない

自分のひねくれた感が嫌だったなあと

それとやっぱりラストね。

春興が源太を殺した事を忘れたかのように、泉に向かって

「一緒に行くか」

なんて聞くから、気持ちがひいちゃって。

しかも最後は笑顔だしなあ。

男の哀愁をもうちょっとと思う。でもそれは私達の世代が感じることで

上田先生はそこらへんがまだ若いんだろうと思います。

 

でも、とにかく、荻田浩一以来の天才の出現に喜んでいます。

だって大劇場デビューでこの作品よ?すごすぎる。

 

それと、セットも素晴らしかったですね

山々の大きな写真とか、森の感じ、櫓。それに星。

とても癒されるというか、スペクタクル感がありました。

でも、祭りのシーンの後ろにはためいているのが・・・どことなく

日本っぽくなくて違和感だったけどね。

 

宝塚って知性と教養でぐんぐん押していく「陰」の上田久美子と

女の子の心をきゅんきゅん言わせる「陽」の小柳奈穂子がいれば

成立するんじゃないの?

 

 出演者について

早霧せいな・・・セリフ回しがどこかで聞いたような?あ・・・「前田慶次」でやってた

         あの役ね。すっかり同じなんだなと。

         お披露目を見逃してしまい、トップとしてどんな風に成長しているのか

         今一つわからないんだけど

         一生懸命やってるのはわかるし、組も和気あいあいでいいなと思います。

        でも今一つ求心力がないというか。

         この先、「これぞ早霧せいな」というものが出てこないと、組子のなかに

        埋もれてしまうんじゃないかと。

        つくづくトップスターというのは大変な立場なんだと思いました。

        宝塚におけるスター性というのは、外部におけるそれとはちょっと違う。

        組子全員の頂点に立つわけだから、ただ単に「羽根しょって真ん中にいる」

       だけじゃダメなんですよね

       誰のファンであれ、自分に視線を集中させるくらいの目力がないと。

        まだ2作目ですから、今後に期待しましょう。

       あ・・・だけど、お願い、歌わないで。

咲妃みゆ・・・・「泉」という役はとっても難しいと思います。

         少女 → 娘 → 妻 → 母 になっていく過程があるので。

         妻までは何とかなったけど「母」としてはやっぱり・・・若すぎたなと。

         身分違いとわかっていても春興を好きだった。

         でも結婚は幼馴染の源太とする。そう決めたのに突如、彼が現れて

         自分に誘いをかける。

         夫の事は好き。愛していると思う。だけど彼に引き付けられる心を

         どうしようもない。

         そんな時に夫が死んだら、まず考えるのは「これは私への罰」だという事。

         「私がもっと夫を大事にしていたら。私が彼を思い続けていたから

         源太は死ななかったのに」と。

         そこらへんの葛藤は人生経験を積んでいないとわからないよね。

         そういう部分を指しい引いても、咲妃みゆは上手な子だなあと思います。

         技術的に満点でしょ。

         ただショーにおいては、まだまだ「そのほかの娘役」と一緒に見えない

         事はないので、この人もこれからでしょうね。

望海風斗・・・・源太は演じやすい役柄とはいえ、本当に本当に「上手」

         この一言に尽きます。

         元々「二枚目」が似合うし、優しい役が似合う人ですから、本領発揮

         だったでしょうね。

         ショーにおいても「トップスター」のような貫録で。

         というか、他の組子は何をやってるんだ!的な感じです。

 

彩風咲奈が頭一つ抜けた感がありますけど、

だからって3番手として安心してみていられるかといえば疑問符。

長い間、雪組の男役さん達は十把一絡げにされてきたツケが出てきたかと。

これはもう・・・上級生を押しのけて、月城かなとを3番手に持ってくるくらいの

大ナタを振るわないとダメでは?

 

 

 

 

 

 

 

 

ラ・エスメラルダ

$
0
0

 La  Esmeralda

 

 

斎藤吉正作・演出。

我が家の姫が一人で見に行った時、思わずショーで寝そうになったと

申しておりました。

「ラテンなのに今一つ盛り上がらない」と彼女は思ったそうです。

今回、実際にショーを見て「なるほどな」と思いました。

 トップの出番が少ない

 見せ場がない

 個性的な人がいない

 きゅんきゅん場面がない

斎藤吉正のラテンといえば「RIO DE BRAVO」ですが、これを超えるものは

出来なかった・・・というか、違いを出そうと必死になりすぎて

ただただ騒がしいだけのショーになっちゃったと言うべきでしょうか?

今回のコンセプトは

「雪組にはこんなにたくさん、将来有望な男役がいるんだよ。

見てみて選んで好きになって通ってねーー」的な

宣伝要素が多すぎて。

とりあえず総踊り。みんなを順番に銀橋に出す。

名前と顔を覚えて欲しいという感じが随所に出てました。

 

最初、緞帳にカタカナで「ラ・エスメラルダ」って出たときは

客席から笑いが起こってましたよ。

なんだってまあ、そんなダサいことを。

気が付けば何度手拍子してたかなあ。

昭和歌謡が好きなのね

だったら一部じゃなくて、全部それにした方が。

「GS特集」とか「沢田研二特集」とか銘打って。

我が家の姫はどれも全然知らなかったけどね。

 

雪組の課題は、生徒の「個性」

そして、各組に一人はいる「大物」を出すこと。

珠城りょうとか礼真琴とか柚香光とか。

月城かなとではまだまだ・・・・・

 

 

 

 


今時の子に読ませたい漫画 風と木の詩

$
0
0

お待たせしました。

 竹宮恵子 「風と木の詩」(小学館)

                    1976-1982年 全17巻

 

表紙の上がジルベール・コクトー、下がセルジュ・バトゥールです。

 

高校の時に友達に「すごい漫画があるよ・・・ごにょごにょ」って言われて

手に取った時の衝撃は今も忘れられません

いきなりベッドシーンだよ・・・ ぼかしも何もない。そのまんま。

絵がめちゃ綺麗以外は・・・・・

ええ 私、こんなの読んでいいの?でもR指定じゃないよね。

じゃあ、いいんだよね?読んでも。みたいな

 

BLに免疫がなかったわけではありません(きりっ

当時はBL黎明期 今時の(ごめんっ)ただ受けだの攻めだのって

言ってるBLとは格が違う。やたら高尚な「少年愛」がそこにはあったのです。

かつての「ポーの一族」も「日出づる処の天子」も「摩利と新吾」も

とにかく、どこまでも文学的で高尚な世界を描き出していたのですから。

それまでの「薔薇族」というような概念より、ずっと清潔で若くてかっこいい感に

夢中になる子続出

栗本薫を代表格にした作家による作品も売れに売れまくっていた時代。

「風と木の詩」のヒット後、雑誌「JUNE」が創刊され、一冊丸ごとBLの世界に

はまったなあ私(遠い目)

 

男女の恋愛が生々しく感じる世代にとって、BLはよその国の出来事で

屈託なく、現実をわすれられる「恋愛ごっこ」だったような気がします。

(なんせ男同士は妊娠の危険がないし、実際どんなだか経験ないし)

 

正直、最初に読んだ時から最近に至るまで、この作品の真の価値を

見出す事が出来なかったんです。

表面的なシーンが強烈すぎて、また、ラストがあまりに残酷で

悲しすぎて、そう何度も読みたいとは思わなかったし。

でも、本当に、最近になって、ふと

「風と木の詩」は現代に通じる少年達の「青春」そのものではなかったかと。

青春はいつか終わるもので、いつか大人になっていくもの。

でもジルベールは大人になれなかった。

大きな試練を経てセルジュは大人になっていく・・・というような話ですね。

 

 対照的なセルジュとジルベール

セルジュ・・・父・アスランは清廉潔白な人格。体が弱くて肺結核の療養中に

      ジプシーで高級娼婦のパイヴァに出会い、駆け落ちし、貧しくとも

      幸せな数年を過ごす。

      アスランの病死後、パイヴァは息子の教育の為に彼を祖父である

      子爵に預ける。しかし、そこには意地悪な叔母がいて、虐められる。

      しかしながら、いとこのアンジェリンの存在が心の支えだった。

      そのアンジェリンにやけどをさせてしまった事からセルジュは一人

      ラコンブラート学院へ入る。

      貴族なのに浅黒い肌を持ち、マイノリチィなところに身を置くセルジュ。

      でも彼は人の善意を疑わず、正義感も強い。人気者だ。

ジルベール・・・そもそもは、コクトー家に養子に入ったオーギュストが義兄から

       性的虐待を受けながら育った事。

       それを誰も助けなかった事が心に大きな傷を残す。

       オーギュストは義兄の許嫁をレイプし、生まれたのがジルベール。

       そんなジルベールを愛する人はだれもいず、館でほったらかしに育て

       られてきた。

       そこにオーギュストが登場し、肉体によって彼を支配していく。

 

虐待・・・それが言葉による差別であったり、叩いたりつねったりするようなもの

であっても、性的なものであっても、傷つくのは常に「被虐待者」です。

でもセルジュは叔母に虐められても、回りから「ジプシー」と差別されても

決してひねくれる事はなかった。

その背景にはセルジュがほんの数年だったけれど、両親や近所に愛されて

そだった事や、ピアノの才能という心のよりどころがあったからと思われます。

しかしながらジルベールはネグレクトされて育った為、自分が許容される

体験がなく、ゆえにオーギュストの強引な性的虐待を「愛」と信じ込んで

溺れていくのです。

 

元々は頭が良くて様々な才能にあふれていた筈のジルベールは

セルジュに出あうまで「普通の生活」を知らず、ひたすら肌をくっつけあう事でしか

「安心感」を得られないという・・・今、思えば十分施設入所レベルの被虐待児です。

二人が出会って、恋に落ち、やがて、かつてのアスランのように

手に手をとって駆け落ちするものの、育った環境や過程があまりにも

違いすぎる二人は次第にすれ違い・・・やがてそれがジルベールの「死」に

繋がっていくのです。

その「死」はセルジュにとってまさに「青春の終わり」でした。

ああ、青春の傷というのはこんなに深く突き刺さるものだったか・・・と思うんですが。

でもそんな「傷」を抱えたからこそ「青春」は思い出になりうるんでしょうね。

 

今時はBLは常識。

本屋さんに行けば、それだけのコーナーが溢れかえっています。

今は「少年愛」も多様化し、シチュエーションと快感のみに

焦点をあてている「R指定なしの×××本」かなと思ってしまうほど。

でも、なんだかんだいって「BL」がここまで浸透したのは先達のおかげ。

萩尾望都(彼女は後に「残酷な神が支配する)で性的虐待を正面から

 取り上げますが) 山岸涼子、木原敏江、河惣益巳、そして何より

竹宮恵子の力があったればこそ。

そういう意味では、若い方々にぜひ読んで頂きたい本です。

 

 

 

 

なぜ両陛下に批判が向くか

$
0
0

 私が「天皇の母」を書き始めた時、出来るだけ登場人鬱の気持ちが

リアルになるように、色々史実等を調べたんですけど。

その過程で、独身のミチコさんが「身分もない血筋もない私が皇室で出来る事はあるかしら」

と考えた・・・・と書いたのですが。

なぜそう思ったかというと、人の感情として

「メリットのない結婚はしない」だろうというのがあるから。

結婚したら「旧華族でも旧皇族でもない人が」と言われるのは必至。

わかってて嫁ぐ理由 → 「庶民の代表」としての自分(プライド)と思いました。

それから色々考えて、

とんでもない皇太子妃が来たのに、叱らず怒らず放置・・・の理由はなんだろうと思う時

どう考えても「皇室の為」じゃなくて「自分の為」ではないかと思いました。

 

 虚飾にまみれた皇太子妃の入内

 学歴の嘘 (ハーバード大、東大、オックスフォード大での現実)

 家柄の嘘 (小和田家は本家の小和田家からは知らないとされている事。

                       3代前までさかのぼれない)

 血筋の悪さ 

    (母方の祖父はチッソの会長)

 愛の嘘 (皇太子を好きでもなければ愛してもいない。娘を好きでもない)

 

 皇太子妃入内の理由探し

 父、小和田恒氏の野望 → 外務省、学会を巻き込んでのキャンペーン

 将来的に皇室をなくす為に左翼が仕組んだ罠に皇太子がひっかかってしまった。

 目的・・・皇室に「左巻き思想、共産主義を植え付けて矛盾を引き出し、自滅させる)

 

 皇太子妃の権力に逆らえない構造

 両陛下を守るべき「血の藩屏」が欠如

 両陛下は皇族・旧皇族の中で孤立しているのではないか

 仮に注進があっても、受け入れない両陛下の感情

 

 解き放たれた皇太子妃

 入内時のブライダルチェック拒否

 祭祀における潔斎は人権侵害キャンペーン

 マスコミを使っての「マサコさまお可哀そう」キャンペーン

 皇族初の「人格否定」発言

 皇族初の「娯楽の為の海外旅行」

 ディズニーランド貸し切り・高級レストラン通い詰め

 祭祀の徹底拒否・勤労奉仕団の会釈の徹底拒否

 被災地訪問拒否

 

 なぜ両陛下はこれらを放置するのか

① 脅されているのか

② 雅子妃に共感しているのでは

③ 皇室制度をなくしたい

 

 ① → 徳仁親王出生時に酸素不足で仮死状態であった事。

        ゆえに多少の知的な障害もしくは情緒障害が残った。

        しかし、彼は学習院大学院を出てオックスフォードに留学まで

       してしまう。(学歴詐称) → 小和田・外務省・学会系からの脅し

 

       愛子内親王の出生に関する疑惑 → 担当医を陥れた事実

                               上記に同じの脅し

 ② → 家柄や血筋のない理不尽さに共感

       「妻・母」としての役割強要に違和感

       「男女雇用機会均等法」に共感

 

 ③ → 両陛下の「左翼」思想・憲法護持と天皇制は矛盾する

        ゆえに、皇室の存在そのものが時代にそぐわないと思っている。

現在、「皇后の入内は仕組まれたものではなかったか」

という検証が始まっています。

そんな考え方が広まった原因の一つに

もうじき時効を迎える「ヤフーオークション事件」が絡んでいます。

数年前から皇后がティアラをつけなくなった。3連のネックレスが1連になった。

雅子妃の第一ティアラが消えた・・・等々。

こうした皇室における宝飾品の管理は宮内庁が行っているものですが

誰がどれを使うか・・・という事に関しては皇后がもっとも権力を持っている筈。

もう一つは皇后の「祭祀」をしないという姿勢です。

祭祀を行う為には重い鬘と十二単を身に着ける義務があり、頸椎を痛めている

皇后にそれは無理なので「お慎み」のみです。

 

「ティアラをつけない」のも頸椎の痛みのせいと国民は信じて来ました。

でも、そのわりにはテニスをやってるし、鑑賞公務は増え続けている。

もしかしたら、全ての原因は「頸椎」という「病気」のせいにして、何か

「ストラグル」をやっているのでは?

適応障害という病を隠れ蓑にしている皇太子妃と同じように。

 

そこで、正田美智子入内の経緯をもう一度振り返ってみようという

動きがあります。

熱狂したミッチーブームに隠れた正田家と宮内庁の本当の思惑とは

なんだったのか・・・・・という事。

現在、明らかになっているのは

 正田美智子入内にもっとも熱心だったのは正田富美氏だった

 妃選定は最初から正田美智子ありきだった

 キリスト教を信仰する「民主主義信奉者」(実は社会主義系)により

  正田美智子を選定 → 皇室に入れることでキリスト教を布教

  → 皇室に新しい価値観を入れる

  → 民主主義時代にふさわしい皇室の構築

  → 皇室廃止

の流れがあっただろうという事です。

 

 もし質問があれば・・・・

 

 

 

 

 

昭和34年2月6日の内閣委員会議事録 1

$
0
0

 kiwa様が探し出して下さった

「昭和34年2月6日の内閣委員会議事録」は

本当にすごい資料だと思いました。

今になってこの資料が見つかった事・・・・それはパンドラの箱を開けるに

等しいほどの衝撃かと思います

 

まず、昭和34年2月頃、皇室はどんな雰囲気だったかと言いますと

前年の昭和33年11月27日に皇太子と正田美智子さんの

婚約が決定し「ミッチーブーム」が沸き起こったころです。

 

昭和34年のアサヒグラフの表紙は正田美智子さん。

一言でいうと「表紙だけの為に撮影されたかのような」写真です。

正田家と朝日新聞ってかなり強い絆を持っていたようですね。

しかしながら皇太子の婚約者が雑誌の表紙用に写真を撮影したの

だとしたら・・・・今ならとても大きな問題になっていたのでは?と。

正田美智子さんの数々の写真は、今の皇族方の写真と違って

「雑誌」表紙用が結構あったんじゃないかと

 

それはさておき、このアサヒグラフは正月特大号になっていますので

前年の年末あたりに出た雑誌。

(11月27日が正式に婚約。それからせきを切ったように表紙を飾る美智子さん。

わずか数か月前にはヨーロッパに「傷心旅行」をしておいでだった。

当時の技術でこんなに早くでかでか写真が載るという事は

つまり、最初から決まっていたという事ですよね)

その表紙が正田美智子さんでした。

アサヒグラフだけではなく、週刊文春の表紙やら毎日グラフの表紙も

飾り、いわゆる「社会現象」になっていた時代の2月6日です。

 

そしてこのころ、どうやら吹上御所の建設が検討されていたらしい。

私の印象ですが、戦後、昭和天皇はずーーっと焼け残った「お文庫」

暮らしでいらっしゃった。

先に皇太子結婚に伴う東宮御所を建設し、そしていよいよ御所を建て直す

事になったのですが、国民的には

「お文庫に陛下が住んでいらっしゃってお可哀そう」だったと思うんですよ。

新しい御所を建設する事は決して反対ではなかったと。

しかしながら、この議事録を読む限り、保守派は必ずしも賛成ではなかった事、

そしてその当時の「皇室」の在り方に疑問を抱いていたことがわかります。

特に皇太子への不信感は大きく、それが誰のせいなのか?

という部分を追求したがっているような印象。

一方、社会党系の議員はこの時代から「皇族に人権を」と言っている。

大昔の私ならしっかり共感していそうな感じです。

このころ、三笠宮殿下が「天長節は皇室の私事にすぎない」と発言したらしい。

要するに「天皇誕生日を祝日にする必要はないじゃないか」とおっしゃっているようです。

しかも噂では「皇籍離脱したい」とおっしゃっていたとか。

 

登場人物は

 宇佐美毅宮内庁長官・・・・1903年ー1991年。

                   東大卒。二代目の宮内庁長官。

 平井義一・・・自由議員。衆議院議員を5期務める。横綱審議委員なども。

 受田新吉・・・民社党・社会党。

 林修三・・・法制長官

等。

 

正田美智子嬢入内に奔走したのは

 小泉信三宮内庁参与

 鈴木菊男東宮大夫

 黒木従達東宮侍従長

 田島道治前宮内庁長官

 

これからゆっくりこの資料を掲載し、要約していきますが

皆さまには、原文の持つニュアンスを感じ取って頂きたいという事。

そこには、私たちが想像もしなかった空気が流れています。

そしていま思えば、この時の予言が全て当たってしまったという事実が

浮かび上がってくるのです。

○内海委員長 これより会議を開きます。

          総理府設置法の一部を改正する法律案を議題とし、

          これより質疑に入ります。

          質疑の通告がありますので、順次これを許します。平井義一君。

○平井委員 皇居造営審議会を設置する件につきまして、

        宇佐美宮内庁長官にお尋ねをいたします。

        皇居を造営するかしないかという問題に関しまして、

        まず長官に天皇制のあり方について所感を

        承わりたいと思いますが、

        天皇制といえば神武以来の天皇制でございますので、

        非常に長期にわたりますので、

        これを三つに区切って所感を承わりたい。

        神武天皇から孝明天皇まで、明治天皇から終戦までの天皇制、

        終戦になって新憲法のもとに作られた天皇制、

        この三段階に分けて、

        天皇制のあり方について長官の所感を承わりたいと思います。

(皇居造営審議会を設置するにあたって宇佐美宮内庁長官に質問します。

まず長官が考える「天皇制の在り方」を3つに区切って伺いたい。

1・・神武天皇から孝明天皇まで

2・・・明治天皇から終戦まで

3・・・新憲法になってからの天皇制について)

 

○宇佐美説明員 天皇制のことにつきまして御質問があり、

           歴史的に大へんに古いところからの考え方を

          述べろということでございますが、

          私どもは日本の歴史を振り返って、

          わが国において天皇を中心にした一つの日本民族の

          国家が発展してきたものと

          考えております。

          これを明治以降におきまして一つの近代国家として

         新しい憲法制度のもとに、はっきりと国法的にも規定的に定められて

         参った特徴があると思うのであります。

         しかし明治制の憲法というのは、

         今さら申し上げるまでもなく天皇主権という立場において

         制定せられたものでございますが、

         新憲法によりまして国の象徴としてのお立場であり、

         主権は国民にあるという建前に立って、

         いわゆる民主主義国家の建設を行われたと考えるのであります。

         私どもは現憲法の趣旨に基いて今後発展して

         いくべきものと考えておるわけであります。

(我が国は天皇を中心とした一つの民族国家として発展してきたと

私達は考えています。

明治憲法下においてはその事がはっきり明示されていました。

しかし、明治憲法においては「天皇主権」でした。

現在の憲法では「主権在民」であるので、天皇は象徴という立場に

なりました。

天皇制は憲法制度に従って発展していくべきと考えます)

 平井氏の質問に宇佐美長官は明確には答えていませんよね。

   ここで「今の憲法、皇室典範では色々不都合があるので、天皇制に

   おいては明治憲法下の制度をそのまま通したい」などとは口が裂けても

  言えなかった。

  でも、もしかしたら平井氏は「天皇制」の在り方は日本古来のものに

  則っていくべきと考えて、その答えを引き出そうとしたのかもしれません。

 

 

○平井委員 日本の天皇制が始まりまして、

        天皇または王様――あるいは外国の王様のごときは戦争をして、

        勝って王様になるというのが通例でございますが、

        日本の天皇制の場合、やまと民族の中心として天皇がおわしますと

        いうような観念であったのでありますが、

        長官は皇統連綿と続いて、たとい徳があろうとなかろうと

        天皇は皇統連綿として続いているのだ、

        あるいは非常に人格が高くてやまと民族の中心としてふさわしいお方が

        日本の中心になられておった、このいずれをおとりになりますか、

        お聞きしたい。

(日本の天皇制というのは外国の王制と違い、兵力によって支配するもの

ではなく、やまと民族の中心に「天皇」がいらっしゃる・・という観念だったと

思いますが、

長官は皇統というのは

 徳があろうとなかろうと(たとえ暴君であっても)皇統である限り続くものだ

 天皇というのは人格として尊敬され、全ての人に敬われるべき人がなる

そのどちらだと思いますか?)


○宇佐美説明員 わが国の天皇制は世襲の制度でございまして、

            しかもその天皇の位につかれる方が

            やはり国民の崇敬の中になるような

            りっぱな方であってほしいというのが国民の念願で

            あろうと思います。

(天皇制は世襲制ですから(人格に関係なく即位するものですが)

国民の願いとしては「天皇」というからには、国民の尊敬を集めるような

りっぱな方であって欲しいのでは)

 要するに「徳仁親王」は世襲制度によって即位するわけですが

  たとえ年に数回しか公務をせず、静養ばかりしていても、即位出来るのか

  あるいは、きちんとやるべきことをやらなければ天皇になれないものなのか

  どっちですか・・・と聞いているのです

 21世紀の現在、同様な議論がありますよね。

  私達保守派が散々「皇太子妃に引きずられ、遊んでばかりでしかも

  左翼思想にまみれている徳仁親王では天皇は務まらない。

  ゆえに、弟の秋篠宮が天皇になるべきである」と考える一方

  「そのような先例を作る事は皇位継承争いの火種になるからやる

   べきではない」という。

 平井議員はどちらの答えがほしかったのでしょうか。

   どちらにせよ宇佐美長官の答えはいかにも官僚的で

   「実質的には皇位継承権が高い順から即位していくんだけど

  できれば立派な人の方がいい・・・と国民は思っているのでは?」と

  答えています。

  自分の意見という形ではないのですね。

民主党は戦闘態勢・・・?

$
0
0

いわゆる安保法案の最終調整に入って、

新横浜プリンスホテルまえでは大規模なデモが起こり

警察ともみ合い・・・・・

何が「戦争反対!」なんだか

どっちが戦争をしかけているんですかい?

こういう暴力は法律違反にならないんですか?憲法の前に

 

15日には「あの」奥田愛基が国会に。

 一応髪を切って。

私たちは特定の支持政党を持っていません。無党派の集まりで、

保守、革新、改憲、護憲の垣根を越えて繋がっています。

→ 「無党派」という程、実は「アカ」がバックについてるんです。

 

私は、彼らがこれから生きていく世界は、

相対的貧困が5人に1人と言われる超格差社会です。

親の世代のような経済成長も、これからは期待できないでしょう。

いまこそ政治の力が必要なのです。どうかこれ以上、

政治に対して絶望してしまうような仕方で、議会を運営するのはやめてください。

何も、賛成から全て反対に回れというのではありません。

私たちも安全保障上の議論は非常に大切なことを理解しています。

その点について異論はありません。しかし、

指摘されたこともまともに答えることができない、

その態度に強い不信感を抱いているのです。

政治生命をかけた争いだとおっしゃいますが、

政治生命と国民ひとりひとりの生命を比べてはなりません。

与野党の皆さん、どうか若者に希望を与えるような政治家でいてください。

国民の声に耳を傾けてください。まさに、「義を見てせざるは勇なきなり」です。

 何度読んでも意味不明で、感情的でしかない。

 「理」がないのです。

 奥田さん、どうか国民に嘘ついて名もなき母たちをミスリードするのは

 やめて頂けないか。

 とどのつまり「集団的自衛権の行使」とは何かをきちんと語ることが

  できないその態度に強い不信感を抱いているのです。

 正直に裏にいてお金を出しているのが誰か言いなさい。

 「嘘も100回言えば真実になる」とはあなた方の論理だ。

 

ひとつ。仮にこの法案が強行採決されるようなことになれば、全

国各地でこれまで以上に声が上がるでしょう。連日、国会前は人

であふれかえるでしょう。次の選挙にも、もちろん影響を与えるでしょう。

 内閣を脅す明治学院大学4年生

  どこからくる?その根拠のない自信。

  論理がなく、馬鹿の一つ覚えのように「戦争反対」を繰り返す。

  

当然、この法案に関する、野党の方々の態度も見ています。

本当にできることはすべてやったのでしょうか。

私たちは決して、いまの政治家の方の発言や態度を忘れません。

3連休をはさめば忘れるだなんて、国民をバカにしないでください。

 キャッチフレーズを叫べば国民全部が「アカ」になるなんて

  国民を馬鹿にしないで下さい。

 

政治家になった動機は人それぞれ、さまざまあるでしょうが、どうか、

政治家とはどうあるべきなのかを考え、この国の民の意見を聞いてください。

勇気を振り絞り、ある種の賭けかもしれない、あなたにしかできない、

その尊い行動を取ってください。日本国憲法はそれを保障し、

何より日本国に生きる民、一人ひとり、そして私は、そのことを支持します。

困難な時代にこそ希望があることを信じて、私は自由で民主的な社会を望み、

この安全保障関連法案に反対します。

 その結果が、16日のデモによる機動隊とのもみ合いでしょうか?

  私は仙台で東北大生らによる、巨大なデモを経験しています。

  まだ幼稚園に入る前だったと記憶しています。

  一番町の通りをものすごい人数の学生達がデモをやってて大騒ぎ。

  怖くて怖くて震えました。

  あまりにひどいので、両親は私をタクシーに乗せて一番町から上杉に

  疎開させた程です。

  あの時、タクシーの運転手さんが怒鳴りながら、学生をかきわけて

  人の波を乗り切り、静かな住宅街に入ったのですが

  小さな私にとってはそれこそが「戦争」のような経験でした。

 

「戦争反対」を叫びつつ「徴兵制反対」を叫びつつ、集団で暴力的な行為

で国に反発する事。それが「正義」と言えますか?

「義をみて・・・」そのままお返しする。

 

しかも、民主党は人のバリケードを作って阻止?

安いスーツを着て来いと指示があったと?

要するに、シールズを先導しているのは外ならぬ民主党と共産党だって

暴露しているようなものではありませんか。

だって、同じことやってるんだもの。

シールズらのあのとんでもない自信は、政党という後ろ盾を得ている

からにすぎないのです。

アメリカのドラマ「SCORPION」っていうの、ご存知でしょうか?

現在、スーパードラマで第一シーズンが放送中。

その16話「ラブ・ボート」というエピソードの中で

武器密売組織のメンバーがロケット弾を米軍のヘリに向かって発射。

それを知ったSCORPIONメンバーが日本の自衛隊に連絡。

自衛隊の艦がそのロケット弾に迎撃ミサイルを発射し、米軍ヘリを救う

というシーンがありました。

 

それを見たとき「ああ、これがいわゆる集団的自衛権の行使」ってやつ?

と思ってしまいました。

無論、アメリカのドラマですから、日本に「軍」がない事すらよく

わかってないんだと思います。

制服も違うし、

「今すぐヘリを助けてくれ」と言われたからって

「大変だ!すぐに迎撃ミサイル」とはならない。

でも、アメリカの一般人にとって「自衛隊」=「日本軍」なんでしょうね。

そして「日米同盟」というのは、つまりそういう行為をさすのだと。

日本はアメリカが日本に基地を持っている事に対して、

領土を侵略されているような気がしています。

沖縄の人達を悲しい目に合わせて、多大な犠牲を支払わせてと。

日本にとって米軍は「悪」ですよね。

でも一方で、米軍がいるから日本は中韓からどれほど守られているか

しれやしない・・・・・という側面もある。

そしてあちらにしても、未知の世界である東アジアにおいて、日本のような

「まともな国」はありがたい筈なんです。

双方が「平和」の為に抑止力として互いの存在を認めるという事は

今の世界情勢にとって重要な事です。

一方的にアメリカの戦争に巻き込まれるわけではない。

こちらの争いにアメリカを巻き込むかもしれない。

 

このところのの中韓のやり方は日本という国を滅ぼしてしまう勢いが

ありますよね。

なんせ、日本国籍を持った人達が日本を貶めるし、韓国人の都知事はいるし。

だからこその法案であると私は思います。

 

どうか、「戦争反対」という言葉に酔って戦争のようなデモを起こすのを

やめてください。

キャッチフレーズに惑わされずに自分でよくよく考えてください。

 

これが野党です

$
0
0

夕方、仕事から帰ってテレビをつけたら。

フジテレビだったかな。

いきなり白真勳という人がテレビに映ってて

「全くいきなりです!可決とは思ってませんから」と大きな声で

言ってました。

要するに「自民党は卑怯だ」と言いたかったらしいのです。

そして「可決とは思ってない」とご発言。

そもそもフジテレビさん。なんで韓国人の議員にレポートさせるの?

でもそんな事いうなら

前日のこれはどうなるの?

みてよ。男性議員を制する為にわざわざピンクの鉢巻きをまいて

人垣をつくる野党さん達。

野党の男って最低。女を盾にするのね。

男性が触れば「セクハラだ!」

石井参議院議員はお気の毒。

しかも、じゃあ、女性の衛視を出せば

「女を利用するな!女をこうやって使うんだな、今の政権は!」

と言いがかりをつける

この発想、思考がもうすでに日本人じゃない。

韓国ドラマそのもの。

なんと卑怯な民主・社民党。

女性として許せません。

女を武器にしておきながら、相手に向かってセクハラ発言するとは

女性としての誇りがないのか!!

パンチラして歩道橋の階段をのぼりながら、見えちゃったら

「セクハラおやじ!」と告発するとか、電車の中で言いがかりで

「痴漢です」というのとなんら変わりません。

 

そして

可決するときの・・・佐藤隊長、腕、噛みつかれてなかった?

大丈夫ですか?

まったくもってこれが民主主義とは。

私は「いちご白書」を知らない世代だから、ちっとも「反体制」に

対して夢もロマンも感じません。

戦うなら堂々とやれっ!

とにかくいいがかりをつけるな!嘘をついてイメージ操作するな!

女を武器にするなっ!女を盾にするなっ!

 

山本太郎の「自民党が死んだ日」のプラカード。

強行採決のようにみせかけたのはそっちなのに

「強行採決」と呪文のように唱える。

これじゃ宗教団体かナチスのやり方ですよ。

私達は民主党や社民党から「民主主義」をまもらなくてはいけません。

あれはいくらなんでも大人としての良識がなさすぎ。

 

 

 

昭和34年2月6日内閣委員会議事録 2

$
0
0

平井委員 続日本紀でしたかに「武烈天皇は性さがなくましまし、

       悪しきというてなさざるはなし。ゆえにここに皇統絶えにき。」と

       出ておりますが、そこで日本の皇統は絶えております。

       ところが民族の中心がないというので、当時のやまと民族が

       非常に心配をされていろいろ徳の高い人を探した結果、

      河内の国の山奥に非常に崇高なお方がおられた。

      その人をその次の天皇に中心として迎えた。

      これが孝昭天皇でございます。

      そういうふうで非常に徳の高い、民族の中心としてふさわしい方が

      中心となられ、これを親として崇拝をしておったということは

      長官も御承知のことと思います。

      また北畠親房卿は「君は尊くましませど、民を苦しむれば天これを許さず」、

      こううたっております。

      そういうことで常に天皇と国民は一体の姿であられたということも

      長官は御承知の通りと思うのであります。

      そこで孝明天皇は、いよいよ王政復古の声が日本に立ち始めまして、

     当時御承知のごとく日本は徳川幕府によって支配をされておった。

     そのときも孝明天皇は「すましえぬ水にわが身は沈むとも

    にごしはせじなよろづ国民」、

    これは若くして世を去られたとも聞き、あるいは切腹したとも

   私は承わっておる。

    明治天皇は幼少にして非常に苦労をされた。

   その結果明治天皇が王政復古の後に明治大帝とまで崇拝をされておるのであります。

   その後明治天皇は欽定憲法をしかれて、ほんとうに天皇主権のもとに

   天皇と国民は一体である。

   すなわち「罪あらばわれを咎めよ天つ神民はわが身の産みし子なれば」、

   全く一体の姿で来たのであります。

   その点から見まして日本の天皇制は諸外国と違って、

   ほんとうに天皇と国民が親子の姿であり、一体の姿であるところに

   天皇独裁ということでなく、ほんとうに国民と天皇といったような、

   決して天皇はオール・マイテイでないと私は考える。

   すべて民の世論、民の声を聞かれて、これで政治を行なったということが

   日本の天皇制の姿でなければならぬと思います。

   従いまして天皇は国民の親であり、ほんとうの中心である。

   それが戦争がだんだん敗戦の姿をたどって終戦になる。

   国民の中にはあるいは戦犯、あるいは数百万の戦死者を出しておる。

   国民の親であるべき天皇は近代天皇でありますが、

   いかなる親としての行動をされたか、これは私は強く追及をすることも

   いたしませんが、だんだん敗戦後に天皇制に対する観念が

   薄らいできておるということは長官も御承知と思います。

   しかも皇室の尊厳について今日の日本の姿、あるいは日本の青少年の気持、

   これを考えて今後の天皇制、皇室の尊厳がどうあらなければならぬか、

   過去のことでなくこれからの天皇制でよろしゅうございますが、

   皇室の尊厳、今後の天皇制のあり方、これに対してどういう確信を持たれ、

   どういう天皇制のあり方がいいと思われるか、

   この点を一つ長官にお伺いいたしたいと思います。

(「続日本紀に「武烈天皇は非常に暴君であったので皇統が絶えた」と

 あります。そこで徳の高い方を探した結果「孝昭天皇」がたてられました。

このように、徳の高い「民族の中心」としてふさわしい方が天皇になり、

国民はその方を崇拝し、親子のような関係であったわけです。

あるいは北畠親房は「天皇は尊い存在ではあるが、国民が苦しんでいる

なら天はこれを許さない」と言っております。

こうやって天皇と国民は一体となっていた歴史があるのです。

孝明天皇は「汚れた水の中にわが身が落ちようとも私の国民は

少しも濁るこことはない」と歌い、明治天皇は

「国民の罪は私の罪だ」とおっしゃった。

日本の天皇制は諸外国と違い、天皇と国民が一体となっている

親子のような関係であると思っています。

戦前まではそういう意識だったけれど、敗戦後は若者の間でも

「天皇」に対する崇敬の念が薄らいでいる現実を長官は

どのように考えていますか)

 武烈天皇の後に即位したのは継体天皇です。

  武烈天皇は非常に残酷で異常な性格であったと書かれているのですが

  現在ではそれは「継体天皇即位」の理由づけではないかとみられています。

   継体天皇は非常に武烈の血筋から遠かったので。

 戦後、たった10年やそこらで天皇への尊敬の念が薄らぐとは。

   日本って本当に・・・と思いますね。


○宇佐美説明員 ただいま平井委員がるるお述べになりました点につきましては、

           私どもきわめて同感いたすところでございます。

           常に皇室が国民とともにあられるということ、

            昔から皇室の念願とされ、その実現に心を砕かれたのであろうと

           考えるわけでございます。

          いろいろ機構上の変化があるといたしましても、

          皇室と国民との関係というものは、常に皇室は全国民のために

          行動せられるということであろうと思うのでございます。

          明治憲法時代の憲法上の地位に基く諸制度と変りました

          今日におきましては、やはりそこに新しい憲法に基く皇室の

         あり方というものが立っていかなければならないと考えております。

         もとより先ほど申しましたような基本的な問題は変らないと思いますが、

         この現われというものは常にその方向に向って進むべきもので

         あると思います。

        天皇の御位地は、今は政治あるいは文化それぞれの長という意味では

       もちろんございません。

       国民の統合の中心ということにあられるわけでありまして、

       そういうような立場から国民の進歩とともに

      皇室もまた歩かなければなりませんけれども、

      常に国民の大多数とともにおられるということが必要であると

      思うのでございます。いろいろ一口に天皇制の民主化ということが

      いわれるのでございますが、

     そういう意味における民主化ということでございまして、

     やはり一般市民と全部同じになるという形式的な問題ではないと思います。

     やはり国民の象徴としてのお立場というものははっきり

     お持ちにならなければならないと考えますし、国民もまた、

     そういうわが国民、民族の象徴であるということに対する尊敬も

     あるのが当然であろうと私どもは思うのでございます。

     皇族と国民が相親しみ、その間におのずからな尊敬があって、

     ともに日本国の発展のために尽されるというお姿が将来の考え方の

     基本であろう、かように考えております。

(おっしゃる通りだと思いますが、常に皇室は国民と一体である

ともにあるという考えです。

皇室は常に全国民の為に行動すべきと考えているのです。

現在は新憲法の下にそれを考えていかなければならないと思います。

基本的には戦前と変わらない姿勢ではあるけど、新憲法下にふさわしい

あり方を模索しなくてはならないのです。

とはいっても、天皇や皇室が一般人と同じになればいいというものでは

ありません。

そこは「象徴」という立場にふさわしい立場を守らなくてはなりません。

皇族と国民が一体となり、自然に尊敬される・・・というようなもので

なければならないと思います)

 宇佐美長官は非常に答えに苦慮しています。

  明治憲法下と新憲法下の天皇制の在り方について、悩んでいるのです。

  民主主義になった以上、長官から「天皇を中心として」なんて言いようもない。

  そんなことを言ったら「まだ戦前の(独裁的な)考え方を持っているのか」と

  責められるからです。

 線引きが難しい・・・・と言っているのですね。


○平井委員 昔は先帝陛下がおなくなりになりますれば、

        皇位をお継ぎになる皇太子は、少くとも一年ないし

        三年の高座の行事をやられて、これならば民族の中心になり得ると

        いう確信がなかったならば、即位をしなかったということを

       読んでおりますが、

       その昔の日本の天皇制に比べて、敗戦とはいえ、

       今日天皇制を維持するとするならば大きな差があると思いますが、

       この点長官はどう考えられますか。

       戦争が負けたからどうでもいいのだというふうに考えておりますか。

 (その昔、天皇が亡くなられますと、跡を継ぐ方は少なくとも1年ないし3年は

 修養を積み、これなら民族の中心になりえるという確信なくば即位しなかったと

 いう事を読んでおりますが、現在とは大きく違いますね。

  皇太子の在り方、次世代の天皇について

 長官は日本が敗戦国で(天皇は象徴にすぎぬのだから)どうでもいいと

お考えですか)

 いささか過激ですが、新憲法によって、新皇室典範によって

  皇太子が(人格の有無に関わらず)天皇になるという制度は

  果たして正しいのか?と言っているのです。

  当時の皇太子殿下というものに対して、ある程度の不信感をもって

  いるような印象です。

 


○宇佐美説明員 昔のいわゆる皇太子のお地位というものは、

           立太子の儀式によってその方に皇太子というものが

           きまったのでございます。

           必ずしも現在のような長子相続という形ばかりでは

           なかったのでございます。

           その意味におきまして立太子ということは非常に重要な意味が

           あったわけでございます。

           現在におきましては、法制上当然長子相続ということが

           定められておるわけでございまして、

           昔の立太子とただいま行われます立太子の意味は

           非常に違っておると思うのでございます。

           昔のような行き方につきましても一つの方法でございますが、

           同時に、そこに政治的なあるいはいろいろな紛淆も

           起り得るのであります。

           私どもは、そういうことが皇室に行われませずに、

           現在のようなはっきりとした皇室典範に基いてそれが行われることが

           明確であり、紛淆を来たさずにいけるものであると

           考えておるわけであります。

(その昔「皇太子」というのは立太子の儀式を持って正式に決まったのです。

必ずしも長子が皇太子になると限らなかった。

しかし、現在の皇室典範では長子が皇太子と決まっているので、

昔の「立太子」とは重要性が違います。

しかし、昔の意味においては政治的な思惑が絡むこともあり

私達はそういう思惑のないところに皇室をおかなければならないと

考えています。

ゆえに今の皇室典範に基づいていくのが一番いいと思います)

 確かに蘇我氏の時代も藤原氏の時代も、政治的な思惑によって

  「東宮」が変わる事はしばしばでした。

  現在は政治が絡まない分「東宮」の人格に関係なく、先に生まれたから

  皇太子です。

  歯止めがないんですよね。


○平井委員 終戦後に、御承知の通り日本は、国民として非常によりどころがない。

        せめて天皇制は維持されたのでありますから、これが一つの希望であり、

        よりどころであったと思うのであります。

        新憲法のもと国民の象徴となられたのでありますが、

        象徴ということの解釈は非常にむずかしいと思うのでありますが、

        象徴といえば、

        少くとも全国民の崇拝されるべき皇太子でなければならぬ。

        しかも立太子の式を終了された。しからば宮内庁長官として、

        あるいはおそばについておる人としては、民族の象徴にふさわしい教育、

        ふさわしい姿にさせることが職責ではなかろうか。そうならなければ、

       民族のより場もない。将来の日本を考えたときに、一体どうなるか、

       これは人ごとでない、日本民族の問題でありますから、

       特に宮内庁長官はこの点をほんとうに真剣に考えなければ、

       これが一角がくずれていった場合には、宮内庁はもちろん要りません。

       宮城開放の問題も近く起ることは当然の話でありますが、

       現在のあり方が新憲法にふさわしい、あるいは日本民族が非常に尊崇して、

       喜んで天皇制を護持されると思われておるかどうか、

       この点を長官にお尋ねいたします。

(戦争に負けて、せめて皇室が残った事で国民は心の拠り所を残された。

新憲法下における「象徴」の解釈は難しいのですが、

「皇太子」である以上、全国民に崇拝される存在でなくてはなりません。

立太子もすませた現在は、猶更(将来の天皇として)民族の象徴となるような

教育を施す必要がある。

そばに仕える人はそんな重要な職責を担っているのです。

そうでなければ、心の拠り所をなくした民族がどうなってしまうか。

なんでもかんでも開放すればいいというものではないでしょう。

宮内庁長官は、現在の皇室の在り方が、国民が喜んで天皇制を守りたいと

思うと考えていらっしゃいますか)

 すごい一文でしょう?

  「今の皇室」というのは昭和34年の皇室です。

  その当時から、保守派の中には「今の東宮様はどうにも」と思うような

   空気があったのかもしれませんね。

  私達の世代から見ると、今上は皇太子時代から昭和天皇の名代を務め

  非常に「公」を大事にしているようなイメージがあるんですけど、

  そういう事ではなく、「思想」に問題があったのでしょうかね?


○宇佐美説明員 私どももただいまお述べになりましたようなことを

           深く考えておるつもりでございます。

           今のような新しい憲法のもとにおける皇室におきましては、

           皇室の方々の御行動というものが非常に大事であると考えております。

           そういうような意味におきまして、皇太子殿下の御教育と申しますか、

          御研さんを願うことは、われわれとしても非常に強いわけであります。

          人を作るということは容易なわざではございませんけれども、

          われわれといたしましては、大きな一つの職責と考えておる次第であります。

(新憲法下においては、皇族自身が自ら思想や行動に気をつける必要が

あります)

 しきたりや伝統を守ってさえいればいい・・・・というような旧家ではなく

  時代から取り残されないように変わりつつも守るべきものは守る。

  そういうバランス感覚が必要というわけですよね。

 

安保法案反対派の真実の姿

$
0
0

 昼間、駅のデッキでおじいちゃんやおばあちゃん達が

「安保法案が強行採決されました!」とかいってビラを撒いてました。

言い分は「こっちはOKしてないのに勝手に通した」というものです。

そして夕方、近所のバス停に「戦争法案成立反対!」の紙が大きく

貼られているじゃありませんか。

雨の中、またあのおじいちゃんやおばあちゃん達が一生懸命貼って。

バスから降りて来たら捕まえられて「戦争反対!徴兵制反対!」って

言うんでしょう 

本当にっ

あまりにも「嘘」を真実といいすぎる

こういう事が独り歩きして・・・事実認定されていくんですよ。

 

 「映像の世紀3集か4集に、「南京大虐殺」についての映像がありました。

ナレーションは「日本軍が中国人を捕まえて虐殺したと言われています」

でした。一緒の映像は日本軍が歩いているところのみ。

虐殺されかかった人達の映像というのが、生きながら焼かれた女性、

顔中切られた子供・・・・これを見た我が家の姫は

「さすがに日本人はこういう事はしないでしょ」

だよねーー まず、発想として、人を生きながら焼くというのはないでしょ。

(中国ドラマでは人を生きながら焼く、子供を騙して毒を飲ませる

女性だろうが何だろうが顔を切り刻む、しまいいは蒸し器に入れて蒸し焼き

にするなんてのもあります。全部匪賊の手ですよね)

国会であんなに民主党が騒いでいるのに、遠巻きにしている人多数だし

「やめないか!」と怒鳴るのがせいぜい。

これが中韓なら人が殺されるって。

でも、やっぱり真実は伝えないと。

いいですか 巷の人が「戦争法案反対」とか「自民党ってひどい」とか

言ったら、ネットカフェに連れ込むなり、自宅にひっぱりこむなりして

画像や動画を見せてください。

これがあなたたちの信奉する団体の真の姿だと。

それで何も思わなければ、その人は日本人じゃありません。

国会でこんなふざけたプラカードを出して、パフォーマンスする山本太郎。

次の日。

一人牛歩。しかも数珠もって喪服着て焼香までして。

さすが俳優・・・なんて笑えない。

「喪」を笑いものにする風習は日本にはないのです。

 

日本人が喪服を着てパフォーマンスするときは、自分が死ぬとき。

切腹するときだけなんだよっ この大ばか者

 白真勳の残酷そうな顔が怖いです。


 

「えさぴょん!えさぴょん」

「このへんに人いないから。マスくんばかりだから」

女性の尊厳を自ら傷つけ他人のせいにする人達。

まるで自称「慰安婦」さん達みたいです。

 


みなさい。

防衛大臣自ら、一切他人事と割り切って意地でも椅子から立ち上がろうとしない。

佐藤隊長がこんなに頑張ってるのに、無表情で座ってる。

何だか情けないねえ・・・・保身しかないの?このおじさん。

 


小西っ!

なんでここまでやった?

とにかくあきれてものがいえない。

 

日本は未曾有の水害が発生し、津波まで来たのです。

富士山に閃光が走り。

いやいやもう・・・・

 


 

そして自民党の大沼瑞穂議員が民主党の津田弥太郎議員に

暴行された瞬間。

民主党的に言うなら「暴行!暴行!」ですよね。

 

 

うわ・・・ひどい。

 可哀そう。

 

 

 

 

 

 


皇室ウイークリー

$
0
0

ご日程

両陛下

9月11日・・・両陛下 → 勤労奉仕団に会釈

                紀子妃殿下から挨拶を受ける

       天皇陛下 → 離任大使に会う

                稲刈り

                通常業務

9月12日・・・両陛下 → (「No Museum, No Life ? -これからの美術館事典 

                                        国立美術館コレクション鑑賞

9月14日・・・両陛下 → 和歌山国体について説明を受ける

       天皇陛下 → 認証官任命式

9月15日・・・天皇陛下 → 通常業務

                 稲刈り

9月16日・・・天皇陛下 → ベトナム共産党書記長と会う

                  赴任大使に会う

        両陛下 → 赴任大使夫妻とお茶

                勤労奉仕団に会釈

 

皇太子同妃両殿下 

9月15日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

9月16日・・・両殿下 → 新任皇宮護衛官に会釈

                外務省から進講を受ける

9月17日・・・両殿下 → 東京大学生産技術研究所

                東京都下水道局芝浦水再生センター及び品川シーズンテラス

               視察

「ビルを建てる時は、いくらくらいかかったのですか?」(BY皇太子妃)

 

秋篠宮家

 9月11日・・・紀子妃殿下 → 両陛下に挨拶                  

9月14日・・・秋篠宮殿下 → (WWFJ)会長他から説明を受ける

        両殿下 → 「生命大躍進」鑑賞

9月15日・・・両殿下 → 日本赤十字社総合福祉センター訪問

             「全国犯罪被害者支援フォーラム2015」について説明を受ける

9月16日・・・両殿下 → 外務省から進講を受ける

               社会福祉法人聖明福祉協会創立60周年記念式典」について

               説明を受ける

9月17日・・・両殿下 → 離任大使夫妻に会う

               福岡県訪問

    ・ 児童による地域伝統芸能披露

    ・ 福岡大空襲について説明を受ける

    ・ 2015年(第26回)福岡アジア文化賞受賞者と懇談。式典出席

 日赤福祉センターは「敬老の日」にちなんだものでした。

 

 なにをかいわんやですね。

 

 眞子さま、帰国を前に取材に応じられる 

 

もうすぐレスター大学大学院から帰国される眞子さまが取材に

応じられました。

眞子さまはすでに学芸員の資格をお持ち。

修士論文のテーマは「博物館における展示物の解釈の可能性」で

提出されたそうです。

博物館学で作品の取り扱いを学ばれる眞子さま。

前回のエジンバラ大の時と違って顔が和やかでなじんでる感じ。

活発に会話をされているようで、快活な眞子さまですね。

姿勢が素晴らしい。

これぞ日本のプリンセス!

「眞子さまはとてもすばらしい学生です。寛大で礼儀正しいだけでなく、

とても快活で、研究テーマにも高い関心を持っておられました」(BY教授)

 

イギリス王室との交流もされたようですね。

ウイル 「次はきっと弟君と会わせておくれね」

眞子さま 「はい」

なんて会話があったらいいのに・・・・・

「とてもよい経験になりました」(BY内親王)

本当に表情からもまた一段と大人になられた様子が・・・・(涙)

現地の取材メンバー。

 

そして現地の報道は  こちら

 

 

嫁公務

$
0
0

 シルバーウイークなので嫁公務に行ってまいります

また色々報告させていただきます。

ただいまーー

$
0
0

 ただいまーー

不肖・ふぶき。

嫁公務を終えて帰ってまいりましたーーー

 

渋滞に巻き込まれ、疲れました。

シルバーウイーク、郡山に行くのは正直嫌でした。

だって、夏にちゃんと郡山宮の傘寿のお祝いはしてあげたし

少しは仙台に・・・・と思っていたから。

なのに「それとこれとは別で」と旦那が言い。説得されちゃって行くことに。

約束したのは腱鞘炎で右手が使えないので家事は手伝わない。

私と宮妃を二人だけにしないで。

勝手に昼寝するな・・・・だったんですけど

 

腱鞘炎がひどくて、整体に行ったらオレンジのテーピングされちゃって。

これで行けばさすがの宮夫妻も、私に家事をさせようと思うまい。

少しは労わってくれるだろうと思ったんですが。

オレンジですからね。かなり目立ちます。

さっそく「その手、どうしたの?」と来たので、「腱鞘炎で」と言ったら

「え?なんで?なんで腱鞘炎になるの?そんなに手を使ってないでしょ。

何が原因?ねえねえ」

とまあしつこいのなんのって。

まさか「ブログで文章書きすぎ」とは言えないし。

実は整体でも「なんでこんなになっちゃったんですか」

と聞かれて「いやーー窓口業務で、パソコンも使い・・」と

言い訳してたんですけど

「よほどすごい量を打つんですね」

「はは・・・まあ・・・」

「窓口ってそんなにパソコン使うんですか?」なんて聞かれて

「ええ・・・まあ」とごまかし。

なのに郡山に来てまでそこまで聞かれ、面倒になった私はテーピングを

外してしまいました

その日だけ、旦那が洗い物をしてくれたけど、あとはずーーっと宮妃の

そばでお手伝い。

一応、私の為に「お刺身とビールを用意したわーー」と言ってくれまして。

旦那たちは焼肉で。

久しぶりに宮と旦那が日本酒を開け・・・宴会は始まったのですが。

饒舌になった宮が言うには

「上の子供たちが小さい頃、ママは自分に余裕がなかったのか、子供たちに

冷たかった。だって子供たちはいつも息子にひっついていたからなあ。

何でもうちょっと優しく出来ないのかと思ってた。母親としてふぶき家の

跡取り達として厳しくしつけようと思っての事だろうがねえ」

と言い出したので、思わず「はあ?」と言ってしまいましたよ。

そして思い出しました。

土日は全面的に子供たちを旦那に任せていたこと。

確かに子供たちはダディが大好きで、いつも一緒にいた事。

だけど、宮夫妻は平日の私達親子を知らないわけですから

旦那はそれを聞いても知らん顔。庇ってもくれないのよね。

腹が立ったけど黙っておりました。

すると、宮がさらに酔ってしみじみと

「それでも姫が毎日電話をかけてくれる。これがどんなに嬉しいか。

そういう子に育ててくれた事は感謝している」と言いましたので

それで許してあげることにしました。

 

姫は本当に毎日仕事に行く前、駅の電車待ちの時間を利用して

郡山に電話をしています。

だから宮夫妻は姫が大体、何時に電話をしてくるか知っているし

私以上に彼女のスケジュールや仕事の内容を知っているのです。

「今回もね、姫が『ママとダディがお世話になります。よろしく』って電話を

よこしたのよ。まあ、まるで母親みたいな娘ねえ」と。

隣に住んでる親戚も、岩手から来た親戚も、二言目には

「姫ちゃん、元気かしら?すっかりお嬢さんになってるわよねーー」と大人気。

みんなが姫に会いたがる。

旦那の家系では女の子は珍しいので。

しかも、姫とジュニアは小さい頃、夏休みや冬休みになると宮夫妻の所に

1週間以上預けていたので、当然、法事にも参加。墓参りにも行く。

ゆえに親戚中が子供たちを知っているのです。

私の両親は今の皇室と同じように、親戚らと疎遠になっていましたから

残された子供である私が後々苦労したのです。

そういう思いをさせたくなかったので、どんなに宮夫妻と喧嘩をしても

子供たちだけは親しくさせておりました。

今は宮夫妻はヨンジュナに夢中です。

宮夫妻は歳をとっていますし、ヨンジュナは手がかかるので、昔のように

預けたりはできませんけど、それでもまあ交流は深い方ではないでしょうか。

 

郡山の朝は5時きっかりに始まります。

「いいのよ。寝てて」という言葉に惑わされてはいけません。

さっさと起きて化粧して朝食の準備にかからないと。

それでも食事を始めるのは8時。

なのに昼食はかっきり12時。

気が付くと食べる準備をしているか食べてるか後片付けしているか・・・・・

何でこんなに時間がかかるかというと

宮妃が家じゅうにある食器や調度品を処分したくて仕方なく

それを私に見せているからです。

「これ、もっていかない?ちょっと値のはる代物なの。捨てられなくて。

この大皿は?すき焼き用の鍋でしょ、グラスでしょ。どうしよう」

こればっかり。

よほど自分たちが死んだあと、私達がこれらを持て余すことを危惧して

いるのですね。

「大丈夫。ここに来てちゃんと使いますからすてないで」とそのたびに言いました。

そんな事より保険証とかそっちの方を教えてくれないとね・・・・

土地の広さ、境界線の話。

相続の事。全部ちゃんとしておくつもりだけど、宮が死んだら親戚が

狙ってきそうだから注意しろとかねーー

 

今後はそういう話が増えるんでしょうね。

お墓参りをして、三春のハーブ園に連れて行ってもらいました。

やっぱりここって大好きだわあ

薔薇を買ってご機嫌。

宮は「ヨンジュナの為に」といって柿の木を購入。

庭のイチジクを抜いて植えました。

「ヨンジュナと一緒に成長していくのを見る」そうです。

 

夜は日帰り温泉に。

そこで、恐れ多くも宮妃に髪を洗って頂き、ドライヤーをかけて頂き

ポニーテールに結って頂きましたわ。

元美容師さんですから、一応プロ。

ありがたい事でした。

26年かかってここまで来たなーーという印象です。

理解されにくい子育てをして来たと思います。

ジュニアも姫も表面的には学歴がないわけだし。

だけど、孫たちは今もじじちゃんとばばちゃんが大好きでいつも

気にかけています。

 

来年は義兄の13回忌。

最大のイベントになるので「嫁」としてはちょっと大変かなあ。

 

ちなみにジュニアにLINEで「ママ、小さいとき、冷たかった?」と聞いたら

「そんなことないよ」というので

「ママに気を遣っているんじゃないの?」と聞いたら

「そんな事、考えた事もないなあ」と。とりあえずほっ。

姫いわく

「ダディは友達。ママはママーーって感じ。怒らせたら怖いぞと。

休みの日しかダディはいないんだから、べったりするの、あたりまえじゃない」

と言ったので、それもそうっかと。

まあね。20年前に散々

「母たる者、おしゃれをしてはいけない。髪を伸ばすな。スカートはくな。

いつも髪を振り乱して子育てと家事におわれるべきだ」

とのたまった郡山宮ですよ。ええ・・・・そう簡単に人間は変わらないって事で。

今はただ、元気でいてくれてありがたいです。

同年代の老人に比べるとフットワークが軽く、まだ判断力がある。

ヨガとグランドゴルフがいいのかしら?

最近はすっかり韓国ドラマにハマってテレビの予約はそればかり。

同じ話を何十回としますが、でもしないよりはましか。

初めて聞くように「へえ」と返事を忘れず。

・・・・・という感じで帰ってまいりました。

まだ腱鞘炎が治らないので、ゆったりとブログ更新をしていきたいと

思っています。

留守中、皆さま、おしゃべりに花が咲いたようで。

 

 

 

佳子様手話パフォーマンス

$
0
0

 連休にも関わらず・・・っていうか、連休だから?

佳子様がご公務で鳥取を訪れました。

鳥取に到着された佳子様。

70年前、境港市で起こった貨物船の爆発事故の慰霊碑に供花。

手話パフォーマンスで高校生らと歓談。

水木しげる記念館を訪れた佳子様。

「アニメとはずいぶん違いますね」

 

 

 

プロファイル

$
0
0

ペルー人の犯人・・・最初の一報を聞いた時、

「彼はシリアルキラーかも」と思いました。

そしたら案の定、兄も同じで弟も同様。

これはたぶん環境によるものではなく、生まれつきの性質と思います。

残念ですが、世の中には人を殺さずにはいられない、傷つけずにはいられない

性分の人間がいるのです。

これは「病」ですから治すことが出来ません。

「少年A」も復活してしまい・・・・じゃあ医療少年院での日々は

何だったのかと絶句する関係者もいるでしょう。

誰のせいでもない。

性癖・・・もって生まれた性格の異常を人の手で何とかするというのは

そもそも傲慢な事かも。

せいぜい祈りつつ神の御許へ送る事しか

郡山宮夫妻は一日中NHKを見ています。

こんな反日放送を一日中見ている。

なぜってたぶん、お年寄りののテンポに合っているんでしょう。

だからこそ、NHKは偏向報道をしてはいけないのです。

久しぶりに「日曜討論」を見てしまいました。

今回の安保法成立に関して、自民党二人、野党が5人の討論会。

そもそも変でしょ。

何で5対2なの?これこそがNHKの偏向ですよね。

稲田議員、それから維新の会の人が今回の大沼議員の怪我に

ついて民主党に「どうされるつもりか」と問いただすと

あの辻元が「そういうこと言わない方がいいと思いますよ」としたうえで

「これはきちんと調査しないといけないですが、うちの方だって・・・」

とぐずぐず。

私が本当にに腹が立ったのは辻元の「そういう事、言わない方がいいですよ」

の連発。

これは脅しです。本当に脅しの言葉だと思います。

民主党も社民党も共産党も言葉で人を脅すのです。

この言い方はシールズの奥田何某も同じ。

そういう言い方を教わったんでしょうね。

「そういう事言わない方がいいですよ(さもなければあなたの身に

何が起こるか)」

辻元の目つきは完璧にマインドコントロールされているような

新興宗教にはまっているような、そんな目で

「ああ、これは何を言っても無駄だなあ」と。

稲田さんは努めて冷静にお話ししていましたが

一言「私達を脅すのですか」と言えない事が情けない。

 

辻元らの言い方というのは一定の法則があるようです。

 自分達の言い分のみを通す

 遮られると被害者になりきって騒ぐ

 核心を突かれると即答しない、話題をすり替える。

  「こっちこそ・・・・だ」と逆に攻撃する。

 言葉尻をとらえて大げさに吹聴する。

 ミスリードのキャッチフレーズを大声で繰り返す

「戦争反対!」というのが今回の「キャッチフレーズ」で

+「徴兵制復活」もそう。

惑わされやすい国民は、主婦層や学生らが同調しました。

これって、完璧にヒトラーと親衛隊の図式ですよね。

ヒトラーの感情を高ぶらせ、わかりやすい言葉でとうとうと述べる

あの演説法は100年を経ても使う人はいるでしょう。

 

ヒトラーも辻元他野党の方々はなぜこうもしつこいのか。

なぜこうも執拗なのか。

これは今、私のブログに来ている荒らし連中も同様でしょう。

ヒトラーはオーストリア生まれのドイツ人だった・・・・血筋に多少ユダヤの血が

入っていた。

一見、正真正銘ののドイツ人に見えるけど、ほんの少し違っていた。

その事がコンプレックスを刺激したんでしょう。

辻元ら民主・社民・共産の3党の半分はルーツをたどれば日本人ではない。

国籍はそうかもしれないけど、実は違う。

そもそも移民というのは、住んでいる国に忠誠を尽くすことで

認められるわけですが、在日だけはそうではない。

「祖国」で認められるべき自分達が、日本にいて日本国籍を持っている

事がそもそもの屈辱なんです。

かといって今さら祖国の国籍が取れない、一から始める事も出来ない。

見かけは日本人、しかし中身はあちら・・・の心の中は

「出世することで祖国を見返したい」という思いで一杯です。

舛添知事などはその典型例では?

のほほーんと日本人やってる、正真正銘の日本人が理屈抜きに

憎らしくて仕方ない。

あちら風に言うと「胸が張り裂けそう」だ・・・・という事になる。

日曜討論の辻元や、社民の福島の目を見ると後ろにそういう思いが

透けて見える。

要するに「(日本にいる自分、日本国籍の自分が)幸せではない」という

話なのです。

なぜ幸せでないか、本当の処、ただ単に心の持ちようだと思うのですが

自分のせいではない。私は悪くないというのが半島メンタリティですから。

 

私は「国防」というのは、最も利害関係から遠い場所にある思想だと思います。

だってそうでしょ?

国の為に尽くしたからって、国の為に戦ったからって、それでどうなるの?

軍人なら階級が上がって出世する。でも、命をかける対価としては

安いものではないですか?

国防とは、自分以外の誰かを守ること。

そこに損得勘定が入らないの。

なんでそういう事が出来るのか。いや、なぜ70年前にそれが出来たか。

日本人一人一人が国を真剣に愛していたからです。

国を愛するという事は身近な人を愛する、大事にする。守る事ですね。

ところが中韓の思想の中にそんなものはないのです。

みんな自分のことしか考えない。

一族の内にいる人は大事にするけど、広義的な「国」なんか考えない。

損得なしに国に尽くす民族なんてありえないと思ってる。

だからこそ、それが「偽善」に見えるんです。

「殺すより殺されたい」

一見、綺麗な言葉ですけど、はっきり言ってこんな身勝手な文句はない。

自分以外の誰にも責任を持たない行為は正義ではない。

だけど彼らからすると

「なんで?日本人はなんでそんな事出来るの?

自分達と同じように黒い髪と黒い瞳を持ち、黄色い肌で漢字を使う

同じアジア人なのになぜ日本人だけが笑って突っ込めるのか」と。

出来ないから。

自分達には出来ないから、それをやろうとする日本を非難する。

それは間違ってると言い募るのです。

こういう人々にはどうもしようがない。

ほっといて自滅するのを待つしか・・・・・・

「天が怖くないのですか」と反論するのがせいぜいですよ。

地震が起きようが大雨が降ろうが火山が噴火しようが、日本人は

いつの間にか笑って復興しているんです

そういう事が許せない人種というのは必ずいるんですよ。

 

だから朴大統領は世界中に告げ口して回って

「ね?日本人って変でしょ。おかしいでしょ」と同意を求める。

沖縄の翁長知事もまた国連に告げ口ですよ。

「私達はこんなに不幸な思いをしているのに、当の日本は幸せそうです」と。

あの知事もまた日本人ではないんでしょう。

かといって、沖縄が本当に中国の属国になって、県民が奴隷のような

扱いを受けたら、それはそれで「日本がちゃんと守ってくれないから」と

起こるんだろうなあ。

さて。

例の荒らしの筆頭格がジュゴン様のブログにこんなことを書きました。

「私は荒んだ心を嫌がらせして治癒しようとなんてしてません。

私は悪意のある人や利己的だと感じた人に嫌がらせをすると決めているのです」

私はこれを読んだ瞬間・・・まともに相手してはいけないと思いました。

私のブログが、あるいはジュゴン様のブログが悪意に満ちて利己的に

見える理由は何だろうと色々考えましたよ。

執拗に私のプライベートを話題にする。子供たちを出して最も

傷つき易いところを突く。

ジュゴン様に対する猫の話などがそうですよね。

 

多分、年齢は同年代。学歴は私以上。出身地は・・・もしかして東北かも。

私よりずっと経済的に豊かで時間もある。

周りからは羨まれる環境にある。不満を持ついわれはない・・・と回りは

そう思っている。

しかし、今までの私のブログ記事を読む限り。

ふぶきはまともに生まれて来てないし、学歴もない。

なのになんでふつうの人のようにブログなんかやってるの?

3人も子供を産みやがって・・・・こんな女と結婚した男の顔が見てみたい(?)

そしてグチグチやってるブログの内容が・・・何だかちょっと幸せそう。

そうな感じではないですか?

 

個人的には「私は悪意のある人や利己的だと感じた人」の定義を示せと

言いたいし、それに対して「いやがらせ」していいものか。

法的にどうなのか。

このコメントは永久保存して、いつか法的に役に立つことを願っています。

 

私は2ちゃんにもさらされているし、(今朝もまあひどい書き方されて)

講演会をやった事がよほど腹に据えかねる連中がいるらしい。

それでも、私はブログを閉鎖しないし、講演会もやめません。

確かに学歴もない、専門に勉強したわけでもない私が、人々に向かって

何かをしゃべる事は生意気に見えるかも。

だからこそ、それを補う為の努力は十分しているつもり。

そして何より、今、皇室を語る事、皇室をよりよくしていく為に歴史を知る事は

国の為であると信じています。

 

ただ、ジュゴン様のブログに対する悪質なコメントは許せません。

あちらのブログはそれこそ害のない、楽しいブログです。

講演会前は忙しくなるけど、それ以外はのどかな記事に埋め尽くされています。

今回のことでジュゴン様はたいそう傷つかれています。

皆さまの慰めとお力が必要です。

どうぞ大多数を占めるふぶきの部屋の善良な皆さま。

ジュゴン様と私のブログをお守りください。

 

Viewing all 5884 articles
Browse latest View live