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東宮職医師団の見解

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誕生日文書以上に腹が立つ「医師団の見解」をどうぞ。

「皇太子妃殿下におかれましては、

これまで東宮職医師団として説明して参りました基本的な考え方を踏まえながら、

本年も引き続きご病気ご治療を継続していただいております。

 妃殿下には、本年も、東宮職医師団とご相談されながら、

妃殿下ご自身のご努力と工夫により体調を調えられ、

東宮御所内外での公的なご活動を少しずつ着実に重ねてこられました。

 よくも毎年同じ文章を・・・・・「努力と工夫」って具体的にどんな?

  と、毎年毎年同じ疑問を呈しても東宮職さんは無視や。

  無視すれば全てすむと思っている官僚さんそのものや。

 

7月のトンガご訪問や10月の福島県行啓及び鹿児島県行啓などを務められたほか、

秋の園遊会には冒頭ご出席になられ、また、

国賓行事へのご出席を始め、近年お出ましになられた公的な行事には

引き続きお出ましになられるようご努力なさっておられます。

また、東宮御所内での行事についても、可能なものについてはご出席を重ねておられます。

このように公的なご活動を少しずつ着実に積み重ねていらっしゃることは、

妃殿下にとってもご自信につながり、望ましいことと考えております。

 また「「努力」こんな自画自賛な医師団がいるのか?

  また無視や。無視。庶民の疑問はスルーや。それが官僚や。

 そもそも自信をつけるために公務しているんじゃありませんって。

 

妃殿下には、また、学習院中等科での生活にもお慣れになった

御様子の愛子内親王殿下の御成長を見守り支えていらっしゃいます。

 妃殿下には、このように、少しずつご活動の幅を広げられながら、

着実に快復してこられています。同時に、妃殿下には、まだご療養中であり、

行事が続いた場合にはお疲れが出ることもおありになります。

東宮職医師団としましては、妃殿下が公私にわたるお出ましを積み重ねられていることは

望ましいことであると考えておりますが、公的なご活動につきましては、

引き続き妃殿下のお気持ちやお考えを伺いつつ、ご活動の内容、ご負担、

ご体調などを専門的に勘案しながら対応をその都度考えていきたいと思います。

 疲れるのは当然や。皇太子妃だけが疲れるんやあらへん。

  紀子様も皇后陛下もみーーんな疲れるんや。

  だけど、それをみんな頑張っているんや。スキーでは一日中滑る事が出来る

  体力があるのに、「疲れてーー」ってそれはさぼりのいいわけとちがうんか?

 要するに医師団ちゅうのは妃殿下のスポークスマンって事やね。

 

また、私的なご活動につきましては、拡充していっていただくことが大切だと考えております。

これまでも説明して参りました通り、妃殿下のご快復は着実に進んでいるものの、

ご体調にはなお波がおありであり、まだ快復の途上にいらっしゃいます。

こうした中で、過剰な期待を持たれることは、

かえって逆効果となり得ることを引き続きご理解頂ければと思います。

今後とも、周囲の方々の理解と支援を受けながら、

ご治療を続けられることが大切です。皆さまにおかれましても、引き続き温かい目で

見守っていただきたくお願い申し上げます。

 期待なんかしてへん。さっさと退場してくれて結構や。

  その地位にしがみついているんはどなたさん?

  過剰な期待も何も、出てこなくて結構やいうてますねん。

  あー無視か。あー聞こえない聞こえない。何もかも聞こえない。

  官僚は都合のいい事しか聞こえへん。

 

という事で無駄に長い医師団見解でした。

今年は扱いも小さいのでは?

映像での雅子妃はキラキラした瞳でモデルのように座っていたけど

横の皇太子のふがいなさに笑ってしまいました。

もはや椅子に座っている事しか出来ない東宮一家なのでした。


眞子さま IN ホンジュラス 4

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まず衣装別に・・・・

ターコイズブルー?ビリジアンブルー?のブラウス。刺繍がおしゃれ。

遺跡にて。

こういうとこ、ほんと、若いっていいなあと思います。

この若木がいずれ大きく葉を茂らせ、また眞子さまをお迎えするのです。

えくぼ美人

こうやってみると、ブラウスのすその刺繍が本当に可愛いですよね。

今年はレースが流行で、ニットにレースとか、そういうのも流行ってます。

裾にレースや刺繍も若々しく今風。

お持ちなのはお金?

バッグは長いショルダー。軽そうですよね。

ラフだけど品格を失いません。

 

次はブルーのスーツ。

デジタルミュージアムオープンセレモニー

目が覚めるような青。

トルコ石のような色で、かの人が着たらそうなるか・・・想像しない。

子供達へのお声かけも自然で。

記念品の贈呈でしょうか。あちらさまはやたらラフスタイル。

でも日本のプリンセスはお綺麗。

眞子さまの髪はつやつやです。

韓国史劇風小説「天皇の母」198(逆襲のフィクション2)

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その年の誕生日の内祝にキコは欠席した。

「そんなに体調が悪いのか」と東宮職から質問をさせてみたが

「高齢出産になるので大事をとりました」とのこと。

何が高齢出産だ。マサコだって38で出産しているというのに。

再度「少しの時間でも構わないから出席すべきでは」と言わせたが

今回ばかりは宮の意志が固く

「男にはわからない体調の波があるようで」と返答した。

体調云々を言われたら言い返せない。

こちらも脛に傷を持つ身。これ以上は追及できなかった。

ナツメも役に立たなかったのである。

まさかそんなことを警戒したとでもいうのだろうか?

皇太子は少しいぶかってみたが、本人に言うわけにはいかない。

不機嫌な妻と強気の舅に挟まれて、皇太子はどうしたらいいかわからなくなった。

「妃殿下は高齢出産であられますから、お気をつけないといけませんなあ」

ヒサシが言い、ユミコが

「ほんと。まあ3人目でいらっしゃるから慣れたものでしょうが」というと、

皇族方はみな黙ってしまった。

宮は微笑みながら「ありがとう」と答える。

「それにしても殿下はお元気でいらっしゃる。私など40にもなればいい歳で

とてもとても子をなすなど。東宮様といい、皇室は精力旺盛だからこそ

2000年も続いてきたのでしょう」

ヒサシは多少の酔いもあって、少し気が大きくなったようである。

「殿下はナマズのご研究をされていたんでしたかな。すっぽんではなく?」

などと下品な冗談を言い募る。

宮は「すっぽんも面白そうですね」と相変わらず笑っている。

たまらず皇后が

「東宮妃の体調も上向きでよい事ですね」と話を向けると、ヒサシは

「陛下にはふがいない娘で恐縮しています。なにせ2人目を諦めたと言いましてね。

まあ、年齢からみれば当然ですよ。とても宮様のような勇気はございません。

これからはトシノミヤ様の養育に専念するとおっしゃっています。

それがいいでしょうね」

「そうね」

皇后はそう言うしかなく黙った。

誕生日の宴というのに、どこまでも殺伐としている。

「将来、総理大臣にもなれると言われた娘が、今はこんな有様です。

一体どうしてなのか、私にもわかりません。

娘が得てきた知識も経験も皇室という奥深い場所では何の役にも立たなかった

という事でございましょうなあ」

「お父様のおっしゃる通りにしただけじゃない」

マサコのセリフにヒサシは笑った。

「ほら、いつもこうして私を責めるのです。まるで私が無理に入内を勧めたかのようにね。

私はあの時、もうしたんですよ。

皇室とて、そこにいらっしゃるのは人間であるから理解し合えない筈はないと。

どんな立場の、どんな地位の人間も平等にそこに存在しているんだから

なんでも口にして聞けばいいのだと。そうではありませんか?」

「ええ・・・」

皇后は答えに窮する。ヒサシのいう通りだと信じて入内したあの日を思い出す。

人間みな平等。皇族も人間。現人神ではない。

だからこそ血筋に惑わされるのは間違っている。

人間はその性格や知性によって評価されるべきであると。

そうはいっても、皇太子妃の「適応障害」は少しも成功しているとは思えない。

一部に批判の芽がある事は皇后の耳にも入っている。

かつて葉山にこもった自分が批判された事は一度もなかったのであるが。

「でも皇太子妃としての務めがあります。妃もそのあたりをよく考えているでしょう」

そんな言い方しかできなかった。

この日の宴は完全にヒサシの勝ちだった。

 

いつもいつも「皇室」「自己」の間で葛藤と矛盾を感じる天皇と皇后は

民主主義時代の皇室の在り方について未来を失っていた。

 

数日後、一人で参内した皇太子は、今年の誕生日がとても悲しかったと母に訴えた。

「世間の期待が一気にアキシノノミヤに移ってしまったんでしょうか。

僕は存在してはいけないんでしょうか」

「誰がそんなことをいうのです。あなたは東宮です。将来の陛下なんですよ」

「でもアイコは男の子じゃありません。マサコももう子供を産むのは嫌だと言っているんです。

無理は言えません。もし、宮の所に男子が生まれたらどうなるんでしょうか」

「そうだとしてもあなたは東宮だし、立場は変わりませんよ」

「そうでしょうか。僕なんかいつだって貧乏くじばかり引いてます。昔から

アーヤの方が背が高くて頭がよくて」

「あなたにはあなたのいい所が沢山あるんですよ。それにあなたは陛下の長男。

背の高さだの頭だのって関係ありません」

「僕、結婚に失敗したんでしょうか」

皇太子はしょぼんとして呟く。

「どうしてそんなことを?」

皇后はびっくりして顔を覗き込む。じんわりと皇太子の瞳には涙が浮かんでいる。

「おたあさま」

皇太子は目をこすりながら言った。

「おたあさまやおもうさまがマサコのことを不満に思っている事は知っています。

僕だって時々、堪忍袋の緒が切れそうになります。

結婚する前のマサコは明るくて優しそうだったのに、結婚してからは変わりました。

いつも不満を抱えて、あれが嫌だこれが嫌だと。

最初は僕も怒っていたんです。だけど、マサコの気持ちもわかるような気がしました。

だって、彼女はものすごく優秀で自由自在に世界を飛び回っていたんですから。

皇室という狭い場所に閉じ込めた僕が悪いんです。本当にそうだと思います」

「ナルちゃん。皇太子妃になるという事がどんなことか、妃にもわかっていたでしょう。

その上で結婚を承諾したのですよ。あれからもう10年以上が過ぎました。

子供もなして、夫婦として形が出来ている筈でしょう。今更失敗も何も」

「おたあさまはそんな風に思った事はないのですか」

聞かれて皇后の胸によみがえったのは苦いコーヒーのような日々だった。

戦争時代、こんな窮屈な世界は嫌だと子供心に思っていた。

あの館林の日々。地元の子供達になじめなくて、何もかも違っていた。

しかもお腹がすいていた。

そんな日々を抜け出して戦後の自由を謳歌したいた時に来た入内話。

「民意」を背負っての入内だった。

そう信じている。世間は全て自分の味方だった。

日本中で最も美しく気高い女性、それが「ミチコ妃」だった。

なのに、皇室は私を拒もうとした。「血筋」一つを盾にとって。

皇室の悪しき価値観を50年かけて変えてきた筈だ。

なのに、まだ苦しんでいる女性がいるのも事実。

そして最も大事な息子が翻弄され、傷つけられ悩んでいる。

「私は陛下のお心に従って生きてこられたのよ。どんな時でも陛下の

お導きがあったからあなたを育て、アーヤやサーヤを育て、皇太子妃として

皇后として生きてこられたのです」

「僕にはそんな力はありません。妻を導くなんて」

「ナルちゃん」

「おもうさまみたいに立派じゃありません。僕自身が今の生活が不満でならないのに

妻に我慢しろと言えますか。僕はずっと我慢してきました。

見張られているような自由のない生活を。

だけど仕方ない。だって僕は将来天皇にならないといけないんですから。

そうはいっても、時々やりきれなくなるんです。

せめてマサコがもう少し機嫌がよかったら僕も耐えられるんですけど」

皇后はたまらなくなって、思わず皇太子の両手をぎゅっと握りしめた。

「大変な立場に産んでしまってごめんなさい。でも私はあなたを誇りにしていますよ」

「僕はマサコがいないとダメなんです」

皇太子はしくしくと泣き出した。

「マサコなしでは生きていけない。もう踏み込んでしまったんです。

僕にはマサコと一緒の人生以外、考えられないんです。

僕にはもう、僕には・・・・もう、この道しかないんです」

この道しかない。

あの不出来な皇太子妃と一生をともにするしかない人生・・・・

皇后の頭の中で何かが目まぐるしく動き始めた。

確かに今、離婚しても皇太子にメリットは何一つない。

汚点だけが残る。

アイコの秘密や養育環境を考えると、誰と再婚してもいいというわけではない。

いつの間にか皇室は国民に大きな秘密を抱えている。

望むと望むまいと、抱えてしまった秘密は墓場まで持っていかねば。

それは、かつて「ねむの木」に代表される障害者への「慈愛」をうたった皇后とは

正反対の考えだった。

矛盾している事はわかっている。

しかし、この事は自分の事ではない。

もう歳をとった自分たちが解決する話ではない。

望んだのは子供達夫婦なのだから。

心のどこかで「あの障害者たちと孫は違う」と思っている自分もいる。

優しくできたのは「他人」であったから。

これが身内のこととなると話は別。

裏側のこの気持ちをどう隠して行ったらいいのだろう。

あくまでも望んだのは息子であり、嫁であり・・・・・

 

一方で、自分たちが築き上げた新しい「貴族社会」なら

皇太子とマサコを守ることが出来るのではないかとも考える。

旧皇族を捨て、旧家族を捨て、孤独の中に新しい人脈を築いてきたのだ。

その「壁」なら・・・・

「ナルちゃんの思いのままにすればいいわ。あなたが苦しくない様に。

アイコしかいないのなら、それでいいわ。

世の中が変われば皇統の流れも変わります。それを待ちましょう」

皇后は泣きじゃくる皇太子の肩を抱いて必死に慰めた。

 

 

眞子さま IN ホンジュラス5

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次はサーモンピンク。

海外青年協力隊関連のお仕事。

海外青年協力隊派遣開始40周年式典。

日本的なピンクですよね。桃色っていうか。綺麗です。

 

そしてスピーチ。

「このたびの訪問は、私にとりまして、80年におよぶ両国の友好関係の深まりを実感でき、

誠に印象深いものとなっております」

お言葉を考えるのも大変でしょうね。

日本では意味のない駄文が「素晴らしい」と言われますけど・・・・

コサージュは何のお花でしょうね。

プリンセスは威厳がおありでホンジュラスの方々を魅了したよう。

 

そして次はブルーの着物です。

大統領府にて。

 

大統領と会談。

伝統的な布をプレゼントされて。

着物の模様は菊?

もしかして悠仁殿下の着袴の儀で着ていらした着物かしら。

民芸品をご覧になって。日本人形のような眞子さま。

お持ちのバッグはお母さまのかしら?

これ?

 

 

 <!-- ホンジュラス -->

 

 

眞子さま IN ホンジュラス 6

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 もう少しお着物を堪能して下さい。

握手の仕方も優雅です。

たしかにゆきが短いような・・・年齢的にはもうちょっと濃い色でもいいかもしれないけど。

だけど、やっぱり民族衣装っていいですよねーー

あちらからしたらよりエキゾチックなんじゃありませんか?

この時とばかり、あれもこれも見せて下さっているような。

これなんかね・・・・と、声が聞こえてきそうな。

廊下がすっごく長いんでしょうね。あれこれ見ていると。

一つ一つ丁寧に見せられている感じです。

おもちゃの兵隊さんのような。

あちらの民族衣装でしょうか。

華やかな色に負けない眞子さまの着物。

握手に次ぐ握手。みなさま嬉しそう。

乾杯の時でしょうか。

 

眞子さま IN ホンジュラス7

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 次は花柄ワンピースです。これが一番お似合い。

もう怖いくらい美しいです。

なんと清潔で上品なワンピースなのでしょう。

さりげない真珠のネックレスが可愛い。

みなさま嬉しそう。

とて薄い生地のようですね。

この横顔がっ!!素敵すぎる!!

全ての日程の中で、多分一番お似合いなのがこのワンピース。

やっぱりお若いからですよね。

 

さて、ホンジュラスでの報道をどうぞ。盛り上がってます。

 

関西弁

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 まず、毎年恒例、宮内庁文化祭より。

悠仁殿下の作品は、実物大の信号機。ちゃんと点滅してます。

高さ3・3メートル、横に、4メートル。

春から作り始め・・・佳子様もお手伝い。

それにしたってすごいです。観察力が半端じゃないですね。

マニアだなあ。

愛子内親王作。「にじいろ」の絵。スパッタリングという手法で描かれた絵。

年相応な明るさだけど、どうして「手」にこだわるんだろうなあ。

刺繍の三角巾とエプロンは家庭科の授業?

他にステンドガラスで作った星型のストラップも出品だそうです。

中2ならクロスステッチくらい出来そうですが、まあ、可愛いですよね。

しつこいくらい「トシノミヤ」「AIKO」ってあるけど。

 靖国神社で爆発物をしかけた韓国人が再入国して逮捕されたって?

警察が「まさか再入国するとは思わなかった」とか言ってるんですけど。

そういう発想がもう許せないっていうか、何ボケているの?警察は。

何が何でも日本に引っ張って来るくらいの気概があってしかるべき。

じゃあ、なんで再入国したの?

 もう一回爆発物をしかけ、今度こそ靖国神社を爆破してやると思っていた。

 国から「外交問題になると面倒だから逮捕されてこい。帰国したら英雄にしてやる」と言われた。

さあ、どっちでしょう?

英霊が眠る靖国神社でテロ騒ぎがあったという重みを警察は感じるべき。

警察学校に入ったら遊就館見学を義務付けるべきよね。あ、自衛隊も。

安倍総理が毎日見てるって・・・「TUDOERS」の事だったんですね。

私もケーブルテレビで放送されていたとき、全部見ました。

ヘンリー八世役の人がかっこよくてね。

それと、キャサリンという名前の人は不幸を呼ぶのかなと思ったり。

カトリックとプロテスタントの長い闘いにうんざりしたり。

安倍ちゃんがキャサリン・オブ・アラゴンやジェーン・シーモアを「是」としてくれたら

いいんですけどね。

 

私が怒るとなぜ関西弁になるのかーーしかもなんちゃって関西弁。

不愉快になった人達ごめんね。

無論朝ドラの影響です。朝ドラ見た後は自然に関西弁になってしまうので。

姫と二人で関西弁の会話を楽しんでいます。

(ちなみに姫は今、ケーブルテレビでやってる「欽ドン!」に夢中で。

何でもかんでも「良い」「普通」「悪い」と区分けするんですよ

世代を超えて笑いをとれる欽ちゃんってすごいなと今更ながら感心)

 

京都へ行ったとき、ちょこっと京都弁で挨拶しようかと言ったら止められまして。

よその人がわざとらしく京都弁を使うと引かれるそうです

いわゆる関西の人は、関東人が使う関西弁をよしとしない傾向があるんでしょうかね。

東北人ははなから「東北弁」で話してもらおうとは思ってないから。

怒ると関西弁になる理由・・・・やっぱり軽いけどインパクトがあるというか

笑ったノリでぐさっといけるからかなあ。

 誰も期待してへん。そんな事よりさっさと退場してくれて結構や。

  あんたさんにはがっかりや。20年以上皇室にいてなにしてたんや?

  もう顔もみたない。消えて。

 ちょっとぐさっと来ない?来るよねーー笑いながら言われたら怖いわ。

 

 京都弁

どなたはんも期待しいやおりません。退場しいやくれて結構どす。

あんさんにはげんなりしたんや。20年以上皇室にしいやなんをしいやきたんどすか。

よう顔もみたくあらしまへん。消えておくれやす。

 「ぶぶづけ」を地でいくような・・・・

 

 博多弁

誰も期待していんけん。退場してくれて結構ばい。あなたにはがっかりしたけん。

20年以上皇室にしてなんばしてきたのか~か。もう顔もみたくありんけん。消えて下さい。

 ちょこっと人情を感じるなあ。

 

 津軽弁

誰も期待していね。退場してぐれて結構だ。おめサはがっかりしたんずや。

20年以上皇室サして何ばしてきたんずやか。もう顔もみたぐねだば。消えてしてけろだば。

 とりつくしまもない。

 

 山形弁

でぁれも期待していねえがらな。退場してくれて結構だず。おだぐさまにはがっかりしったんだっけ。

20年以上皇室にして何ばしてきたっていうごどなのよか。

もう顔もみたくねえ。消えてくださってけろっちゃ。

 親切な感じがするけど、実はきつい。かの人には通じない。

 

 仙台弁

誰も期待していね。退場してくれて結構だあ。あんださはがっかりしたっけよ。

20年以上皇室さして何をしてきたのやか。もう顔もみたくありね。消えてけらい。

 何だかそっけない。関係ないってかんじ。

 

 福島県

誰も期待していないべ。退場してくれて結構だぁ~。にしゃにはがっかりしたべな。

20年以上皇室にして何をしてきたのだぁ~だべ。もう顔もみたくありゃしにぇー。消えてくだっしょ。

 あんまりきつく感じないなあ。単なる拒絶。

 

 土佐弁

誰も期待しちゃーせき。退場してくれて結構やか。おまさんにゃがっかりしちゅう。

20年以上皇室にして何をしてきたがかぇ。はや顔もみたくないがで。消えとおせ。

 男っぽい。説教されてる感じ。

 

広島弁

誰も期待しとらん。退場してくれて結構じゃぁ。

あんたにゃぁがっかりしたんじゃ。20年以上皇室にして何をしてきたんか。

もう顔もみとぉなぁですぁ。消えてちょーだい。

 説得されてる印象。

 

 名古屋弁

誰も期待していせん。退場してくれて結構だがや。おめぇにはがっかりしましやーた。

20年以上皇室にして何をしてきたのだがやきゃ。みゃあ顔もみたくありゃすきゃ。消えてちょーがゃあ。

 たとえ叫ばれてもずきりとはしないかも。

 

 御所言葉

誰も期待していまへん。退場してくれて結構であらしゃいます。そのほうにはがっかりしました。

20年以上皇室にして何をしてきたのやからあらしゃいますやろか。

もう顔もみたくあらしゃいまへん。消えてくだしゃれ。

 突き放すような感じ。

 

言葉というのは不思議なもので、難しい方言ほどやさしく感じますね。

関西弁はその点、やっぱりきついというか、ぐさぐさ来る感じ。

だから怒りに任せて書いちゃうのかな。東北弁は「あきらめ」が先に来てる印象。

顔をそむけるのね。

風土がそうしてきたんでしょうけど。

 

やっぱり「なんちゃって関西弁」はやめられへんわ。

眞子さま IN ホンジュラス 8

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 いよいよ眞子さまのご帰国です。

帰国セレモニー

日本に帰るとなるとここまで地味になっちゃうの・・・・ああ、いつもの眞子さまファッションだ・・・

これは一応夏物だけど、飛行場へついた頃には冬物でもっと地味なのかな。

あーあ、エルサルバドルとホンジュラスで我が国の誇らしい姫君に圧倒されたというのに

日本ではほとんど報道されず。

大きな成果をお上げになったと思うんですよ。本当に。

なのに・・・・

眞子さま。日本でも同じように微笑んでほしい。

心に残る旅だったでしょう。華やかなスーツでよかったのになあ。

いつかきっと、日本中が眞子さまフィーバーになる事を信じています。外国のようにね。

ちょっとうるっと来ますね。

お疲れさまでした。ほんとによく頑張られて・・・・(涙)

 

 


東照宮へ行ってきました。

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 土曜日から1泊二日で日光へ行ってきました。

宿はいつもの中禅寺湖。

日光東照宮へ上りましたが・・・階段はもういいや。

でもしっかり国体護持をお祈りして参りました。

疲れちゃった・・・・

皇室ウイークリー

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ご日程

両陛下

12月4日・・・両陛下 → 勤労奉仕団に会釈

                人事異動者に会う

       天皇陛下 → 通常業務

                 総理大臣から内奏を受ける

12月5日・・・両陛下 → モネ展鑑賞

12月7日・・・両陛下 → 第31回国際生物学賞授賞式及び記念茶会出席

                赴任大使夫妻とお茶

      天皇陛下 → 赴任大使と会う

12月8日・・・両陛下 → 障害者福祉施策概要聴取

                (株)オーエックスエンジニアリング訪問

 

                千葉市長・市議会議長始めとの会食

               (国立歴史民俗博物館(企画展示「大久保利通とその時代」及び常設展示「現代」視察

      天皇陛下 → 通常業務

12月9日・・・天皇陛下 → 信任状奉呈式

         両陛下 → 皇太子妃から挨拶を受ける

12月10日・・・両陛下 → 勤労奉仕団に会釈

                 人事総裁賞受賞者と会う

                 外務省から進講を受ける

       天皇陛下 → 勤労奉仕団に会釈

                 認証官任命式

 

皇太子同妃両殿下

12月4日・・・両殿下 → 人事異動者に会釈

12月5日・・・皇太子殿下 → 日本山岳会 創立110周年記念式典

12月7日・・・皇太子殿下 → モネ展鑑賞

12月8日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

12月9日・・・両殿下 → 皇太子妃誕生日につき諸行事

12月10日・・・皇太子殿下 → 総務大臣始め知事等と話と昼食

                    勤労奉仕団に会釈

 

秋篠宮家

12月9日・・・両殿下 → 皇太子妃誕生日につき祝賀

                宮内庁人事異動者に会釈

12月10日・・・両殿下 → 鴨場接待

       紀子妃殿下 → チャリティ試写会「母と暮らせば」鑑賞

 総理大臣からの内奏は1時間に及んだそうです。

 両陛下と皇太子でモネ展ねえ・・・・

 11日の小町東宮大夫の定例記者会見。

      小町東宮大夫は「公務への意欲」について改めて医師団に確認した。

   「公的活動に対し常にできるだけのことをしたいとの強いお気持ちがあり、

    体調もそれに見合う形で少しずつ改善してこられている」との見解が得られたという。

    だけど、体調には波があるので、歌会始めへの出席は未定。

疑問

   9日に医師団見解が出たにも関わらず、なぜ小町東宮大夫はあらためて確認したのか。

   矛盾した見解になっていることに気づいているかどうか。

 これを「お尻に火がついた東宮」などと思うのは早いと思っています。

   マスコミがこのところ、大夫に厳しいというか、記者会見で突っ込み、そのたびに

  「ご意見としては承っております」と返事をしているらしい小町さん。

  ここらで何か言っとかないと、東宮との断絶がバレバレになっちゃう・・・から再確認したことに。

 だけど「意欲があって体調もそれに見合うだけの回復をしている」のに

  「波があるから〇〇などへの出席は未定」というのはかなりおかしい。

   そもそも52歳にもなれば、女性は誰だって「体調の波」が出てくるもの。それが即

  意欲減退につながるって話がまかり通ってしまったら、一般庶民がバカみたいでしょ。

  真面目に頑張っている人が本当にバカみたい。

  こんな論理が許されるのは皇太子妃だけ。

  マスコミもわかっているなら、もっともっと小町を追い詰めて苛め抜かないと

  まず宮内庁職員を潰さないと東宮まで行きつかないですよ。

 

 眞子さま帰国 

 お帰りなさいませ。殿下。

ごゆっくりお休みください。

 

 

下町ロケット

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 雪が降らない日光は何もない冬です・・・・・

冬枯れの木立と、遊覧船が消えた中禅寺湖。

日光東照宮は、階段がダメだーー もう歳なのか?

いや、上半身は大丈夫なんだけど膝がねーー

ヨンジュナには「ママ、ダイエットしなさい」と散々言われるし。そうはいっても、

大変なのは大変なのっ

ヨンジュナは「お守り」大好きな子のようで、「東照宮400年記念叶鈴お守り」系を

いくつもほしいとせがんで、結果的に買ってしまいました。

商売上手だわーー「黄金色の鈴は限定色でテレビで紹介したら即売り切れて・・・

今ならまだ手に入りますよ」なんて言われると、即買ってしまう。

まあ、神頼みしたい気分だけどね。

二荒山はパワースポットっていうか、縁結びの神様なのね。

今度、姫を連れて行かなくちゃ。

いっそ、買った鈴を全部つなげて「お鈴廊下」でも作ろうかしら?

お仕事場で「12月14日は何の日でしょう」と早稲田卒の女の子に聞いたら

「え?何の日ですか?」って聞くので「忠臣蔵」って言ったら

「それ、何ですか?」と言われてなんと答えたらいいかわからなくなりました。

うーん・・・結構テレビでは特集を組んだりしているけど、今時の子にはわからない?

赤穂浪士は遠くなった・・・・・・

歌舞伎を見ないとわからなくなったかなあ。

さて、今期のテレビドラマはTBSが快勝したとか。

個人的にはTBSというより池井戸潤じゃないの?

「花咲舞」「民王」「下町」全部池井戸潤だもの。

下町ロケットは王道のストーリー展開で視聴率20%を超えて特番まで出来る始末。

私も見ててつくづく思ったけど、

日本人が好きな話だよねーーと思います。

報われないけど、何とかその日を信じて利益度外視で頑張る

仕事というより、すでに「努力と根性による自己実現」の域ですよね。

「コンペには負けたが勝負には勝った。だからもっと努力しよう」なんて発想は

日本人にしかないんじゃないかしら?

みんな、目を真っ赤にしながら必死に仕事にまい進する姿は見てて気持ちいいです。

正論をぶつけて、それが通用しない事がわかっているけど、それでも

「やっぱり正しい事しか出来ない」という生真面目さがうけているんですよね。

そこには「働いたら負け」とか「楽して金儲けできる方が正しい」とか、そんな理屈はありません。

「負担」「体調の波」「意欲はあるけど無理しない」なんて話もない。

昭和的な話です。

主役の阿部寛は適役だし、吉川晃司も世良公則もいい味出してるけど

個人的には石井一孝と山崎育三郎という二人の舞台俳優を称えたいです。

この二人の滑舌良い、テンポいい、舞台張りのセリフ回しがドラマを盛り上げました。

それに少々オーバーリアクションの安田顕が安心感を与えるというか。

「下町ロケット」の展開は、結構「すっ飛ばし」が多いです。

過程をナレーションですっ飛ばして、「泣かせるシーン」に即持っていく。

大量のエキストラを使って盛り上げる。アップに次ぐアップで集中させる。

そしてここぞという時に泣かせる。

今田耕司なんて最初から泣いてますけど(笑)

要するに、出演者がみな、適材適所なんですよね。

テレビ局はそれをわかっている筈なんですけどねえ。

「掟上今日子の備忘録」もまさにそれだったし、「コウノドリ」も「釣りバカ日誌」もそう。

必ずしもジャニーズを使わなくてはならないとか、EXILE枠があるのがおかしいですよね。

池井戸潤の作品を読んではいないんですけど、古臭いドラマを書く人だなあと思いました。

時代劇を書きたいのに、現代劇で我慢しているというような?

こういう古いタイプのドラマがまだ健在であることがちょっと嬉しかったです。

 

 

 

 

龍真咲退団

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 今年の漢字が「安」ってなんだか変。

「不安」とか「安心」とか「安村」とか色々理由はあるらしいけど

やっぱり「安」といえば「安心」の安だからねーー真逆な一年だったのに。

個人的には「嫌」かなあ

日本と韓国、日本と中国、そしてイスラムとキリスト・・・ロシアとトルコ

あっちもこっちも「嫌い」って言い合っているような

「スターウォーズ」が始まった・・のはわかるんですけど

ちょっと騒ぎすぎてませんか?

Dlifeなんてその宣伝だけーーだし、どのワイドショーもそればっかり。

宣伝費が半端じゃないのはわかるけど、でも、そういうやり方ってどう?

本当に面白い映画なら、宣伝しなくても後世に残るだろうし。

わざわざ、ほんの数秒の映像を流して「続きは劇場で」みたいなの。

観客心理を突くやり方ではあるけど、ちょっとずるいと思う。

見る前から飽きちゃうってことも考えてほしいわ。

でもスターウォーズオタクさん達にとっては幸せなのかもしれないけどね。

 

ワールドプレミアの様子を見たけど、コメントしている観客がプロっぽい。

過剰すぎるよね。

 龍真咲退団 

 月組トップスター龍真咲が「NOBUNAGA<信長> -下天の夢-』

   『Forever LOVE!!』

で退団する。

 タイトルを見た時からそんな気がしていたんですけど。

  まさかちゃぴ様もーーなんて言わないでよ。

  もうちょっと長くいる・・・という噂があったんですけどね。

 龍真咲は女優としての方が成功すると思います。

  ジャッキーもスカーレットも結構いいんじゃないですか?

  でも、結婚して幸せになるという方法もありますよ。

 で・・・次は珠城りょうなの?

美智子さま81年の歩み  3

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 大震災とその後の日々が次第に過去として遠ざかっていく中

どこまでも被災した地域の人々に寄り添う気持ちを

持ち続け7なければと思っています。

 国民に寄り添う皇室のイメージは、天皇陛下と美智子さまが積極的に

  取り組まれてきたことが大きい。

 特に自然災害における両陛下の行幸啓は昭和時代にはなかったこと。

 被災地の訪問では、救援活動を最優先にすることを重視し、活動の妨げに

  ならないよう、車列を短くするため随行の人数を減らし、スタッフと同じマイクロバスで

  移動、食事もスタッフと同じ質素なものを召し上がる。

 避難所ではスリッパを脱ぎ、ひざをついて被災者に顔を寄せて言葉をかける姿は

「平成風」として多くの人々を励ました。

 高齢になられた現在でも自然災害などが発生すると両陛下の行啓が行われ、人々の話に

  耳を傾け、悲しみを共有している。

 確かに昭和天皇は平成のように全国を歩き回る事はしなかったと思います。

  戦後の「全国巡幸」だけですよね。

  でも、三宅島が噴火した時でしたっけ?ヘリコプターから視察されていましたよね。

  私達国民は、昭和天皇が被災地に行かないからといって、国民に寄り添っていないと

  考えた事は一度もありません。

  たとえその時、昭和天皇が那須で静養中であったとしても。

  何ででしょ。年齢的な事もあったと思うし(陛下は結構よぼよぼしてたから)

  でも園遊会などで「そう?あそう」っておっしゃるだけで「わかってくれた」みたいな

  気がしてたんです。それがカリスマってもんでしょうか。

 昭和天皇が皇居ででんとしていて下さったからこそ、皇太子夫妻があっちこっち

  行けたわけですよ。役割分担が出来たんですよね。

 両陛下が被災地に「少しも早く」行くようになったのは、奥尻島の地震と津波の時

  静養中だったんですよ。それで批判され、その後の阪神淡路大震災では

  とにかく「早く」被災地に行かなくちゃ・・・みたいなスタイルが出来上がったと思います。

  以前も書きましたが、両陛下はあまり北の方は関心がおありにならない。

  北海道の奥尻なんてどこ?って感じだったと思うし。

 両陛下が即位したとたんに「静養が軽井沢なんておかしい」と批判が出たし

  災害があったのに静養なんて・・・という批判も出た。

  何でなんでしょうね。

 

 今、平和の恩恵に与っている私達皆が絶えず平和を志向し

  国内外を問わず、

争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力を

  積み重ねていくことが大切ではないかと考えています。

  (平成26年 80歳の誕生日)

 皇后陛下 「陛下の外国訪問の目的は、政治を超越したお立場から

        親善にお努めになる事ですので、この目的が少しでもよく果たされる

        ことを願いつつ、お供をさせていただきたいと思います」

 美智子さまは外国訪問時に、現地日系人への配慮から和服を着る事が

  多く、また相手国の国旗の色をベースとした洋服を着るなど相手を第一に

  考えて訪問される。

 とても政治色が強いご発言ですよね。

   平和を希求するのはよい事ですけど、だったら一人でそっと祈ればいいわけで。

   特に皇室において究極の平和希求は「祭祀」ですので。

 「和服を着る」という日本人としてあたりまえのプロトコルですら「理由づけ」しちゃうんだなと。

 

 国際親善はわたくしの必要とされる分野で

  つとめていきたいと思います。

(平成2年)

 昭和34年、ご成婚の直前、アメリカの有名誌「タイム」では

  12ページにわたる美智子さまの特集が組まれた。

  ここでは戦前のネガティブななイメージを皇室に抱いているアメリカ人読者に

 皇室が大きく変わったことを強く印象づけた。

 翌年には初の外国訪問としてアメリカが選ばれた。

  接待役

 「両殿下はレセプションなどで表面的な挨拶ではなく本物の会話をなさっていました」

 「ワシントンのホスピスで、妃殿下が老人の一人ひとりに示されたやさしさに

  心を打たれまし。た実は、在任中に、この時だけは、仕事中に涙が出て

  止めるのに苦労しました」

 平成5年のイタリア

 「はるか遠い東洋の国からきたこの二人はまるで旅行中の新婚カップルのようだ」

「(美智子さまの帽子を)エリザベス女王がかぶるとただの悪趣味だが

 彼女がかぶっていると非常に品がある」

「(着物姿は)日本の奥深い伝統をさりげなくアピールしている」

 平成12年のオランダ。

オランダではかつて太平洋戦争で敵国だったため、訪問への抗議活動が

 起こったが、この時の訪問でオランダの国民感情が変わったといわれる。

 美智子さまに接した外国人関係者はその後、好意的な記録を残している。

  帽子の事はやっぱり変だと思われていたのかな・・・と。

 全て「美智子さまのお手柄」なんだなあ。

 人は自分と周囲との間に一つ一つ橋をかけ、人とも物とも

  つながりを深め、それを自分の世界として生きています。

  ときとして、箸をかける意志を失ったとき、人は孤立し平和を失います。

 (平成10年)

 海外メディアの報道の特徴として、訪問前には、過去の戦争責任や日本における

 女性の地位の低さ、皇室の閉鎖性などを紹介する論調のものが多い。

 しかし、訪問後にはこれらの概念、マイナスイメージを払しょくする形で

  両陛下の訪問の成果が語られる。

 これも外国の記者に真摯に向き合う両陛下の皇室外交の成果といえるだろう。

 へえ、皇室ってマイナスイメージなのかあ・・・そんな風に語られているけど

  両陛下のおかげで「開かれた皇室」となるわけね。

 

 

 

夫婦同姓って当たり前

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 夫婦同姓 → 合憲

私は一人っ子だったし、家名を継ぐ義務があると思っていたので

小さい頃から名前を変える気はありませんでした。

だから、一時期ジェンダーフリー思想にはまりましたね。

夫婦別姓も賛成だったし。

現実に夫は次男で私の姓を名乗ってます。

「結婚したら夫の姓を名乗ります」という当たり前の思想が嫌いだったの。

無論、郡山宮夫妻には大反対され

「女は昔から夫の姓を名乗るものだ」と散々言われ、それにまた反発し。

だけど、結婚してみたら、旦那は100年前から我が家の名字だったみたいな

扱いをされて

なーんだ、別姓だろうが同姓だろうが、女性が抱える根本的な不平等意識は

変わらないんだなあと思いました。

 

中国ドラマや韓国ドラマをよく見るようになって、あちらは夫婦別姓。

上野千鶴子とかそっち系の人は「平等」というけど、私にはそうは見えません。

「嫁は夫の一族に入れない」事が平等なんでしょうか?

あちらで「子」というのは「父の姓を受け継ぐ存在」です。絶対に男です。絶対に父です。

これが「母の姓を受けついだ」となったら「母子家庭」とみなされ

学校で差別されます

だから「冬ソナ」のチュンサンママはわざわざアメリカで再婚し

「あなたにお父さんの姓を上げたかった」

という事になるわけ。

これのどこが平等なんでしょうか?

「妻は永遠の他人」ですよ?

 

日本で「夫婦別姓」を推進する人は、生まれてくる子供の姓にまで意識が

向いていますか?

「そんなのどっちでもいいじゃない」と思ってる人も多いかも。

長男 → 父の姓

長女 → 母の姓

なんかでもいいと・・・・・「家族」と証明するものはDNA鑑定のみ・・・みたいな?

そこまで究極の考え方をするなら結婚する必要はないし、戸籍を一つにする必要もない。

そもそも「家」意識がないんだもの。

家=家名でしょ。家名なんかどうでもいいんだもの。

女性が一方的に男性の姓を名乗るのが差別と思うなら、そこを徹底的にカレシと

話し合えばいいこと。私みたいに。

彼の言い分が「だって俺は(女は男の姓になるのが当たり前)そう思って育ってきたし

今更変えられない」なら別れりゃいいもの。

世の中、そんな男ばっかりじゃないし、男の本性が見えてかえってよかったじゃない?

そういう考えの男は歳をとる程、モラハラしちゃうし。

 

「名字の変更を強制されない自由があるのではないか」

ええ、その通り。だから二人で話し合う。

これは憲法の問題ではなく、彼氏と彼女の意識の違いです。

だって憲法は「どっちの姓をなのってもいいよ。二人が一つならね」と言ってるんだもん。

何が何でも男の姓を名乗れとは言ってない。

中国や韓国みたいに、キム氏(男)とパク氏(女)が結婚したら、その子は永遠に「キム氏」で

母と子供の姓は一生別なんだよ。私は嫌だな。そんなの。

養子だって認めないしね。

 

「平等」って一口に言うけど、一生懸命、舅の介護をした嫁に相続権がないのは

おかしいと思わない?

たまたま兄弟の一番上、もしくは一番下に生まれたからって、親の面倒をみてみとったけど

相続権は全員一緒なんておかしくない?

財産を受け継ぐなら「扶養」の義務は負うべきだし、頑張ったら報われるべき。

それもこれも戦前の「戸主制度」を真っ向から否定し「平等」が独り歩きした結果なんですよね。

 

なんの為に結婚するか。

そこが問題です。

結婚っていうのは互いの妥協とあきらめがつきもの。

20年夫と戦い続けて得た結果がこれ。

今や夫は一人っ子。あっちの姓は誰が継ぐのか。

3人子供を産んだ私の胸先三寸・・・だよーー

あっちもそう思ってきたのか私に優しいし。

私だって「ふぶき家戸籍の筆頭者」として、夫の両親も「一族」として

尊重しています。

だから子供達は頻繁に郡山に行くわけで、姫は毎日電話するわけで。

だけど残念ながらわが夫はそういう風には考えられなかったようです。

今も昔も「自分の親の方が大事」だもんね。

こういう人は、きっと両親亡きあとは腑抜けになるんだろうなあ。

人間、50年以上両親が健在で元気でしっかりしすぎていると

子供は家意識も育たないし、どこか頼りないよね。

あ・・話がそれちゃった。

というわけで、「夫婦同姓」は合憲って当たり前ですよ。

名前より、彼氏がちゃんと家事や育児をフィフティフィフティに分担してくれる

そういう意識を持ってもらう方が大事ではありませんか?

 

 女性が離婚後6か月再婚できない → 違憲

男はいいのにね。

これは「生まれてくる子供がどっちの子になるか」って話でしょ。

DNA鑑定が発達した今、それは通らない。

とはいえ、法律的には、生物学的にどっちの子か・・・という事より

「規定として設けることで家庭の安定をはかる」方が大事。

だったらーー男も6か月結婚できないようにすれば?

 

まさか帯状疱疹?

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 ちょっと背中や肩や手が痛いかなーーって。

いつのも肩こりとか腱鞘炎?

でも背中?

 姫が先週の土曜日に帯状疱疹に。

空気感染はしないけど、体内のウイルスを刺激するから感染する?

ドキドキ・・・違いますように。

 ご老体を助けて背中に痛み?

朝、お仕事へ行く途中、知らないおばあちゃんが目の前で頭からつんのめって

倒れ、そのまま動けなくなってしまいました。

大急ぎで助け起こそうとしたけどなかなか引っ張りあげられなくて。

そこに消防署の職員が何人か来たので、私は救急車を呼んでそのまま仕事場へ。

で、その後、背中が痛くなり、「歳なの?私?こんな事くらいで背中が筋肉痛?」と

思っているんですけど

夕方あたりから「もしかしてこれって帯状疱疹の前触れ?」と思いはじめ。

とにかく、体中が痛いので、今日はちょっとお休みしますね。


ありがとうございます

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 みなさま、本当にご心配頂きありがとうございます。

姫は二度目の受診で、まだ痛みがひかないので抑うつ剤を処方されました。

金曜日はお仕事がお休みだったので、病院へ行く以外は家でだらだらと過ごしていたようです。

漫画「とりかへばや」にはまってて、

「平安時代のお姫様になりたーーい」とかいって、お姫様みたいに枕を

脇息代わりにしてよっかかり、私に「弘徽殿の女御」なんてあだ名をつけて呼ぶので

「なあに?とちおとめの君」と言い返します。

どんな理由があっても、若い人が「昔」に興味を持つのはいい事だよねーー

私の方は、病院にはいかず、姫の薬を飲んでしのいでいます。

っていうのも、本当に帯状疱疹かまだわからないから。

肩や背中や手がいつになく痛いだけでは・・・お蔭さまでかなりよくなりましたけど。

とにかくだるくて、仕事中もうとうとしそうになりました。

実は23歳の時に帯状疱疹にかかった事があります

だから二度目? 当時は原因がわからないとか言われてたけど、医学は発達するんですね。

ペインクリニックを教えて下さってありがとうございます。

何となくがんじゃないと行けない病院なのかなと思ってました。

それと、やっぱり歳は歳ですね。集中力が途切れてしまう事が多くなり。

来週から冬休みに入るので、少しゆったり過ごそうと思います。

(って事はブログを書くわけだけど)

夫婦別姓の問題は大きいですね。

5人の判事、女性判事は「違憲」と判断したそうです。

「同姓が「家族である」事の理由づけになるのか」

「一方が不利益を被るのは平等ではない」

とか・・・・何もかも「平等」にしたければ、共産主義になるしかないんですけど

これらの判事はひそかに社会主義や共産主義をいいと思っているのかな。

本人が気づかないほど「アカ」は深く浸透しているようです。

役所にいれば、婚姻によって名前が変わり、そのために住民票をとるケースが多くなります。

それが「不利益」と言われればそれまでだけど。

私からみると「人生80年のうちのわずか数日」ではないかと思うんです。

今は沢山の企業で婚前の名前で働いている人がいるし、私の友人も結婚したからって

その名前で呼ぶことはありません。

そりゃあ、友人ですから婚姻後の名字を知っておきたいなと思って聞くけど呼ばない。

いいんじゃないの?それで?

「6か月」規定も、長い結婚生活の中のわずか半年と思えば、何をそう悲観的に

被害者のように言うのかわかりませんね。

 

「同じ苗字を名乗る事」というのは、日本で言えば「同じ一族に属する」という事ですね。

もし、「名字」など関係ないと言ってしまったら、養子制度もいらないわけで。

「名字は違って血も繋がってないけど、あなたは私の子供ったら子供なの」って論理?

個人的にはそれでもいいけど、「公」の仕事としたらどうなんだろう。

だからこそ、韓国や中国ではあまり「養子」というのは聞きませんね。

「血の繋がり」こそが全てという価値観もあるし、系図が複雑になるのはダメという感覚もあります。

 

原告の塚本和脇子氏(80)

合憲判決を聞き、涙が止まらなかった。(戸籍上は別の姓のため)

自分の名前で死ぬこともできなくなった。

これから自分で生きる方向を見つけなければならず、つらい」

 80歳にもなって何を言ってるのよ・・・今からでも離婚するなりすればいいじゃない?

  死ぬ前に旧姓に戻って戸籍の筆頭者になればいいのよ。

 

吉井美奈子氏(30代)

「判決は残念だったが、訴訟を通じて夫婦別姓問題の社会的な理解が進んだことはよかったと思う。

今後は世論に訴え、規定撤廃への機運を高めていきたい」

 正直、自分勝手な気がします。

  何度も言うけど、中韓では子供は全て父の姓を受け継ぐのよ。それって差別じゃないの?

  「スカーレット・オハラ・ハミルトン」みたいに複合姓にすればいいという意見があるけど

   それだってどっちの姓が先に来るのか、平等じゃないって話になるんじゃない?

  佐藤洋子さんと鈴木明さんが結婚して「佐藤鈴木洋子」「佐藤鈴木明」になるの?

 一見、自由平等のアメリカだってやっぱり、基本的には「同姓」よね。

  彼らは日本人以上に名字に誇りを持ってますよ。なんたって民族のルーツだし。

  フランスの「事実婚」の背景は正直いってよくわかりません。

  「自由平等友愛」の行き着く先が「事実婚」なのかなあと。

靖国神社の池に中国国旗ですって?

単なるいやがらせですませていいんでしょうか?

靖国神社が標的になるという事は、あちら側にとってこの神社は

ある意味「日本の象徴」なんでしょうね。

もしかしたら日本人以上に靖国神社を大きな存在としてみている証拠かも。

日本人ももっと大切にしよう!!

 

皇室ウイークリー

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ご日程

両陛下

12月11日・・・両陛下 → 勤労奉仕団に会釈

                 陵墓監区事務所長に会う

                 赴任大使夫妻とお茶

                 常陸宮殿下の傘寿祝い内宴

         天皇陛下 → 通常業務

                  赴任大使に会う

12月13日・・・両陛下 → 眞子内親王から挨拶を受ける

12月14日・・・両陛下 → 衆議院・参議院の永年在職表彰議員に会う

       天皇陛下 → 自衛隊高級幹部会同に出席する統合幕僚長等に会う

12月15日・・・天皇陛下 → 通常業務 

                  賢所御神楽の儀(賢所)

12月16日・・・両陛下 → 勤労奉仕団に会釈

      天皇陛下 → 宮中午餐(内閣総理大臣等)

 

皇太子同妃両殿下

12月13日・・・両殿下・愛子内親王 → 学習院OB管弦楽団第72回定期演奏会ご鑑賞・出演

12月14日・・・皇太子殿下 → 青年協力隊に会う

         両殿下 → 赴任大使に会う

12月15日・・・皇太子殿下 → 賢所御神楽の儀

12月16日・・・皇太子殿下 → 宮中午餐陪席

12月17日・・・両殿下 → 赴任大使に会う

 

秋篠宮家

12月11日・・・秋篠宮殿下 → 栃木県訪問

 ・ 農産部門受章農家

 ・ 畜産部門受章農家    視察

12月12日・・・紀子妃殿下・佳子内親王 → 情報アクセシビリティ・フォーラム2015」式典・

                           展示視察・シンポジウム

12月13日・・・眞子内親王 → 賢所参拝

                    両陛下にあいさつ

12月14日・・・眞子内親王・佳子内親王 → 宮内庁人事異動者に会釈

         眞子内親王 → 武蔵野陵・武蔵野東陵参拝

         両殿下 → 第59回日本学生科学賞」中央表彰式について説明を受ける

                平成27年度次世代日系人指導者会議招へいの被招へい者に会う

12月15日・・・両殿下・眞子内親王・佳子内親王 → 賢所御神楽の儀

12月16日・・・秋篠宮殿下・眞子内親王 → 平成27年度「東南アジア青年の船」事業(第42回)日本参加青年に会う

          紀子妃殿下 → 新たな開発目標の時代とユニバーサル・ヘルス・カバレッジ会議出席

12月17日・・・秋篠宮殿下 → 東京農大講義

 御神楽の儀、皇后陛下は欠席。天皇陛下は途中まで出席。

  嫌だなと思うのは宮内庁の日程に「お慎み」という言葉が出てくる事。

  要は儀式が終わるまで「静かに過ごされた」という事なんですが、そんなの

  一々表記する事なんでしょうか?

  当たり前の話じゃないの? 恩着せがましいというか。

  そう、恩着せがましいのが平成の皇室ですよね。

 秋篠宮殿下の栃木訪問は「大日本農会」のお仕事。

  優良農家を訪れたのです。

 

 元東宮女官長・高木みどり氏死去

 12月18日 心不全の為死去

 享年83歳

 通夜は21日。葬儀は22日。

 花ぐらい出すんでしょうね?東宮家?

 

 高円宮承子女王 群馬県立女子大で講義

日本ユニセフ関係のお仕事です。

ジャケットが吊り上がっているように見えるけどそういうデザインなの?

ネックレスもいい加減な長さだしーーヤンキーっぽい。

一方久子妃はご自分の根付の講義に千家国麿・典子夫妻を来賓に呼んで

「別れてない」アピール。

 

 ジョージ王子、1月から保育園に

ジョージ王子は金髪。シャーロット王女は栗色。

可愛いなあ。

とはえ、ほとんど公務してないキャサリン妃なのに保育園に入れる必要ある?

「一般と同じ」経験がしたいなら王族をやめたらいいのに。

なーんて批判は起きないのかしら?

伏見さんのブログで、内廷費3億2400万が毎年残高ゼロで計上されて

いる事を知りショックです。

それ以上に平成になったとたん、何度も何度も増額されたという事も。

そうなると皇太子が天皇になったら、減額されるなんて事にはならないと思います。

3憶が3人家族で消費されるわけですね。

これじゃ戦前の皇室の方がよっぽど民主的だったんじゃないか?と思いますけどね。

 

 

韓国史劇風小説「天皇の母」199(ねずみランドのフィクション1)

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母さん。

暫く手紙を出さなくてすみませんでした。

メールでもいいかなと思うけど、母さんは苦手だし、直筆の手紙がいいというから。

でもこれからはメールにしますね。

色々忙しくて手紙を書く暇がないのです。

それに、少し疲れていて。若いのに変ですか?でも心配しないで下さい。

こういう特殊な仕事をしていると責任が重いんです。

僕のような下っ端ですら。

このたびの妃殿下のご懐妊は、僕たち下っ端の者達をも二分するような

事になってます。慶事だというのにどうしてなんでしょうね。

新しい東宮大夫が着任するなり、皇太子妃殿下の活動が活発になりました。

なんでも彼は、妃殿下の父君の部下だったそうで、妃殿下とも親しいらしいです。

そのせいか、妃殿下がご自分の意見をおっしゃる前に先回りして

手配するんです。

それがもう早いのなんのって・・・・ああ、愚痴です。母さん、すみません。

でも職場では何も言えませんから、少し聞いて下さい。

東宮大夫というのは東宮職の中で一番偉い人です。

定例の記者会見があって、そこで両殿下の動静を知らせたり、両殿下の意志を

伝えたりします。

僕たち皇宮警察の者も、東宮大夫が決定したスケジュールに沿って

警備を行います。

そのスケジュールは数か月前には決まっていて、予行演習を何度も行い

数秒の違いもないように行動するのです。

それというのも、両殿下が動くと信号操作をしてノンストップになるし

訪問先の予定をも変える状態になるので。

国民に迷惑をかけないように・・・というのが両陛下の思し召しですから

とにかくきっちりとスケジュールを立てるのです。

でも、今年に入ってからは予定外が多く、

特にご懐妊がわかってからの東宮家は「思いつき」の行動が多くて。

例えば、ご懐妊がわかった翌日の「盆栽展」

これは殿下が一人で行かれる予定だったのですが、突如妃殿下も

同行されるとおっしゃって・・・・

決まったのが1時間前ですよ。

座席に座ればいいというものではありません。車列も違うし迎える方も変わります。

出来ればもう少し早く教えてくれればと思うのですが

「体調がいいときに積極的におでましになる事は治療の一環である」

という東宮大夫の言葉で終わってしまいます。

「2月のスキー旅行が中止になったんだから文句をいうな」と言われました。

でも妃殿下は病気のはずで。

どうしてスキーに行けるのか不思議ですし、中止になったのが病気云々ではなく

「豪雪の被害が多かった為」というのが、ひどく両殿下の勘に触ったと

聞きました。

本来、天皇皇后両陛下、皇太子ご夫妻、宮家の方々は

国の安泰を願うのがお仕事で「私」というのはありません。

ゆえに、災害などが多発すると静養を取りやめられたりしたのです。

しかし、皇太子ご夫妻は、そういうことでご自分達の行動を制限されるのが

たまらなく嫌なのだそうです。

「権利」があるかららしいです。

高貴な方の権利意識はすごいですね。

 

例えば、先日、突如「上野動物園に行く」とおっしゃって。

警備上の都合があるので、行かれるのなら新学期が始まってからと

申し上げたら妃殿下が激怒されたそうです。

何でも内親王殿下のご教育には絶対に動物園訪問が必要で

しかもそれが幼稚園入園前じゃないといけないというのです。

母さん、僕は子育てをしたことがありません。

子供が幼稚園に入る直前に動物園に行くことが必要なんでしょうか?

僕の上司などは怒りだして、何度か東宮職とやりあっていましたが

東宮大夫が「東宮家の思し召しは絶対」と言い切り、

「ただでさえ妃殿下はご懐妊問題で傷ついておられる。だからせめて

動物園に行きたいというくらいきかなくてどうする」と上司に詰め寄ったらしいです。

その時、上司は

「やっぱりそうなのか・・・」と思ったそうです。

僕にはさっぱりわかりませんが。

3月は3日に、内親王殿下がご入園になる幼稚園のひな祭りがあり

妃殿下と内親王、お二人でおでましでした。

その時もお友達のご家族と予定を大きくオーバーされて、信号機の操作もあり

僕たちは一分一秒に翻弄され、へとへとになりました。

5日には両殿下がおそろいで

ワールドベースボール日韓戦におでましに。

この時も殿下おひとりの予定だったのですが、急きょ、妃殿下の同行が決定。

という事は時間が予定通りに進むはずがなく、

出発から大幅に遅れてしまった為、突如、ほとんどの信号を青にして

走りまくってしまい。

まるで救急車でしたよ(笑)

先回りしている僕達はイライラしながら待っていました。

で、3月初旬の月曜日。つまり休園日に無理無理動物園を開けて

東宮一家は内親王殿下のお友達一家4組と訪問されたのです。

閑散とした動物園に嬌声が響き渡りました。

客がいなくても警備を怠るわけではありません。

両殿下も内親王も気まぐれにあっちこっち移動し、西園への電車にまで乗って

いかれるので、それをおいかける僕たちはいつも走ってばかりです。

休園日だというのに、いつものように出勤させられた職員は苦笑いしているし

売店も開けさせて、子供たちが好きなものをどんどん手にとっていくさまは

ちょっと異様でした。

東宮家は皇族だから仕方ないとしても、お友達一家まで、「皇族」のように

好き勝手振る舞い、それを両殿下が笑ってお許しになっているのです。

内親王が一番興味なさそうな顔で、ぬいぐるみばかり

いじっているのが印象的でした。

動物園で遊びたかったのは実は妃殿下なんでしょうね。

その日は、予定を2時間もオーバーしました。

殿下は売店のビールを開けて楽しそうに飲んでおられました。

妃殿下とママたちはおしゃべりに夢中になっていたかと思えば

いきなり「あっちのオリにいってみない?」と動かれ、よく疲れないものだなと思いました。

正直、動物園からは

「いくら皇太子ご夫妻といったって時間くらいは守って頂かないと。

動物というのはデリケートで、ただでさえ衆人環視の下にいるので

たまには休ませてもらわないといけません。でも、あの方たちは

一つのオリの前で延々とおしゃべりされて。

くわしく観察して勉強されるならまだしも、子供達は好き勝手に走り回って

動物を見るでもなく、売店の食べ物やおもちゃを掴んでいく。

そういう事が許されるんでしょうか」

と言われ、聞いていた僕たちは言葉もありませんでした。

後日、東宮大夫に報告した上司は、逆に

「君は誰に仕えているのか」と叱られたそうです。

「両殿下がそれを望むならそ、白が黒であってもそれが正しい」と言われたそうで。

僕たちは釈然としない気持ちでいたんですが。

 

妃殿下の何がどう病気なのか僕にはわかりません。

でも、確かに他の皇族方とは違います。

立ち居振る舞いも考え方も。

何というか、僕達が小さい頃から親しんでいた皇室とは

違うのです。

仕える僕達は、どことなく奴隷になったような気分です。

しかも毎回、後味が悪いです。

みんないい気分にならないまま、ご本人達だけが楽しんでいるからです。

しかも少しでも批判しようものなら「病気の妃殿下を責める」と叱られてしまい。

心の病気というのはやっかいですね。

とにかく「肯定」しないといけないんですから。

 

そして僕たちは最も疲れる日に遭遇したのでした。

 

 

美智子さま81年の歩み4

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 顔は性格です。

  性格と名前を結びつければいいのです。

 (聖心女子大4年時、学生の名前を間違えないことを問われて)

 聖心女子大学外国語外国文学科に入学された美智子さまは、

  才色兼備を絵に描いたような優秀な女学生生活を送られている。

  入学の年にはクラスの福祉委員を務め、2年生の時にはクラスの副委員長に

  そして4年生になると大学自治会の全学委員長「プレジデント」に選ばれている。

 プレジデントの仕事は、学校側との連絡・折衝や学生間の問題の解決など

  様々、この任を務める為、美智子さまはアルバムを見て下級生の顔と名前を

  全て暗記し、誰にでも名前で語りかけられた。

  憧れのプレジデントに名前を呼ばれた後輩達は感激し、すっかりファンになって

  しまったという。

 クラブ活動も、合唱部、英語劇クラブ、そしてテニスと三足のわらじを履いて

  熱心に取り組まれた。

  テニスの腕前は、大学4年生の時には軽井沢で開催されたインターナショナル・

  トーナメントで、シングルス、ダブルス、男女混合ダブルス優勝という

  「三冠王」の快挙を成し遂げられたほど。

  関東の学生ランキングでも堂々の4位にランクインされている。

 学業成績もお世辞抜きに「抜群」で、成績優秀者に贈られるオーナー・スチューデント

 という表彰を4年連続で受賞されている。

 英語力は教授の折り紙つきで、英語劇では聖母マリアの役を好演。

 当時の成績表には、最高評価のAが多く、体育も前後期ともにAという優れた学生だった。

  当然のように主席での大学卒業となった美智子さま。

  卒業式では全卒業生を代表して謝辞を述べられている。

 非の打ちどころのないお嬢さんですよね。

  本当に。当時の聖心女子の偏差値がどうのとか言いません。とにかく学校一優秀だったと。

  だけど、成績優秀者である事が「お妃」の条件なんでしょうか?

  私達、小さい頃から皇室番組があるたび、美智子妃の「学業成績優秀」話は嫌という程

  聞かされてきたんですけど。

  歴代のお妃で、こんなに学業成績の事ばかり褒められたのは美智子妃が最初でしょう。

 もしプレジデントに選ばれた事や、劇でマリア役を演じたりすることが

  すでに「皇太子妃」への下地であったとするなら・・・・

  最初から「優秀ありき」だったのかもしれませんよね。

 美智子さまといえば「記憶力」

  皇室に入ってからも一度あった人の顔は絶対に忘れない・・・というのが特技で。

  それはそれで素晴らしいのですけど。

  そういう事は特技であって資質ではないと思うんですけど。

 

 わたくしが殿下を愛するようになったのは、

一人の人間として殿下が素晴らしい方だからであり

  皇太子だからではありません。

 (昭和33年、親しい記者への手紙で)

 度重なる長い電話お話しの間、

殿下はただの一度もご自身への苦情を

  お述べになったことはありませんでした。

  (プロポーズの電話について黒木東宮侍従長に)

 皇太子殿下は幸せだったと思います。

  孤独でった・・・というのは、いわゆる狭い一軒家に住む家族の様でなかったという

  だけの話。

  写真がかもしだす「親子の親しみ」はごまかせません。

  まあ、ちょっと甘やかされたんじゃないか?とは思うけど。

 皇太子=可哀想な立場・・・というのは美智子妃目線の独りよがりな考え方ですね。

  何で電話で自分の立場の苦情を言わないといけないのでしょう?

  「自由に外に出てデートも出来なくてごめんね」とか言われたかったのかな。

 縁談といえば嬉しいのが本当なのに

 なぜこんなにつらいことを

  いろいろ考えなければならないのかしら?

 (昭和33年 欧米旅行から帰国後)

 美智子さまは婚約発表の記者会見にドレス姿で臨んだのだが、

 この時の手袋が肘と手首の中間程の長さだったのを見とがめた一部の人々が

 「正装の手袋は肘を隠す長さでなければならない」と正田家、宮内庁にクレームの

 電話を寄せたのだ。

 実際には手袋は東宮御所が用意したもので、皇太子さまご自身も「あれでよい」と

 いうものだったのだが、

 「正田家はそんな作法も心得ないのか」とばかりに批判の声が広がった。

 美智子さまのおしるしにと皇后さまが選んだ候補に野菊が入っていたのだが、

 これに「平民(野)から皇室(菊)にやってきた嫁」との意味があるのでは・・・と

  ささやかれ、結局、皇太子さまが別途推薦した白樺に決まった。

 美智子さまは皇后さまの選んだ野菊がいいと主張したものの、最終的には

  皇太子さまの意見を立てて白樺に決められた、というのが真相なのだが、

  一部では嫁姑対立のように扇情的に取り上げられてしまった。

 どちらもまるで、ご結婚後の美智子さまの「苦難の道」を暗示するような、後味の悪い

  出来事になっている。

 

 「手袋事件」

 今まで色々語られてきましたが、今回出てきたのは

 ・ 皇太子自身が「あれでいい」と言った

 ・ 東宮御所が用意したものだった

ですね。でも昭和時代は

 ・ 三越などにも掛け合って長い手袋を探したけどなかった。

 ・ 宮内庁からはプロトコル上、おかしくないと言われた・・というもの。

 今更「皇太子がいいと言った」と付け加える必要がどこにあるんでしょう?

 そもそも男性の皇太子に女性のドレスの事なんかわかるんですか?

 今、あのドレスを見ると、確かに手袋の長さが短いと思います。

 というか、ドレスの袖が中途半端だったんじゃないかなあ

  手袋を買えないなら作ってしまえばよかったのに。宝塚歌劇団などには

  あったんじゃない?とかいっちゃって。

 婚約記者会見にドレスを着た・・・という事が勘に触ったんじゃないのかなあ。

  後々、紀子様は濃紺のワンピースに不釣り合いな手袋をしていましたが

  あれは後遺症だったんでしょうね。

 「野菊事件」も

 ・ 美智子さまは野菊でいいと言ったのに皇太子が変えた

 となってますが、昭和時代には

 ・ 思い出の軽井沢の白樺を強く要望

 となってますよね。そもそも「野菊」が嫌だと言ったのは美智子さんじゃなかったっけ?

 81年目に「ねつ造」されていく「事件」の数々。すごいなあと思います。

天皇陛下 82歳に

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 天皇陛下 お誕生日おめでとうございます。

これからもつつがなくお過ごしになられますように 

 

今年の記者会見の内容があまりにも通り一遍で感情のないものだったので

全文は掲載しません。

テレビでの扱いもかなり小さいなと感じます。

ノーベル賞受賞者が二人とかね。

でも戦争に関する話では

「今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。

この戦争においては,軍人以外の人々も含め,誠に多くの人命が失われました。

平和であったならば,社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり,

このことを考えると,非常に心が痛みます。

軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として,

民間の船の船員があります。

将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が,

民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き,

敵の攻撃によって命を失いました。

日本は海に囲まれ,海運国として発展していました。私も小さい時,船の絵葉書を見て楽しんだことがありますが,

それらの船は,病院船として残った氷川丸以外は,

ほとんど海に沈んだということを後に知りました。

制空権がなく,輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも,

輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。

今年の6月には第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ,

亡くなった船員のことを思い,供花しました。

 あくまで「平和であったなら」

しょうがないじゃない?世界中が戦争をしていたんだもの。

今だってテロで普通に生活している人が災厄に巻き込まれて死んでいく。

どんなに時が流れても、そういう事は終わらない。

 今年は船の事が気になるんですね。

 もう・・・なんと思えばいいのか。陛下のおっしゃる通りではあるんだけど

 それを言うなら、「本意でないけど戦時中だから仕事についた」人々はたくさんいたのですよね。

 

「この節目の年に当たり,かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し,

ペリリュー島にある日本政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。

パラオ共和国大統領御夫妻,マーシャル諸島共和国大統領御夫妻,

ミクロネシア連邦大統領御夫妻もこの訪問に同行してくださったことを深く感謝しています。

この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり,そこでも激戦により多くの人々が亡くなりました。

アンガウル島は,今,激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となっています。

空から見たパラオ共和国は珊瑚礁(さんごしよう)に囲まれた美しい島々からなっています。

しかし,この海には無数の不発弾が沈んでおり,今日,技術を持った元海上自衛隊員が

その処理に従事しています。

危険を伴う作業であり,この海が安全になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました。

先の戦争が,島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います。

 どうして日本の天皇陛下がアメリカの軍人を慰霊しなくてはならなかったのか。

  ここはどうでも日本だけの為に祈ってほしい。

  今も残る不発弾の多くはどこの国のものなんでしょうか。

  平等にあたりさわりなく、世界平和を目指して・・・・という意識が丸見えで、かえって

  考え方が偏って見えますよね。

パラオ訪問の後,夏には宮城県の北原尾,栃木県の千振,長野県の大日向と

戦後の引揚者が入植した開拓の地を訪ねました。

外地での開拓で多大な努力を払った人々が,引き揚げの困難を経,不毛に近い土地を必死に耕し,

家畜を飼い,生活を立てた苦労がしのばれました。

北原尾は,北のパラオという意味で,パラオから引き揚げてきた人々が入植したところです。

この1年を振り返ると,様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。

年々,戦争を知らない世代が増加していきますが,

先の戦争のことを十分に知り,考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。

 満州に行っても苦労、引き揚げてきても苦労、それを考えると私達のような世代には

 真似できない艱難辛苦の数々。

  本当に頭が下がります。

私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり,

行事の時に間違えることもありました。したがって,

一つ一つの行事に注意深く臨むことによって,

少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。

今年もあとわずかになりました。

来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。

 御心構えは立派なんですが、82歳にもなれば間違えたりボケたりするのは

当たり前で、そういう自分を許していかなくちゃいけない年齢ですよね。

間違えないように頑張る事も大事だけど、若い人に譲るというのも大事ですよ。

ご自分にとって最も大事な皇太子に全権委譲されたらいかがでしょう?

麗しき佳子様

威厳ある眞子さま。

ウエストの模様が素敵。

華やかな秋篠宮姉妹。

紀子様、ドレスをもっと新調されたらなあ。

ちなみに雅子妃のドレスは1999年に着たもののようで・・・・

それはそれでなんだかなあ。

新調してもむかつくし、お古を着てもむかつく。なんででしょ。

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